投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
桂花は息苦しさを感じて目を覚ました。
暗い、何も見えない。
ここは天守塔?ちがう東端の館 いや壊して小さな家を建てたのだ。
それにしても暗いし 暑い 体に妙な重りがのっている。
目の前を少し押して頭を動かした。
「目覚めたんか、桂花」柢王の声が頭に直接ひびいた。
顔の前に少し隙間ができて新鮮な空気が流れてくる。
「朝にはなってねーよ。寒いか」柢王の黒い瞳が間近にある。
桂花は自分が頭まで毛布に包まれ 柢王の胸に抱えこまれていたのだと気が付いた。暑いし息苦しい筈だ。
「いえ むしろ暑い」出る声がかすれているのが自分でもよくわかる。ごまかす様に もがいて毛布をずらす。
「だって お前の体すっかり冷たくなっていた」
「吾はあなたより体温が低いんです。触って冷たいくらいが平熱です。」
「そっか カゼひきそうだなーと思ったんだけど」柢王はつぶやくと、むくっと起き上がった。
「あっ」桂花の手が差し出された。
「暑いなら水飲みたいだろ。汲んでくるから。」柢王は差し出された紫微色の手をポンポンとたたく、声もかれているし とは言葉にはしない。
桂花は寝台に戻された手を頬にあてた。この手で柢王を引き留めたかったのか、天界人 それも王族。すがってどうする。
水は特に欲しいとも思わなかったけど、口元にグラス」が差し出され 一口嚥下すると体の余分な熱が引いて気分がいい。
グラスが傾けられるがままに水を飲みほした。
「おいしい」という言葉はするっと出た。
「そっか 裏の泉の水だ。今度きちんとした水飲み場作ろうな、二人でさ。」柢王はふんわりと毛布を掛けなおし 待ってろと寝台から離れた。
桂花の長い睫がふせられる。
柢王が窓を開けたらしく、心地よい微風が 深い青草の香りを運んでくる。
この小さい家は風がよく通る。
薬を作ろうと桂花は思う。
薬草を摘み 干して 調合して できた薬を売る。人間界でしていたように 変化して 目立たず波風立てないように生きていけるかもしれない。
ふっと空気が大きく動く。寝台のスプリングがきしむ。
腕枕で寝ころんだ柢王が白い髪を手に取った。
同じではない 桂花の口元がほころぶ。ここには柢王がいる。
人間界では 気晴らしにすらならなかった、今は追い詰められて意識を失うのは吾だ。でもイヤではない。目を覚ませば柢王がいるから。
今も乱れていたはずの髪はきれいに横に流され、寛衣の下の肌はさらりとしている。
体だけが欲しいのではない、大切なのだのだと気づかいをしてくれる柢王がいる。
今までこんな朝の迎え方を知らなかったといえば、この男はなんというだろうか。
魔族の姿でいられる気楽さもある。
桂花はわずかに身体をずらし 柢王の胸に手を置いた。
ほんの少しの甘え 柢王の目元が和む。
「もう少し眠ろうぜ。蓋天城でも天守塔でもないんだ お前の家だ気ままにしていていい。起きた時が朝な、ウマい飯作ってやるから。それから出かけようぜ。」
「どこへですか」桂花の冷たい指にじんわりと熱が伝わる。このくらいが丁度いい 指先が温まるくらいでいい。
「買い物もあるから、花街に行こう。」
「先立つ物がないかと思いましたが。」財布は軽いと示唆する。
「うん わずかな持ち金を10倍 100倍に増やす方法がある。」
「賭博ですか。」桂花の眉が顰められる。
「イヤか ならお前が女装してさ 男が引っ掛かった所で俺がジャーンとカッコよく登場。」
「美人局をしろと。」桂花の頬がひきつる。
「ダメか じゃあ花街お決まりのスリやかっぱらいを捕まえてだな」
「礼金でも貰おうと。」
「ちゃう 上前をはねる。」
「かっぱらいをかっぱらってどうするのですか」頬は引きつりを通り越して震えだす。
こうゆう男だ、穏やかに目立たず生きてゆくなどこの男の頭にはない、忘れていた吾がバカだ、大バカだ。
「チェッ お前結構うるさいんだな、まあいいや 行ってから考えようぜ。」
白い髪をもてあそんでいた手をすべらせ 背の骨にあてトントンとたたく。なだめる様なあやす様なゆったりとしたリズム。
わずかに髪を揺らす柢王の吐息 上下する厚い胸 心臓の鼓動 生きて血がめぐる体が側にあるという安心感。
先の事など考えたくはない、今はこのぬくもりの中でまどろんでいたい。
桂花が寝息を立て始めると柢王は毛布で肩をくるみこむ。眠ると冷えるもんだとつぶやく。
桂花には言わなかったけれど、桂花が傀儡の糸が切れたように動かなくなった時は 興奮が一瞬でさめた。
急速に体温が下がり 脈拍が弱まる このまま息をしなくなるのではないかと心配で 心配で。
体を清め 寛衣を着せても目を覚まさなかった桂花の顔をずっと見ていた。
とその時 「李々」というつぶやきが耳に届いた。
なんだという不満そうにとがった唇はすぐに微笑に変わる。
指先どころか 顔を柢王の胸にすり寄せ桂花は眠っている。
いといけなく、たよりきって‥。
愛情を注がれた者は愛情を注げる。愛情を誰かに向けていたのなら 俺にも向けてくれる。
いつか俺の事も夢で呼んで欲しいと柢王は願う。
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