ヴォー・ア・グレイの噂話・後編 (黄門漫遊記1)
「もう、いいでしょう」
さほど時間もかからずズタボロに変わり果てた悪漢どもを見て、少し気の毒そうに守天が告げる。混乱を避けるための忍びの旅ではあるが、もし混乱が生じた場合、やはり身分を明かすしかない、その場合の事態の収拾法も決めてある。
守天の声に、すかさず「静まれ、静まれい! 一同、頭が高ーい!」の柢王、そして山凍がサササと守天の隣に寄り、守天が額にかかる髪をかきあげ御印を示すと、声高らかに説いた。
「ここにおわすおかたをどなたと心得る、畏れ多くも……、…、…、…、…さ、…前(さき)の守護主天、ネフロニカ様にあらせられるぞ」
「ははぁーーーーーーっっ!!」
「あはははははははははははは」
悪漢どもはもちろん、市中の者も全員土下座をする中で、突然のネフロニカの高笑いに山凍以外の一行メンバー4人は完全にド肝を抜かれた。
(山凍が、途中、言葉に詰まったわけは、それか…)
ついさっきまで多少はおひきずりっぽいマントを羽織ってはいても、もしかしたらどこかの豪商か貴族のご子息なのかも…という程度の若様風におさえてあった外見が、いつのまにか(そしてなぜか)うねうね伸びたくるみ色の髪と、マントに羽根でも背負ってるのか、ド派手な衣装に大変身だ。
「…のっとられたな」
「ああ…」
「ですね」
「に、兄様っ…」
「バカ、…おまえもバカ、フフ…」
そんな外野をよそに、ネフロニカは次々と土下座の悪漢どもを指差して歌うように宣告する。
「おまえは一番バカだね、ふふ、そしておまえは最高にバカ」
骨折男とティアを乱暴に引き寄せた男は、ひときわバカ度が高いらしい。
しかし、バカの一つ覚えとは、こういうことを言うのかと思いたくなるくらい、バカバカバカバカ…キリがない。
「…ネフィー様、そろそろお裁きを」
「あはは、バカだね、山凍」
「おい、山凍までバカだってよ」
「…話しかけるなっ、こっち見てるぞ!」
チラッとこちらを見やったネフロニカにぎこちなく笑みを返すアシュレイと、腰のあたりで手を振ってみる柢王に、フフ…と意味深に笑いかけたかと思うと、
「山凍、バカにはね、つける薬がないんだよ。知ってる?」
「は? いえ…。すみません、勉強不足で」
「フフ。謝らなくていいよ。おまえはね、バカでも私の可愛い雛なんだから」
「は…、はあ…」
「でもねー」
と、土下座連中に向き直ると
「バカなオヤジは、許せないな」
(ひ〜〜〜〜〜〜…!!)
「バカはね〜、恥ってものを知らないからね。フフ。特別恥ずかしい罰じゃないと、お仕置きの意味がないよね」
なにがいいかな〜〜っ、と前・守天はお仕置きを考えるのが楽しくてたまらない様子だ。ついていけるのは、もはや『バカでも可愛い』とネフロニカお墨付きに嬉しそうな、山凍以外にはないだろう。
(顔は笑ってるけど、目がこわいよーーー、ティア、早く戻ってきてくれーーーー)
アシュレイと柢王の心の叫びと祈りが通じたのか、ティアは戻っては来なかったが、お仕置きは自分と山凍だけで充分と、笑顔のネフロニカに先に宿を取って待つように命じられ、後ろ髪を引かれる思いではあったが、4人は早々にその場をあとにした。
(ごめんっ、ティア…。でもたぶん、おまえ自身に害はないはずだからっ…!!)
(許せ許せ許せ……!! つか、気づいたとき、ティア怒るだろうなぁ…)
(触らぬ神に祟りなし。山凍殿にお任せして、この場は去ります。守天殿、どうかご無事で…)
(兄様っ…お団子…うぇぇぇっっ)
その後、非常に恥ずかしいお仕置きが悪漢どもに下された(らしい)。お宿で待機の4人にも、たまにかすかな悲鳴と、さざなみのようなくすくす笑いが聴こえてくる。
「…お仕置きって、いったいなにをしてるんでしょう」
「兄様、大丈夫でしょうか…ぐす」
「八、おまえ、ちょっと見てこいよ」
「なななんで僕が! だいたいあなたこそ、兄様を守るとかなんとか言ってたくせにっ、…この卑怯者っ、弱虫っっ!」
「…んだと、この〜〜〜!!」
「あー、うるせーうるせー」
宿屋で待つ4人の元に、守天と山凍が帰り着いたのは、それから数刻あとのことだった。疲れた様子の守天に、誰もなにも言わず、ただ静かに休ませた。
聞きたいことは山ほどあれど、旅はまだ続くのだ。いつでも聞きたいときに聞けばいい。
そうして、一行は一晩泊まっただけで、次の街へと旅立った。
前日の派手なパフォーマンスと違い、まるで別人のようにやつれ、気だるげな黄門の様子に、お見送りに殺到した街の者たちは皆、心を奪われ、一行が見えなくなっても、いつまでも手を振り続けたという。
一行が去った後、黄門の情け容赦ないお仕置きで、街の悪漢どもが一掃されたヴォー・ア・グレイの街では、再びの『黄門フィーバー』に盛り上がった。二度あることは三度ある、と噂が広がり、黄門様目当ての観光客がまた増えているとか。街では心からの感謝を、新商品開発(黄門お仕置きグッズ)販売へと込めるつもりのようだ。
そんなふうに、守天の懸念であった、ヴォー・ア・グレイの街への訪問は無事成し遂げられた。
しかし、黄門(ネフロニカ)の名裁きのおかげで、「黄門様(ティア)は変態らしい」という噂が、新たに天界中を駆け巡ることになろうとは、思いもしない、旅の途中の一行だった。
終。