夢十夜 八 空中楼閣
こんな夢を見た。
天界、東領の上空に浮かぶ蓋天城は、蒼龍王の結界に護られた一般人には不可侵の王城である。
「輝王兄上、質問があります」
突然降ってわいた腹違いの弟に、東領の第二王子は美しい眉をひそめた。
「なんだ、柢王、いつ城に戻ってきた」
すげなくあしらおうとするも、ふだんへらへらしている弟がいつになくまじめな顔で、
「大切な質問なのです」
と握り拳を見せるので、力では適わないのもある、鼻で笑いながら、
「おまえに何かを理解できる頭があるならな。まあいい、言ってみろ」
「では言います。兄上、この蓋天城は父上の霊力で存在するわけですが」
「そんなことは知っている」
「では、もし父上の身に何事かあれば、この城は落ちてしまうということになりませんか」
まなざしを据えてそう尋ねた弟に、次男の顔が一瞬、こわばる。
次の瞬間、
「誰かっ、王のために各地から霊力増進の食物を集めて来いっっ」
次男、結構心配性発覚。
「翔王兄上、質問があります」
美しい庭を散策中に、天から降ってきた末弟の問いに、東領の第一王子は秀麗な顔をしかめた。
「この城のことなのですが」
「そのことならば輝王から聞いた。王がご健在のいま、そのようなことをおまえごときが案じるまでもない。第一、蓋天城の全てが王の霊力で出来ているわけではあるまいが」
馬鹿馬鹿しいといいたげに答える。末っ子はそれに、へぇと頷き、
「では、父上に万一のときも城は落ちぬと?」
「それは」
ない、とは言い切れぬのが精神力と物質のクロスする天界。だが、自分がいるから大丈夫だと口を滑らせるほど長男はバカではない。得意の冷ややかな目で弟を見て、
「おまえはそんなくだらないことを二度も聞きに来たのか」
きびすを返そうとしたところに、
「いいえ、次期蒼龍王に伺いたいのは別のことです」
この弟にそう呼ばれるとは思わなかった兄は思わず振り返った。そこへ弟が真顔で一気に畳み掛ける。
「お聞かせください! もし父上の身に万一のことがあり、この蓋天城が軌道を外れて一気に上昇しかしなぜだか燃え尽きずに成層圏外に出てしまった場合、我々は霊力を併せれば無事に地上に辿り着けるのかそれとも無重力空間での慣性の法則に従い永遠に地球の自転に沿って宇宙を回りつづける衛星になってしまうのでしょーかっ?」
「おまえのゆーとること自体がわからんわっっっ!!」
答えは『その前に空気がないから生きてはいない』だ。
長男、策謀には強いが、科学には弱い。
「おまえたちはわしを何だと思っておるのかっっ!!」
父上の雷が落ちた。
雷帝だけに本当に稲妻が走り、地面に大穴が開く。
(んなことに霊力使わなくても・・・)
下界ではまた親子喧嘩かと陰口たたかれているぞと、平伏した犬猿三兄弟、珍しく心で意見が一致。だが、いかずちバックの父親には逆らえず、
「そんなにわしの力が心配であるなら、まずはおまえたちが一度霊力で城を建ててみろ。わしがその出来でおまえたちの力を測ってやろう」
何のために?な命令にも、心得ましたと膝を折る。
猫かぶり三兄弟の服従に、王はいささか気をよくしたらしく、よしと答えた。がすぐに、あ、と言い足して、
「五分で作れよ。わしは出かける用があるゆえな」
女かよっ。三兄弟またもや心で一致する。
が、そこはプライド高々の東領の王族。物見高い家臣たちが見守るなか、それぞれが宙に手をかざして霊力を集める。風の動きが強くなり、青白い光がそれぞれの手の中で膨らんで・・・
「おお・・・」
地面に向けたその手の先から次第に建物らしい影が現れ始めたとき。
父上の肩がぴくりと震えた。それが次第に激しくなり、
「お・ま・え・た・ち・はぁぁぁーーーっ」
雷鳴震々。三男が、やばいと結界を張る。
「おまえたちはコブタかあーーーーーっ!!」
ドッカーンと父上の怒り爆発。いかずちが響いて三人の建てた城が木っ端微塵に宙を舞う。レンガと木と藁と・・・。
父上、さすがに物知り。
「姉上、お父上がまた悪夢をご覧のようですわ」
炸裂する稲妻と強風に眠りを妨げられた次兄の嫁が、長兄の嫁の部屋を訪ない、訴えた。
「それに、旦那様方も。まったく、殿方というのは仕方のない」
美貌の兄嫁もため息をついた。
東領の住民が心配しているのは、蓋天城の起動力でも遠心力でもない。気候を自在に操る王族が、こんな、天界一のお騒がせ家族だということだけである。