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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.323 (2014/04/16 12:54) title:あかつきの祈り
Name:明希子 (58x13x206x250.ap58.ftth.ucom.ne.jp)


1306年、6月半ば。
カイシャンが率いるモンゴル高原駐留軍の戦功により、曾祖父であるフビライの即位以来
続いた帝国の内紛がようやく終息し、東西和合がなされた頃。
十代のうちから最前線で過ごすカイシャンは、25歳の夏を迎えようとしていた。
高貴な生まれでありながら辺境の戦地へ追いやられる不遇に耐えて、このアルタイの地で
苦楽を共にする仲間を得、他部族や草原の民からの厚い信頼をも得てきた。
その長い年月の間、皇族とはいえ何の後ろ盾も権力も持たない自分を支えてくれた人達に
どうやって報いていけばよいのだろう。
もどかしい葛藤や心情を、桂花に心のまま打ち明ける中で、カイシャンは初めてハーンと
なって叶えたい帝国構想の夢を自覚したのだった。
周辺国とも友好関係を築き、部族による身分の差のない平和な国を―――。
都から遠く離れた地にいる今は、まだ途方もない夢だとしても。
でも、この陣営の力があれば実現できるかもしれない、いや、なんとしても実現させたい。
厳しい死線をくぐり抜けてきたみんなのためにも。
そう幕僚会議で伝えると、腹心の部下たちの表情もみるみる感極まって。
やがて来る新しい時代への構想を、強く決意した夜だった。
会議のあと、約束どおり桂花のゲルを訪れると。
気持ちが高揚して様々に入り混じるまま、身体の熱もいつまでも引いてくれなくて。
何度も何度も、桂花の存在を肌で確かめるように求めるカイシャンを、全身で抱きとめて
応えてくれるぬくもりに、あらためて深い幸せを感じた。
「…俺についてきてくれるか?」
「ずっと、あなたのお傍におります」
このぬくもりさえあれば、どんな試練も乗り越えていける自信がある。
それほど俺にとっておまえは特別なんだと口説くように、ひときわ濃密な夜を過ごした。

                    *

暁を迎えるにはまだ幾分か早い、ほの暗い夜明け前。
心地よい夢から目覚めたカイシャンは、うつつに戻ってからもすぐ隣にその夢みた相手が
いることに、満ち足りた気分をかみしめた。
桂花が、傍らで眠っている。
体温を分け合う近さで、そっと寄り添って休んでいる。
それだけのことが、何にも代えがたいほど幸せでいとおしい。
安らかな寝顔を見せてくれるのは、身も心も預けてくれている証でもあるから。
静かに息づく胸に鼻先をもぐり込ませると、なめらかな肌触りと香気をじかに感じられて。
彼が、たしかにここに存在していると実感でき、嬉しさが溢れてくる。
いつまでもその眠りをそばで見守っていたいような、反面、あらん限りの力で抱きしめて
ぐちゃぐちゃに転げまわりたいような。
(どうしたもんかなー、珍しくよく寝てんのに起こしたら怒るかな…。でも、怒った顔も
たまんないし。でもでも、寝顔も捨てがたいし…)
あれこれ好き勝手に悩む時間すら楽しい。
どれほど抱き合っても、お互い身体の隅々まで余すことなく触れ合っても、好きだと思う
気持ちは一向に尽きない。
記憶もおぼつかない昔から、紫水晶のきらめきにずっと惹かれ続けている。
幼い頃は、不思議な光を宿した瞳に憧れて、いつも夢中で見上げてばかりいた。
ただまっすぐ光を追って伸びていく向日葵のように。
きれいな色合いを少しでも眺めていたい、その中に自分の姿を映してみたいと思って。
そんなに見上げてばかりいては首が疲れるでしょう、と何度言われたか。
桂花がしゃがんで目線を合わせてくれると、彼の瞳や表情が間近で見られて嬉しい気持ち
と、そうしてもらわないと届かない背丈の差がはがゆい気持ちとに挟まれたものだ。
やがて、きれいな紫の光の奥底には、はかりしれない愁いの影が揺らめいていることにも
気づき始めたのはいつのことだったろう。
ふとしたときに垣間見える、哀しさや切なさや痛ましさを湛えた瞳。
微笑んでいても桂花の心は泣いているようで、ますます目が離せなくなった。
そして、初めて自分の前で涙をこぼすのを見た日のことは、今でも忘れられない。
教育係でも薬師でもなく、素の桂花の感情に初めて触れられた気がした。
ひっそりと流れる涙をぬぐってあげたくて、だけどうまい慰め方がわからなくて、せめて
少しでも包み込んでやれたらと願いながら両腕で抱き寄せていた。
そのとき明かされた、彼の心に住み続ける恋人の存在。
何にも執着しない桂花が「吾の宝」と語るほどの。
亡くなってどれだけ季節が移ろうとも夢で呼ぶくらい、かけがえのない相手なのだろう。
そこまで今なお強く想われている男に妬かないわけではないが、それ以上に、深い喪失感
や悲哀を抱える桂花を、まるごと守ってやれるようになりたかった。
自分の前でだけは、何も我慢しなくていいように。
ともに日々を重ねるうち、いつか寂しい影も幸せな光で癒してやれるように。
そうやって慕い続けた紫の瞳が、今、腕の中でまどろみから覚醒しようとしていた。

                    *

しっとりと頬に陰影を落としていた睫毛がふるえ、まばたきを始める。
まだぼんやりとした眼差しが、少しずつカイシャンの輪郭をとらえ、ほっと息をついた。
「…桂花?」
「ん…」
「起きちゃったか? まだ横になってていいぞ」
「今は…、何刻です?」
「もうすぐ夜明けだ。よく眠ってたな」
「…際限を知らない誰かさんに付き合ったおかげで。さすがにもうムリって懇願しても、
あなたってば…」
吐息に交じる声は、けだるさをにじませて少し掠れてしまっている。
俺は最高に夢心地だったぞ、と笑って返すと、恨めしげな視線にひと睨みされた。
「ほら、その目がやばいんだって。昼間は違うのに、あんな艶っぽく潤ませられたら…」
どこもかしこもトロトロに溶かしちゃいたくなるって、と耳元に直接ささやく。
そのまま髪に唇をもぐらせて、敏感な耳朶のつけ根をはんでやると、肌がぴくりと跳ねて
甘い息をこらえるように首が竦められた。
「…っ、待って、これ以上はほんとに…」
お互いの身体の奥に火がつく一歩手前で秘めやかな駆け引きを仕掛け合うのも楽しいが、
今はまだ、ゆったりと昨夜の余韻にひたっていたいようだ。
長い指が黒髪に触れて、大きな獣をなだめるみたいに撫でていく。
しばらくすると、これで許してというふうに白皙の額がコツンと胸元にすり寄せられて、
向かい合った姿勢のまま目をつむってしまった。
「うぅ、こんなくっつかれてて我慢できるかな、俺…」
このままお預けなんてイジワルだよな…、あーでも昨日いじめちゃったのは俺か…、とか
なんとか唸りながらも、カイシャンは恋人の望みを優先することにした。
ちょっぴり切なそうな顔で耐えていると、桂花もついほだされてしまうようで。
「今すぐは付き合えませんが、また回復したら…、ね?」
苦笑しながら小首をかしげる仕草がたまらない。
「じゃ、早く回復するように俺の血を飲め。最近しばらくご無沙汰だっただろ、なっ」
絶好の機会とばかりに、いそいそと短剣を手元にひきよせる。 
桂花のほうは最初、血を飲むだなんて気味悪がられるのではないかと心配したようだが、
カイシャンはむしろ頼ってもらえて嬉しかった。
好きな相手のためなら何でもしてやりたいし、誰にもその役目を渡すつもりはない。
だから、昨日シドルの腕に顔を伏せているのを見たときは、治療の一環とわかっていても
じりじり胸が焦がれるのを抑えられなかった。
治療であれ何であれ、桂花がほかの奴のものを口にふくむのは嫌なのだ。
その口直しもさせたかったカイシャンは、清潔な布と水と燭台を手早く用意すると、枕元
のクッションを背もたれにして座り、両脚の間に愛しい身体を抱き寄せた。
桂花の背後から腕をまわすと、すらりとした首を自分の肩にもたせかけて支える。
そうして懐深く囲い込むようにしてから、桂花の胸の前に左腕をかざし、ろうそくの火で
あぶった剣先をあてた。
真紅の珠が、つぷりと盛り上がる。
腕の内側のやわらかい部分に唇が寄せられて、鮮やかな雫を丹念に舐めとっていく。
しんと静まり返るふたりきりの空間に、ちゅ…と肌に吸いつく水音と、こくりと嚥下する
息づかいだけが響いていた。
ちろちろ見え隠れする赤い舌先。
時折、角度を変えて傾けられる扇情的なおとがい。
まばたきに合わせて影を落とす睫毛の下には、しっとりと潤んだ紫水晶の瞳。
ろうそくの灯りに照らされてあやしく揺らめいている宝石は、舐めればきっと蕩けるほど
甘いに違いない。
視界に映るどれもこれもに煽られてしまったカイシャンは、寛衣を羽織っただけの艶腰を
ぐっと自分に引き寄せると、ぴったり隙間がなくなるまで身体を密着させた。
お互いの鼓動が、熱が、重なってゆく。
次第に吐息も溶け合って、気持ちが昂ぶらずにいられない。
大好きな長い髪に顔をうずめ、桂花の匂いを胸いっぱいに吸い込む。
すると、ますます五感が刺激されてしまい、たまらず絹のような髪を鼻先でかき分けると、
あらわになったうなじを目と舌で絡めとるように味わい始めた。
「…ねぇ、ちょっと。飲みづらいんですけど」
「だっておまえ、もう色っぽすぎ…」
「我慢の足りないお方ですね」
「うん、桂花には絶対かなわないもん、俺」
素直に降参して、色香ただよう肩口になついてしまう。
「はいはい、甘え上手なんだから…」
なかば呆れつつも、結局カイシャンのすべてを受け入れて甘やかしてくれるのだ。
大事すぎて、一生離したくなくて、胸の奥がぎゅうぎゅう締めつけられる。
「…もう充分いただきました。ご馳走さまでした」
優しい響きとともに向けられる微笑み。
その濡れた唇を、節の大きな親指でゆっくり愛撫するようにぬぐって視線を交わす。
いつもなら、この行為のあとはお互い身体中に熱が広まり、そのまま心ゆくまで睦みあう
ところだが、今は昨夜のなごりを感じながら疼きをこらえる。
寝台の脇に脱ぎ落とされた上衣から、桂花が黒い丸薬を取りだした。
自ら水で流し込もうとするのを制して、水差しを奪ってしまう。
「…俺が飲ませてやる」
低く告げて、後ろから細い顎をつまんで仰がせると、ドクドク脈打つカイシャンの胸板に
囲われた桂花に覆い被さり、口移しでのどの奥に注ぎ込む。
ぽたり、ぽたりと、殊更に時間をかけて。
最後の一滴がすべり落ちるまで、ふたり重なり合って至福のときを享受した。

                    *

夜明けとともにゲルの外へ出ると、雄大なモンゴルの大地と、濃い青から淡い紫に染まる
きれいな暁の空が、どこまでも果てしなく広がっていた。
幼い日から慕う紫の瞳と同じ、心に染み入る色彩が空に溶けてゆく。
あの頃は背丈も中身も追いつくにはまだまだだったけど、男として桂花をまるごと包んで
守ってやれる器になれたら、きちんと言葉にして伝えたい想いがあった。
ずっと言いたくて、でもまだ口にできていない、世界で一番好きな相手に伝える言葉を。
ハーンとなって、夢への一歩を実現できた暁にこそ、必ず。
そしてそのときには、カイシャンの大好きなあの瞳が、暁の空のように美しく幸せな光で
満たされることを祈って―――。


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