投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
Boy's lobe
暖かいそよ風が、軟らかい草に覆われた地面に寝転ぶ、燃えるような赤毛の少年の上を優しく通り過ぎていく。
こどもから少年には羽化済みだが、大人にはなっていないしなやかな肢体。
無防備に放り投げられた褐色の手足に余分な肉はないが、思わず突いてみたくなる様な弾力のありそうなぷくぷくした肌。
そんな少年――アシュレイの隣で、光り輝くような美貌の少年――ティアが厚い本を広げている。
だが、先ほどから1頁も進んではいない。なぜなら、そのトルマリンの瞳は文字ではなく、アシュレイの寝顔ばかりをちらちらと盗み見ているからだ。
やがてかすかな寝息が聞こえてくると、ティアは静かに本を置き、膝でアシュレイの元までにじり寄った。
「アシュレイ?」
小声でそっと呼びかけてみる。寝息のリズムは変わらず、いらえはない。
神々しいまでに美しい少年は、しばらく、あどけない寝顔をうっとりと眺めていたが、やがて引き寄せられるように顔を近づける。
ここは守護主天の結界に囲まれている空間。彼の邪魔するものは何もない。時々柔らかな風がふうわりと髪を揺らすだけ。
たっぷりと苺味(ティア基準)の柔らかな唇を堪能すると、そのまま頬を温かな胸に摺り寄せる。
――意識のある時にできたらいいのに……。
でも、そんなことをしたら、きっと100mくらい飛び退り、理解の範疇を超えた行為に怯えて、離れた柱の影から自分を窺うくらいで側に寄ってくれなくなってしまうに違いない。それより、今は寝てるときだけで我慢してた方がいい。
とくん、とくん……規則正しい鼓動が頬を打つ。
アシュレイは元々体温が高い。が、それとは別に、幼い頃人の温もりというものをアシュレイで知ったようなものだ。
『母に抱かれる』ってこういうものなのかな……。
穏やかな空気に包まれティアの目は自然に閉じて行った。
はっと気づくと、いつの間にかティアは寝込んでいた。
「よう」
アシュレイの顔がすぐ側にあり、ドキリとする。慌てて体を起こすが、隣に座ってたはずの自分がアシュレイの胸で寝込んでいたことを、彼はどう思っているのか。
「ご、ごめんね、重かったでしょ」
「いいって。また、徹夜したんだろ? 守天サマが地べたで寝るなんてありえねえもんな」
とりあえず、地面に直接寝られない軟弱守天が親友を枕代わりにしたと思われても、疚しい想いがばれるよりはナンボかマシだった。
「でも、肉が薄くてあんまりクッションにはならないか。あーあ、早く筋肉ムキムキになりてえなあ」
アシュレイが腕を曲げて一生懸命力瘤を盛り上げようと努力しているのを見て、
「……ならなくて、いいんじゃないかな?」
と、ティアが遠慮がちに意見する。
「なんでだ? おまえだって安心だろ? そういうのが護衛に付いてるほうがさ」
「ううん! 君は今だって十分強いじゃないか! それに、私の体型もこのままだろうし、あんまり立派な体格が傍らにいると、よけい弱弱しく見えて威厳がなくなりそうだし。ね? 無理に鍛えなくて良いから!」
父親である炎王みたいにごつく成長されるのは、今は余り想像したくなかった。こんなに可愛いのにっ……!
「そっか。おまえがそれでいいなら、俺もいい」
にっこりと微笑むアシュレイに、ティアもうっとりと微笑み返す。
「あ、授業! 私はどれだけ寝込んでたんだろう」
ティアが急に思い出して焦り始める。
「あー、もう午後一はそろそろ終わるな。次の授業は体術だから、俺行ってくる。おまえはもう少し休んでるか?」
「いや、私も奏器の指導を頼まれてるから行くよ」
アシュレイが一瞬眉を顰める。アシュレイはティアが下級生たちに体を密着させて指導しているのが気に入らないのだ。
(言わなきゃ良かった)という顔をしていたが、溜息をつき諦めて立ち上がる。ティアも一緒に立ち上がった。
同じ目の高さになった時、アシュレイがじっと自分の顔を見つめているのにティアは気づいた。
「ん? 何?」
「おまえって……、睫毛長いのな」
すぐ近くでティアの寝顔をずっと見て気づいたのだろう、アシュレイがポロリと口にする。
「え?」
「何でもねえっ!!」
慌ててアシュレイが顔を逸らすが、朱に染まった耳朶がティアの目に入る。
(少しは、親友以上の感情も持ってくれてるのかな)
嬉しくなって、彼の首に抱きついた。
「うわ! な、なんだ?!」
「私達は親友だよね?」
「お、おうっ」
「だから肩を組んだりするよね?」
「お、おう?」
肩を組むというより抱きつかれてると思うのだが、自分より百倍は頭の良いティアが言うのだから最近ではそう言うのかもしれない、とアシュレイは自分を納得させる。
「飛ぶぞ」
アシュレイは、それ以上考えなくていいように、ティアをぶら下げたまま地を蹴った。
ティアは、少し体をずらすフリをして、更に紅くなった耳朶に唇を押し付けた。
赤ん坊の頃から他人が一緒にいると眠れないアシュレイが、自分と一緒の時はスウスウ寝てしまうのも、ナニをしても目を覚まさないのも、こうやって抱きついても不審に思われないのも、彼の信頼を得られるようずっと自分に課してきた努力の賜物。親友以上になれるよう、少しずつ指導教育していくのがこれからの課題。
紅くなった耳朶に、それはそんなに難しいことではないかもと、仄かな期待を抱くティアであった。
(おわり)
翻訳ソフトによると
BOY'S LOBE→少年耳朶
少年の耳朶→A BOY'S EARLOBE まいっか...
(loveじゃないのよ〜)
(c114.142.131.098.c3-net.ne.jp)
「麒麟・・・」
呪縛がとけた冰玉がヘタリと腰を落としたままつぶやいたのを耳にし、氷暉も復唱するかのようにつぶやく。
「麒麟・・・?」
顔色を失った氷暉の声に
「脅えなくていい。私はアシュレイが悲しむことはしない」
麒麟はこちらを見もせずに言い捨てる。
「・・・脅え、だと?」
奥歯をかみしめた氷暉を無視し、彼はアシュレイの足元に腰を下ろした。
「アシュレイ、大丈夫?私だよ、孔明だよ」
「そいつに触るな」
アシュレイの髪に触れた孔明を、思わず制してしまった氷暉。
「私はこの子が幼い頃からの友人だ。おまえに指図される謂れはない」
深海のような底の知れぬ瞳で氷暉を見返すと、アシュレイをひょいと抱き上げ、長椅子に座らせた。
頼みもしないのに、桂花のことも同じように運ぶ孔明。その間、冰玉はハラハラしっぱなしだった。麒麟がどんなにおそろしい生き物か。それも桂花から嫌と言うほど聞かされていた。
いくらあの麒麟が、じぶん達を見過ごすと言っても、過信してはいけないと。
「何があったか分かるか?」
孔明の問いに首を振る冰玉と、黙したままの氷暉。
「これは・・」
孔明が落ちていた紙切れを拾い、つなぎ合わせたところで「なるほど」とつぶやいた。
「正確には分からないが、それほど面倒なことでもなさそうだな」
アシュレイを座らせた長椅子の中心に腰をかけ、赤い髪を自分のほうへ寄せる。
その様子を、不服そうな顔で見つめる氷暉はやっと立ち上がることができたようだ。
冰玉は、なるべく孔明から距離を置きながら、桂花の元へと移動した。
「桂花・・・大丈夫かな」
白いなめらかな髪をなでながら、孔明にそれとなく問うてみる。
「何事もないだろう。ちょっとした実験に巻き込まれたようだ」
「実験?誰の仕業さ!承知しないよ、こんな風に桂花を眠らせるなんて」
「おまえの、質の悪いイタズラに比べたらかわいいものさ」
鼻で笑われて、冰玉はムッとした。
なぜ知っているのだろう?アシュレイが告げ口したのだろうか。
「告げ口するなんて、男らしくない奴」
ボソッと口にすると、孔明が冰玉を見た。その瞳には、龍鳥の冰玉が映っている。
「アシュレイがそんなことをするか。ティアランディアとアシュレイが、おまえの身を心配して話していたのをたまたま聞いただけだ」
「僕の心配?」
「おまえ、この天主塔で自由に暮らせるのは誰のおかげか分かっているのか。私達には、なわばりというものがあるだろう。それを無視して自由奔放に生活できるのは何故か考えたことがあるか」
ないわけではない。でも、そんな なわばり は、冰玉の力があれば簡単に奪えるものだった。だから、端から争わずに譲られているものだと、思っていた。
「確かにおまえとこのあたりの野生動物とでは、力の差は歴然としている。だが、もしお前が なわばり争いで他のものを傷つけたりしてみろ、お前の主はアシュレイに頭を下げここから出て行くことになるだろう」
「なんでさ!なんで桂花がアシュレイなんかに頭を下げなくちゃいけなくなるの?強いものが力で奪い取ったって、それは自然のことじゃないか!僕らはそうやって、生きていくんだから!」
「外では、な。でも、ここは天主塔だ。それを忘れてはいけない」
あ・・・・と冰玉が口をつぐむ。
「アシュレイはそれが分かっているから、おまえを大目に見てやってくれと頭を下げて頼んだ。『動物相手に』だ」
桂花が、自分のせいでアシュレイに頭を下げるだなんて、絶対に嫌だ。
アシュレイだけじゃない。優秀な桂花が頭を下げるなんてあってはいけないことだと思う。
でも・・・・・。
アシュレイは自分のために。自分の主の桂花のために。魔界で共生を終え帰ってくる柢王のために頭を下げてくれた・・・動物相手に・・。
「い、いいんだ、だってアシュレイは桂花みたいに優秀じゃないもの」
目を逸らしながら冰玉が言うと、それまで黙っていた氷暉が口を開く。
「俺は違う。他の動物なんかと一緒に考えるな。アシュレイが頼もうが喚こうが泣こうが、関係ない。気分次第でおまえを殺れる」
本気ですよこの人・・・と震えた冰玉の隣で、アハハと笑う孔明。
「私もだよ。おまえ(氷暉)がアシュレイに危害を加えるようなことが少しでもあったら全力でおまえを消す。覚えておけ」
どうやってだ?などと、軽口を返せるような状態ではなかった。
氷暉はその場でひざが折れるのをこらえるだけで精一杯。二度も、跪いたりするものかと必死だった。
孔明は、ティア以上に氷暉の存在を許せないのだ。麒麟である彼は、良い者であろうと嫌な者であろうと、本能的に魔族を許せない生き物なのだ。
そんな許せない対象が、幼いころから自分の素性を思い悩んでいたアシュレイの体に入り込み、さらに彼を悩ませていたなんて・・・。
彼の中に息づく魔族に気づいたときは、ひどい衝撃を受けた。
アシュレイの手前、平静を装ったが、彼の体から魔族を抜き出し、切り刻みたい衝動に駆られたのは事実。
もっとも、今ではアシュレイがこの氷暉という魔族を認め、頼りにすらしていることを知っているため、感情を抑えてはいるが。
三人の周りに異様な空気が流れ、冰玉は桂花の体に抱きついてぎゅっと目をつぶった。
こわいこわいこわい。早く起きて桂花。それで、今の僕を見てよ、抱きしめてよ。
いつも、柢王にぎゅっとされている桂花を見て、あんなふうに自分も桂花をぎゅっとしてみたい、してもらいたいと思ってた。
せっかくのチャンスなのにこんなのってあんまりだよ。
でも・・・・桂花の体からいつもの草の香りがする。安心する。
冰玉は、桂花にしがみついたまま、いつしか寝入ってしまった。
「あれ?孔明?来てたのか、ごめん寝てたみたいだ・・・桂花?」
孔明の向こう側で座位のまま寝ている桂花を見て、声をかけると、すぐに彼も目覚めた。
「失礼しました・・・・吾、寝てました?あれ、冰玉?どうした、もう帰ってきたのかい」
肩の上でしきりに桂花の頬に嘴をすべらせる冰玉をなでて、微笑む桂花だったが、麒麟の存在に注意を払っているらしく、少しぎこちない。
「蔵書室、頼めるか?」
さっきの続き、と言う感じでアシュレイが促し、桂花も頷くと冰玉とともにすぐに執務室から出て行った。
「なんだったんだ・・・。やっぱり、またあいつのせいか」
破れた紙切れがつなぎ合わせてあることに気づいて、アシュレイが嘆息する。
宛先名に自分の名。送り主名に、インチキ?発明家の店主名。
「変なもんばっか送りつけやがって。大体今回のはなんだったんだよ?眠らせるだけか?」
ぶつぶつ言いながら、机の上にある箱を手に取る。
「孔明、待たせてわるかったな。ほら、これ手に入れたんだぜ、珍しい岩石。うまいかどうか分からないけど食ってみろよ。不味かったらやめとけ?」
孔明が持ってきた、山凍からの届けものを確認しながら、アシュレイは「うまいか?」と彼の背を撫でる。
岩石は好みの味だったので、孔明はアシュレイに頬ずりをし、応えた。
彼の柔らかなほほの感触を楽しみながら、アシュレイは忘れているな・・・と、思う。
『二度と、変なもん送りつけんな!どうせなら動物と会話できるものとか発明してみろよ、そしたら、使ってやる。な、孔明。お前が人語をしゃべるの、聞いてみたいし』
以前、発明家の店に品物を返しに行く途中のアシュレイとばったり会って、一緒に店内へ訪れたときの会話。
店主は、それに応じたのだろうが、微妙な結果となったようだ。
喋れるどころか人型になってしまうなんて、麒麟の孔明でも、この先二度とないような貴重な経験をさせてもらった。
この腕で、アシュレイを抱き上げたり、髪をなでたりすることができる日がくるとは・・・。
しかし、肝心なアシュレイとは会話できず、寝ているだけとあっては今回の発明品は失敗の部類だろう。孔明にとっては、すばらしい品であったが・・・。
いい経験をさせてもらった・・・・と、満足しているのは孔明のみで、冰玉は「せっかく人型になれたのに、桂花に見てもらえなかった!ぎゅってしてもらえなかったと、悲しむばかり。
さらに氷暉にいたっては、プライドを甚く傷つけられたようで、しばらくアシュレイの呼びかけにも応えられなかったらしい。
(c114.142.131.098.c3-net.ne.jp)
「いらない、適当に捨ててくれ」
アシュレイは手渡された袋の、送り主名を見たとたん、桂花に突き返した。
「封も開けずに捨てるんですか?」
「いいんだ。ロクなもんじゃねーよ」
「はぁ」
桂花は頷いてアシュレイから受け取った袋を改めて見る。
送り主は東にある店の、店主名であった。執務室の前で鉢合わせた使い女から預かったのだが、これは確認してから受けとるべきだった。
「なぁ・・蔵書室で、なんか面白そうなやつがあったら適当に何冊か借りてきてくんねーか」
「好みの本などわかりませんよ」
「テキトーだよ、テキトー。あと、ティアの会議が終わるまで蔵書室にいていいぞ。どうせ、ティアがこっちの書類片付けなきゃ、お前の仕事、進まないだろ」
ヒラヒラと手を振るアシュレイに、背を向けてから微笑する。最近、ようやく分かってきた。彼のこういった気の遣い方を。
今日、これからあの麒麟が、主からの届け物を持って、ここに来るらしいのだ。
せっかくの気遣い――とアシュレイの申し出にのることにした桂花が扉に手をかけた時、とつぜん手にしていた袋が動き出した。
「!?」
中で何かが暴れているように、袋がバタバタと動いている。
「なんだっ?何が入ってんだ?!」
アシュレイが桂花から袋を取ろうとした瞬間、パンッと破裂音がひびき、二人はその場で重なるように倒れてしまった。
外で遊んでいた冰玉が、窓から執務室へ入ると、扉の前で桂花とアシュレイが倒れているのが目に入った。
「どうしたの桂花っ?!」
驚いて近づこうとしたとき、自分の姿が龍鳥ではなくなっていることに気づく。
「あれっ?なんでっ?」
手が、足が、生えている。
「えーっ?!人型になってる!なんで?すごーい」
自分の掌や足元を交互に見て、更に鏡の前へ行って顔を確認する。
「自分で言うのもなんだけど・・・・かなりイケてるよね。これなら桂花だって・・・」
自分がこのまま成長し、柢王と、桂花を奪い合う・・・もしくは二人で桂花を愛する妄想をしながら、鮮やかな碧い髪をかきあげ満悦していた冰玉だったが、ハッと我に返る。
「違う!桂花っ」
駆け寄ってアシュレイを無造作に転がすと、桂花の体を抱き起こしてやる。
「桂花?どうしたの、大丈夫?」
軽く頬をたたくが小さな寝息をたてるばかりで反応はない。
「寝てるだけ?・・・なんでこんなところで、しかもコイツなんかと」
隣で同じように寝息をたてているアシュレイの頭を、足の先でつついた冰玉の耳に聞き覚えのある魔族の声が突き刺さった。
「足癖のわるい小僧だ。もう一度やったら、付け根から切り落としてやる」
とても恐ろしく、屈辱的な記憶がよみがえる。
心拍数が跳ねあがるのを感じながら声の主を見やると、背のある魔族の男がじぶんを見下ろしていた。
冷酷そうな顔に走る傷痕が、得体の知れなさを、より強調している。
姿を見るのは初めてだが、間違いない。以前寝ているアシュレイに毛虫を落としてやろうとイタズラを仕掛けたときに、それを阻止した上、水鞭で襲ってきた奴だ。
本気で殺されると思った、危険な相手。
「お、お前、なんで魔族のくせにコイツを庇うんだ」
震える声で、反論する。
「庇う?ふん、とんだ見当違いだ。俺が俺の体でもあるそいつの体を守ろうとするのは当然のことだろう。別にそいつを庇っているわけじゃない」
そうか。以前、この魔族に自分がやられたとき、桂花が守天と話していたのは、この魔族のことだったんだ。
ようやく冰玉は合点がいった。
「魔族のくせにと言えば、お前の主も魔族のくせに天界にいるじゃないか。魔族が天界人に望んで飼われている。世も末だな」
「飼われてなんかない!桂花は、柢王が好きだからここにいるんだ!僕だって、桂花と柢王がいるからここにいるだけだ。桂花を侮辱するな!お前なんか天界人に寄生した魔族崩れのくせに!」
カッとして口走った言葉は、じぶんの寿命を今日、この時まで。と決定づけるほど望ましくないものだったことを、氷暉の目を見た冰玉は知る。
「どうやら口のききかたを教えてやる必要があるようだな。幸い俺の宿主の意識もないことだ、特別に後悔の意味も教えてやろう」
物騒な瞳に、冰玉の体は固まったまま動けない。氷漬けにでもされたようだ。
「どうした。達者な、減らず口はしまいか」
長い腕の先でみるみるうちに鋭く尖った氷刃が育つのを、固唾をのんで見つめる冰玉は、瞬きすら許されない。
『敵と対峙したら、いち早く相手の技量を推し量るんだよ。もし見た目が自分よりも小さく、弱そうでも、油断してはいけない。それが命取りになるからね』
桂花の言葉を思い出す。相手は小さくも弱そうでもなかった。それどころか、冷たく残忍な魔族だ。負けん気の強さが、仇となってしまった。
でも、桂花のことを侮辱する奴は許せなかったのだ。
氷刃が完全に仕上がり、的を絞るしぐさで冰玉に向けられると、その目は恐怖にあおられ更に見開く。
二度と関わってはいけない相手だったと痛感する冰玉。両目に涙をためた彼に、うすく笑った氷暉が口を開く。
「その気持ちが『後悔』だ」
言い終えた瞬間、氷刃が飛んでくる。
「っ!!」
失神寸前の冰玉の目の前に、氷刃を止めた手。
「やり過ぎだ。アシュレイが許さない」
突如、冰玉の前に現れた男の手の中で、早くも滴りはじめる氷刃。
「貴様・・・・」
ただ見られているだけ。それだけなのに体中を刺すような刺激を受け氷暉はひざまずいてしまう。
少年・・・いや、青年というべきか?どちらともとれるような微妙な容姿の男は、銀の髪の天辺にアシュレイのものより更に鋭く尖る角を持っていた。鱗鱗とした黒曜石のような装束は、重そうにも軽そうにも見える。
天界人ではないが、魔族でもない。
(こいつは――――)
※氷暉と共生前の設定です
その1 アシュレイの場合
ティアがいつものように遠見鏡で覗き見、もとい巡視していると、柢王と桂花の姿が映った。
食事時のようで、桂花が器を並べる端から、柢王ががつがつと箸をつけていく。それを呆れたように見つめる桂花。
「ふむ。どうやら何故こんなに食べるのに彼は太らないのだろうかと疑問に思っている様だな」
↑見てるだけでどうして解るのかは不明。きっと守天の能力♪
「確かに柢王も太らないが、アシュレイも昔っから人の二倍は食べているのに、どうしてあんなに細いんだろう? 代謝もよさそうだし、動き回ってもいる。だが、それだけであの量を消化できるとも思えない」
「・・・・・・」
「おなかの中に何か飼ってるんじゃないだろうか」
「・・・・・・」
ティアはしばらく黙って思案していたかと思えば、いきなり
「ああっ、アシュレイのおなかの中が見たいっっっっ」
と身悶えた。
「そうだ、睡眠薬で眠らせた後、手光を使いつつおなかを捌けばナントカなるだろうし、全部見た後で聖水で傷跡を消せばアシュレイには気づかれずに……ダメだ! 私はメスが使えないっっっっ」
とさらに苦悩する。
「どうしよう、実はアシュレイのおなかの中に可愛い女の子の餓鬼とかいたら! アシュレイは優しいから、泣きつかれたりしたら、俺に任せておけとか言って飼っちゃうんだ……」
いらいらうろうろしていると、アシュレイが窓から入ってきた。
「アシュレイ!」
遠見鏡情報で元帥会議があることは知っていたが、ここに寄ってくれるなんて♥
「ティアー、腹へったー。なんか食いもんないか?」
「あるよ! とりあえずこのお菓子でも食べてて。すぐに料理を頼むから!」
先ほど使い女が置いていった全く手の付けられていないケーキをさし出した。
逃げられないよう、沢山の料理を使い女に『至急で』と言いつけると、まじまじとケーキを食べるアシュレイのおなかに注目する。
「な、なんだよ。あ、へそ見るな!」
「うん、いつもどおり可愛いオヘソ……違う! 君、おなかになんか飼ってるんじゃない?」
「へ? それって、サナダムシとかそういうやつのことか? そういや、昔ケンベンでひっかかったような」
「やっぱりなんか飼ってるんだね!」
嫉妬丸出しでティアが食ってかかる。
「そんなん、わかんねえよ! いいじゃねえか、虫の一匹や二匹。だいたい、食ってるときにそんな話をするなー!」
使い女が現れ、次々と料理を運んできたため、一旦その話は中断となった。
――その頃、アシュレイのおなかの中では……
「美味しいねえ。斬」
「朱は、ラムザンケーキが好きだもんな」
肉団子を食べながら斬が答える。
天主塔―特に執務室では基本的に出番がないので(どうせ結界で出れない)、斬と朱がゆっくりと食事を楽しんでいた。
「あ、今度はオレンジ鳥だ」
「寄越せ」
「やだー。これ朱のー」
「後から来たくせに図々しいぞ」
「関係ないもん。斬の馬鹿ー」
バタバタと食料を巡って走り回る二人。(どんだけ広いんだ?)
――お腹の外では
「う…」
急にアシュレイが蹲る。
「どうしたの?アシュレイ」
「腹が痛え。腹ん中でなんかが暴れてるような……」
きらん◇とティアの目が光る。
「食べすぎかな。ちょうどいいから臨床検査用被検査物を確保しておこう」
「は?」
「白鳥のおまるを用意するね」
「はあ〜?」
ティアが何を言ってるんだかさっぱり理解はできないが、尋常ではない瞳の輝きに怖気を感じたアシュレイは、にじり足で窓際へ向かう。
守天がどんな力を使おうと、アウスレーゼの布があれば……ない!
「これのこと探してる?」
いつの間にか紫の布はティアの手の中に在った。アシュレイの顔からサーッと血の気が引く。
ティアは鷲尾香には敵わないまでも脱がせるのが上手い。ちょうちょ結びが苦手なアシュレイが穿いた固結びの下着以外は。
「君のためだから」
親切そうな台詞はお為ごかしで、絶対にアシュレイのためなんかじゃないのは、ぎらぎらとした目を見れば明白。
アシュレイはティアの目力に自我を失いそうになりながら、
(なんで今日に限って桂花が来て無いんだー! いや、魔族野郎なんかいなくていい。柢王! 親友なら助けに来い!)
と一生懸命祈っていた。
ま、柢王が来たところで、『ワリイな、アシュレイ。たまにはティアの望み叶えてやれよ』と能天気な声で笑い飛ばされるだけなのだが……。
その2 柢王の場合
巍染のせいじゃないですか?
以上。
↑おざなり……。だって巍染って超美形のクセになんだかお品がなくて……
番外★考察 天界人の排泄について
@柢王が「小便」をした記述が有るので、「小」を排泄することは確実であろう(柢王のカラダが特殊で無い限り)
A「おなかをこわす」という記述もあるので、泄瀉症状が発生する可能性が考えられる。
Bだが、アシュレイの内臓が溶けた時、腸の内容物の記載がない。
(つか、BLやファンタジーにそんな記載があったら、もはやジャンルが違うであろう…)
シュラムの毒によって内容物ごと溶けたとも考えられるが、排泄物は元々存在しない、即ち人間における胃の機能にて全て消化されてしまうとも考えられる。
また、老廃物は別の器官、もしくは液体化して汗などと一緒に排泄されれば、腸からの排泄機能は不要となる。
だいたい、氷暉が腸の内容物と同居してると考えるのもどうかと(ティアの味がわかるのは胃の位置ではないと思うしー)。
……ティアなら喜んで同居するかも……?
C以上により(よるか?)、天界人の排泄に関しては、人間と違うからだの構造の別機能にて行われていると考察いたします。
だから考察その1は有り得ないってことで(でも、ティアはやりたそうだなあ)。
おわり
文殊塾にある小動物用の飼育小屋。そこに足を踏み入れたとたん、干草の香りとともに、獣臭が鼻をついた。
ふだん嗅ぎなれないその臭いに、顔をしかめながらそっと扉を閉める。
「アシュレイ・・・・?」
薄暗い小屋の中、足元でウサギがひょこひょこと歩いていくのを踏まないように気をつけながら、ティアは奥へと足をすすめた。
この飼育小屋はスクエアで、ウサギ小屋の隣が鳥小屋。その後ろがリス小屋。そして、保護してきたばかりの動物のために使用している特別室がウサギ小屋の後ろにある。
全てうすい壁で区切られてはいるが、中からどの小屋にも移動できるように簡易扉が設けてある。
ウサギが一緒に行かないように特別室へ続く扉を注意深く開けると、果たしてアシュレイの姿が目の前に。
自分の頬の近くで、リスを両手で包むようにし、様子を見ながら寝てしまったのだろう。すやすやと、真新しい干草の山に横たわっている。
クスッと笑って、ティアはその体の横に腰を下ろした。干草がティアの重みによって傾いたが、アシュレイは目を覚まさない。彼の手の中にいる、小さなリスも腹をさらして寝ている。
「警戒するどころか、アシュレイに気を許しすぎてお腹まで見せてるなんて・・・どうやって手なづけたのさ」
ひよひよと産毛のようなやわらかなリスの腹をそっと撫でるが、こちらも起きる気配はない。
「こんなんで、野性に帰れるかな;;」
リスから手を離し、次にアシュレイのお腹に触れてみる。今はぺたんこなアシュレイのそれは、お腹いっぱい食べると幼児体型のようにポコッと出てしまうのがかわいい。
呼吸のたびに上下する腹から目が離せなくなったティアは、無意識に彼の服をめくっていた。
「うっ・・・キュート過ぎるっっ」
両手で頬をおさえ、身をよじるティア。
お行儀の良いへそが鎮座する白い腹から目をそらすことが出来ない。いや、白いといっても、アシュレイは日に焼けて褐色な肌をしているため、それに比べると・・と言うわけだが。
「お腹が白いなんて、まさにアシュレイだね」
自分も柢王も腹黒い方だから、なおさらアシュレイの純白さがまぶしい。
ふふふ・・・と、顔にそぐわないあやしい笑みをこぼし小さなおへそに唇を近づけるティア。
ちゅ、ちゅ、と無心でそこを吸っていると、後頭部に衝撃を受け我に返った。
「なにやってんだーっ!」
「アシュレイッ、ち、ちがうちがう、今のは、今のはちがうよ、治療してたんだよ!」
両手をぶんぶん振って、ティアはでたらめな言い訳をする。
「君の服がめくれてたんで、なおそうとしたらおへその近くにすり傷があったから・・・」
信じて!!という目でまっすぐアシュレイを見つめるティア。
「・・・分かった。ちょっと、驚いただけだ。殴ってごめん」
ほらね。純白なアシュレイ。私のうそをすぐに信じちゃう。
ティアは、信じてくれてありがとう。と笑って、持ってきたキャンディーをアシュレイの口へ入れてやった。
「そういえば、次回の書の時間、自分の好きな言葉を書くって先生 言ってたけど、アシュレイはもう決まってるの?」
「俺は『 最強 』って書く」
「最強かぁ、アシュレイらしい」
フフッと笑ったティアに「お前は?」とアシュレイが逆に尋ねる。
「私?う〜ん、まだ決めてない」
好きな名前ならすぐ書けるけどね。と心でつぶやいてティアは干草に寝転がった。
「あ、これ中にチョコが入ってるやつだ」
飴を噛んだアシュレイがうれしそうに声を上げたので「君、この前おいしいって言ってたから」と応えた。
ティアは、自分がなんの気なしに言ったことをきちんと覚えておいてくれることが多い。そんなやさしいところが好きだなぁ、とアシュレイは思う。
「お前ってさ」
「うん?」
「・・・・なんでもない」
「えーっ!?やめてよ、気になるじゃない」
ぐいぐいアシュレイの腕をひっぱるティアがなんだかかわいくて、アシュレイは笑う。リスはとっくに離れて、えさを食べていた。
「言って、ちゃんと言ってよ」
しつこく食い下がるティアに「記憶力がいいなって思っただけ」と応えると「それだけ?」と少しガッカリした様子で唇を尖らせた。
年よりずっと落ち着いていて、美麗で頭脳明晰で仕事もこなしているティア。
そんな彼が、自分と一緒にいるときくらいは年相応にふるまえるといい。馬鹿なことしたり、冒険したりはできなくても大切な友人だから、自分といる時くらい心から笑ってもらいたい。
「俺たち、大人になってもずっと一緒にいような。俺が天界一の強い武将になってお前を守るから」
以前、約束したように言うと、ティアはいっしゅん目を見張り、それから照れくさそうに微笑んだ。
「なんか・・・今の、プロポーズみたいだったね?」
「はぁっ?なんだそれ、ありえねぇ」
心無いアシュレイの即答がティアの胸に突き刺さる。
「だいたい、お前も俺も男じゃん」
重ねて無神経な矢を射るアシュレイを、少し困らせてやろうとティアは意地の悪い笑みを浮かべた。
「そういえば君・・・・今日、女子とぶつかったとき」
ティアの白い手が、アシュレイの頬をするりと滑る。
「唇、触れてなかった?」
「触れてない」
「そう?あの子、初めてだったのに・・って、言ってたから」
「うそつけ!ぶつかったのは、頭だぞっ。お前だってコブに手光、当ててくれたじゃんか」
もちろんだ。ウソに決まってる。アシュレイだけに手光をあてると不公平なので、その女子にももちろん当ててやった。あの時もし、唇がぶつかったりなどしていたら速攻でアシュレイだけを連れ出しそれなりの対処で消毒している。
「ホントかな。私からはよく見えなかったから」
「あの勢いで口がぶつかってたら切れてんだろっ、見ろよ、なんともない!」
下唇をめくって見せるアシュレイはまんまとティアの奸策に引っかかっていることに気づかない。
「どれ?ちゃんと見せて。そうじゃなくて『ア』って開いて」
「ア」
「アシュレイ・・・・痛くなかった?ここ、口内炎ができてるけど」
「あ?」
「治してあげる」
「ア゛!?」
何のためらいもなく、舐めてくるティアに驚いて、干草に彼を押しのけたアシュレイだったが、ティアは素早く体勢を立て直すと「治療なんだから動いちゃダメ」と行為をつづけた。
以前、舌を切ったときもそうだった。「治療」だと言って同性同士なのにためらいなく、照れもせず、今と同じことをしてきた。
アシュレイには抵抗があったが、けっきょく「治療」だと言われると恥ずかしがったりするほうが恥ずかしいような気がして、受け入れることになってしまうのだ。
しかも・・・・ティアなら、嫌じゃない。
これが、柢王や他の同性だったら、気持ち悪くて、治療なんかしなくていい!と突っぱねるだろう。
なんでだろう・・・ティアは気持ち悪くない。
「アシュレイ、唇なめると荒れちゃうよ。カサカサしてる・・・ここも治療しておこうね」
ついばむように治療され、アシュレイは目を閉じたまま。
やわらかな優しい感触がはなれていくのを大人しく待つ。
「いいよ。おしまい」
目の前で、にっこりと笑むティアに笑い返すアシュレイ。ここで、照れたりしたら、そのほうが変なのだ、治療を受けただけなんだから。
「ありがとな」
「どういたしまして」
えさを食べ続けるリスに安心して、アシュレイが帰るか、と立ち上がり、ティアもそれに習う。
「あっちの奴はそろそろ森に帰れるな。明日にでも放しに行こう」
「うん、それがいいね。私も行くよ」
約束していると気の利かない護衛の一人が「守天様、そろそろ」と声をかけてきた。
「じゃあな、ティア」
別れを惜しむことなく、アシュレイが空に飛ぶ。
「気をつけて。アシュレイ、また明日」
「おう」
あっという間に見えなくなるその姿を、すこし寂しく感じながらティアは輿におさまった。
治療という言葉を出せば、すぐに大人しくなるアシュレイ。いつまでこの手を使えるか分からないが、せっかくだからとことん使わせてもらおう。
純粋というか鈍感というか、なアシュレイが、思うようにされているのも知らずに礼など言うものだから、ティアの悪巧みは加速する一方。
さっきだって「こちらこそ、ごちそうさまでした!!」と、心の中で『 治療 』の文字を巧みに書き上げていたのだ。
そう。間違いなく、今ティアがいちばん好きな言葉は、それなのであった。
Powered by T-Note Ver.3.21 |