投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
碧玉さん作『憂悠なる秋の祭典』をテキストにご覧下さい。
「はぁぁぁぁぁ」
あえて視界に入れないようにしていた執務机の方から、本日何度目かのため息が聞こえる。がりがり頭をかいて、書き掛けていた書類をぐしゃぐしゃにして放り出す。こんなことがつい数ヶ月前にもあった。
そのとき同様──いや、そのときの学習経験により、桂花は可能な限り無視を決め込んできた。が、もう限界だ。
「柢王、いいかげんにしてください」
側近用の机を叩きつけて、元帥の執務机の方を向いた。
「静かにできないなら、どこか遠くに行ってもらえませんか」
口調は依頼形だが、実質は命令だ。その言葉に、柢王が顔を上げ、
「冷てぇよな、桂花。最愛の男が悩んでんのにさー」
ぐったり机に額をつく。
時には最愛の男より、すっきり片付いた机の方が好ましいこともある。桂花は思ったが、口には出さなかった。立ち上がると、つかつかと柢王の机に歩み寄り、
「今度はなんなんですか」
仕事でないのは先刻承知だ。仕事なら、悩む前にこちらに押し付けてくるからだ。机の上には札のようなものが並び、字を書いた紙が散乱している。
「よく聞いてくれた、これは──」
「言っておきますが手伝いませんよ」
いまにも猫撫でスマイルを咲かせようとしていた柢王が、がっくり机にのめりこむ。
「マジで冷てぇ」
「あたりまえですよ。吾は仕事をしているんです。それに、この前のことを考えたら、どうせろくでもないことに決まっています」
この前というのは、この前こうして机の前で悶々としている柢王を見た時の事だ。その時、つい何事かと聞いた桂花に、柢王は天界で行われている行事の話をした。
『四国対抗親ばか合戦』。正式名称は違うが、桂花のつけた仮名がそれだ。
天界では、四国の交流と体力強化などの理由により、スポーツ大会が行われるのが慣わしらしい。柢王はその競技内容と規則を作るように、主催者である『文殊塾』から依頼を受けていたのだ。
もしそれが正しい意味でのスポーツ大会なら、桂花も文句はなかった。が、内容を聞くうちに天界人はバカだとしか思えなくなった。詳しい話はテキスト参照。憂いで愁いな祭典だ。
机の上の札は無地と、姿絵。天界人のものらしい。柢王やティアのもある。嫌な予感がしてそのまま席に戻ろうとした桂花を、動物的カンで気づいたらしい柢王がガシっと捕まえる。
「柢王っ」
「頼むから手伝ってくれっ、何でも言うこと聞くからっ」
「いままでも何度もそう言って、そもそもそあなたは人の話なんか聞かないくせにっ」
「今度はちゃんと聞くからっ、頼むっ!」
拝み倒さんばかりに手を合わせられて、桂花は憮然とした。いままで、本当に聞いていなかった事は自白ではっきりしたが、一生のお願いをずいぶん先の人生の分まで使っているような男を好きになったのが運のつきと言うものだ。
「・・・言うだけなら構いません。今度は何ですか」
柢王は、それへいま泣いたなんとかで、
「ん、四国対抗札取り合戦!」
「──仕事が詰んでいますね、吾は」
「あああ、頼むって、今度上等な肉食わせるから、頼む、桂花っ!」
「肉が食いたいのはあなたでしょーがっ」
そして料理するのはおそらく自分。甘えモードの柢王は理論的にめちゃくちゃで突込みどころ満載だが、そもそもそ甘えで問題解決する気なのだからしょうがない。
「で、どんな大会なんですか?」
柢王の座る椅子近く、机に軽く腿を載せて斜めに見下ろすと、甘えモードの男は「ん〜」と呟きながら膝枕になだれ込もうとする。それを近くの書類の束ではたいて、
「だ・か・らっ」
「痛ってーな。わかったよ。説明する。あのな、正月に」
「天界に正月が?」
「あー、えーと、まあ一年の始まりにだな、文殊塾で、四国対抗の札取り合戦があるんだよ。もともとは人間界の行事で、ひとつの詩を半分にして、誰かが上の詩を読み始めたら、その下の書いてある絵札を取るっていうのな。で、それはまあ詩の勉強にもなるし、結構反射神経も使うし、頭の体操にもなるってことで、最初は子供たちのためにさせていたんだけどな」
「それが例によって親ばか合戦になっていったと?」
文殊塾は教養、武術に礼儀作法となんでもござれな天界のマナースクールだ。当然王侯貴族のOBがほとんどで、その子弟の大会となれば親がしゃしゃり出てくる。と、いうより、親の方が威信をかけて出張ってくるので、子供はおちおち負けられない。運動会もそうだった。
「それで、今度はあなたは何をするんですか?」
文化競技でも油断大敵だ。桂花の予想を裏付けるように、
「俺はまず、札の用意をして、ティアに呪文をかけてもらって・・・」
「はい?」
「いや、だからさ、札を並べて取るって言ってもさ、本当は手で取るのが礼儀なんだけど、例によって熱くなってくるとみんな技に走るっつーか。まあうちの貴族だと風で札を飛ばしたりとか、南だと相手が取ろうとした札を燃やしちまうとか」
「どーゆーゲームですか、それはっ」
「何回も審判のジャッジが入るんだけどなかなか聞かなくてさー。で、そういうことなら、もう最初からティアに頼んで札には悪さができないようにしようってことで」
「またそんな理由で守天殿を・・・・・・」
頭が痛くなりそうだ。ただでさえ忙しい守天をそんなことに使うとは。運動会の時は救護要員だった。この天界どころか人間界まで支えている唯一絶対の存在だというのに。
「でも、あなたの仕事はその程度ですか」
「ああ、後は会場の警備の手配とか、弁当は仕出しにするとか」
「弁当合戦まではさせないと」
「そうそう。あと応援団はなし」
そもそもどうゆー応援をするんだ、桂花は心で突っ込んだ。
「それなら簡単そうじゃないですか。何を悩むんですか」
札に詩を書いて印刷させ、ティアに渡すだけ──あとは人にさせればいいだけのことだ。
尋ねた桂花に、柢王は肩をすくめ、
「でも、札を用意するのも大変なんだぜ。最近はさ、決まった詩ばっかり使っていると自分で作った札をこっそり持ち込む奴がいてさ」
「それはいかさまでは?」
新年早々いかさまかよ。が、柢王はやはり人の話を聞かないらしく、平然と続けた。
「それで、前回から民間に札に使う詩を募集してるんだけどな。各国の使い女とか従者とか、直接競技に関係ない奴から。その選考が大変なんだよ。なかなかぴったりのがなくって」
「ぴったり?」
「いや、だって初めての詩だろ、誰も下半分なんかわかんねぇじゃん。だから、絵札は天界で少しは知られているような奴の姿絵にして、詩を読んだらそれに関連する奴の札を取るっていうルールになったんだけどさ」
それは連想ゲーム? 突っ込みももう口に出したくない。
「まあその姿絵の段階で修正ありーの描き直しありーので、ようやく札がそろったトコなんだよな。だから後は読み札なんだけど、これが──」
柢王はため息をついて、机の上の紙の束を桂花によこした。桂花は渋々覗いてみた。
紙面に柢王の走り書きでびっしりと文字が書かれ、ところどころ二重線で消されてある。例えば、
「『八人揃って一馬力』──」
「あ、それ没な。言いたいことは同意すっけど、やべぇだろ、バレたら。八人がかりで怒られんぞ」
つか、なぜ馬力? 似たような句も消してある。『八人揃って一レンジャー』。あたっている。が、そもそも詩ですらない。
「『白髪三千丈』──これ、聞いたことありますね」
つかぱくり? 柢王は、ああと頷くと、
「それ親父な。でも言うなよ。本人はプラチナブロンドだって言い張ってんだから」
「『天界抱かれたい男・ヤング部門ナンバーワン』」
「あ、それは──」
おそらく、俺、といいかけただろう柢王が、桂花のまなざしにそのまま横を向く。
「これも没、と─」
桂花はぶっとい二重線で消して、書類をぱらぱらとめくった。
「太子ひとりで噴火(かじ)の元──わかりますね、誰だか。しっかし、まともなものはないんですか、まともなものはっ」
「だからそれを捜してんだって」
柢王は頭をがりがり掻くと桂花を向き直り、
「なー、頼むよ。おまえ頭いいしさ、美人だし、俺なんかよりずっと人を見る目もあるしさー、だから手伝ってくれよ。締め切りが明日なんだって。今日のうちにやらねーと印刷間に合わないんだって。頼むよ、なっ、桂花ぁ〜」
甘えた声で懇願する柢王の瞳は、「おまえだけが俺の大事な奴なんだぜ」といいたげな輝きがきらきらしている。
桂花はその瞳を見つめた。いままで柢王にされてきたお願いと、今時分が抱えている仕事とを思い起こしてみる。東領元帥がこんなことで時間を割かれていることと、自分が手伝ったらどれだけ早いかをも、心で計算してみる。そして決めた。
「わかりました、柢王。吾が最大の協力をします」
「マジで最高っっ!」
抱きつきそうになる柢王を軽くおしのけ、
「いいですか、柢王。吾の協力はこうです。吾はいまから花街の報告書を書き上げ、今日のあなたの書類も作っておきます。見回りも吾ひとりで行きます。その他、吾にできるあなたの仕事は全てしておきます。だから、あなたは心置きなくその作業を終らせてください、ひとりで!」
「えええええええっ」
「ちなみに、夜も帰ってこなくて構いません。吾には冰玉がいますから。そういうわけでまずそれを一切合財持って外へ!」
「け、桂花っ! おまえ、ひどすぎんぞっ、俺はおまえの──」
「最愛の男でも甘やかすのは愛じゃありません。愛は相手が独り立ちするのを願う事です。とにかくさっさと外へ!」
「マジで冷てぇよっ」
「あなたの本気がたくさんあるのはよーくわかりましたから、外へ!」
ようやく──
柢王を追い出した桂花は、椅子に腰をおろすとほっとためいきをついた。
ことが事務であるなら、柢王を助けて道草食うよりも柢王の分まで自分がやるほうがはるかに効率的で能率的に決まっている。
正しい判断ができてよかった。そう頷きつつ、いま学んだ教訓を紙に書き出し、机に貼った。
『悩んでいる柢王は無視する』『天界人はやはりバカ』。
「今度の仮名は『天界新春バカバカ合戦』ってとこだな」
さっくり名づけて、仕事に戻ったのだった。
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