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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.308 (2011/12/02 16:26) title:欲しい物 前編
Name:真子 (p2247-ipbf2901marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp)

文殊塾の門の内側 数歩離れた所でアシュレイは手中の玉を投げた。玉は空高く上がっていく。
アシュレイが指をならすと パーンと大きな音をたてて割れ白い煙が噴き出した。
つづけてもう一つ玉を投げ破裂させると今度は赤い煙が吹き出した。
「よっしゃ いいぞ」アシュレイのうしろで黒髪の先輩が声をあげ 空に向けて手を振る。
風をあやつる その手に従って白い煙は[バザー] 赤い煙は[開催]の文字を形作る。
そう今日は文殊塾のバザーの日だった。

事の始まりは、文殊先生が巡回の途中 飼育小屋で足が止まったことだった。
動物がヤケに多い。それに見慣れない動物もいる。なんとなく元気のない動物もいるような・・・はてなと首をかしげる。
見ると赤毛の飼育員が一生懸命に抱えた鳥をなでている。鳥はぐったりと丸まっているようだ。
その傍には金髪の少年が草の上にちんまりと座ってニコニコしている。
キレギレに「羽は治ったろ」「ここで少し休んでおいで」の声が聞こえる。
どうやら羽を痛めた鳥をティアが治療したようだ。増えた動物もなんらかの理由でアシュレイが保護したのだろう。
「やさしいというのは美点ですな。」しかしなぜその優しさが同族の天界人に向けられないのかと 首をかしげて文殊先生はその場を離れた。
そして翌日 文殊先生は飼育小屋増設とその資金集めのバザーの計画を発表した。
生徒はもろ手を挙げて賛成した。なんせ遊び好きの年頃 授業がつぶれてお祭り騒ぎができるのだ 賛成しない訳がない。
その場で受け持ちが決められた。
計算の得意な商人の子供がチケット制にしようといい、売り子に立候補した。
手芸の得意な生徒が手作り品のフリマをしょうと提案し 容姿に自信のある生徒が接客するといった。
年長組の男子生徒は食べ物やゲームの屋台を出し、年少組は余興の演奏会をする事になった。
みんなが盛り上がっているなかで、戸惑っている生徒がいる。この騒ぎの震源地 アシュレイだ。
文殊先生は考えた。
売り子→計算不得意
接客→愛想なし
ウェイター→所作乱暴
音楽→論外
文殊先生はため息まじりにアシュレイに開門の係を命じた。

という訳で今日 バザーが開かれる運びとなったのだ。
アシュレイは空に書かれた文字を確認すると、ポケットから原稿用紙を取り出した 文殊先生から渡された開会の挨拶だ。
これを門の外で待っているお客に向かって読み上げ 門を開けばアシュレイの仕事は終わる。
柢王がポンと肩をたたく。「さっさと開門しちゃえ 挨拶なんて誰も聞かないって。」言い残して柢王は去った。
見ると予想以上の人がおしよせ 開門を待っている。確かにこの人出では声は届かないだろう。まだ開けないのかという無言の圧力も感じる。
いいやとアシュレイは原稿をポケットに戻して門扉に手を掛けた。
「おはようございます。ただいま開門します。」思いっきり声を張り上げ 門を開けた。
文殊塾ののバザーの始まりだ。


No.307 (2011/11/11 19:50) title:朝まだき
Name:真子 (kd113151204178.ppp-bb.dion.ne.jp)

桂花は息苦しさを感じて目を覚ました。
暗い、何も見えない。
ここは天守塔?ちがう東端の館 いや壊して小さな家を建てたのだ。
それにしても暗いし 暑い 体に妙な重りがのっている。
目の前を少し押して頭を動かした。
「目覚めたんか、桂花」柢王の声が頭に直接ひびいた。
顔の前に少し隙間ができて新鮮な空気が流れてくる。
「朝にはなってねーよ。寒いか」柢王の黒い瞳が間近にある。
桂花は自分が頭まで毛布に包まれ 柢王の胸に抱えこまれていたのだと気が付いた。暑いし息苦しい筈だ。
「いえ むしろ暑い」出る声がかすれているのが自分でもよくわかる。ごまかす様に もがいて毛布をずらす。
「だって お前の体すっかり冷たくなっていた」
「吾はあなたより体温が低いんです。触って冷たいくらいが平熱です。」
「そっか カゼひきそうだなーと思ったんだけど」柢王はつぶやくと、むくっと起き上がった。
「あっ」桂花の手が差し出された。
「暑いなら水飲みたいだろ。汲んでくるから。」柢王は差し出された紫微色の手をポンポンとたたく、声もかれているし とは言葉にはしない。
桂花は寝台に戻された手を頬にあてた。この手で柢王を引き留めたかったのか、天界人 それも王族。すがってどうする。
水は特に欲しいとも思わなかったけど、口元にグラス」が差し出され 一口嚥下すると体の余分な熱が引いて気分がいい。
グラスが傾けられるがままに水を飲みほした。
「おいしい」という言葉はするっと出た。
「そっか 裏の泉の水だ。今度きちんとした水飲み場作ろうな、二人でさ。」柢王はふんわりと毛布を掛けなおし 待ってろと寝台から離れた。
桂花の長い睫がふせられる。
柢王が窓を開けたらしく、心地よい微風が 深い青草の香りを運んでくる。
この小さい家は風がよく通る。
薬を作ろうと桂花は思う。
薬草を摘み 干して 調合して できた薬を売る。人間界でしていたように 変化して 目立たず波風立てないように生きていけるかもしれない。
ふっと空気が大きく動く。寝台のスプリングがきしむ。
腕枕で寝ころんだ柢王が白い髪を手に取った。
同じではない 桂花の口元がほころぶ。ここには柢王がいる。
人間界では 気晴らしにすらならなかった、今は追い詰められて意識を失うのは吾だ。でもイヤではない。目を覚ませば柢王がいるから。
今も乱れていたはずの髪はきれいに横に流され、寛衣の下の肌はさらりとしている。
体だけが欲しいのではない、大切なのだのだと気づかいをしてくれる柢王がいる。
今までこんな朝の迎え方を知らなかったといえば、この男はなんというだろうか。
魔族の姿でいられる気楽さもある。
桂花はわずかに身体をずらし 柢王の胸に手を置いた。
ほんの少しの甘え 柢王の目元が和む。
「もう少し眠ろうぜ。蓋天城でも天守塔でもないんだ お前の家だ気ままにしていていい。起きた時が朝な、ウマい飯作ってやるから。それから出かけようぜ。」
「どこへですか」桂花の冷たい指にじんわりと熱が伝わる。このくらいが丁度いい 指先が温まるくらいでいい。
「買い物もあるから、花街に行こう。」
「先立つ物がないかと思いましたが。」財布は軽いと示唆する。
「うん わずかな持ち金を10倍 100倍に増やす方法がある。」
「賭博ですか。」桂花の眉が顰められる。
「イヤか ならお前が女装してさ 男が引っ掛かった所で俺がジャーンとカッコよく登場。」
「美人局をしろと。」桂花の頬がひきつる。
「ダメか じゃあ花街お決まりのスリやかっぱらいを捕まえてだな」
「礼金でも貰おうと。」
「ちゃう 上前をはねる。」
「かっぱらいをかっぱらってどうするのですか」頬は引きつりを通り越して震えだす。
こうゆう男だ、穏やかに目立たず生きてゆくなどこの男の頭にはない、忘れていた吾がバカだ、大バカだ。
「チェッ お前結構うるさいんだな、まあいいや 行ってから考えようぜ。」
白い髪をもてあそんでいた手をすべらせ 背の骨にあてトントンとたたく。なだめる様なあやす様なゆったりとしたリズム。
わずかに髪を揺らす柢王の吐息 上下する厚い胸 心臓の鼓動 生きて血がめぐる体が側にあるという安心感。
先の事など考えたくはない、今はこのぬくもりの中でまどろんでいたい。
桂花が寝息を立て始めると柢王は毛布で肩をくるみこむ。眠ると冷えるもんだとつぶやく。
桂花には言わなかったけれど、桂花が傀儡の糸が切れたように動かなくなった時は 興奮が一瞬でさめた。
急速に体温が下がり 脈拍が弱まる このまま息をしなくなるのではないかと心配で 心配で。
体を清め 寛衣を着せても目を覚まさなかった桂花の顔をずっと見ていた。
とその時 「李々」というつぶやきが耳に届いた。
なんだという不満そうにとがった唇はすぐに微笑に変わる。
指先どころか 顔を柢王の胸にすり寄せ桂花は眠っている。
いといけなく、たよりきって‥。
愛情を注がれた者は愛情を注げる。愛情を誰かに向けていたのなら 俺にも向けてくれる。
いつか俺の事も夢で呼んで欲しいと柢王は願う。


No.306 (2011/10/26 20:50) title:喧嘩の行方 後
Name:真子 (kd113151204178.ppp-bb.dion.ne.jp)

アシュレイは湯の入ったポットを持って執務室の前にいた。
「怒鳴らない 普通にさりげなく」と偽分に言い聞かせるが、中に入って肩すかしをうけた。天敵がいない。
「柢王と桂花なら蔵書室から戻ってない」ティアはポットを受け取った。
「お茶を淹れるから座って。」
「おまえお茶なんか淹れたことあるのか。」
アシュレイはいつもの長椅子の端に腰かけるとテーブルを引き寄せた。左右の膝がテーブルと肘掛にあたる。
少々窮屈だがティアよけのバリケードだ。天敵が近くに居るのだ
みっともない事はしない。
「このお茶は大丈夫。」といいながらティアは持ち手のない湯呑に茶葉を入れ、お湯を注いだ。
「おまえ何やってんだよ、違うだろ。」
「こうやる物らしい。東の新製品だ。」ティアは湯呑に蓋をして「熱くて持てない。いいか」指を鳴らして湯呑をテーブルに運び自分も長椅子に腰かけた。

静かな時が流れる。
「俺 喧嘩売ったんじゃあない。ただ俺は」突然アシュレイが口を開く。意味もなく喧嘩ふっかけたと思われたくない。おまえには誤解されたくないと勝気な赤い瞳が訴える。
「シー」ティアが指を唇に当てる。「わかっている。静かに音を聞いて。」
ポコッと泡がはじける様な小さな音がする。
「何の音?」
「お茶の出来上がりの音。蓋を取ってみて、熱いから気を付けてね。」
言われるままに蓋を取ると、立ち上がる湯気と共に広がる甘い香り、湯呑にはオレンジの小さな花ば浮かんでいる。
「金木犀?」
「そう 湯を注ぐと花が開く、その時に音がする。音がしたら出来上がり。桂花茶だよ。」
「なんて悪趣味な名前だ。柢王のフンが作ったのか。」魔族の作った物など売れる訳ないと言葉にするほど人が悪くない。
「そっちの桂花ではなくて 金木犀の桂花だ。金木犀茶だと語呂が悪いから。」
「だからなんでけ‥なんだ」
「金木犀の別名が桂花なんだ。」
「えっあいつ金木犀なんか。」
「違うよ。桂花の名前は月に咲くという伝説の花。このお茶は金桂というもの。別物だけど、月の桂木は見たことないから、同じかもね。」
「わかんねー。」アシュレイはバッサリと切り捨てた。
「いいから飲んでみて。」
アシュレイは一口飲んでみた。香から想像するほど甘くない、さっぱりしていて飲みやすい。「結構いけるかも。」正直に口に出した。
「よかった。桂花茶だ。お茶の名前は桂花だ。」ティアの瞳が真っ直ぐにアシュレイをとらえる。「言ってみて、桂花茶だよ。」
「ケ イ カ茶」ギクシャクしながらも言葉にした。
「そう桂花だ。」
「桂花茶」
ゴクリとアシュレイのノドがなり、ティアははんなりと笑う。
その時ドアが開いた。
「タイミング悪かったか、お二人さん。」柢王が入ってきた。
「ですから、ノックぐらいしなさいといつも言っているでしょう。」続いて入ってきた桂花は大皿を持っていた。
「今 お茶にしていた所。柢王と桂花もお茶どうぞ。」
「何飲んでいたんだ。甘い香りだな。」柢王はアシュレイの隣に椅子を引き寄せた。ティアが答えてという様にアシュレイの膝を叩く。
「桂花だ。」
桂花の片方の眉が上がった。
「桂花茶だ。」あわててアシュレイが言い直す。
「料理長に頼まれてケーキを持って来たんだ。桂花、紅茶淹れてくれ。桂花茶にケーキはあいそうもないから。」
吾の淹れたお茶でいいんですか、と目で訴えるが黒髪の男は知らんぷり。断ると思ったアシュレイは妙に静かだ。
仕方なく紅茶とケーキを給仕した。
「真っ赤なケーキ。初めてだね。」ティアが嬉しそうに声を上げた。
「紅芋のケーキと言っていましたが、ここまで赤いとは思いませんでした。」とは桂花の言
「天守塔スペシャルとも言ってたな。確かに金粉がかかっていて、ティア おまえのイメージだな」とは柢王
「じゃあ 私とアシュレイのコラボケーキ。簪もさしてあるし、赤いジュレは君の瞳にそっくり。かわいいな。」
アシュレイはずっと我慢していた。なんせ 柢王とテーブル、ティアに囲まれている 身動きが取れない。天敵も普通の態度だ。ここは大人の対応をとるべきだ。
「なあ これ中は紫だぞ」見て楽しむ趣味はないとかぶりついた柢王の爆弾発言。
「本当だ。芋のムースが紫の濃淡になってる。もしかして 私とアシュレイと桂花のコラボケーキ。」ティアが油を注ぐ。
「いらねー」とうとう爆発した。
大口を開けて喚きだしたアシュレイに誰かがケーキを押し込んだ。
「俺だけ仲間はずれかよ」誰かがいじけてヤケ食いした。
「たかがケーキでしょうが。」と誰かがため息をついた。
「美味しいネ。みんなで食べると。」無理に誰かがまとめた。
なべて この世は事もなし、平和な天界のちょっと騒がしい一日でした。

ちなみに このとき調理場では消えたローストビーフに変わるメニューが作られ、蔵書室では避難訓練が行われていたとか。


No.305 (2011/10/26 20:49) title:喧嘩の行方 前
Name:真子 (kd113151204178.ppp-bb.dion.ne.jp)

軍の資料室では用が足りないからと桂花が柢王と共に天守塔にやって来たのは、セシリアの事件から程ない頃であった。
執務室のバルコニーから見えたのは 赤い髪。
「よう 柢王。け‥け‥」と言葉に詰まったアシュレイ。
「なんですか。『け‥け』とは。天界語を忘れたんですか?これだから‥」と返したのは、桂花。最後の‥にサルという単語がはいるのは、全員承知。アシュレイの顔が真っ赤になる。
「なんだと!柢王のフン ぶっ殺す。」
「柢王 桂花 何か急用?」素早くティアが割って入る。
柢王も桂花を引き寄せている。
「桂花が蔵書室を使いたいだってさ。俺はただの付き添い。」
「そう 好きに使ってくれてかまわない。柢王は待っている間にお茶にしない?こっちもアシュレイが訪ねてきてくれた所だから休憩しようと思ってた。
ねえ アシュレイ 料理長にお茶の支度頼んできてくれる?
桂花も用が済んだらお茶にしようね。」
天敵の二人の内 1人は乱暴な足音をひびかせ 一人はいとも丁寧にドアを閉めて出て行った。
「心臓に悪い。いつアシュレイが手を出すかと、毎回ヒヤヒヤする。」ティアは額に手をあててため息をつく。
「そっか 俺は二人の喧嘩 結構面白くて好きだな。犬っころがじゃれあっているみたいじゃん。」お気楽に笑いとばす柢王。
「そんな事いって。おまえは腕力で桂花を守れるから心配ないだろうけど、私は二人にもしもの事があったらと気が気じゃアない。」
「二人共本気じゃあないから、気にするなって。」
「アシュレイは本気だ。ウソの言える子じゃあない。」
「魔族が嫌いなのは本気だけど、桂花を殺しはしないさ。
だいたい アシュレイが本気になって桂花が勝てる訳ないだろう。
俺だって危ないのに、桂花なんて瞬殺だろうよ。それが今まで命の取り合いにまでなってないから、本気じゃあないさ。」
「じゃあ 桂花は?」
「桂花は喧嘩するだけ仲がいい、かな。桂花は東領じゃあ何言われても 何されても 口答え一つしない。
喧嘩の責任取るのは俺だからな。
売られた喧嘩を買うのは、アシュレイに対してだけだ。アシュレイは喧嘩の報復を俺にする奴じゃあない。安心して 喧嘩している訳だ。
無意識がろうが、桂花はアシュレイには遠慮しないで言いたいこと 言ってるんだ。」
「でもかなわない相手に向かっていくなんて、桂花らしくもない。」
「そう思うか。」と返した柢王の笑みはゾッとするものだった。
「気に入らない相手を消すのは、何も武力だけじゃあない。桂花が本気で抹殺しようとしたら、そいつに明日はない。」
ティアの背に冷たい汗が流れる。東領での不可解な死亡事件の数々が頭をよぎる、あれは‥。
「いいじゃん。両方とも本気ではないという事で。俺たちが止めるのも解ってやってるさ。」一瞬にしていつもの陽気な笑顔に戻った柢王は続けた。
「俺 奥さんの機嫌とりに行ってくる。おまえはアシュレイな。後でお茶ご馳走してくれ。」柢王はティアの肩をたたいて出て行った。
「怖いけど、おくさんと言い切れるなんて羨ましい。」という言葉は空に消えた。

アシュレイは怒りのオーラを出しながらズンズン歩く。使い女も文官も恐がって道を譲る。
「どいつも こいつも面白くない! 柢王のフンの奴 今度こそ許さない。」
怒りの中に後悔が見え隠れする。
「『け』の後は『いか』だったのに。」
セシリアの件では迷惑かけた自覚はある。ティアが柢王の好きなものは桂花だというから、せめて名前を呼ぼうとした。
さりげなく 名前を呼んで挨拶しようとしただけなのに。
それを 柢王のフンが台無しにしたんだ 「俺は悪くない。」言い切ろうとしたが 今一つ力が入らない。
そのまま 調理室のドアを開けると、いい匂いが漂ってくる。
「あっ アシュレイ様 おいでになったと聞きましたので、お茶の支度をしておきました。」いつもアシュレイの訪問を歓迎してくれる料理長は、今日も満面の笑みだ。
「今日は紅芋のケーキです。ご試食されますか。それともディナー用のローストビーフが出来ておりますから、サンドイッチにしましょうか」
とたんに腹の虫がなる。
「サンドイッチがいい。ケーキはティアと食べる。クレソンは苦いからイヤだ。」
「はい、承知しました。」
アシュレイの好みを知り尽くしている料理長はカラシたっぷりのサンドイッチに生の唐辛子がアクセントになったサラダを出した。
「うまい。」かじりつくなり声を上げたアシュレイ。
おいしいものを食べながら怒る人はいない という事を証明したとか。

所 変って蔵書室。
「お探しの本はこちらです。」両手にかかえた本をテーブルの上に置いたのは、ナセル蔵書室長。
「ありがとうございます。お手間を掛けました。」と礼をする桂花。
「ここで読んでいかれませんか。」ナセルは椅子を引いて勧めた。
「お邪魔ではありませんか」桂花はチラリと回りをみた。
つい先ほど軍の資料室で浴びた冷たい視線、聞えよがしな悪口がよみがえる。
「いえ、むしろここに居てください。」
「えっ ナセル蔵書室長どうして」
「アシュレイ様とやり合ったんでしょう。
ここは霊力を使えませんから、壁抜けはできません。出入り口は一つ。扉を閉めてしまえば、誰も入れません。安全です。大切な本もそれを読んでいるあなたも。」
頼もしく言い切ったナセルは「ごゆっくり」と言い残して立ち去った。
「安全ね」桂花は椅子に腰かけ 本を取り上げた。守天殿の守護のかかった本、壊れないし汚れない。永遠にきれいなままで保存される。
ナセルは吾を名前で呼ぶ。魔族としてひとくくりに切り捨てようとはしない。天界人としては珍しい。
「サル贔屓なのに。吾にも安全をくれるなんて、変わっている。変人の最たる者はこの男。」
視線を上げた先に柢王がいる。サルと仲よくしろとも言わないし、喧嘩を咎めもしない。
いつも少しあきれたような顔で仲裁に入る。特にどちらの肩を持つこともしない。吾をなだめるだけ。
「探していた本はそれか。借りていかないで、読んでいくのか?」柢王の右手が頬にかかる。僅かだがクチナシの香がする。
桂花は身を引いてティアの残り香をさけた。
「ナセル蔵書室長にここで読むようにと言われました。サルも入れないようにできるから、本も吾も安全だと。」
「へー まあナセルもせっかく整理した本をメチャクチャにされたくないだろうから、アシュレイ対策も考えるだろうけど、おまえも本扱いか。」
「別に大した意味はないかと思います。」
「いいや 意味はある。おまえが本なら 俺はずっと眺めている。いられる。それで手から離さない。ついでに誰にも触らせない。ナセルもそう考えている」
どうしてそんな話になるのかと、桂花は肩を落とした。
「バカですか。」いつものセリフが口をついて出る。
「そう俺は桂花バカなの」
嬉しそうに言い切った男の左手が白い髪をすくいあげる。今度はクチナシの香がしない。
柢王の右手には、たくさんの絆が握られていて、どれもこれも大切で捨てられない物なのだろう。ティアともアシュレイとも太い絆で結ばれている。
でも左手は?心臓を守る手といわれる手は、今だけだとしても吾に差し出されている。
桂花の中で澱のように沈んでいた思いが消えて行く。


No.304 (2011/10/13 12:59) title:しらゆきひめ
Name:まりゅ (sndr5.bisnormaljl.securewg.jp)

 塾の学芸会が開催される。
 アシュレイたちのクラスの出し物は演劇。8人の官吏に守られた美しいお姫様が、魔族に狙われ毒を喰らわされるが、最後は通りがかりの王子様が救うという、有名な昔話だ。
 配役は、お姫様のティアと王子様のアシュレイ。
 元々は全員一致で王子様役はティアだったのだが、お姫様役を巡ってクラス中流血沙汰になりかねない勢いだったので、「お姫様役をアシュレイがやるなら」と言う条件でティアが受けたのだった。
 だが、「絶対に女の役なんかやんねー!!」と喚くアシュレイに、ほとほと手を焼き、「王子様役はアシュレイ、お姫様役はティア」に変更となったのだ。先生としても、台詞の多い主役を、あのアシュレイにやらせるのは非常に抵抗があり、上手く収まったと胸を撫で下ろしてはいたのだが。

 今日は二人で台詞合せの練習。アシュレイの出番は最後だけなので、ティアの特別指導ということになっている。 
「な、なんてうつくしいかたなのだ。あわゆきのようなしろいはだ。りんごのようにあかいちいさなおくち…なんだか、口ン中がフワフワして変だぞ、上手くしゃべれない」
「きっと歯が浮いているんだよ…」
「ばらいろのほおに…こいつ、しんでるんだろ? なんで血色良いんだよ? それに腐らないのか?」
「そういうところをつっこんだらダメなんだよ…。細かいところは気にしないように」
 台本を読みながら疑問を口にするアシュレイに、ティアは丁寧に答えている。
「おうじはひめと、くち、くち…くちうらをあわせる?」
「ウラじゃないよ、ビルだよ。…アシュレイ、わざと? そんなにイヤ?」
「なにがだ? なんか難しい文字が一杯あって読みにくいんだ」
「ト書きは声に出して読まなくてもいいんだよ…」
 アシュレイは文字を追うだけで精一杯で、内容までは把握してないようである。
「俺、やっぱりこの役は無理だ。馬の役が良かったのに」
「今更そんなこと言わないの。君が馬の役なんかやったら、王子役がいなくなっちゃうでしょ? 特に南の子達は自国の王子様を差し置いて、そんな役が出来るわけないもの」
「俺は全然構わないのにな…。俺がやらないと皆に迷惑がかかるのか。でも、俺みたいなヘタクソがやる方がもっと迷惑かけそうなんだけどな」
 四国中から、わが子の芸を見るためにそれなりの貴族が集まるのだ。ただでさえ、簡単な嘘もつけない自分が、どうして「芝居」などできよう。
 いつも元気なアシュレイが、シュンと萎れていると、まさに押し倒したくなるような可憐さだ。
「大丈夫。君ならできるよ」
 そっと赤い頭を抱き寄せて慰めているが、その目は獲物を見つけた獣のようにギラギラと光っている。もちろんアシュレイには見えていない。
 ティアに慰められ励まされ、気を取り直して、一生懸命続きを読むアシュレイ。
「ひめのくちから、どくりんごのかけらが、ころがりおちる…きったねーな、こいつ、ずっと口ん中にりんごを入れてたのか?!」
「違うよ、王子様の<治療>で、毒が吐き出されたんだよ」
「<治療>? やっぱりおまえの役だよな、これ。どんな<治療>したんだ?手光か?」
「さっき読んだでしょ。ウラじゃなくてビルだからね」
「さっき? あ…、くち…ビル…?」
 アシュレイの顔が赤らむ。
「こ、こんなん、適当にフリをすりゃあいいんだろ!」
 ティアが急にキッと真剣な顔で、アシュレイを睨んだ。
「君は! みんなが一生懸命に演技をしているのに、適当ですませるつもり?! みんながご両親に、自分の晴れ姿を見せようと頑張っているのに!」
「で、でもっ、これって芝居なんだし…」
「リアルを追求すべきでしょ? ふりなんて! 観客を馬鹿にするにもほどがある」
 子供のお芝居なのに、観客重視なのか?
「本番では、君がちゃんとやらない限り、私も続きの演技はしないからね!」
 なにをそんなに怒ってるのかさっぱり解らなかったが、とりあえず普段無い迫力に反論もできず、小さくなってコクコク肯くしかなかった。
 さっきは、細かい設定を気にするなといったのに、どうしてここではリアルを追求するのか、よくわからなかったけど。

本番の日。
ティアは、いつもは縛っている月色の髪を下ろし、裾をくるくると巻いている。淡いピンクのドレスに薄化粧をしてみれば、誰もが息を飲むほどの美しいお姫様の出来上がりだ。
 皆が見惚れる中、アシュレイだけは自分のことでいっぱいいっぱいで、ティアのお姫様姿にも気がつかないよう。
「王子様。どうかしら、この姿は」
 ティアはアシュレイの腕をとって自分の胸を押し付ける。
「ん?肉まんいれてんのか?」
「ふふ、ドレスに合うよう胸だけ変化してみた。どお?」
 アシュレイは初めて、その姿に気付く。
 親友の声と顔なのに、見知らぬ美少女が立っているように見え、思わず頬を赤らめた。
「お、おまえはどんなカッコをしても似合うから…」
「アシュレイもカッコいいよ。さすがは王子様。正装するとたちまち貴公子だね。たまにはその格好で晩餐会しようよ」
「ヤダ。窮屈だからホントは着たくねえんだからな。我慢してんだ」
「ねえ、私は今日、アシュレイの恋人だからね? そのつもりでいてね」
 赤らめた頬に満足したのか、ティアがそれ以上絡んでくることは無かった。

 姫の愛らしさに会場中がうっとりする中、いよいよ王子が姫を助ける場面が来た。
 なんか色々怒られたけれど、やっぱりお芝居なのに、そんなことをするのは変だと、横たわる姫に一応ぎりぎりまで顔を近付けるとアシュレイは小声で囁いた。
「ティア、起きろよ」
微動だにしない「お姫様」。顔がいつもより青白い気がする。まさか本当に毒を飲んだのではとちょっと心配になり、「いい加減にしろよ。みんなが変に思うだろ」と怒ってみたが、やっぱり反応がない。息すらしてないように見える。本当にリアルを追求してしまったのか?
 客席もざわつき始める。心配そうに見守る先生と仲間の方に向かって、焦ったアシュレイが「ティアが毒を…」と叫ぼうとした時、気配を察知しハッとする。ティアを抱きかかえ、急いでその場から飛び退った。同時に今までティアが寝ていた場所に、大きなライトが落下し、姫の棺が粉々になって飛び散る。 
 会場中がパニックに陥り、慌てる職員達が舞台を右往左往する中、全く気にならないように王子様から目を離さないお姫様。
「アシュレイ!ありがとう!!君は命の恩人だよ」
 そういいながら、ティアは呆然と落ちていたライトの残骸を見つめるアシュレイの首に思い切り抱きつきいた。
(あったかい…)
 大好きな親友が、温かいことに涙がこぼれそうになったアシュレイ。
 ティアのことだから、ちゃんと結界をはっただろうが、彼が大怪我をしても誰も治せない。
 さっきまで動かなかったくせに、何故今は元気なんだという疑問も忘れ、ほっとしてティアをギュッと抱きしめる。ティアの唇や手が、こっそり自分の頬や体を這い回ってるのにも気づかずに。

 騒がしい会場の隅で、黒髪の先輩が苦笑いしながら独り言ちていた。
「おいおい、タイミングよすぎないか〜、ティア〜」
 その呟きは、誰の耳にも、もちろん当のティアにも届くことは無かった。

おわり

※たとえ、文殊塾で学芸会があっても、親は呼ばれないと思うし、王子だからという特別扱いも無いだろうけど〜
 


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