夢十夜 三 記憶鮮明
こんな夢を見た。
天界の最高権威にして、慈悲の象徴、守護守天。
その慈しみが地上に光を降り注ぐという、絶対存在。
その頭脳には歴代の守天の叡智と記憶が残っているという…。
執務室の机の前に、黄金の巻き毛も美しいひとりの美形が立っている。白い額に守天の御印。あでやかな面に、肌の透けそうな薄物の衣装の胸も開けて、昼だというのにしどけない気配。
そして、その前には麗人のありさまに赤面気味に目を伏せた一人の武人。実直で嘘のつけなさそうな中々の男前。
かれは、目の前で嫣然と微笑む麗人に、いくらか気の立ったような声の調子で尋ねた。
「客人は?」
麗人はそれに、一般人なら悩殺されそうなあでやかな笑みを見せた。
「バルコニーから帰らせた。私の可愛い雛が来たと言ってね」
なやましい仕草で、男の首に手をかける。
昼下がりの執務室にあやしげな気配が漂う。見るからにフェロモン垂れ流しの妖しいまでの美人の挑発に、気まじめ気配り、だが時々地雷を踏む北領の王子(人間界ではたぶん山羊座のA型)は、男らしい顔を赤らめ、
「ネフロニカ様…私を雛だなどと……そのようなことをおっしゃるとは…」
その当惑振りを楽しむように、瞳を覗き込んで、
「なんだい?」
促す守天に、生真面目男は真剣な目で尋ねた。
「いったい、いくつにお成りなのです?」
ピッキィーン。
執務室の外にいた北領の側近たちは、その時何かが張り詰める音を聞いたとか。
人の記憶を修正する能力も、守天は持っている。
天界、人間界を映す遠魔鏡。
その前に立ち、嫣然と微笑む守護守天。
「鏡よ、鏡、この世で一番美しいのはだーれだっ?」
「…てゆーかー、こんなの適当でいいんだって〜」
水がめに入れた水に人差し指の先だけつけて、ぐるぐるかき混ぜながら、聖水を作る巻き毛の守護守天。
「あっはは、目が回りそうだよね〜」
こうしてできた年代物の聖水は、ビンテージと呼ばれ、有難がられている。
年若く、聡明で美しい今世の守護守天が、夜毎、ご先祖様の記憶にうなされているというのは、あくまで、うわさである。