投稿(妄想)小説の部屋

ここは、みなさんからの投稿小説を紹介するページです。
投稿はこちらのページから。 感想は、投稿小説専用の掲示板へお願いします。

No.41 (2006/06/06 14:50) 投稿者:

空蝉恋歌〜月下の刃/弐〜

 後ろ手に縛られた縄は、少しでも動かすと肉に食い込んできて手がちぎれそうだった。
「ちくしょ・・・痛ぇな」
 痛みを感じるのはそこだけではない。唇からこめかみにかけて顔の左側に火がついたような、痺れたような感覚がある。
 頭から流れた血は、ほつれた髪ごとかたまっているようだ。
「クソッ! どーなってんだ」
 ひとりごとでもいい、何か喋っていないとどうにかなってしまいそうだった。
「あいつら何モンだ、何でティアのことを・・・やっぱり金目当てか」
 昨夜め組の人足たちと飲んだあと、小火騒ぎがあったのでそのまま加勢に出た。火は大したこともなく消えたのだが、いざ帰ろうとしたとき後から頭を殴られ、気づいた時には真っ暗な部屋の・・・おそらく柱であろうものに縛りつけられていた。
 部屋と言ってもこの暗闇・・・・蔵窓を完全に閉めきった土蔵の中なのではないかとアシュレイは検討をつけていた。
 自分が何故こんな目に合わされるのか説明を求めたとたん体を蹴られ、唾を吐きかけてやったら頭を殴られた。
 奴らはどうやらティアを誘い出したいらしく、アシュレイを使ってどうにかしようと企んでいるようだった。もちろん協力なんてできるか! と応えたがその返事のお返しに顔を殴られた。
「ったく冗談じゃねー。腹減った、メシ食わせろってンだクソッたれ」
 口周りが痛くて喋る事もままならないが、とにかく声を出し続ける。
「俺がこんな目にあってるっていうのに・・・・誰も気づいてね―のか? 柢王は何やってる! お奉行のくせして幼馴染ひとり助けらんねーなら辞めちまえ!」
 八つ当たりもいい所であるが、誰かを責めたい気分だった。
「誰か縄をほどけ、メシ食わせろ・・・・・・風呂に入りてぇ」
 溜息と共にまた腹の虫がなり、よけいに空腹が増す。
「ティア・・・・」
 毎日のように自分を口説きに来ていた男。
 役者のような男前で、女に不自由しないくせに自分のような荒くれ者を好きだという。
 いつも微笑んでいて、本当に愛しそうに自分を見つめてくれる。
 最近ではティアに惹かれていることを認めつつあったのだ。まだ本人には言えないけれど。
「もう言うこともできなくなるかもな・・・」
 火事を消し終わった後、必ずティアは現場でアシュレイを待っている。
 煤けた自分を遠目でも気づいてくれる彼は、決まって目に涙を溜めこんでいるのだ。
 前に一度、怪我人を運んでいたせいで他の者よりだいぶ遅れて戻ったら、目も鼻も真っ赤にしたティアが一人、道を行ったり来たりしていたことがあった。
『良かった・・・・み、皆が無事だからって言うんだけど・・・・君の姿を見るまで心配で心配で・・・・アシュレイ、もし君になにかあったら、私はどんなに遠くても熱い火の中でも迷わず助けに行くと誓うよ。たとえこの手がちぎれようと、この足を失おうと、この目が盲いたとしても・・・・・這ってでも君の元へ辿り着いてみせるから』
 ティアが新たにこぼした大粒の涙に、アシュレイは鼻の頭がつんとした。
『ば、ばぁか、阿呆なこと言うな。そんな姿で這ってこられたら逆に卒倒しちまう』
 必死に平静を装ったアシュレイだったが、あともう少しで泣き出してしまいそうだった。嘘だとしても嬉しすぎる。
「―――――――ティア。お前の事は絶対俺が守るからな。勾引なんかさせるもんか」
 月の明かりも届かず、火もない暗闇の中でアシュレイは死を見つめる。
 火事場で死ぬのは怖くなかった。
 でも、こんな所で誰にも発見されず誰とも分からないやつに殺されたら成仏できそうにない。
 いずれにしても、絶対にティアを危ない目にあわせることだけはしたくない。
 名主の息子。
 それしか彼の事は知らないけれど・・・・・。
 アシュレイがティアを想っている頃、ティアもまたアシュレイを想っていた。
 エンミとキョウが、アシュレイらしき人が駕籠に乗せられた(詰めこまれた)ところを見たという者からの証言を糸口に、彼の居場所をつきとめたのだ。
「アシュレイ、どうか無事でいて」
 懐に忍ばせた絵札をきつくおさえてティアは事の次第を兄と柢王に伝えるよう二人に命じた。

 アシュレイが捕らわれてから丸一日が過ぎていた。
 水をほんの少し与えられただけで、あいかわらず食べ物を口にしていない。
 外にいた見張り役であろう男が二人、蔵の中へ入ってきたがその手に食料らしき物を認められずますます目の前が暗くなる。
 腹がすきすぎて力も出ず頭もうまく働かない。
 縄もほどけない状態の自分がティアを守ることなどできるはずも無いと、この時には諦めを感じ始めていた。
ティアを釣るエサになるくらいならいつでも命を絶つ覚悟はできているが、もしかしたら・・・・今の時点で自分が生かされているという事は既にエサになってしまっているのかもしれない。
 アシュレイは舌をだしてみる。
 これを噛み切ると死ぬというが、実際歯をたててみるとなかなか上手くはいかないものだった。
(舌の先っちょじゃダメだろうな・・・もっと付け根の方を・・・)
「おえぇぇっ」
 舌を出しすぎて声をあげたアシュレイに、見張りの一人が近づいてくる。
「さわぐな、大人しくしてろ!」
ゴン!と頭に拳を打ち下ろされ、舌を出していたら噛み切ってしまうところだった。
「危ね―な!」
 怒鳴った所で、アレ? と首をかしげる。
(・・・・・・死ぬつもりだったんじゃね―のか俺は・・・)
 自分に呆れていると、ギィィィと重く鈍い音をたて蔵の扉がかすかに動いた。
 見張りの男がすぐにロウソクの火を消す。
扉へ向かい問いかけるが返事はなく、細く月明かりが射しこんでくるのみ。
「誰だ、答えろ」
「――――――私の大切な人を貰い受けに来た」
「!」
聞き覚えのある声に、アシュレイが顔を上げる。
見張りが力まかせに扉を開け放つと月の化身のような男が一人たたずんでいた。
月明かりに照らしだされたその顔は、今まで見たことがないほどの険しい表情をしているティアランディアのものだった。
「ティア!」
「アシュレイ、今助けてあげるからね!」
 外からは蔵の中の様子は見えなかったが、アシュレイの声にティアは自然と笑顔になる。
「そうは行くか!」
 男が刀を閃かせティアに切りかかった。
 ティアはと言えば刀身が鞘に収まったまま。
 堪らずアシュレイは悲鳴をあげてしまう。
 ・・・・・しかしそれは、アシュレイの杞憂に過ぎなかった。
 瞬時に腰を落とし、足を踏み出すと同時に抜刀したティアの白刃が、相手の右腹から左肩にかけ一筋の線を描く。
「ティア・・・すげぇ・・・・強ぇ・・・」
 名主の息子である彼が、何故帯刀しているのか、なぜ剣術の心得があるのか。困憊しきっていたアシュレイは疑問を抱くことさえなかった。
 ドスンと顔から倒れこんだ男を見てもう一人の見張り役があわてて逃げ出したが、ティアはそれを追おうともせずに蔵の中へ足をふみ入れる。
「アシュレイ、どこ?」
 月の出ている外が明るかっただけに暗闇に目が慣れず、ましてや奥にいるアシュレイの姿などティアには届かない。
 さっきのアシュレイの声が幻聴だったような気がしてきてティアは声を張り上げた。
「アシュレイ! どこにいるっ、返事をしてくれっ!」
「――――――――ティア・・」
 やっと応えてくれたかぼそい声を頼りに両手を伸ばしソロソロ行くと、途切れ途切れの嗚咽が漏れてきた。
「・・・・アシュレイ・・・泣かないで・・・」
 声を必死に殺して泣くアシュレイの体にやっと手が触れて、ティアは安堵の溜息をつくと柱ごと愛しい人を抱きしめた。
「遅くなってごめん。一緒に帰ろう」
 手探りで縄を切ってやると、アシュレイはティアの手を借りながら立ち上がった。
「・・・・情けね―な、お前のことを守るどころか自分が助けられてちゃ世話ねぇぜ」
「違うんだ・・・これは私のせいなんだよ」
 え? と顔を上げたアシュレイが、外のそれに気がついてティアの体を押し倒した。
「え?え?アシュレイ?こんな所で?」
 何か感違いしているティアを壁の方へ転がすと、直後柱に火矢が刺さった。
「出てくるのだティアランディア。お前の首を入れる箱も用意してある」
「冥界教主!」
 ティアの目が細くつり上がる。
 アシュレイが用心しながら外の様子を窺うと、ド派手な装束を身にまとった男が手下を引きつれて蔵の前に立ちはだかっていた。
 火矢は次々と蔵の中へ放たれる。
「・・・・・・・アシュレイ、私の後ろに」
「いやだ! 俺がお前の楯になる!」
「お願いだから言うことを聞いて」
「誰が聞くもんかっ! お前が死ぬのなんて許さねーからなっ!」
「頼むよ・・・ここにいても焼け死んでしまう。私の首と引き換えに君だけは――――」
「だまれだまれっ! 一体あいつら何者なんだよ? なんでお前を狙うんだ」
 二人が言い争う間にも炎は大きくなり、蔵の中が真昼のように明るくなった。
「お・・・お前が・・っ、死ぬって言うんなら・・・俺も一緒にここで死ぬっ!」
「っ! アシュレイ――――」
 泣きながらしがみついてくるアシュレイを抱きすくめ、彼の乾いた唇を求めようとしたところで、聞きなれた声が耳に届いた。
「南町奉行の柢王だ! テメーら、神妙に縛につけ!」
「柢王っ!!」
 ひしと抱き合っていた二人は同時に叫ぶ。
 見れば表に柢王の他、与力、同心など、大勢が冥界教主の手下と刀を切り結んでいる。
 ティアとアシュレイも慌てて炎を後に修羅場と化した表へ飛び出していった。
「遅ぇーよ、バカッ!」
「おう、生きてたかアシュレイ。ほらよっ」
ポイッと投げ渡された物はアシュレイが昔、愛用していた鳶口だった。
 物を引っかけたり引き寄せたりする道具で、棒の先端に鳶のくちばしに似た鉄製の鉤がついている。
 食事も与えられずさんざん痛めつけられた仕返しをするため、アシュレイは嬉々として刀に立ち向かっていった。
 アシュレイに限らず火消したちは日頃から相手が浪人であろうが旗本であろうが人に危害を加える者を、胆力と機転を頼みとして自刃の下に三寸不乱の舌を巻き屈服させるのだ。
 相手が剣術の達者な武士であれば一命はもとより風前のともしび同然―――――が、それを意ともせずに立ち向かうのだ。
 手足の自由がきけば刀すら恐ろしいと思わない所が恐ろしい。
 一方、柢王はといえば右手に刀、左手に真鍮製の十手を手にしていた。
 相手の刀刃を十手で受け、棒状をすべった刃が鈎で留まった瞬間にそれをひねり刃を捩じおさえる。
 その時、隙を狙ったつもりの者が柢王に切りかかり、逆に彼の右手に光る刀の餌食となった。


このお話の続きを読む | この投稿者の作品をもっと読む | 投稿小説目次TOPに戻る