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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.79 (2007/01/30 15:50) title:Colors 2nd. In the Wind
Name:しおみ (170.115.99.219.ap.yournet.ne.jp)

『起こり得る可能性のあることは全て起こり得る──(マーフィー)』

『ヘブンリー707、CGAで着陸を誘導します、ファイナル・コントローラーと交信して下さい』
 管制官の指示に、アシュレイの背中は寒くなる。理想的な着陸を誘導するILS無線はやはり使えないらしい。
 しかも、周波数にあわせて交信した管制誘導官はこともなげに、
『アプローチング・ストレート。迂回せず進路120度、高度2500で水平飛行してください』
 ツララが入った気分のアシュレイの隣で、監査官がにやにやした。
 ILSと呼ばれる二大無線は、コクピットのモニター上に機体バランスや進入角度を映すシステムを含んでいる。パイロッ
トは自分の状態を画像で見られるので修正がしやすく、着陸がスムーズに行きやすい。
 それが使えない時は、画像の役割を地上でレーダーを見ている管制官が声で果たしてくれる。その差はまさにテレビとラ
ジオ、情報の伝達量が桁違いに少ない。それだけにパイロットの視界と感覚が頼りになるのだが・・・・・・。
 もともと、この空港が困難な理由は、市街地の中に空港があるといってもいいぼと街が近いことなのだ。ちょっと間違え
ば大惨事につながりかねない。
 なのに、管制は上空からまっすぐ滑走路へ向かうショートカットを許可してくれた! 経費と時間削減の親切だが、
初着陸の監査の新米機長はすぐさまビルを目指すそのラインを喜ばない。
 が、やるしかないアシュレイはせいいっぱい冷静を保って、監査官にオーダーした。
「セットCDU、インターセプト、ランウェイ12ファイナルコース」
「ラジャー、セットCDU。スタンバイ・フォー・エクスキュート」
「エクスキュート」
 アシュレイもセットされた画面を確認、頷いた。
 高度を下げていくと雲のなかにあざやかな海が見えてくる。浮かんでいる宝石のようなエメラルドの島。客だったらす
てきな眺めだ。
『ビギニング・ディセント』
 下降開始の声に従い、機体がどんどん降りていく。視界がどんどん開けていく。緑の島の先端に金色の尖塔のようなものが
混じる高い建物の群れが見えてくる。小高い丘の斜面に白い平屋がいくつも見える。油断なく全てを見ながら指示を聞く。
『オン・コース、オン・グライドパス』
 コースも進入角度もよし。管制の声に続いて江青が1000フィートのコールをする。自動操縦から手動に切り替え
る。視界は良好、良好すぎる。街の姿が見えてくる。管制の微調整に合わせて機体を左右に繰りながら降りていく。
「アプローチング・ミニマム!」
 目の下に、飛び込んでくる。くすんだベージュのビルが竹林のように立ち並んでいる街。古びたレンガの寺院。丸く尖った
帽子のような尖塔。色とりどりの看板。道路を走る車の列。こんなに見えたことはいままでない。
「ミニマム!」
「ランディング!」
 声がかすれた。風にはためく屋上の国旗。鐘楼の鐘がすぐそこに見える。テラスにいる人の顔さえ見えそうな上を、ジェッ
ト機の腹が拭っていくのだ、冗談抜きで近すぎるっ!
(触れるなよーーーっ)
 そんなわけはないのにうなぎ昇りの心拍数とは裏腹に、手足の感覚に集中してホィールをぐうっと水平に引く。
陽光に黒く煙る滑走路が目の前。向い風、出力なしで滑り込む。
『3、2、1──』
 ドンッ、車輪が滑走路に着いた。
(よ、よかったぁぁ・・・・・・)
 ガタガタ走るランウェイで、思わず、心でつぶやいた。
 こんなにどきどきしたフライトは、久しぶりかもしれなかった。

「やるね、今日の機長は」
「うん、ぶれてなかったし、いい着陸だったよ」
 機長たちが口々に誉める様子に、ティアは嬉しさを噛みしめた。
 着陸前に機長たちに勧められ窓辺の席に移ったのだが、実際、海が見えたと見るや、小高い丘、目のすぐ下に街が飛び込ん
でくるような眺めにびっくりした。柢王も驚いたようで、後ろの席からすげぇとつぶやいていたのが聞こえた。
「今日は特に近かったんですよ。ふだんはもう少し南側からアプローチしますから。いい着陸でしたね」
 説明してくれる桂花は当然ながら驚いた様子はない。ただよくできたのは事実らしい、誰もが誉める。ティアは単純に嬉
しかったが、ラックから桂花と自分の上着を取り出した柢王は肩をすくめ、
「こんなとこ頻繁菜飛んでたらうまくもなるって。俺もうかうかしてらんねーよ、早く入れてもらわねーと」
 あくまで機長、あくまで負けず嫌いな幼馴染にティアの笑顔は満開になった。

 まばゆい光差すロビーはこじんまりしているがどこからともなく潮風の吹くリゾートの様相。サンドレスの女性たちが、
ご一行さまの首にレイならぬ細石のような首飾りをかけてくれた。
「すげぇ、これ水晶だよな」
 きらきら輝く石を日に透かして尋ねた柢王に、
「この島は水晶の産地でもあるんだぞ、規模は小さいが。サンゴ礁も美しいし、リゾートにはもってこいだ」
 答えたのは、こんなリゾートなのにネクタイつけたスーツ姿の山凍部長。堅苦しいのか暑苦しいのかにわかに判断に苦しむのはそ
の開放的でない顔のせいだろうか。だが、かれは仕事なのだ。ティアが側に来て、ホテルの場所がわかるかと尋ねた。桂花が、は
いと答えるとティアは頷いて、
「私たちはこれから王宮に伺うけど、夕方にはホテルに入るから。着いたらまた連絡するから、それまでゆっくり楽しんでね」
「君たちには本当に頑張ってもらったからな。ゆっくり骨休めしてくれ。柢王、おまえは羽目を外すなよ」
 笑顔のティアと共に去って行く部長は、その背中に、差別待遇された機長が舌を出したのはご存じなかった。
「一度ホテルに入って休みますか」
 尋ねた桂花に、柢王はうーんと唸った。
 眠いのは確かだ。ふだん、柢王は夜間の後は、一気に五時間ぐらい仮眠してから動くのだ。桂花も知っているから聞いてくれ
たのだろう。が、桂花がいるのに先に仮眠などするわけがないとわかる柢王は、あげく爆睡、目が醒めない予感がする。
 別に、桂花が一緒に爆睡してくれるなら構わないが、寝不足でもないのに半端に寝たらペースが乱れるから絶対に起きて
動くに決まっている。すれ違うのはふだんだけで充分だ。
 実際、フライト前夜には絶対に会ってくれないし、飛ぶ可能性がある時には会っても指も触れさせてくれない恋人を持っ
たのは初めてだ。桂花自身のフライトだけでなく、柢王がフライト前でも同様だ。絶対に無理はさせてくれない。なにがあっ
ても飛ぶこと優先──そういう面ではとことんシビア、絶対に妥協してくれない。
 が、それは柢王にも納得はできる。同じ立場にいる相手だから、言わなくても通じることもたくさんある。フライトの遅着
で約束が流れても不可抗力だとわかっているからそれで終り、後に引かない。パイロットはある意味割り切りの早い人種だ
から、無理なことにこだわるより可能なことを見つけるのがうまい。
 それに、つきあってくれる時の桂花は、全然負けてない感じがこの上なく刺激的な恋人だ。あまりに嬉しくてつい度を越
すので、結果、フライト前には遠ざけられるのは自業自得だろう。柢王もわかっている。
 限られた時間で会って、触れて、話をしたり、観察したり。新しいことがわかる度にどきどきする。そんな相手は今まで
にない。一目惚れではあったけれど、実際つきあいだしてからの方が桂花に惹かれていると実感できる。
 だからもっといろんなことを知って、話して、できれば一緒に暮らして私生活でも同じものを共有したい──そしてメールは返してもらいたい!
 そのためにもいまは寝ている場合じゃない。
「観光──夕方まで観光して、ホテルに入って、飯」
 刺激的な緊迫戦はその後で盛大にやろう。自分に言い聞かせるようにそういうと、
「大丈夫ですか、柢王」
 紫色の瞳が伺うように光る。フライトの時なら、桂花がそんなことを聞くことはない。柢王は笑って、
「へーきへーき。どうしても眠かったらホテル入るけど、ちょっと歩こうぜ」
 何事にも聡い恋人の瞳を覗き込む。と、
「無理はしないで下さい」
 言ってくれるまなざしが優しくて、思わず前言撤回したくなった。

 そんなオプション機長の葛藤をご存知ない皆さんは、別行動を快諾してくれたばかりか、スーツケースだけ先にホテルに運
んであげるよとまで言って下さった。さすがにサービス業だ。
 明後日の昼ぐらいに皆で一度ご飯でも食べようかと、さらり約束しあってタクシー乗り場で解散。
 見送り終わって、街へ出て行く柢王たちの背後で、
「間違いない、あんなの他にいないからなぁ。でも、何でこんな島にいるんだろうな。バカンスか?」
「今日の便にはいらっしゃらなかったですよね。いたらCAが何か言ってくるし。他社ですかね」
「あー、なんか悪目立ちするから自社機に乗るなって奥さんに言われてるらしいよ。でもあれで他社に乗られたら恥ずかし
くて、他社のクルーと顔合わせられないよなぁ。せめてホテルは一緒じゃない事祈ろうぜ」
 玄関から出てきた黒っぽい制服姿のパイロットたちが、何事か心配顔でタクシーに乗り込んでいく。

 海の匂いと、埃っぽい街の匂い。けばけばしいほどカラフルな看板や店舗がビルのテナントに入っている。込み合って窮屈
そうなビルの街。なのにちょっと視線を反らせば、古いレンガの寺院らしい建物が厳かに建っていたり、くすんだ金色の
尖塔が覗いていたり。つややかな緑に目が醒めるような黄色やピンクの花を豊かに咲かせた木々が揺れて、人々も鮮やか
な民族衣装に見を包んだり、スーツだったりまちまちで、飛ばして過ぎるポンコツ車の間を器用に縫って道を渡る。
「おもしれー」
 柢王が眠気と欲求を忘れて瞳を輝かせる。日差しの強さの割に湿度はあまり感じないのは潮風のせいか。桂花はサングラスを
かけているが、柢王にはこの開放的なまばゆさはむしろ歓迎だ。
「よし、そんじゃぐるって見てまわろうぜ」
 ご機嫌な笑顔を見せて、桂花の手を取った。

「技術面では心配ありません。有視界飛行も初めてにしては正確で安定していました。あとはアプローチの際の指示に
若干ためらいがありましたが、すぐに慣れるでしょう。合格です」
「ありがとうございますっ!」
 アシュレイは心から礼を言うと大きくため息をついた。江青が笑ってその肩を叩く。
「いや、実際よくできましたよ。初めての空港でいきなりショート・カットを命じられたらベテランの機長でも迷うものです。
でも、あなたは実に落ち着いてできた。訓練した甲斐がありましたね。今後も楽しみです」
 監査書類に結果を記入する機長の隣、自分もフライト日誌に署名しながら、アシュレイは安堵のため息をついた。
これで飛べる。
(あいつのおかげだよな──)
 自分の判断で機体を運ぶ有視界飛行の重さと快感。パイロットになってよかった。パイロットとしての視野がまた開けた
フライトだった。

「これでアシュレイもこの路線の人ですね」
 王宮に向かうリムジンのなか、ティアは嬉しそうに山凍部長に告げた。長年、ティアの側にいる山凍もアシュレイたちの
ことはよく知っている。嬉しそうに、
「ここは難しい路線だと聞いていますが、これから活躍してくれそうですね」
「王室の方も良くして下さっているし、大事に育てて行きたい路線ですね」
 窓の外は美しい木々が揺れる海岸線が続いている。込み合った街を過ぎるとすぐに透き通ったブルーに真っ白な砂浜の
続く海に出られる。そのギャップがまた将来滞在型になるだろうこのリゾートの魅力だ。
「うちがここへ入ることで、ご親切にお応えできる結果になれるといいんだけど」
 その風景を見ながらつぶやいたティアに、
「いい結果にできますよ、うちのスタッフたちなら」
「本当だよね」
 微笑みあうオーナーと広報部長を乗せたリムジンは、やがて小高い丘の上に建つ、白亜の大理石ときらきら輝く水晶
の王宮へと到着したのであった。


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