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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.306 (2011/10/26 20:50) title:喧嘩の行方 後
Name:真子 (kd113151204178.ppp-bb.dion.ne.jp)

アシュレイは湯の入ったポットを持って執務室の前にいた。
「怒鳴らない 普通にさりげなく」と偽分に言い聞かせるが、中に入って肩すかしをうけた。天敵がいない。
「柢王と桂花なら蔵書室から戻ってない」ティアはポットを受け取った。
「お茶を淹れるから座って。」
「おまえお茶なんか淹れたことあるのか。」
アシュレイはいつもの長椅子の端に腰かけるとテーブルを引き寄せた。左右の膝がテーブルと肘掛にあたる。
少々窮屈だがティアよけのバリケードだ。天敵が近くに居るのだ
みっともない事はしない。
「このお茶は大丈夫。」といいながらティアは持ち手のない湯呑に茶葉を入れ、お湯を注いだ。
「おまえ何やってんだよ、違うだろ。」
「こうやる物らしい。東の新製品だ。」ティアは湯呑に蓋をして「熱くて持てない。いいか」指を鳴らして湯呑をテーブルに運び自分も長椅子に腰かけた。

静かな時が流れる。
「俺 喧嘩売ったんじゃあない。ただ俺は」突然アシュレイが口を開く。意味もなく喧嘩ふっかけたと思われたくない。おまえには誤解されたくないと勝気な赤い瞳が訴える。
「シー」ティアが指を唇に当てる。「わかっている。静かに音を聞いて。」
ポコッと泡がはじける様な小さな音がする。
「何の音?」
「お茶の出来上がりの音。蓋を取ってみて、熱いから気を付けてね。」
言われるままに蓋を取ると、立ち上がる湯気と共に広がる甘い香り、湯呑にはオレンジの小さな花ば浮かんでいる。
「金木犀?」
「そう 湯を注ぐと花が開く、その時に音がする。音がしたら出来上がり。桂花茶だよ。」
「なんて悪趣味な名前だ。柢王のフンが作ったのか。」魔族の作った物など売れる訳ないと言葉にするほど人が悪くない。
「そっちの桂花ではなくて 金木犀の桂花だ。金木犀茶だと語呂が悪いから。」
「だからなんでけ‥なんだ」
「金木犀の別名が桂花なんだ。」
「えっあいつ金木犀なんか。」
「違うよ。桂花の名前は月に咲くという伝説の花。このお茶は金桂というもの。別物だけど、月の桂木は見たことないから、同じかもね。」
「わかんねー。」アシュレイはバッサリと切り捨てた。
「いいから飲んでみて。」
アシュレイは一口飲んでみた。香から想像するほど甘くない、さっぱりしていて飲みやすい。「結構いけるかも。」正直に口に出した。
「よかった。桂花茶だ。お茶の名前は桂花だ。」ティアの瞳が真っ直ぐにアシュレイをとらえる。「言ってみて、桂花茶だよ。」
「ケ イ カ茶」ギクシャクしながらも言葉にした。
「そう桂花だ。」
「桂花茶」
ゴクリとアシュレイのノドがなり、ティアははんなりと笑う。
その時ドアが開いた。
「タイミング悪かったか、お二人さん。」柢王が入ってきた。
「ですから、ノックぐらいしなさいといつも言っているでしょう。」続いて入ってきた桂花は大皿を持っていた。
「今 お茶にしていた所。柢王と桂花もお茶どうぞ。」
「何飲んでいたんだ。甘い香りだな。」柢王はアシュレイの隣に椅子を引き寄せた。ティアが答えてという様にアシュレイの膝を叩く。
「桂花だ。」
桂花の片方の眉が上がった。
「桂花茶だ。」あわててアシュレイが言い直す。
「料理長に頼まれてケーキを持って来たんだ。桂花、紅茶淹れてくれ。桂花茶にケーキはあいそうもないから。」
吾の淹れたお茶でいいんですか、と目で訴えるが黒髪の男は知らんぷり。断ると思ったアシュレイは妙に静かだ。
仕方なく紅茶とケーキを給仕した。
「真っ赤なケーキ。初めてだね。」ティアが嬉しそうに声を上げた。
「紅芋のケーキと言っていましたが、ここまで赤いとは思いませんでした。」とは桂花の言
「天守塔スペシャルとも言ってたな。確かに金粉がかかっていて、ティア おまえのイメージだな」とは柢王
「じゃあ 私とアシュレイのコラボケーキ。簪もさしてあるし、赤いジュレは君の瞳にそっくり。かわいいな。」
アシュレイはずっと我慢していた。なんせ 柢王とテーブル、ティアに囲まれている 身動きが取れない。天敵も普通の態度だ。ここは大人の対応をとるべきだ。
「なあ これ中は紫だぞ」見て楽しむ趣味はないとかぶりついた柢王の爆弾発言。
「本当だ。芋のムースが紫の濃淡になってる。もしかして 私とアシュレイと桂花のコラボケーキ。」ティアが油を注ぐ。
「いらねー」とうとう爆発した。
大口を開けて喚きだしたアシュレイに誰かがケーキを押し込んだ。
「俺だけ仲間はずれかよ」誰かがいじけてヤケ食いした。
「たかがケーキでしょうが。」と誰かがため息をついた。
「美味しいネ。みんなで食べると。」無理に誰かがまとめた。
なべて この世は事もなし、平和な天界のちょっと騒がしい一日でした。

ちなみに このとき調理場では消えたローストビーフに変わるメニューが作られ、蔵書室では避難訓練が行われていたとか。


No.305 (2011/10/26 20:49) title:喧嘩の行方 前
Name:真子 (kd113151204178.ppp-bb.dion.ne.jp)

軍の資料室では用が足りないからと桂花が柢王と共に天守塔にやって来たのは、セシリアの事件から程ない頃であった。
執務室のバルコニーから見えたのは 赤い髪。
「よう 柢王。け‥け‥」と言葉に詰まったアシュレイ。
「なんですか。『け‥け』とは。天界語を忘れたんですか?これだから‥」と返したのは、桂花。最後の‥にサルという単語がはいるのは、全員承知。アシュレイの顔が真っ赤になる。
「なんだと!柢王のフン ぶっ殺す。」
「柢王 桂花 何か急用?」素早くティアが割って入る。
柢王も桂花を引き寄せている。
「桂花が蔵書室を使いたいだってさ。俺はただの付き添い。」
「そう 好きに使ってくれてかまわない。柢王は待っている間にお茶にしない?こっちもアシュレイが訪ねてきてくれた所だから休憩しようと思ってた。
ねえ アシュレイ 料理長にお茶の支度頼んできてくれる?
桂花も用が済んだらお茶にしようね。」
天敵の二人の内 1人は乱暴な足音をひびかせ 一人はいとも丁寧にドアを閉めて出て行った。
「心臓に悪い。いつアシュレイが手を出すかと、毎回ヒヤヒヤする。」ティアは額に手をあててため息をつく。
「そっか 俺は二人の喧嘩 結構面白くて好きだな。犬っころがじゃれあっているみたいじゃん。」お気楽に笑いとばす柢王。
「そんな事いって。おまえは腕力で桂花を守れるから心配ないだろうけど、私は二人にもしもの事があったらと気が気じゃアない。」
「二人共本気じゃあないから、気にするなって。」
「アシュレイは本気だ。ウソの言える子じゃあない。」
「魔族が嫌いなのは本気だけど、桂花を殺しはしないさ。
だいたい アシュレイが本気になって桂花が勝てる訳ないだろう。
俺だって危ないのに、桂花なんて瞬殺だろうよ。それが今まで命の取り合いにまでなってないから、本気じゃあないさ。」
「じゃあ 桂花は?」
「桂花は喧嘩するだけ仲がいい、かな。桂花は東領じゃあ何言われても 何されても 口答え一つしない。
喧嘩の責任取るのは俺だからな。
売られた喧嘩を買うのは、アシュレイに対してだけだ。アシュレイは喧嘩の報復を俺にする奴じゃあない。安心して 喧嘩している訳だ。
無意識がろうが、桂花はアシュレイには遠慮しないで言いたいこと 言ってるんだ。」
「でもかなわない相手に向かっていくなんて、桂花らしくもない。」
「そう思うか。」と返した柢王の笑みはゾッとするものだった。
「気に入らない相手を消すのは、何も武力だけじゃあない。桂花が本気で抹殺しようとしたら、そいつに明日はない。」
ティアの背に冷たい汗が流れる。東領での不可解な死亡事件の数々が頭をよぎる、あれは‥。
「いいじゃん。両方とも本気ではないという事で。俺たちが止めるのも解ってやってるさ。」一瞬にしていつもの陽気な笑顔に戻った柢王は続けた。
「俺 奥さんの機嫌とりに行ってくる。おまえはアシュレイな。後でお茶ご馳走してくれ。」柢王はティアの肩をたたいて出て行った。
「怖いけど、おくさんと言い切れるなんて羨ましい。」という言葉は空に消えた。

アシュレイは怒りのオーラを出しながらズンズン歩く。使い女も文官も恐がって道を譲る。
「どいつも こいつも面白くない! 柢王のフンの奴 今度こそ許さない。」
怒りの中に後悔が見え隠れする。
「『け』の後は『いか』だったのに。」
セシリアの件では迷惑かけた自覚はある。ティアが柢王の好きなものは桂花だというから、せめて名前を呼ぼうとした。
さりげなく 名前を呼んで挨拶しようとしただけなのに。
それを 柢王のフンが台無しにしたんだ 「俺は悪くない。」言い切ろうとしたが 今一つ力が入らない。
そのまま 調理室のドアを開けると、いい匂いが漂ってくる。
「あっ アシュレイ様 おいでになったと聞きましたので、お茶の支度をしておきました。」いつもアシュレイの訪問を歓迎してくれる料理長は、今日も満面の笑みだ。
「今日は紅芋のケーキです。ご試食されますか。それともディナー用のローストビーフが出来ておりますから、サンドイッチにしましょうか」
とたんに腹の虫がなる。
「サンドイッチがいい。ケーキはティアと食べる。クレソンは苦いからイヤだ。」
「はい、承知しました。」
アシュレイの好みを知り尽くしている料理長はカラシたっぷりのサンドイッチに生の唐辛子がアクセントになったサラダを出した。
「うまい。」かじりつくなり声を上げたアシュレイ。
おいしいものを食べながら怒る人はいない という事を証明したとか。

所 変って蔵書室。
「お探しの本はこちらです。」両手にかかえた本をテーブルの上に置いたのは、ナセル蔵書室長。
「ありがとうございます。お手間を掛けました。」と礼をする桂花。
「ここで読んでいかれませんか。」ナセルは椅子を引いて勧めた。
「お邪魔ではありませんか」桂花はチラリと回りをみた。
つい先ほど軍の資料室で浴びた冷たい視線、聞えよがしな悪口がよみがえる。
「いえ、むしろここに居てください。」
「えっ ナセル蔵書室長どうして」
「アシュレイ様とやり合ったんでしょう。
ここは霊力を使えませんから、壁抜けはできません。出入り口は一つ。扉を閉めてしまえば、誰も入れません。安全です。大切な本もそれを読んでいるあなたも。」
頼もしく言い切ったナセルは「ごゆっくり」と言い残して立ち去った。
「安全ね」桂花は椅子に腰かけ 本を取り上げた。守天殿の守護のかかった本、壊れないし汚れない。永遠にきれいなままで保存される。
ナセルは吾を名前で呼ぶ。魔族としてひとくくりに切り捨てようとはしない。天界人としては珍しい。
「サル贔屓なのに。吾にも安全をくれるなんて、変わっている。変人の最たる者はこの男。」
視線を上げた先に柢王がいる。サルと仲よくしろとも言わないし、喧嘩を咎めもしない。
いつも少しあきれたような顔で仲裁に入る。特にどちらの肩を持つこともしない。吾をなだめるだけ。
「探していた本はそれか。借りていかないで、読んでいくのか?」柢王の右手が頬にかかる。僅かだがクチナシの香がする。
桂花は身を引いてティアの残り香をさけた。
「ナセル蔵書室長にここで読むようにと言われました。サルも入れないようにできるから、本も吾も安全だと。」
「へー まあナセルもせっかく整理した本をメチャクチャにされたくないだろうから、アシュレイ対策も考えるだろうけど、おまえも本扱いか。」
「別に大した意味はないかと思います。」
「いいや 意味はある。おまえが本なら 俺はずっと眺めている。いられる。それで手から離さない。ついでに誰にも触らせない。ナセルもそう考えている」
どうしてそんな話になるのかと、桂花は肩を落とした。
「バカですか。」いつものセリフが口をついて出る。
「そう俺は桂花バカなの」
嬉しそうに言い切った男の左手が白い髪をすくいあげる。今度はクチナシの香がしない。
柢王の右手には、たくさんの絆が握られていて、どれもこれも大切で捨てられない物なのだろう。ティアともアシュレイとも太い絆で結ばれている。
でも左手は?心臓を守る手といわれる手は、今だけだとしても吾に差し出されている。
桂花の中で澱のように沈んでいた思いが消えて行く。


No.304 (2011/10/13 12:59) title:しらゆきひめ
Name:まりゅ (sndr5.bisnormaljl.securewg.jp)

 塾の学芸会が開催される。
 アシュレイたちのクラスの出し物は演劇。8人の官吏に守られた美しいお姫様が、魔族に狙われ毒を喰らわされるが、最後は通りがかりの王子様が救うという、有名な昔話だ。
 配役は、お姫様のティアと王子様のアシュレイ。
 元々は全員一致で王子様役はティアだったのだが、お姫様役を巡ってクラス中流血沙汰になりかねない勢いだったので、「お姫様役をアシュレイがやるなら」と言う条件でティアが受けたのだった。
 だが、「絶対に女の役なんかやんねー!!」と喚くアシュレイに、ほとほと手を焼き、「王子様役はアシュレイ、お姫様役はティア」に変更となったのだ。先生としても、台詞の多い主役を、あのアシュレイにやらせるのは非常に抵抗があり、上手く収まったと胸を撫で下ろしてはいたのだが。

 今日は二人で台詞合せの練習。アシュレイの出番は最後だけなので、ティアの特別指導ということになっている。 
「な、なんてうつくしいかたなのだ。あわゆきのようなしろいはだ。りんごのようにあかいちいさなおくち…なんだか、口ン中がフワフワして変だぞ、上手くしゃべれない」
「きっと歯が浮いているんだよ…」
「ばらいろのほおに…こいつ、しんでるんだろ? なんで血色良いんだよ? それに腐らないのか?」
「そういうところをつっこんだらダメなんだよ…。細かいところは気にしないように」
 台本を読みながら疑問を口にするアシュレイに、ティアは丁寧に答えている。
「おうじはひめと、くち、くち…くちうらをあわせる?」
「ウラじゃないよ、ビルだよ。…アシュレイ、わざと? そんなにイヤ?」
「なにがだ? なんか難しい文字が一杯あって読みにくいんだ」
「ト書きは声に出して読まなくてもいいんだよ…」
 アシュレイは文字を追うだけで精一杯で、内容までは把握してないようである。
「俺、やっぱりこの役は無理だ。馬の役が良かったのに」
「今更そんなこと言わないの。君が馬の役なんかやったら、王子役がいなくなっちゃうでしょ? 特に南の子達は自国の王子様を差し置いて、そんな役が出来るわけないもの」
「俺は全然構わないのにな…。俺がやらないと皆に迷惑がかかるのか。でも、俺みたいなヘタクソがやる方がもっと迷惑かけそうなんだけどな」
 四国中から、わが子の芸を見るためにそれなりの貴族が集まるのだ。ただでさえ、簡単な嘘もつけない自分が、どうして「芝居」などできよう。
 いつも元気なアシュレイが、シュンと萎れていると、まさに押し倒したくなるような可憐さだ。
「大丈夫。君ならできるよ」
 そっと赤い頭を抱き寄せて慰めているが、その目は獲物を見つけた獣のようにギラギラと光っている。もちろんアシュレイには見えていない。
 ティアに慰められ励まされ、気を取り直して、一生懸命続きを読むアシュレイ。
「ひめのくちから、どくりんごのかけらが、ころがりおちる…きったねーな、こいつ、ずっと口ん中にりんごを入れてたのか?!」
「違うよ、王子様の<治療>で、毒が吐き出されたんだよ」
「<治療>? やっぱりおまえの役だよな、これ。どんな<治療>したんだ?手光か?」
「さっき読んだでしょ。ウラじゃなくてビルだからね」
「さっき? あ…、くち…ビル…?」
 アシュレイの顔が赤らむ。
「こ、こんなん、適当にフリをすりゃあいいんだろ!」
 ティアが急にキッと真剣な顔で、アシュレイを睨んだ。
「君は! みんなが一生懸命に演技をしているのに、適当ですませるつもり?! みんながご両親に、自分の晴れ姿を見せようと頑張っているのに!」
「で、でもっ、これって芝居なんだし…」
「リアルを追求すべきでしょ? ふりなんて! 観客を馬鹿にするにもほどがある」
 子供のお芝居なのに、観客重視なのか?
「本番では、君がちゃんとやらない限り、私も続きの演技はしないからね!」
 なにをそんなに怒ってるのかさっぱり解らなかったが、とりあえず普段無い迫力に反論もできず、小さくなってコクコク肯くしかなかった。
 さっきは、細かい設定を気にするなといったのに、どうしてここではリアルを追求するのか、よくわからなかったけど。

本番の日。
ティアは、いつもは縛っている月色の髪を下ろし、裾をくるくると巻いている。淡いピンクのドレスに薄化粧をしてみれば、誰もが息を飲むほどの美しいお姫様の出来上がりだ。
 皆が見惚れる中、アシュレイだけは自分のことでいっぱいいっぱいで、ティアのお姫様姿にも気がつかないよう。
「王子様。どうかしら、この姿は」
 ティアはアシュレイの腕をとって自分の胸を押し付ける。
「ん?肉まんいれてんのか?」
「ふふ、ドレスに合うよう胸だけ変化してみた。どお?」
 アシュレイは初めて、その姿に気付く。
 親友の声と顔なのに、見知らぬ美少女が立っているように見え、思わず頬を赤らめた。
「お、おまえはどんなカッコをしても似合うから…」
「アシュレイもカッコいいよ。さすがは王子様。正装するとたちまち貴公子だね。たまにはその格好で晩餐会しようよ」
「ヤダ。窮屈だからホントは着たくねえんだからな。我慢してんだ」
「ねえ、私は今日、アシュレイの恋人だからね? そのつもりでいてね」
 赤らめた頬に満足したのか、ティアがそれ以上絡んでくることは無かった。

 姫の愛らしさに会場中がうっとりする中、いよいよ王子が姫を助ける場面が来た。
 なんか色々怒られたけれど、やっぱりお芝居なのに、そんなことをするのは変だと、横たわる姫に一応ぎりぎりまで顔を近付けるとアシュレイは小声で囁いた。
「ティア、起きろよ」
微動だにしない「お姫様」。顔がいつもより青白い気がする。まさか本当に毒を飲んだのではとちょっと心配になり、「いい加減にしろよ。みんなが変に思うだろ」と怒ってみたが、やっぱり反応がない。息すらしてないように見える。本当にリアルを追求してしまったのか?
 客席もざわつき始める。心配そうに見守る先生と仲間の方に向かって、焦ったアシュレイが「ティアが毒を…」と叫ぼうとした時、気配を察知しハッとする。ティアを抱きかかえ、急いでその場から飛び退った。同時に今までティアが寝ていた場所に、大きなライトが落下し、姫の棺が粉々になって飛び散る。 
 会場中がパニックに陥り、慌てる職員達が舞台を右往左往する中、全く気にならないように王子様から目を離さないお姫様。
「アシュレイ!ありがとう!!君は命の恩人だよ」
 そういいながら、ティアは呆然と落ちていたライトの残骸を見つめるアシュレイの首に思い切り抱きつきいた。
(あったかい…)
 大好きな親友が、温かいことに涙がこぼれそうになったアシュレイ。
 ティアのことだから、ちゃんと結界をはっただろうが、彼が大怪我をしても誰も治せない。
 さっきまで動かなかったくせに、何故今は元気なんだという疑問も忘れ、ほっとしてティアをギュッと抱きしめる。ティアの唇や手が、こっそり自分の頬や体を這い回ってるのにも気づかずに。

 騒がしい会場の隅で、黒髪の先輩が苦笑いしながら独り言ちていた。
「おいおい、タイミングよすぎないか〜、ティア〜」
 その呟きは、誰の耳にも、もちろん当のティアにも届くことは無かった。

おわり

※たとえ、文殊塾で学芸会があっても、親は呼ばれないと思うし、王子だからという特別扱いも無いだろうけど〜
 


No.303 (2011/10/12 15:49) title:柢王元帥の査察 番外編U
Name:真子 (p2247-ipbf2901marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp)

Name:真子 (kd113151204178.ppp-bb.dion.ne.jp)

ティアが執務室の椅子に座れば書類が追いかけてくるのは 昨日と同じ。
お茶は使い女に淹れてもらった。吾の淹れたお茶は厭だろうと思ったからだ。
万事気配りのできる天守塔の使い女は お茶受けまで用意してくれた。
アシュレイはおとなしく 窓際の長椅子で一服している。不気味だ。サルがケンカを仕掛けない 珍事だ。
ティアはかまいたい かまって欲しいと 目で訴えるが
「仕事しろ 終わったら用件をいう。」
との一言に 仕事を早く終わらせようと必死だ。吾も早々に退出したい。何か口実を作って 蔵書室に逃げようと桂花は決心した。
そんな時に限って 仕事が多いもの。桂花は文官達のためにドアを開け 書類を受け取り アドバイスをする。座る暇もない。
ティアの机の上に書類が溜まってきた。宛先別にして 届けなければならない。
とりあえず ティアの決済がすんだ書類を 文官室に運ぼうと取り上げた。その横には訂正が必要な書類がある。その多さにイライラする。
と同時に逃げ出す口実を見つけた。
「守天殿 吾はこれを文官室に運んでまいります。その後 蔵書室でそちらの書類を書き直してまいります。」
「蔵書室には行かないで 戻ってきて。そっちは特に急がないし、明日以降で構わないから。なんだったら差し戻しして。」
桂花が逃げ出したいのは 百も承知 でも逃がさない 桂花がいなければ仕事が溜まる。ひいてはアシュレイとの時間が短くなる。
「はい わかりました。」ダメか 桂花は肩をおとした。でも守天殿 差し戻してもまたこの位置に同じ書類が来ます。二度手間です。
心の中でつぶやきながら 完成した書類を取り上げ退出しようとしたその時 ドアにノックがあった。
桂花は抱えていた書類を持ち直し ドアを開け 深く礼をする。
「急ぎの書簡です。」桂花には目もくれず、ズカズカと入ってきた文官は手にした紙を差し出した。
「昨日 私がお持ちした書類は決済して頂けたでしょうか。急ぎだと申し上げた筈ですが。」
頭を下げたまま桂花が答えた。
「本日 朝のうちに担当に回しました。」
「私の書いた物は来ていないと申しておりましたが。」文官はティアの方を向いたまま尋ねた。
「訂正箇所があまりにも多かったので こちらで清書しました。」
「なんと」文官の顔が朱に染まる。魔族ごときが差し出た口をきいて 高等な知識をようする文官をバカにするか。
マズイ 口が滑った いつもならサラリとかわすのに今日にかぎってこうゆう事になるのか。
「そう私が指示したんだ。」ティアは冷静だった。「珍しく 間違いがおおかったんだ。疲れているようなら、配属を変えようか。」
「いえ 今のままで結構です。守天様の御指示なら問題ありません。」
降格でもされたら大変だと 引き下がるが桂花に恨みを込めた視線を浴びせる。
「チョット待て」窓際から声がかかる。アシュレイだ。
今度はなんだ。桂花はいつでも逃げ出せるように ドア近くに移動する。
「文官全員に言っとけ ドアは自分で開けろ 手がふさがっていたら外に立っている兵士に開けてもらえってな。
それから 荷物もっている奴には道を譲れ そうゆうもんだろ普通はよ。」
「は はい 伝えます」南の元帥に言われる筋ではないが、相手は その名を轟かせる乱暴者 言う通りにした方がいい と文官はそそくさ退出した。
(正論だ 本当にサルなのか、吾をかばうなんてサルらしくない)
あまりの衝撃にフリーズしている桂花にティアが声をかけた。
「その書類届けてきたら 夕食にしようか。少し早いけど 夜の方が仕事はかどりそうだしね」
(言外の意味は早く二人になりたいでしょうか。それとも今の吾は使えないでしょうか。)
「あの 吾はやはり蔵書室で調べものをしたいと思います、お食事はお二人でどうぞ。」
「いつも ティアと食っているんだろ。今日もそれでいい、食堂に先に行くぞ」
いつまで続く針のムシロ と思う桂花だった。

桂花が食堂に入ると二人はすでに席についていた。
「遅くなりまして」と一言 声をかけて席に着く。
使い女がすぐに膳を運ぶ。
「今日は東の料理なんだ。箱に入っているなんておもしろいな。」使い女が蓋を取ってさらにティアが言葉を続ける。
「かわいいし きれいだね でもどうやって食べるの。」
桂花も目を見張っている。これは人間界の東の島 吾のいた所の‥。
「これは手まり寿司といいます、守天殿。味をつけたごはんを丸くして 具材を載せていきます。
箸だと食べにくいので 指でつまんだ方がよろしいかと思います。」
「そうなの」ティアはヒョイとつまんで口に入れる。「美味しい、アシュレイも食べて、肉や魚のもあるよ。」
「こちらをお使いください。」使い女がおしぼりを置いた。
「こちら揚げ物になります。」「こちら香の物です。」使い女は会話しようとせずに給仕していく。
ティアは一人嬉しそうに「これは何 これは何かつけるの」と聞いてくる。
「これは 醤油を付けてください。こちらはワサビがきいています」とか答えながら 箸が進んでいく。
「甘い」アシュレイが嫌そうに声を上げた。
「栗の甘露煮です。」
「栗は焼くもんだろ、わざわざ砂糖で煮なくっても充分甘い。」
「確かに焼き栗は美味しいけど、甘露煮も好きだな」ティアが素早く中に入る。
別に甘露煮の肩を持つ気もないが、アシュレイの言い分を認めるのも厭だ、桂花は甘露煮に箸をつけた。しっとりとして美味しい。
そんなこんなで食事が終わるころには 満腹で水菓子も断った。
「食後のお茶はお二人でお楽しみください。吾は下がらせてもらいます。」
「自室に下がって構わない、用があれば呼ぶから。」
出ていく桂花をアシュレイが目で追う。ティアは手で合図して使い女を下がらせた。
「君の用件は桂花のこと? 何かあったの」さりげなくアシュレイの椅子に割り込む。
「朝 東領から使者が来たんだ。表向きは柢王の人間界の報告書を届けにきたと言ったんだけど。」
「うんそれで」(人間界の報告書は昨日 桂花が清書した、まだ南に届くはずない)
「気になること言ってたから」
「桂花の事で」ティアは考えながら手も動かした。アシュレイを膝に乗せるの成功。
「おまえがあいつと遊んでばかりいるとか」
「仕事はしている。桂花が来てくれて短時間ですむから遊んでいるようにみえるんだ。」冠帽外せた。
アシュレイは話に夢中で気が付かない。
「知っている、おまえの机の上が片付いているの初めてみた。魔族の身で天守塔での生活はつらいだろうとも言った。
東領で引き取ろうかとも言った。」
「そうなんだ それで心配してきてくれたの」ティアはストロべりーブロンドを顎の下に固定した。
(使者は柢王だろう だから南に向かったのだ。しかし柢王の考えが今一つわからない)
「柢王があいつをおまえに預けたんだろ。東領においとけないから」
「そうだけど」
「ならおまえの責任だろ あいつの事は。変態ドレス着せてあそんでんな。仕事でこき使うな、おまえの評判が悪くなる。」
(そうか柢王なら言いたいことはいう男だけど、桂花に関しては私以外に言えないからアシュレイを使ったんだ。
この真っ直ぐな子はストレートに仕立て屋にも文官にも意見するから。柢王の思惑通りか)
まあいいか アシュレイが来てくれたんだから とティアはいたずらな手を動かす。
「お おまえ何するんだ」我に返ったアシュレイの前身から火が噴きだしたとか。


No.302 (2011/10/11 13:16) title:柢王元帥の査察 番外編
Name:真子 (kd113151204178.ppp-bb.dion.ne.jp)

「後朝の別れを覗く趣味はないけど、桂花の安全のためだから」
とティアは遠見鏡で桂花の居場所を探した。見えた、正門にいる。
桂花は門の内側にいる、柢王が門の外で少し浮き上がり(行け)という様に手を振っていた。
桂花は深く一礼をして 建物の中へ入っていく。
それを見届けた柢王は一気に高度を上げ、南の空へ消えていった。
(なんで南?東領とか蒼穹の門ではないの)考えているとドアがノックされた。
「桂花です。」
「入って。」遠見鏡を消すと 椅子に座りなおした。
「柢王は帰ったようだね。もっとゆっくりしていけばいいのに。」
「蒼穹の門で部下と待ち合わせしているとかで、出立つしました。」
それでは桂花は、柢王が向かった先を知らないのか。どこへ行くつもりなのか。ティアの考えなど知る術のない桂花は話を続ける。
「今朝は謁見の申し出が二件あります。その間に吾は昨夜途中にしてしまった仕事を終わらせます。午後には仕立て屋が参ります。」
「わかった。」ティアはすっきりした顔をした秘書を見上げる。
いつもの様に有能な秘書を演じているけれど、顔色もいいし 纏っている空気も艶めかしい。
(後朝の別れを充分に惜しんだらしい)クスリと笑みをうかべた。

順調に午前の予定を終えた頃には、柢王の行き先など頭になかった。
「色々な紫があるね。桂花どれがいい?」
仕立て屋が持ち込んだ色見本を広げながら ティアが聞いた。
「二藍ですか。」
「二藍というんだ。」
「はい よくご存じですね。人間界では 紅と藍の二色で染めることから二藍と呼ばれています。
紅の濃さや藍の加減で この様に赤紫から灰青色まで染めることが可能です。桂花様の肌に似合う色目が探せますかと。」
別に紫にこだわらなくてもいいが、鮮やかすぎない 落ち着いた色目は好きだと桂花も見本を肩にあててみる。
「昨日の生絹は桂花にぴったりだった。あまり飾りとかがないほうが 桂花の姿が際立つ様に思う。」
「そうでございますか、それならば生絹だけで長衣をお作りしましょう。肌の色が透けて見えてさぞおきれいでしょう。」
「そんな服あるんだ。フーン」ティアがつぶやく。
なにを想像しているのだ、こんなスケスケ服 吾に着せようとでも と桂花がねめつける。
「南領で今年 流行しています。下に胸覆いと腰布をつけて、透ける長衣をはおり 幅広のリボンを蝶結びにし止めます。」
厭だ 限りなく嫌だ、と桂花は目で訴える。
「南領は暑いからいいけど ここではどうかな。それよりこの布で浮織りできる。胸と背中 二の腕に 唐草模様を浮き上がらせられる」
桂花が肩にかけていた布地を取り上げる。
「はい 可能です」
「模様は地色より濃いめの紫で それと赤紫で花の模様も入れてみてくれる。」
「それでしたら 花の糸に加工をしまして花の香をつけてはいかがでしょう。東領のご婦人方に人気でして、挨拶なさる親密度によって香が違うというものです。」
なんなんだ、それは。袖に一輪 襟に多くなのか。桂花は頭を抱える。
「いい考えだ。桂花には甘すぎない さわやかな香りがいいな。百合とか鈴蘭とかでお願いしよう。」
それも嫌だ。柢王には見せられない。スケスケより意味ありげなのがいやらしい。絶対に柢王には見せられない。
その時 バルコニーに人影が立った。
「アシュレイ 来てくれたの。」ティアが声を上げた。
「なにやってんだよ。また変態ドレスの相談か。変態守天はよ。」
「違う、ほら園遊会とかあるし士官服以外の礼装の必要だなと思って。君の服も作ろうよ、どんなのにしようか。」
助かった。桂花は胸をなでおろした。ティアの関心がそれた。サルに感謝する日がこようとは思わなかった。
ティアがアシュレイにまとわりついている内にと サクサク片付けてしまった。


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