投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
「柢王様!」
200メートル離れた地点の空中から柢王とアシュレイを見ていた兵士は、空中へ伸び上
がった巨虫が目の錯覚を思わせるような急激な動きで二人を襲い、さらに上空へ巨体を立て
るように伸び上がるのを、そして一瞬だが大顎の部分にマントがはためいたのを見た。
「柢王様が!」
「・・い、いけない、すぐお助けせねば!」
口々に叫んで空中を飛び出しかけた兵士達は、しかし次の瞬間 それぞれ体の一部を突き
飛ばされて後方へ吹っ飛んでいた。
「・・・総員退避―――っ!」
兵士達の間に目にも留まらぬ速さで飛び込んできた南の太子が、彼らを突き飛ばしたと気
づいたのは、再度後方へ突き飛ばされてからだった。
「あ、アシュレイ様っ?! 何を・・・ 」
空中で体勢を立て直した兵士が抗議の声を上げかけるその横を、尻を蹴飛ばされた兵士が
回転しながら吹っ飛んでいった。
「後退しろ―――っ!」
真っ正面に南の太子の顔があった。力強いとか(凶暴とか凶暴とか凶暴とか)など闘う王
子のイメージが非常に強いので、間近で見た華奢な顔立ちのその意外さに兵士は一瞬見とれ、
そして今はその顔が、焦りに青ざめている事に気づいた。
左腕にズタズタに裂けた布にくるまれた大きな包みをかかえている。 よく見ればそれは
柢王元帥のマントであり、赤黒い染みがじわじわと広がっているのが見えた。
「―――ま!まさか、柢王様がお怪我を・・っ?!」
慌てて近寄りかけた兵士の肩をアシュレイは掴んで方向転換させると押し出すようにし
て自分も走り出す。
「逃げろ!とにかく速く走れ! あいつが術を抑え込んでいるその間に!」
「あ、あいつとは? それよりアシュレイ様!その包みは?! 柢王様がお怪我なさっている
のではないのですか?!」
アシュレイが兵士の顔を一瞬ぽかんとした顔で見た。
「な・何を言ってやがんだぁぁ! あいつなら怪我どころか、かすり傷一つなくあそこで
ぴんぴんしてる!」
「・・はっ?! しかし その包みは」
「まだ気づいてないのか?! ここら一帯の霊気が、あいつの戦闘霊気に反応して全部“雷”
の気に変わろうとしている! ここにいたら確実に巻き込まれるぞ、早く退避しろ!
急げ―――っ!」
アシュレイのその言葉に、わけの分からぬまま走っていた兵士達は、ようやく周辺の空気
が殺気立っていることに気づいた。
「・・・うわっ!? 服が体に張りついてくる!」
「・・な、何だこれ・・? か・髪が・・逆立って・・?! 」
電荷を帯びた服が体に張りつき、また髪が逆立ち始めるのに兵達は動揺し、あわてて走る
速度を上げた。
「・・・・・!」
走る兵士達の殿(しんがり)に付いて走りながら、アシュレイは後ろを振り返り、そして
上空を見上げた。
渦巻く凶暴な霊気の中心に巨虫と柢王がいる。 ・・・その上空に凄まじい速さで黒い雷雲
が広がって彼らの後を追いかけてきている。雷の気を孕んで重く高く立ち上がるその巨大な
姿にアシュレイは息をのんだ。
(・・・心臓が止まりそうなくらい人に心配をさせたと思ったら、次はこれかよー!)
・・・あの時。巨虫の頭部を飛び越えて最初にアシュレイの視界に入ったのは、巨虫の大顎
の下にある巨大な開いた口に、肩口まで頭を喰われた柢王の姿だった。
「・・・ ・・・ 柢王・・・・・ うそ、だろ・・・ ? 」
巨虫の大顎にまで飛び散って滴り落ちる血と、あたりに満ちる血臭に、言葉を失い絶望に
青ざめ、斬妖槍を取り落としかけたアシュレイの目の前で、 しかし次の瞬間、てっきり喰
われているものと思われた柢王の頭が口からひょいっと抜けだしたのだ。
さらに巨虫の口元に添えた左手で体を支え、右腕を肩口まで真っ赤に染めながら、巨虫の
口の中から何かを引きずり出した柢王が、そこでようやく側に浮いてあんぐりと口を開けて
いたアシュレイに気づいて笑いかけたのだ。
アシュレイは再び斬妖槍を取り落としかけるほど安堵すると同時に、周囲に満ちた戦闘霊
気と、巨虫の巨体を幾重にも縛り付ける青白く細い稲妻に気づいたのだった・・・。
(・・・そりゃ、確かに頭部に近い方が攻撃して、残った方がフォローに回るって承諾したさ!
けど!こんな広範囲に攻撃領域を設定する必要がどーこーにーあるんだよ!)
兵士を押しだして走りながらアシュレイは柢王の凄まじい力に背筋を震わせた。 いつも
より術の立ち上がりが早い。それに攻撃範囲も広い。しかし何よりもすさまじいのは、その
広範囲に満ちた術の発動を、アシュレイが兵士達を逃がすまで、柢王が抑制し続けていると
いうことだった。
術の発動を途中で抑え込むと言うことは、ヘタな大技を放つよりも難しく危険であること
をアシュレイは知っている。
(クソッタレ・・! あいつの霊力は,そこまで上がってるってことかよ!)
「やりたりてねーのは、てめーのほうだろーがー! ばかやろーっ!」
「・・はっ?! アシュレイ様? 何か言われましたか?!」
アシュレイに肩口を掴まれて走り続けながら問い返す兵士に、アシュレイは左腕に抱えた
大きな包みを押しつけ、そのまま肩を押し出した。
「なんでもないっ! これを持って先に行った負傷者達を追いかけろ! こいつは食いち
ぎられた兵士の足だ! ティ・・守天殿なら、つなげてくださる! 足を止めるな! このま
ま天主塔へ行け! 高度を下げるな! あいつが誘導するから雷の直撃を受ける心配はな
い!怖いのは、落ちた後に地面に跳ね返ってジグザグに飛んでくるヤツだ! ・・・!」
周囲に満ちた“雷”の気が急激に震えて光を放ち始めた。
( ・・・もう限界だ! )
アシュレイは足を止め、兵士達に向かって叫んだ。
「耳を塞いで目を瞑れ!―――来るぞ!」
・・・柢王の周囲は彼の戦闘霊気と“雷”の気の共振で青白い光を放ちながら凄まじい勢い
で振動していた。 空中に浮いた彼の足元で、巨虫がギチギチと音を立てて身じろぎしよう
としているようだったが、巨体に幾重にも巻き付いた青白い細い稲妻がそれを抑え込んでい
た。
「・・・無駄無駄。親父直伝の縛雷術だぞ?暴れたぐらいで解けると思ってんのか?」
アシュレイが兵士を逃がしているのを目の片隅で追いながら、柢王は笑った。
・・・兵士の足を見つけられたのは幸いだった。 アシュレイを突き飛ばした時、開いた大
顎のその向こうにある巨虫の口の中に何かが見えた。 巨虫が伸び上がろうとするのを幸い
大顎の端に掴まって反動をつけると巨虫より先に上空へ飛びあがり、 巨体が伸びきったと
ころを稲妻で縛り付けて動けないようにしたのだ。
口を無理矢理こじ開ける時に血が派手に飛び散ったのと、兵士の足がかなり奥の方に引っ
かかっていたので、頭まで口の中に突っ込んで手を伸ばさなければ取れなかったことには閉
口したが、これで少なくともアシュレイの心の重荷が少なくなるのなら、血で汚れることな
ど安いものだった。
「・・・それにしても、アシュレイ様々、だな。まったくあいつの霊力ときたら・・」
頭上に広がる雷雲を見上げ、柢王は苦笑した。 アシュレイは、術の発動を抑え続ける柢
王の霊力のすさまじさに驚いていたが、実際のところ、柢王はほとんど霊力を使っていなか
った。 アシュレイの炎術と違い、発動の臨界点まで達する前に少しずつ霊力で中和してや
れば、ある程度まで抑え続けることは可能なのだ。 ましてや、彼の頭上に広がる雷雲は、
柢王が霊力で一から創り上げたものではないのだった。
・・・アシュレイが劫火で粉砕した現場あたりの上空は、立ちのぼる水蒸気と熱気で霊気が
非常に不安定になっていた。 人界ではこのような状況下では雷雲が発生しやすいと教えて
くれたのは彼の副官だ。 もちろん天界と人界の気候のシステムは全く違うが、霊気が不安
定なことによって、“雷”の気を精製しやすかったのは事実だった。
つまり柢王はもともとあったものにわずかに手(霊力)を加えたに過ぎない。それがここ
まで 巨大化するとは、正直柢王も予想外だった。それだけアシュレイが振るった力の余波
が凄まじかったと言うことである。
・・・頭上の雷の気の振動が激しくなった。柢王の体内の戦闘霊気も爆発的に高まっている。
術を支え続けるのもそろそろ限界だ。
体内に満ちた霊気を放出して雷霆を導こうとした柢王は、一瞬めまいを感じた。
(・・・あ、そっか、熱があったんだっけか。 とっとと終わらせて早く帰らないと あいつ
がまた怒るな・・・―――)
怒るとますます美しい愛人の姿を思い描いて、こんな時に、と柢王は小さく笑いながら咳
き込んだ。
空気が重い。息苦しい―――。 柢王は眼下の巨虫を見おろした。
「・・この クソいまいましい濃霧もろとも消え失せろ」
――― 力の放出と、額に凄まじい痛みが走るのとは 同時だった。
―――周囲は一瞬にして白熱する光に包まれた。
術の発動と同時に放たれた轟雷の、その数億ボルトに達する高熱の電気によって 周囲の
大気は瞬時に数万度という高温に跳ね上がった。
そして熱せられた大気は光を放ちながら爆発的に膨張し、周囲に強い衝撃音波を放ったの
である。
(――― こ・これが、王族の力!)
背後から押し寄せてきた、目もくらまんばかりの光と灼熱の大気と轟音は、瞬く間に兵士
達を押し包んだ。 目を閉じる寸前、彼らの眼下の森が、見えない巨人の手で払われたかの
ように次々となぎ倒されていくのが見えた。 そのすさまじさに彼らの足は震えてすくみ、
走ることを止めていた。 目を閉じ、耳を塞いでも、凄まじい衝撃と熱気と轟音に押し包ま
れた恐怖感を緩和できるものではない。
周囲に満ちる熱気、衝撃そして轟音―――。
(・・・?)
そこでようやく彼らは何故灼熱の大気に包まれているにもかかわらず、熱さは感じるもの
の火傷を負うわけでもなく、 衝撃で足元の木々が倒れて行くのを見ていたにもかかわらず、
自分たちがその衝撃で吹き飛ばされているわけでもない事実に気づき、そろりと目を開けて
周囲を見渡し、 彼らの周囲に張り巡らされた結界と、そして彼らの上に立つべき少年が結
界の端で彼らに背を向け、次々と押し寄せる熱気と衝撃に真っ向から立ちふさがっているの
に気づいたのだった。
「・・・・・!!!!」
背中に注がれる兵士達の感謝と畏敬のまなざしに気づく余裕は今のアシュレイにはなか
った。地面に跳ね返って飛んできた雷霆が結界に衝突し、その衝撃に結界がびりびり震える。
一瞬たりとも気が抜けないこの状況に、アシュレイは戦慄しつつ困惑も覚えていた。
(あの巨虫を倒すためとはいえ、いくらなんでもこれは過剰攻撃だ!ここまで凄まじい攻撃
を本当にする必要があるのか?!)
また一つ、雷霆が結界に衝突し、光と熱気と衝撃が結界を突き抜けた。
「・・・やりすぎだ! 柢王!」
―――・・・・何かが歓喜している。いや、狂喜している。
絶え間なくわき起こる激情の深いところから、腐臭のような負の感情を噴き上げながら、
どろりとしたマグマのような赤黒い熱の塊が、せり上がってくる。
もっと力を使えと、もっと力を見せろと、狂喜するそれは『彼』を捕らえて焼き尽くそう
と見えぬ凶暴な手を伸ばす。
(コンナモノデハナイダロウ オ前ノ『力』ハ!)
(全テノ枷ヲ解キ放テ! シガラミナド切リ捨テテシマエ!)
(躊躇スルナ! 感情ノオモムクママニ破壊シロ!)
(壊セ 殺セ 天界人ヲ全テ滅ボセ! オ前ニハ ソノ『力』ガアル―――!)
「―――――止めろ!」
叫ぶと同時に、周囲の音が突然戻ってきた。 柢王の攻撃意志が消えると同時に周囲の
“雷”の気が、潮がひいてゆくように鎮まってゆく。
「―――・・・・・ッ」
空中に仰向けに倒れ込み、 集中するために止めていた息を一気に吐き出す。
耳鳴りと酸欠で頭ががんがんする。激しく息をつぎながら、あえぐように半ば呆然と柢王
はつぶやいた。
「・・・なんだ? さっきのは・・・」
割れるように痛む頭を抱えて、うめくように言葉を継ぐ。
「・・俺じゃ・・・ なかった・・・?」
Powered by T-Note Ver.3.21 |