投稿(妄想)小説の部屋

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No.45 (2006/06/09 15:00) 投稿者:

空蝉恋歌〜月下の刃/参〜

「これまでだ。教主、潔く腹を切れ」
 南町奉行からの掩護が多勢であった分、決着は早く着き、残るは冥界教主ただ一人となっていた。
 刀身を収めながら言い放ったティアに、彼は不気味に笑いながら切っ先を向ける。
「つくづく運の良い男よ。そなたを捕らえネフロニカを引きずり出し、二人まとめて始末するはずがこの様・・・・・我が天下を治める日は――――――無念」
 教主の怪しく光る目を見据えたままティアが鯉口を切る。
「せめて・・・・・道連れとなれ!」
 教主が刀を振りあげ足を踏み出したとたん。
 パン!
 乾いた音が響き、ティアの手前でその体が崩れ落ちる。
「――――――――――兄上」
 ティアの視線の先に銃器を手にした美しい男が立っていた。
「ふふっオイシイとこ取り〜」
 彼は妖艶な笑みを浮かべながら、クルリとまわってポーズをつくり周囲の脱力を誘った。
 脇に体格のよい男が控えている。山凍だ。
 柢王がハッと気をとりなおし、配下の者たちに「上様ぞ!」と声をかける。その言葉にアシュレイを始め与力たちも、目を見開き口を開けっ広げて驚いてしまう。
 吉原の太夫でさえ裸足で逃げ出していくに違いないほど艶やかなこの男が・・・将軍様!?
 どちらかと言えば、脇にいる山凍の方が将軍らしく見える。
 口を開けたまま突っ立っているアシュレイたちの前へ柢王が進み出て、片膝をつき頭を垂れた。
 その姿を見て、あわてて与力たちが平伏し、アシュレイもそれに倣う。
「あ、柢王。いいから火、早く消しちゃってくれる?」
「御意」
 柢王に上様と呼ばれた男は銃器を袂に入れると、ひっくり返った教主の体をエイと蹴飛ばした。
「全くしつこいったらないよ、人がせっかく謹慎で許してやってたのに。まあいいや、これで清々した。教主、そのケガが完治したら丸坊主にして山寺へぶち込んであげるから楽しみにネッ」
「兄上、このような危険な場所へいらっしゃっては・・・」
「人のことを言えた義理? それに私には山凍がいる。危険なことなんて一つも無いんだよ」
 二人のやりとりを聞きながら地面を見つめていたアシュレイは「上様」の二文字が頭をぐるぐるとかけめぐっていた。
 あの方が上様で、ティアの兄上・・・・ということは、ティアは・・・・・・名主の息子なんかじゃなかったんだ・・・・。
 今になってアシュレイはようやく先ほどの立ち回りを思い出し、更には今までの高価な贈りものの数々を思い出し、その全てに合点がいった。
 ただでさえ自分とは身分が違いすぎると思っていたのに、相手が将軍の弟だなんて・・・はなっから話にならない。
 アシュレイが絶望しているとも知らずにティアは想い人にちょっかいを出されることを恐れて兄を追い払う。
 もちろん山凍に異論はないので「せっかく着飾って来たのにぃ〜」と渋っていたネフィーを抱えて駕籠に乗せてしまった。
 それを見送ってからやっとアシュレイのもとへ戻ると、彼はまだ平伏したままの姿でいた。地面に顔をつけてしまいそうなくらい体を折って、アシュレイは肩をふるわせている。
「アシュレイ、顔を上げて・・・・・ああ、かわいい顔がこんなに腫れて・・・かわいそうに」
「・・・・・・騙してたのか・・・・」
「違う! 騙すつもりなんかっ・・・・でも・・結果的にはそうだよね・・・・・。始めからなんて・・・・とても言えなかった。
 身分を明かせば君に気を使わせてしまうし、私のことを恋の相手として見てくれなかっただろう? 君が本気で私を好いてくれたら、その時はきちんと話そうと思っていた」
「・・・・でも、あまりにも身分が違いすぎるし、お前は結婚して子孫を残さないと・・・」
「大丈夫! 幸い兄上がいるんだ、私は生涯一人身であっても誰も困りはしないんだよ」
「でもっ! でも、もしも将軍様に・・・何かあった時は・・・その時はお前が将軍になるんじゃないのか? そしたら俺は―――――」
『お払い箱じゃないか』最後まで言う勇気がなくてアシュレイは黙り込む。
「心配しないで。あれでも兄上には子供がいるから。義姉上は病で亡くなってしまって今は一人身だけれど、その義姉上との間に男の子が産まれてる。アノ兄上に『何か』なんてありそうもないけど、いずれにしても後を継ぐのは私ではなく甥だよ」
「・・・・・・本当に?」
「君に嘘などつくものか」
「〜〜〜〜〜っ!」
 アシュレイはようやく素直になって、ティアの胸に飛びこんだ。
「ティア・・・・・お前が好きだ」
 今まで言えなかった台詞が口をつく。
「ありがとう・・・・・夢みたいだよアシュレイ」
 うっとりと呟くティアに体を預け、アシュレイは腹をすかせたまま深い眠りに落ちていった。

 半日ほど爆睡したアシュレイは、目をさますと同時に次々と運ばれる料理を片っぱしから平らげていた。
 その間ティアは、なぜ自分をおびきよせる為にアシュレイがさらわれたのかを説明している。
「あの教主という男は徳川御三家のひとつ、尾張家の血筋の者なんだ。
本来、将軍の座を継ぐはずだった尾張家の者が次々と亡くなり、紆余曲折あって兄上が将軍になったわけだけど・・・・・教主は兄上が気に入らなくてね。
 国の為にと自らも倹約し、風紀が乱れるからと遊郭の取り締まりも厳しくした兄上に、
 彼はたて突くようなことばかりしたんだ。
 兄上が必死にガマンして「質素倹約」をされる中、教主は「華美放縦」というわけ。
 とにかくそれがあまりにも大胆不敵な反抗のしかたでね、ついには謀反を企んでいる容疑をかけられて謹慎処分となっていたんだ」
「へえ〜謀反か・・・・本当に企んでやがったんだな」
「でもね・・・・ふふ、ここだけの話。本当は兄上、すごいハデ好きなんだよ。あの着物見ただろう?」
「あ――・・確かにな」
「風紀だって、兄上の方がよっぽど・・・・」
「え? 何だって?」
「あ、いや、何でもないよ」
「それにしても、お前は大変だな。これまでの色んな改革は上様がやってるって事になってるけど実際はほとんどお前が動いてんじゃねーのか?」
「そうでもないよ。ああ見えて兄上は私以上にこの江戸の町・・・・国のことを考えていらっしゃるんだ。言動がああだから誤解は受けやすいけどね」
「ふーん、そうなのか。今度上様ともゆっくり話してみたいな」
「それはダメッ!」
 突然ティアが大声を出したので驚いたアシュレイは口に入れたばかりの豆を飲み込んでしまった。
「いい? よく聞いて。決して兄上と二人きりになってはいけないよ、約束してくれ」
「・・・・・・そ、そうだよな、俺みてーなただの町民が恐れ多いよな」
 アシュレイがシュンと項垂れてしまい、ティアはブンブン首を振った。
「ち、違うよ! そうじゃない・・・・その・・・兄上は・・・ちょっと・・・無類の・・・・男好きで・・・・」
 終わりの方を小声で言ったティアにきょとんとして、アシュレイは訊きかえす。
「なんだって?」
「だから、兄上は・・・・男の人が好きなんだ・・・・・・君に勘違いされたままでは嫌だし、兄上に危機感を持っておいてもらわないといけないから打ち明けたけれど、絶対に他言無用だよ?」
 数年前、ネフロニカが大奥に勤めていた数十人の美女を解雇した。
 器量の良い女ばかりを選び親元へ戻す・・・・・大奥勤めの経験がある美女となれば、世間が放っておかず、格式高い家柄がこぞって嫁に欲しがるのは目に見えていた。
 つまり、ヒマを出されたとしても鼻高々と嫁にいかれるわけで、家名に傷がつくことも本人が傷つくこともないのである。
 山凍以外は経費節約のために行われたことだと思っているようだったが、実際は興味のない女がわんさかいる大奥の存在がネフロニカにとって邪魔なだけだったのだ。
「ぜったい言わねえ、約束する・・・・でも、その、よく・・・・子供が生まれたな」
「え? まあ・・・その辺は兄上もご自分の立場というものを理解されていたからね。義姉上のことだって、お亡くなりになるまで大切にしていらしたよ・・・・義姉上がお亡くなりになったときも気落ちされてね・・・・・山凍殿が一時も離れずお慰めしてくださって・・・・・」
「山凍・・・・て、あのデカイ・・・・」
「そう、御用取次役の山凍殿だよ。誰よりも兄上を想ってくれているし、身の回りの世話もすべて引き受けてくれているんだ」
「じゃあ・・・・あの二人は・・・」
「秘密だよ」
「・・・・・・・」
 エライことを聞かされてしまった・・・・・・。
 その後アシュレイはすっかり食欲をなくし、そのまま膳を下げてもらうこととなってしまった。


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