投稿(妄想)小説の部屋

ここは、みなさんからの投稿小説を紹介するページです。
投稿はこちらのページから。 感想は、投稿小説専用の掲示板へお願いします。

No.28 (2006/05/16 23:04) 投稿者:花稀藍生

宝石旋律 〜嵐の雫〜(7)

 蒸気と土埃の舞い上がる現場周辺で地道な探索作業を続けている兵士の一人が、ふと訝しげに顔を上げ、辺りを見回した。
「・・・おい、何か水音が聞こえないか?」
「何をとぼけたこと言ってんだ? すぐ近くに川が流れてんだから水音がするのは当たり前だろうが」
 彼のすぐ隣で作業していた兵士が呆れたように汗をぬぐいながら応える
「――いや、そうじゃない。流れる音じゃなくて、なんというか、ええと、・・・滴り落ちる? 水が一滴一滴間隔をあけて、高いところから落ちて来るみたいな音というか・・・」
 そこまで言って、彼は自分の言っていることの馬鹿馬鹿しさに苦笑した。すぐ近くには川が流れ、多数の人間が呼び交わし、号令を掛け合いながら瓦礫をかき分ける音で周囲はうるさいほどだ。そんな中でそんな音が聞こえる方がおかしい。
 幻聴だ。きっとこの暑さのせいだ。
彼はそう考えなおし、首を一つ振って作業に戻った。

 
「バカ野郎! てめーがあんな事言うから、変な夢見ちまったじゃねえかぁ!」
 天主塔の執務室で目覚めたアシュレイは、ろくでもない悪夢を見るきっかけの言葉を言った柢王への恨みを、先ほどの喧嘩のリターンマッチも兼ねて果たすべく彼に馬乗りになって叫びながら殴りかかる。
「何わけの分からないこと言ってんだアシュレイ! 元はと言えば魔族を見たら頭に血がのぼって周りが目に入らなくなっちまうお前が悪いんだろうが!」
 顔面を殴られた柢王がお返しとばかりに肉の薄いアシュレイの脇腹を横合いから殴りつける。
「なーにが『お前が心配だ』だ!」
「それよりも岩だ! お前が魔族ごと壊した岩ってのはどこら辺にあったんだよ! つーか、何で魔族ごとぶっ飛ばしちまうんだよ! おまえは!」
執務室の床の上で殴り合い、もみあいながら、二人がわめきあう。
「なーにが『おまえの存在を支えきれずに、世界は崩壊するのかもしれない』だ! ろくでもない夢を見させやがって!」
「目撃証言の出来る奴もいねーのに、何で跡形もなく消滅させちまうんだよ! そーゆー時は証拠を残すってのが鉄則だろうが!」
「うるさいうるさいうるさ―――い! とにかくてめーが悪いっ!」
「いくら妖気が残ってても、証拠になるモンがなきゃあ、何にもならねえんだよ! このバカ!」
お互い話がかみ合っていないことにも気づいていない。
上からアシュレイが柢王の腹を殴りつけると同時に下から柢王がアシュレイの顎を殴りあげたが、派手にもみ合っているのでどちらも大した打撃にならない。
・・・幼なじみの喧嘩というものは始末が悪い。
本気で殴り合っているのだが、なにしろ互いの癖を知り尽くしている者同士の喧嘩なのだ。
 よほどのスピード、あるいは力で抜きんでているか、あるいはフェイントをつく攻撃でもしない限り、決定的な一撃が撃てない。
結果、決着が付かないので、はてしなくもみ合うハメになるのだ。

「・・・ああもう、非常時というのにバカばっか」
額を押さえる桂花の隣で、ティアはオロオロとうろたえ、アシュレイが殴ったり殴り返されたりするたびに小さな悲鳴を上げていたが、ついに何を思ったか自ら扉の所まですっ飛んでゆき、外で控えていた使い女に急いで大きな容器に水をくんで持ってくるよう言いつけて戻ってきた。
「・・・守天殿?」
「えーと、だって、喧嘩を止める時には水をかけるのが一番効果的だって前に誰かに聞いたから」
 猫の喧嘩じゃあるまいし、と桂花がため息をつきかけ、バルコニーの方角からした音に目
をやった。
「冰玉?!」
 バルコニーの所で青い小鳥が結界にはじかれてピイピイ抗議の声を上げているのを見てティアが首をかしげた。
「おかしいな、緊急措置として今日に限り冰玉も結界を超えられるようにさっき結界を設定し直したばっかりなのに」
 桂花が慌ててバルコニーの窓を開け放つ。
青い小鳥は桂花目がけて飛び込もうと羽ばたく。その瞬間冰玉がくわえていた黒いものがはじかれた。落ちていくそれを冰玉は慌てて追いかけて空中で拾い上げ、再度執務室に入ろうと羽ばたいた。
 ・・・冰玉そのものがはじかれているのではない。冰玉がくわえているものがはじかれているのだ。
「まさか、あれって・・・」
「守天殿!」
 桂花の声にティアが慌てて結界を取り払う。
 結界が解かれた瞬間執務室に飛び込んできた冰玉は、挨拶のように桂花の周りを一周し、それから一直線に執務室を横切ると、まだわめきながらもみ合っている二人の周囲をピイピイ鳴きながら飛び回った。
 小鳥の声で我に返った二人が同時に喧嘩の手を止める。
「冰玉!」
 柢王が上に乗っかっていたアシュレイをはね飛ばすような勢いで半身を起こして差し出した腕に冰玉はとまり、同時に反対側から差し出されたその手の中にくわえていたものを落とした。
手の中に落とされたものを見て柢王が歓声を上げる。柢王の上から転げ落ちたアシュレイが何事かと近寄って手の中を覗き込み、「あッ!」と叫んだ。
 ティアと桂花も近寄って覗き込み、「やっぱり!」と同時に言う。
 柢王が差し出すそれを、アシュレイはつまみ上げてまじまじと見た。
 温かいような冷たいような、あるいは固いようにもやわらかいようにも感じられる奇妙な触感と質感をもつ、黒く平べったい塊。
 親指の爪ほどの小ささだが、まぎれもなく、妖気が感じられる。
 桂花が頷き、ティアがほっと安堵のため息をついた。
「よっしゃあ! 証拠だ! ―――でかした冰玉!」
 満面の笑顔の柢王にもみくちゃにされた(当人は撫でているつもり)冰玉が抗議の声を上げて桂花の懐に逃げ込んだ。
 立ち上がった柢王が魔族のカケラをつまんだまま展開についていけずにぽかんとしているアシュレイの背中を笑ってばんばん叩く。
「カケラが残ってて良かったな、アシュレイ! ティア! 書状は俺が持っていくから現場にいる南と中央の連中をいったん引かせてくれ!」
「よかったね、アシュレイ! わかったよ柢王、すぐに手配する!」
 ティアがアシュレイの肩をぎゅっと抱いて笑い、すぐさま帰還命令の書状を書き上げるべく執務机に走ってゆく。
「・・・・・」
 冰玉が飛んできてアシュレイの手首に降り立ち、つまんだままの魔族のカケラをつんつん突っつくとみるや、ひょいとアシュレイの指からそれを奪い取るとアシュレイの周りをパタパタと飛び回った。
「コラ遊ぶな冰玉。大事な証拠だ」
 柢王が捕まえようとすると、ピピ、と冰玉は鳴いて離れたところに立つ桂花の肩口に降り立った。桂花が手を差し出すとカケラをその手の中に落とし、桂花がもう片方の手で撫でてやると自慢げに鳴いて目を細めた。
「よしよし、本当によくやった。えらいぞ。・・・しかしまあ無茶をする。いくら頑丈な竜鳥はいえ、雛のおまえがあの熱さの中でよく探し出せたな」
「いっとくが桂花、俺は何かあったら知らせに来いって言っただけだぞ」
「言われたこと+αのことをするこの行動力は、ひとえに吾の教育のたまものです」
「お前スパルタだもんな・・・」
 お前の薬と同じできついのなんのって、と軽口を叩いた柢王が、まだ立ちつくしているアシュレイを覗き込んで首をかしげた。
「なんだなんだアシュレイ、せっかく証拠が見つかったってのに何でそんなシケた顔をしてんだ?」
「・・・・・」
 目が覚めてからの短い間に一気に物事が進みすぎてアシュレイはついていけてない。
 何となくわかるのは、彼らがいろいろ手を回してくれていたということ。
 証拠の品が見つかったことに、彼らが喜んでいるということ。
 自分は今まで長椅子の上でのうのうと寝ていたのだ。
 けれど、誰もそのことで自分を責めない。
 ただただ、本当に喜んでくれている。
(ちくしょう)
不覚にも涙が出そうになった。
(こいつらどうして)
目頭がひりつく。
(何で俺なんかに そんなに・・・)
 ―――まずい。本気で泣きそうだ、と思った時、ティアが書類を折りたたみながら戻ってきた。そっちを見るふりをしてさっと目頭をこする。
「場所が境界線の所で本当によかったよ。中立地帯なら天主塔の権限の方が通りやすいからね。でなきゃ綱紀に触れるから色々大変だったと思う」
「サンキュ、ティア。アシュレイ、お前も来いよ。問題の岩があったトコは、お前じゃなきゃわからないんだからな」
「・・・岩? 何が?」
きょとんとアシュレイが聞き返すのに、やっぱ聞いてなかったな、と柢王が苦笑する。
 そして話をかいつまんで説明する。
「・・・岩の数がおかしい?」
 話の途中でアシュレイが首をかしげた。
「そうだ。18個のハズが19個あったというんだから、あからさまにおかしいだろう。図面と現場の両方を知ってる俺が見たかんじ、どうもお前が魔族ごとぶっ飛ばしたって岩がどうもそれに当たるみたいだ」
「ああ・・・」
 居心地の悪い顔でアシュレイが頷く。
「その岩がどこから持ち込まれたかが分からないから問題なんだ」
「・・・なんでだ?」
 柢王の言葉にアシュレイが心底不思議そうに首をかしげた。
何で分からねえんだ?! 問題大ありじゃねえか! と柢王が本格的に怒り出す前に、ティアが間に割って入ってアシュレイを問いただす。
「アシュレイ、どう考えたっておかしいと思わないかい? 18個のハズが19個に増えているなんて。しかもあんな大岩がいきなりあんな所に現れるなんて。誰かが作為的にやったとしか思えないじゃないか」
 ティアの言葉にアシュレイはますます困惑の表情を浮かべた。
アシュレイの困惑ぶりにティアが首をかしげる。
桂花が魔族のカケラを長椅子の前にあるテーブルの上の飾り皿の中に慎重に置きながら、こちらを向いた。
「・・・何が問題なんですか? それともあなたは、その岩がどこから持ち込まれたかをご存じなんですか? 南の太子殿?」
 こちらを向くきつい紫の瞳に一瞬気押されかけ、それでも持ち前の勝ち気さでにらみ返すと、「南に決まってンだろ!」とアシュレイは怒鳴った。
「岩の数が減っているなら問題大ありかも知れねえけど、増えてる分には別におかしくもなんともないじゃないか!」
「・・・?!」(×3)
 アシュレイの問題発言に思わずあっけにとられた3人の前で、アシュレイは心底不思議そうに言った。
「ある日いきなり岩の数が増えてるなんて事は、南領じゃそう珍しい事じゃないだろ?」


この投稿者の作品をもっと読む | 投稿小説目次TOPに戻る