投稿(妄想)小説の部屋

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No.8 (2006/02/08 12:47) 投稿者:モリヤマ

囁声のない幻夢(ゆめ)・1 (黄門漫遊記2)

 黄色は、天界で最も高貴な色。
 正式な場では閻魔大王と守護主天しか身につけることができない。
 しかし、閻魔大王には「黒」というイメージが強かった。
 ゆえに守天だけが、密かに庶民の間で親しみを込めてこう呼ばれていた。
 黄門さま、と。

「街中と違い、旅の若旦那が気まぐれに立ち寄るには、少し無理がありませんか?」
 ヴォー・ア・グレイの街を後にした黄門一行は、南領と天主塔の中間にある町外れの孤児院の門前に、先刻から立っていた。
 一行の陰のブレーンである桂花の一言に、にわかに足を止め、話し合いを始めたからだ。
「他国から来た商家のボンボンが、わざわざ町外れにまで足を伸ばして孤児院を慰問か。…ありえねぇなぁ」
 確かに不自然だと、柢王の言葉に山凍も頷く。
 天下の守護主天に各国王族・武将達が仰々しく市中を歩き回ったのでは、混乱の元になりかねない。当然、旅はお忍びだ。そのためこれまでは、守天は某国の大店(おおだな)の若旦那という設定で、お付きの者は少数精鋭。全員が変化または変装して偽名で呼び合うことにしていた。
「格さん(山凍)が、おせっかいな旅の隠居ってことで、寄付を申し出るのはどうでしょうっ?」
「それも少し無理があるのでは?」
「……隠居……少し……」
 カルミアの無邪気な提案と、桂花の冷静な見解に、山凍の呟きは風に消える。
「いいじゃねえか、黄門サマで。子供達も喜ぶんじゃねえか?」
「危険では?」
「はっ! こんだけ揃ってて危険なんてあるか!」
「まあ…そうですが。それじゃ、黄門様で」
「うん、行こう」
 能天気な柢王と自信満々なアシュレイの言葉に、一行は門をくぐった。

 さて、突然の黄門一行の訪問は、院長はじめ教師達おとなを驚き慌てふためきさせつつも、子供達とともに心から歓迎された。
 そこでまず最初に院内を案内され、敷地内の安全を確認した一行は、山凍・桂花・カルミアの三人が守天警護のためその場に残り、アシュレイと柢王は「黄門様の所用でちょっとそこまで…」とありきたりな言い訳を使って外に出た。
 そもそもわざわざこの孤児院に立ち寄ったのは、アシュレイの魔族レーダーが微妙に反応したからだった。
 しかし、数年前魔族に襲われ閉鎖していた孤児院は、襲撃以降魔族の確認報告がないことと徹底した周辺調査の結果、数ヶ月ほど前に再開したばかりの施設で、たとえば裏手に鬱蒼と広がる森も、近くを流れる浅いけれど幅広の川も、昔噴火したという少し離れたところの休火山も、そういう意味では国に安全を確認された場所のはずだった。

「どうだ、アシュレイ。なんか出たか?」
「…いや」
「こっちもだ」
 たいして時間もかからず周辺の気を調べ終えた二人は、ちょうど孤児院の建物を見下ろす上空で落ち合った。
「いまも感じるのか?」
「わかんね」
「はー!?」
「逃げたか…それとも魔族じゃねーのかな」
 ぶつぶつと一人ごちるアシュレイに、なんじゃそら、と思った柢王だったが、慎重に言葉を選んで問い返す。
「……魔族じゃない、けどおまえが反応したってことは、天界人の気脈とは違ってたってことだよな。それに『微妙に感じる』って最初に言ってたよな。…そりゃ、魔族にしろなんにしろ、そいつの力が弱いってことだよな?」
「ああ…」
「んじゃ、大丈夫だろ」
「でも!」
「ここらへん、確か南の兵士の見回り特区に入ってたよなぁ?」
「…まあな」
 孤児院再開に伴い、周辺地域を巡回特区指定することに元帥の一人から強力なゴリ押しがあったことは、軍はもちろん領内でも極秘のはずだ。意味ありげに笑う柢王に、動揺を隠してアシュレイはなんとか冷静を装う。
「魔族だって、そうやたらめったらにボコボコ出てくるもんでもねーしさ」
 それに…、と柢王の力強い目がニヤリと笑って茶化すようにアシュレイを見る。
「俺たちが揃ってて、危険なことなんてないんだろ?」
「そう…だな。前にも魔族に襲われたとこだから、俺も少し過敏になってたのかもな…」
 けれど、親友のいつになく覇気のない曖昧な返答に、柢王はひとつ息をつくとポンポン背中を叩きながら、一度戻ろうぜ、とアシュレイを促した。
 

「黄門さまぁーーーーーっっ」
 孤児院の小さな庭で、ティアは小さな子供たちにわらわらと円を描くように取り巻かれていた。その外周を院長や数人の教師達が少し心配そうに立っている。
 調査から戻った柢王とアシュレイを含めた供の者達は、少し離れた場所から楽しげにその様子を眺めていた。もちろん、万一の場合に備えて気は抜かず、周囲には結界が敷いてある。
「しっかしすげーな、ガキんちょパワーは」
「いいんですか? ちょっと危ないですよ」
 ティアを中心に、時折おしくらまんじゅう状態なのを心配した桂花の一言だった。
「う、う、う、…僕も行きたいっっ」
「…行ってもいいが、八(八兵衛=カルミア)じゃ跳ね飛ばされんじゃねーかー?」
「行って来ます!!」
 フンッ!!と鼻息も荒く飛び出したカルミアではあったが…
「…玉砕、ですね」
 意気込みだけは充分だったが、如何せん体力が伴わなかったらしい。守天のそばにたどり着く以前に、まず守天を取り巻く周囲の子供達の輪の隙間にさえもぐりこめず、カルミアははじき返されていた。
 しかしカルミアの無謀な行動は(というか、カルミアだから無謀)、いつもながら仲間達にひとときの笑いと休息を提供したのだった。

 そんなくつろいだ様子の供の者達とは別に、ティアは根気よく子供達一人一人の声に耳を傾けていた。
「黄門さま、こんにちはっ」
「こんにちは」
「こんにちはっっ」
「こんにちは」
 声をかけてもらえるのがよっぽど嬉しいらしく、子供達は挨拶だけを代わる代わる何十回も繰り返し言いにくる。もっと話してみたいのは山々だが、綺麗な黄門様にそれ以上いったいなにを話せばいいのか、幼いながら緊張して戸惑っているようだった。
「こんにちはっ」
「こんにちは…あれ?」
 一人の男の子のおでこが少し赤くなっている。
「ここ、どうかしたの?」
 守天が問うと、
「あのね、」
「あのねっぼくとごっつこんこしたのっ」
 隣の男の子が小さな両手で前髪をかき上げて守天に見せる。
「そうか…痛かったね」
「だいじょうぶっ、いたくない」
「ぼくも、ぜんぜんっいたくないっ」
「偉いね、ふたりとも。ちょっとだけ、じっとできるかな?」
 そうして、守天はふたりのおでこを手光で治してやる。
 それを見ていた子供達、
「ここ、さっきころんだとこっ」
「おはなのとげがささったのっ」
 早速守天の前に自分の膝小僧や指を突き出してくる。
 他にも、走ってわざと転んでみたり、隣同士でおでこをぶつけてみたり…。
「ぼくもいまころんだーーー」
「あたし、ごっつんこしたのーっ」
 口々に自己申告する怪我人達に思わず笑みがこぼれた守天は、押し寄せた子供達を一列に並ばせ、ひとりひとりを順番に診てやることにした。怪我と言っても軽いものだし、実際治す必要のない程度のものがほとんどで、子供達が「黄門様」に構ってほしいだけだというのは分かっていた。中にはつられてただ並んだだけの小さな子もいて、形だけ手をかざして「もう痛くないかい?」と尋けば「うんっ」と大きな声で満面の笑みが返ってくる。守天には、それがなにより嬉しい謝礼だった。
 そしていよいよ治療希望の列も終わりに近づき、最後の子供の番になったとき。
「こうもんさま? つかれてなぁい?」
「大丈夫だよ」
 優しく微笑んで答える守天に、そのまだ小さな女の子は院服のポケットからハンカチでくるんだなにかを大事そうに取り出した。
「きれいだから、あげる」
「ありがとう。…なにかな?」
 優しく微笑んで礼を言うと、守天はハンカチの包みをほどき、中から現れたものを手に取った。
「これは…?」
 その瞬間、守天はゆっくりと崩折れる。
「黄門さま…?」
「…ティアーーーーー!!」
 アシュレイたちが駆けつけたとき、すでに守天に意識はなかった。


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