投稿(妄想)小説の部屋

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No.23 (2006/04/06 22:05) 投稿者:花稀藍生

宝石旋律 〜嵐の雫〜(6)

(・・・ここ、どこだ?)

 目を左に向ければ、巨大な黒い壁のように立ちふさがる暗い闇。
 目を右に向ければ、乳白色の光が満ちる上下がない奇妙な空間。

 上も下もないというのは語弊があるのかもしれない。何故なら自分はここに立っている。
 けれど足の下には地面というものはなく、大小さまざま、色もさまざまなガラス球が揺らぎながら、辺り一面に浮かんでいる。そして、遙か下方に巨大な渦が見えた。
 勝手気ままに揺らぎ、動くガラス球を追って左に目を向けると、黒い壁の中間地点(つまり自分が今立っている場所と同じ高さだ)あたりに、動くものがあった。
 目をこらすと、それは人―――しかも少年であることが見て取れた。
 周囲は明るいのに、少年の周囲と背後は月星のない夜のように暗く、少年の手元を照らす球体の光の届くわずかな範囲をのぞく他は全て闇に沈んでいた。
 光と闇の境に少年はその身を置いている。少年の瞳のある部分も闇に沈んでいるため、表情もどんな髪型をしているのかほとんど分からないにもかかわらず、おそろしく端整な顔立ちをしているということは、かすかに微笑む形の良い唇と細いあごの形から伺えた。

 少年は何もない空中に両手を差し上げる。
 しばらく何も起こらなかったが、やがて向き合う少年のてのひらの間にまばゆい光を放つ霧のようなものが集まり始めた。やがてそれはりんりんと震えながら凝って光り輝く透明な球体になり、少年の幼い手の中に納まった。
 手にしたガラス球をかかげると、表面にそっと唇を近づけて息を吹き込めた。すると金色に光るものが球の中に生じ、それが凝って大地となった。少年はにこっと笑うと、球の表面を指で3度弾いた。ガラス球の中の空気が振動し、それが集まって雲となり、出来たての大地に雨を降らせ始めた。大地に流れた雨水はやがて小さな海を造った。
 ただの手慰みだった。せっかく創っても、すぐに壊れてしまうものが殆どだった。周囲に浮いている球体達は、数知れず創った中のわずかに残ったモノ達にすぎない。それすらも、時の流れと共に固く冷えて沈黙するモノや真っ赤に膨れあがって砕け散るモノもあった。
 少年は一度創って手放したモノに、修正の手を加えることは出来ないのだ。
 ・・・少年はため息をついた。
 もっと安定したモノを創れればいいのだけれど。
 けれど少年にそれを教えるモノはなく、ただ一人彼の側にいる者も、彼にそれを教えることは出来ないのだと、これを創ることが出来るのは少年しかいないのだとそう繰り返す。
 ・・・少年は考え考え創るしかない。多くの失敗を糧にして。
 少年はこの行為を繰り返すことしか知らず、ここからどこへも行けはしないのだった。
「・・・それ、「星」か?」
 アシュレイの問いに少年は顔を上げた。そこでようやくアシュレイの存在に気づいたようだったが、いきなり話しかけたアシュレイに驚くそぶりも見せず、かすかに笑った。
『いいや、「世界」だ。―――どこから迷い込んだ? 小鬼』
「誰が小鬼だっ! このガキ! 俺だって何でここにいるのかわかんねーよ!」
 気づいたらここにいたのだ。
 さまざまな大きさのガラス球が浮かぶ、明るい部分と暗い部分が真っ二つに分かれた奇妙なこの空間に。
 明るい部分のはるか下方に、黒々とした渦を巻く場所があって、時折渦の底から白い閃光がひらめいている。小鬼呼ばわりされてへそを曲げたアシュレイが回れ右して渦に向かってずんずんと下り(行きたいと思えば勝手に登ったり降ったり出来るらしい)始めるのに、背後から笑いを含んだ幼い声が届いた。
『あまり近づかない方がいい。混沌(カオス)の渦に巻かれたものは原子レベルまで破砕される』
 アシュレイは慌てて元の位置に戻った。少年はてのひらの中の世界を創り続けている。
 出来たての大地いっぱいに根を広げる巨大な銀色の樹がそそり立ち、枝に雷雲を宿らせていた。覗き込んだアシュレイが首をかしげる。
「太陽はいつ造るんだ?」
 アシュレイの問いに少年が苦笑する。
『太陽を創ることが一番難しい。大きさを間違えると、この世界はすぐ壊れてしまうから。・・・ごらん、あれは、熱量を支えきれずに崩れてゆく世界だよ』
 少年が指した一つのガラス球の中心で、紅く燃えさかるものが、他の全てを焼き尽くし、その熱気で己を覆う世界を内側から砕こうとしている。
『この世界は、今私が持っているこのガラスの世界と同じ。過剰な熱量が生まれれば、たちまちのうちに砕け散る』
 少年とアシュレイが見つめる前で、そのガラス球の表面一面にヒビが走った。
『・・・ああ ・・・壊れる―――』
 少年の声と同時に、透明の破片を振りまきながら飛び出した深紅の火は、弧を描いて宙を飛び、驚くアシュレイの左胸の上に落ちた。
「熱・・っ!」
 あまりの熱さにアシュレイは慌てて叩き落とそうとし、ぎょっとした。服の上には何もいない。なのに胸は熱いまま、しかも、服地を通して胸が赤い光を放っている。
「・・・・?! ?! ?! 」
 あわてて上着の前を開くと、胸から腹あたりまでかけて身体の内部が赤い火に満たされていた。炎が落ちた左胸のあたりがひときわ赤く、何かが内部でその身を揺り動かした。
 ―――高々と尾を打ち振るう その姿。
「・・・ギリ・・?!」
 炎を纏う獰猛な聖獣は、それに応えるように深紅に光った。
 今や内部の炎はアシュレイの全身を満たし、内部におさまりきらない熱は炎となって、襟口や袖口、服のあらゆる開口部から炎を噴き上げ始めた。自らの放つ熱気で髪が上方へ巻き上げられ、深紅に輝くその姿はまさしく炎の化身だった。
 アシュレイのおこす熱気が、上昇気流を生み出し、それに巻き込まれたガラス球達がぶつかり合って派手な音を立てた。
『やめよ! 世界達が壊れてしまう!』
「そ・そんなこと言ったって! これは俺がやってるわけじゃない・・っ!」
 熱気におののきながら少年が叫ぶのに、全身を包んだ炎に恐慌をきたしたアシュレイが叫び返す。周囲の恐慌などそ知らぬげに アシュレイの胸の内に住まう、熾火のように紅く透き通りながら熱を放つ胸のサソリが、ギチギチと尾を振るった。
 熱風に巻き上げられた世界達がはるか彼方に巻き散らかされてゆく。そのさらにはるか彼方―――果ての見えないその先で、ミシッと何か巨大なものが軋みを上げ、その音を聞いた少年が息をのみ、そしてアシュレイを見た。闇に沈んで相変わらず表情などほとんど分からないにもかかわらず、激しい怒りと身震いするような威圧感があった。
 少年はアシュレイを見据え、ひどく静かな声で言った。
『この閉じられた世界の秩序と安寧を司るのが私の役目だ。・・・だが、過剰な熱量を屠るための役目を担うのはこの私ではない―――』
 子供の背後の闇からすうっと湾曲した巨大な刃が現れた。それは、子供の背丈ほどもある巨大な鎌だった。
『我が半身にして我が母、我が姉、―――そして我が暗黒よ』
 とてつもない重量であろう刃をはめ込まれたその柄を何と片手で掴んで支えて闇から半身を現したのは、たおやかとさえ形容されるだろう美しい肢体を持つ、女だった。
 少年と同様、顔は暗闇に塗りつぶされてほとんど分からない。
『そこにいる。』
 少年の手がすうっと上がり、ぴたりとアシュレイを指さした。
『―――屠れ 』
 闇から全身を抜き出すと同時に、一瞬で女は間合いを詰めた。
「おい! ちょっと待・・っ」
 鎌の刃が大きく振りかざされた。
 後ろに飛んで距離をとりながら、間近で見た鎌のざらざらとした刃の表面にアシュレイは肝を冷やした。天界のへなちょこ貴族達が持っているような、表面がつるつるキラキラして
いるだけの、切れ味が悪い刃とは全く違う。
 表面がざらざらとしていればそれだけ摩擦力が増し、切れ味が良くなる。
(・・冗談じゃない! かすっただけでも、ただじゃ済まねえぞ!)
 鎌の放つ光に、少年顔が一瞬浮かび上がった。
「!」
 少年の額には、紋章があった。
(ティア!?)
 いや、ちがう。見たことなどない。そんな紋章は知らない。
 だが、知らないと思うと同時に何故懐かしさを感じてしまうのか―――・・
「・・・!!!」
 首を薙ぎにきた、鈍く輝く白い閃光をアシュレイはかろうじて避けた。
「こ・・の・・っ」
 巨大な鎌を軽々と振りかざして距離を詰めた女の顔を見たアシュレイの足が、一瞬すくんだ。
 深紅の髪、―――深紅の瞳。
「!」
 一瞬の動きの停滞を女は逃さなかった。
 次の瞬間 刃はアシュレイのみぞおちに突きたっていた。
 笛のような音を立てて息を詰め、己の肉体に突きたった巨大な刃と女の顔を見おろすアシュレイの混乱など一顧だにせず、女は柄を握る手にさらに力を込めると、迷いもためらいもなく表情一つ変えることなく、アシュレイの胴を2つに薙いだのだった。


「起きろ!」
「うわっ!」
 腹部を走った鈍い衝撃に、アシュレイは叫んで目を覚ました。
 アシュレイは慌てて起きあがると腹に手をやった。
「・・・あ? ・・・ない・・?! 」
 傷一つないことにとまどい、まだ夢を引きずったままのアシュレイは床に座り込んだまま首をかしげた。その耳元で柢王が大音声で叫ぶ。
「何寝ぼけてんだ!起きろアシュレイ!」
「うわ!」
 暴力厳禁とティアに泣きつかれた柢王は、アシュレイをどうこうする代わりに、長椅子を力任せにひっくり返したのだった。長椅子の上にいたアシュレイは当然ながら床に投げ出されておもいきり腹を打ち、その衝撃で目を覚ましたというわけである。
「余計ひどいよ 柢王・・・」
「まあ、直接手を下さないと言う約束は守っていますからねえ・・・」
 嘆く守天の隣で、犬猿の仲の桂花はにべもない。
 柢王の大音声でようやく夢から覚めたアシュレイが、膝を落としてアシュレイを覗き込む目の前の柢王をまじまじと見つめた。最初は不思議そうな表情がやがてじわじわと険しいものに代わり、そして一気に爆発した。
 突然のことで柢王は避けられなかった。
 至近距離から頭突きをくらって仰向けに床に倒れ、さらにアシュレイがその上に飛びかかって馬乗りになると叫んだ。
「バカ野郎! てめーがあんな事言うから、変な夢見ちまったじゃねえかぁ!」


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