投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
ティアと喧嘩して半年。天界では2日たった頃か。
アシュレイは姿隠術で姿を隠しつつ、夜の人間界を浮遊しながらティアのことを考えていた。
喧嘩の内容といえば、痴話喧嘩レベルのくっだらないもの。
自分たちが恋人と言える間になってから10年が経とうとしている。いい加減大人の関係になってもよさそうなものの、あの我儘守天ときたら、幼児化してるとしか思えない言動ばかり。元服前の方がよっぽど大人っぽくて頼りになったのものだ。そのくせ寝台での変態技だけは日々進化してるのはどういう訳だろう。
少し冷静になって考えさせるために、連絡はしばらくとらないつもりでいる。こっちだって仕事なのだ。守天直々の任務でもないのに一々報告する義務は無い。それなのにこの半年、気がつけばティアのことを考えている。まるで、10年ほど前にティアに突き離されていたときのようで、自分が情けない。
元々、隠し事をするティアが悪いのだと開き直ってみるが、やっぱり寂しい。
(俺は未だ天界一強い武将じゃないのかな...。あいつと対等になれる日なんかこないんだろうか)
アウスレーゼにも「守天の秘密はおいそれと話せるようなものではない」と言われている。無理に知りたい訳じゃない。ただ、今回みたいにどうせばれるような事なら最初から話しておいて欲しい。それを話せない程度の信頼関係なんだろうか。
ふと目を地上に降ろしたとき、ティアの後姿が見えた。更にその後ろをおかしな男たちが付けているのも。
「あいつ……!」
たった二日間が我慢できなかったのか、人間界なんかに来やがってと、アシュレイは焦って人影の無い路地に降り、姿を現してティアを追いかけた。
いた! 先ほどの男たちに拉致されかけている。
「ったく!」
アシュレイは風のように近づくと、人間の動きに見えるよう気をつけながら、あっさりと全員殴り倒した。
呆然としているティアの肩に手をかけ、強引に振り向かせる。
「この馬鹿ッ、又こんなとこまで追って来やがって。危ねえから止めろって何度言わせりゃあ気が済む……」
目を丸くして驚いている顔は美麗ではあったけれどティアではなかった。それどころか霊力すらない人間。
(いくら変化して霊力値を変えられるからって、人間と間違えるなんてどうかしている! くそ、俺としたことが)
「ワリィ!! 間違えた。すまねえ!」
理由もなく人間に関わることはできない。ただの人間違いとして今立ち去れば、この人間には何の影響もなく済むはずだ。
その時、横から勢いよく伸びた腕を、身体が勝手かわした。それも最小の動きで。パンチを放った少年が踏鞴を踏む。
「二葉、やめろ!」
いつの間にか、仲間と思われる少年たちが3人も増えていた。
「一樹、大丈夫?」
ティアと間違えた人物を守るように寄り添いこちらを睨んでいる。
角と耳は人間界に来たときに念のため隠していたが、髪と目はそのままだ。真っ赤に染めた髪に赤いコンタクトの怪しい外人じゃ、さっきの男たちの仲間に見えて当然。今の一発を素直に食らい捨て台詞でも残して去った方が、よっぽどマシだったかとアシュレイは臍をかむ。
「この方が助けてくださったんだよ。どなたかと人間違いをされたようだけど。お礼もまだ申し上げず失礼いたしました」
話が長くなりそうで、アシュレイは「あ、いや、勝手に間違えてホント悪かった。じゃあ!」と慌てて距離をとった。
一樹も無理矢理引きとめず「あなたの大事な人によろしく」とだけ声をかける。
(大事な人って! なんで……)
ふわりと笑った優しいけれど寂しげな顔が、昔のティアと重なった。
たぶん―大事なものを守りたいという信念とか、なんでも揃っているのに本当に欲しいものは手に入れられない寂しさとか、なにかティアの纏っている想いと重なるものがあるのだろう。
彼らと別れるとすぐに姿隠術を使い、後を追った。
「あの人すごかったねー。二葉のパンチ余裕で避けてたもんねー」
「累々と横たわる男たち見ただろ、絶対格闘家とかだよ。二葉が敵わなくてもしょうがないよ」
「くそ! 次は絶対当ててやる!」
「こら、俺を助けてくれたんだぞ」
「そうやって信用させて……って策かもしれないじゃないか」
「そんなことないよ。あの人は本気で心配してたから。俺じゃない誰かをね。さ、それより今夜の準備だけど……」
話はすっかりクリスマスパーティのことに代わっていった。じきに赤い髪の変な外人のことは忘れるだろう。これなら忘却の粉を使うまでも無いかと、アシュレイはほっとしてその場を去った。
無性にティアの顔が見たくなって、船も通らない海へ向かい、凪いだ水面に白水晶を浸す。
「アシュレイ?!」
絶対に白水晶の前でずーっと連絡を待っていたと思われる、焦ったティアの姿が映った。
慌ててホッとした笑みを無理矢理渋面に変えている。
「私なんかに、なんの用?」
丸2日間ほっておかれて、すっかりむくれている。
だが、こんな拗ねた顔を自分以外の誰かに見せてるところなんか知らない。
冷静沈着な守天様が、妬きもちをやいて泣いたり怒ったりするのも、実は甘ったれなのも変態なのも、自分だけが知っている。"ティア"と名前で呼ぶのも自分だけ。 ※2
例え対等ではなくとも、ティアにとって自分は特別な存在ではあるのだ。
思わず可愛い拗ね顔に微笑んでしまう。
「ティア、愛してる」
アシュレイが滅多に言わない言葉。しかも照れもなく、彼の目を見ながらはっきり言ったのは初めてのこと。
一瞬、何を言われたか解らない様に、ティアは目をぱちくりさせた。
「えええっっっ!!!」
その後言葉の意味を理解して驚きの声をあげたものの、数年に一度あるかないかのアシュレイからの愛の告白にかなりの動揺を見せている。
本当は涙が出るほど嬉しい、でも今はその一言だけじゃ足りないと文句も言いたい。そんな様子が手に取るように分かる。
あのティアで遊べるなんて――。自分も成長したものだと、アシュレイは更にティアを動揺させそうな極上の笑みを浮かべた。
(おわり)
※1 タイトルは「二人の愛を確かめたくって♪」と続きます
※2 この頃には閻魔は代替わりしてるはず...。カルミアの存在はもし生き延びてたとしても頭になし
(kd113151204178.ppp-bb.dion.ne.jp)
柢王のくれたチケットはゲームコーナーを完全制覇出来るほどあった。
射的やパンチボールはアシュレイがその運動神経のよさを見せた。迷路などティアも参加できるゲームのチケットは二枚あった。
「柢王の奴 初めから俺たちにくれるつもりだったんだ。」
好意を無にしない為にも 遊ぼうと思い定めた。
途中で「フリマに行かないか。」という提案をしてみたが、「同じ会場で年少組が演奏会やっているよ。」の言葉に諦めた。
そして 遊んで遊んで遊び倒した。手元のチケットがなくなると、辺りは夕闇、屋台は片付け始めている。
ティアは地面にしゃがみこんで ゲームの景品を小さい子に配っていた。両手に抱える程あった駄菓子や玩具はすぐになくなった。
「何か飲みたいな。さわぎ過ぎてノド乾いた。」ティアは子供達に バイバイと手を振り立ち上がった。
「オーイ ティア アシュレイ」向こうから柢王が歩いてくる。
「ほら これ文殊先生からご褒美の軽食だ。お前たちの分貰ってきた。それとなアシュレイのお姉ちゃんが 不用になった看板とか燃やしてダンスしましょうって言ってたぞ。」
アシュレイはたじろいだ、嫌いだ ダンスも付きものの音楽も。
「逃げよう。」ティアがアシュレイの手をとる。
「柢王 今日はとっても楽しかった、ありがとう。」
「よかったな。」
柢王はあたたかい笑みを浮かべて 逃げろと背中を押す。
ティアに引っ張られてアシュレイは走った。止まったのは、校舎の裏手 飼育小屋だった。
息を切らして駆け込んできた二人を動物たちが取り囲む。アシュレイは柢王から渡された包みを開け ジュースを見つけるとティアに渡した。
集まった動物は食べ物をもらえると距離をつめて来た。
「今 分けるからがっつくな。」と包んであった弁当を開ける。ナイフを手にしてオカズを切り分け それぞれの口に運んでやる。
「アシュレイ ナイフかしてくれる。」
「なんだ 袋が開けられないのか。かせよ。」
「違うよ こうしたかったんだ。」ティアは金色の紐を取り出すとアシュレイのナイフに結んだ。
「これいつも持っているでしょう。柢王と冒険に行くときも。だからこれは私の所に無事で帰ってこられるように お守りだよ」
「お守りって これお前の髪を編んだのか。」
「そう 女の子がミサンガ編んでいたでしょう、教えてもらって作ってみた。これだけしか成功しなかったけど。」
これだけ成功ということは、俺が朝から買いに行きたいと思っていたミサンガ、ティアお手製は最初からフリマに なかったのか。
欲しかったミサンガよりステキなお守りが手に入った。
「髪まで切って、何してんだか。これ汚れても知らないぞ。なくすかもしれないし。」素直に大事にするとは言えないアシュレイ。
「いいよ、また作るから。髪はのびるからいくつでも作れる。」めげないティア。
二人の周辺はホカホカでしたとか、もちろん動物の体温で。
時は下り、ティアの髪は短くなり、柢王の鉢巻が柄布となった頃の天守塔
「これがな、桂花の愛に包まれる俺。」先ほど持ち込んだ菓子の箱から出したのは、黒豆が入った紫芋の羊羹だ。
「これは、桂花を守る俺。」すみれの砂糖漬けがチョコレートでコーティングされている。
「バカか」居合わせたアシュレイがつぶやく。ティアははため息をついた。これは先日の紅芋のケーキのリベンジだ。一緒に来た桂花は蔵書室に行った。「逃げたな桂花」
クスクス笑いながら、お茶を出したくれた使い女の手首にミサンガを見つけた。
「なんだ またミサンガが流行っているのか、文殊塾でも女の子が作ってたなあ。」
「ここで流行っているミサンガには意味があるんだ。」アシュレイは人の悪い笑みを浮かべた。「黄色はティア、紫が桂花をさしているんだ。好みの人だと。」
「赤はアシュレイだよ。」ティアが付け加える。「赤と黄色は私達二人が好きという意味になる」
「紫と金もある。執務室のコンビが好きという意味らしい」
俺の桂花は美人で頭もいいからティアと並べても見劣りにないよな と柢王はニコニコした。
「でも紫と黒はない。」柢王の笑顔が固まった。
「使い女の制服は白だ。黒と紫じゃあ 喪服になるだろ。」
無情なアシュレイの言葉に柢王撃沈。
きれいなミサンガはたくさんあるけれど 最高のは俺が持っているさ。とアシュレイは会心の笑みを浮かべたとか。
開門すると人がなだれこみアシュレイは揉みくちゃにされた。
一団が通り過ぎ ゼイゼイと荒い息をついた。見れば塾の中は人だらけ‥。
「ヤバい 売れちゃう」アシュレイにはどうしても手に入れたい物があった。「あれは奥のフリマのテントで売ってる筈。」
アシュレイはあせって歩き出した。
門の回りの人ごみを抜けると、長い行列が見えた。並んでいるのは女性ばかり、列の前はとみると ティアの花屋だ。
白いテントの下 天守塔の庭に咲いた物だろう 色とりどりの花が大きな壺に活けられている。
背後には葉物やリボンが飾られている。その中でティアが花束を造っているのだ。「に‥似合っている。」つぶやくと頬に血がのぼる。
でも何か変だ。ティアの動きがおかしい、そうかとうなずいたアシュレイはテントの中に入っていった。
「俺が切るからかせ。」アシュレイはベルトにさげていた愛用のナイフを取り出し、ティアが持っていた花を取り上げた。
ティアの右手には、小さな先の丸まった鋏 これでは固い茎が切れなかったのだ。
「ありがとう アシュレイ 茎の長さをそろえて切って。」
「わかった、そっちの鋏でもリボンは切れるだろ つつむ用意しろ。」
「うん。」嬉しそうにティアがうなずく。
それからアシュレイは言われるがままに手を貸した。
赤 ピンク オレンジ 黄色 回りは色の洪水 むせそうな花の香り、アシュレイの頭がボーとなった所に声が降ってきた。
「アシュレイ 守天殿のお手伝いとは、感心です。最後までちゃんとやるんですよ。」
「えっ 姉上」
グラインダースは今しがたアシュレイが切ったばかりのカラーの花束を抱えている。背の高い細身の姿にすっきりとした白のカラーの花は映える。
「最後までって。」
買い物に行きたいとは、姉の前では言い出せない。客が途切れた所で抜け出す訳にもいかなくなった。
「守天殿 この子をよろしく。放っておくと何するかわかりませんから。」
「大丈夫です。グラインダース様。アシュレイは今日一日私と一緒ですから。」
そんな約束したっけ アシュレイは考えたが、した覚えはない。
けれど 姉上には逆らえない。
グラインダースは笑顔で「きれいな花をありがとう。」と言い置いて取り巻きと去った。
「さっさっと働け。早く終わりにしよう。」
こうなったら早じまいするに限ると、アシュレイはティアを促した。
程なくして、花の壺はからになった。
ティアは残った葉っぱに売り切れと書きテントの屋根からさげた。
「手伝ってくれてありがとう、アシュレイ。おかげで早く終わった。」
「じゃあな」と言って歩き出そうとしたアシュレイの腕をティアは捕まえた。
「お腹すかない。もうお昼だよ、柢王の屋台に行こうよ。」
「俺行きたい所あるから。」
と言いかけるとティアはアシュレイのお腹を指して「ぺったんこだよ。お昼ごはんにしよう」というとアシュレイを捕まえたまま歩き出した。
チョコバナナ たこ焼き リンゴ飴と屋台が並ぶのをティアは珍しそうに眺めながら柢王の店を探した。
「あった」ここも人だかりができている。
「さあてお立合い 東領は花街の特製焼きそば」豆絞りのねじり鉢巻きにハッピ姿の柢王が大きな鉄板の前に立っている。
「麺はシコシコの太麺」バサッと麺を鉄板にのせる。
「キャベツは御料農場産だ」キャベツを放り投げ、パチンと指をならすと葉は短冊状になり麺の上に落ちる。
「キャー柢王様 カッコいい」女性の黄色い声が上がる。
柢王は普通の倍はありそうな大きなヘラを取り出した。トントンと鉄板を叩くとヘラを空に投げる。ヘラはクルクル回って柢王の左手に収まる。
もう一本ヘラを取り出し 今度は背中から投げ上げ前で受け止めた。
再度あがった歓声の中に「あれが我が国の王子とは」と嘆く声がした。
声の出所を探そうと動きかけたアシュレイの腕をティアは離さなかった。
「柢王のかまいたちすごく正確だね。葉っぱの大きさが同じだよ。」
「うん芯をはじいたのも見えた。」アシュレイは柢王に目を戻した。些細な事を気にする奴ではない。
柢王はジャグラーのようにヘラを扱いながら、焼きそばを焼いていく。口上も止まらない。
「ソースは濃厚少々辛い 辛いのが苦手なご婦人にはマヨネーズをサービスだ。さあ食べてくれ。」
手早く盛り付けて客に配り、二皿を手元に残しティアに来いと指で合図した。
「花屋は終わったのか。」
「うん 柢王の言った様にバラをそろえたから、みんな喜んでくれた。全部違う花束になる様にもしたよ。」
「そうそう 女性にバラ贈っとけば間違いない。ただし 赤のバラは誤解されるから要注意だ」女たっらしは何教えたのだろうか。
「後は自由時間だな。こっちで座って食べろ。」柢王は荷物が載っている机の上を片付け、下から椅子を引き出した。
「ありがとう柢王 お腹すいてたんだ。」ティアは焼きそばを笑顔で受け取った。「焼きそば焼くのも初めてみた。柢王は上手だね。」
「簡単さ。」柢王は目を細めてティアの髪をなでる。「そうだアシュレイ、これやるから、二人で遊んでこい。」
アシュレイがみれば、ゲームコーナーのチケットだ。
「お前が買ったんか。」
「違う、焼きそば差し入れて貰った。俺は商売繁盛で行けないからやるよ。」
確かに店の前には客が集まり始めている。
「嬉しいな ゲームなんて初めて、遊べるとは思わなかった。」
ティアは満面の笑みだ、アシュレイにこの笑顔は壊せない。
「仕方ねえな、さっさっと食って行こう。」
こうなったらティアを誘ってフリマに行き 目を盗んで欲しいものを手に入れるしかないが、売れないでくれと祈るアシュレイだった。
文殊塾の門の内側 数歩離れた所でアシュレイは手中の玉を投げた。玉は空高く上がっていく。
アシュレイが指をならすと パーンと大きな音をたてて割れ白い煙が噴き出した。
つづけてもう一つ玉を投げ破裂させると今度は赤い煙が吹き出した。
「よっしゃ いいぞ」アシュレイのうしろで黒髪の先輩が声をあげ 空に向けて手を振る。
風をあやつる その手に従って白い煙は[バザー] 赤い煙は[開催]の文字を形作る。
そう今日は文殊塾のバザーの日だった。
事の始まりは、文殊先生が巡回の途中 飼育小屋で足が止まったことだった。
動物がヤケに多い。それに見慣れない動物もいる。なんとなく元気のない動物もいるような・・・はてなと首をかしげる。
見ると赤毛の飼育員が一生懸命に抱えた鳥をなでている。鳥はぐったりと丸まっているようだ。
その傍には金髪の少年が草の上にちんまりと座ってニコニコしている。
キレギレに「羽は治ったろ」「ここで少し休んでおいで」の声が聞こえる。
どうやら羽を痛めた鳥をティアが治療したようだ。増えた動物もなんらかの理由でアシュレイが保護したのだろう。
「やさしいというのは美点ですな。」しかしなぜその優しさが同族の天界人に向けられないのかと 首をかしげて文殊先生はその場を離れた。
そして翌日 文殊先生は飼育小屋増設とその資金集めのバザーの計画を発表した。
生徒はもろ手を挙げて賛成した。なんせ遊び好きの年頃 授業がつぶれてお祭り騒ぎができるのだ 賛成しない訳がない。
その場で受け持ちが決められた。
計算の得意な商人の子供がチケット制にしようといい、売り子に立候補した。
手芸の得意な生徒が手作り品のフリマをしょうと提案し 容姿に自信のある生徒が接客するといった。
年長組の男子生徒は食べ物やゲームの屋台を出し、年少組は余興の演奏会をする事になった。
みんなが盛り上がっているなかで、戸惑っている生徒がいる。この騒ぎの震源地 アシュレイだ。
文殊先生は考えた。
売り子→計算不得意
接客→愛想なし
ウェイター→所作乱暴
音楽→論外
文殊先生はため息まじりにアシュレイに開門の係を命じた。
という訳で今日 バザーが開かれる運びとなったのだ。
アシュレイは空に書かれた文字を確認すると、ポケットから原稿用紙を取り出した 文殊先生から渡された開会の挨拶だ。
これを門の外で待っているお客に向かって読み上げ 門を開けばアシュレイの仕事は終わる。
柢王がポンと肩をたたく。「さっさと開門しちゃえ 挨拶なんて誰も聞かないって。」言い残して柢王は去った。
見ると予想以上の人がおしよせ 開門を待っている。確かにこの人出では声は届かないだろう。まだ開けないのかという無言の圧力も感じる。
いいやとアシュレイは原稿をポケットに戻して門扉に手を掛けた。
「おはようございます。ただいま開門します。」思いっきり声を張り上げ 門を開けた。
文殊塾ののバザーの始まりだ。
桂花は息苦しさを感じて目を覚ました。
暗い、何も見えない。
ここは天守塔?ちがう東端の館 いや壊して小さな家を建てたのだ。
それにしても暗いし 暑い 体に妙な重りがのっている。
目の前を少し押して頭を動かした。
「目覚めたんか、桂花」柢王の声が頭に直接ひびいた。
顔の前に少し隙間ができて新鮮な空気が流れてくる。
「朝にはなってねーよ。寒いか」柢王の黒い瞳が間近にある。
桂花は自分が頭まで毛布に包まれ 柢王の胸に抱えこまれていたのだと気が付いた。暑いし息苦しい筈だ。
「いえ むしろ暑い」出る声がかすれているのが自分でもよくわかる。ごまかす様に もがいて毛布をずらす。
「だって お前の体すっかり冷たくなっていた」
「吾はあなたより体温が低いんです。触って冷たいくらいが平熱です。」
「そっか カゼひきそうだなーと思ったんだけど」柢王はつぶやくと、むくっと起き上がった。
「あっ」桂花の手が差し出された。
「暑いなら水飲みたいだろ。汲んでくるから。」柢王は差し出された紫微色の手をポンポンとたたく、声もかれているし とは言葉にはしない。
桂花は寝台に戻された手を頬にあてた。この手で柢王を引き留めたかったのか、天界人 それも王族。すがってどうする。
水は特に欲しいとも思わなかったけど、口元にグラス」が差し出され 一口嚥下すると体の余分な熱が引いて気分がいい。
グラスが傾けられるがままに水を飲みほした。
「おいしい」という言葉はするっと出た。
「そっか 裏の泉の水だ。今度きちんとした水飲み場作ろうな、二人でさ。」柢王はふんわりと毛布を掛けなおし 待ってろと寝台から離れた。
桂花の長い睫がふせられる。
柢王が窓を開けたらしく、心地よい微風が 深い青草の香りを運んでくる。
この小さい家は風がよく通る。
薬を作ろうと桂花は思う。
薬草を摘み 干して 調合して できた薬を売る。人間界でしていたように 変化して 目立たず波風立てないように生きていけるかもしれない。
ふっと空気が大きく動く。寝台のスプリングがきしむ。
腕枕で寝ころんだ柢王が白い髪を手に取った。
同じではない 桂花の口元がほころぶ。ここには柢王がいる。
人間界では 気晴らしにすらならなかった、今は追い詰められて意識を失うのは吾だ。でもイヤではない。目を覚ませば柢王がいるから。
今も乱れていたはずの髪はきれいに横に流され、寛衣の下の肌はさらりとしている。
体だけが欲しいのではない、大切なのだのだと気づかいをしてくれる柢王がいる。
今までこんな朝の迎え方を知らなかったといえば、この男はなんというだろうか。
魔族の姿でいられる気楽さもある。
桂花はわずかに身体をずらし 柢王の胸に手を置いた。
ほんの少しの甘え 柢王の目元が和む。
「もう少し眠ろうぜ。蓋天城でも天守塔でもないんだ お前の家だ気ままにしていていい。起きた時が朝な、ウマい飯作ってやるから。それから出かけようぜ。」
「どこへですか」桂花の冷たい指にじんわりと熱が伝わる。このくらいが丁度いい 指先が温まるくらいでいい。
「買い物もあるから、花街に行こう。」
「先立つ物がないかと思いましたが。」財布は軽いと示唆する。
「うん わずかな持ち金を10倍 100倍に増やす方法がある。」
「賭博ですか。」桂花の眉が顰められる。
「イヤか ならお前が女装してさ 男が引っ掛かった所で俺がジャーンとカッコよく登場。」
「美人局をしろと。」桂花の頬がひきつる。
「ダメか じゃあ花街お決まりのスリやかっぱらいを捕まえてだな」
「礼金でも貰おうと。」
「ちゃう 上前をはねる。」
「かっぱらいをかっぱらってどうするのですか」頬は引きつりを通り越して震えだす。
こうゆう男だ、穏やかに目立たず生きてゆくなどこの男の頭にはない、忘れていた吾がバカだ、大バカだ。
「チェッ お前結構うるさいんだな、まあいいや 行ってから考えようぜ。」
白い髪をもてあそんでいた手をすべらせ 背の骨にあてトントンとたたく。なだめる様なあやす様なゆったりとしたリズム。
わずかに髪を揺らす柢王の吐息 上下する厚い胸 心臓の鼓動 生きて血がめぐる体が側にあるという安心感。
先の事など考えたくはない、今はこのぬくもりの中でまどろんでいたい。
桂花が寝息を立て始めると柢王は毛布で肩をくるみこむ。眠ると冷えるもんだとつぶやく。
桂花には言わなかったけれど、桂花が傀儡の糸が切れたように動かなくなった時は 興奮が一瞬でさめた。
急速に体温が下がり 脈拍が弱まる このまま息をしなくなるのではないかと心配で 心配で。
体を清め 寛衣を着せても目を覚まさなかった桂花の顔をずっと見ていた。
とその時 「李々」というつぶやきが耳に届いた。
なんだという不満そうにとがった唇はすぐに微笑に変わる。
指先どころか 顔を柢王の胸にすり寄せ桂花は眠っている。
いといけなく、たよりきって‥。
愛情を注がれた者は愛情を注げる。愛情を誰かに向けていたのなら 俺にも向けてくれる。
いつか俺の事も夢で呼んで欲しいと柢王は願う。
Powered by T-Note Ver.3.21 |