投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
Name:真子 (kd113151204178.ppp-bb.dion.ne.jp)
ティアが執務室の椅子に座れば書類が追いかけてくるのは 昨日と同じ。
お茶は使い女に淹れてもらった。吾の淹れたお茶は厭だろうと思ったからだ。
万事気配りのできる天守塔の使い女は お茶受けまで用意してくれた。
アシュレイはおとなしく 窓際の長椅子で一服している。不気味だ。サルがケンカを仕掛けない 珍事だ。
ティアはかまいたい かまって欲しいと 目で訴えるが
「仕事しろ 終わったら用件をいう。」
との一言に 仕事を早く終わらせようと必死だ。吾も早々に退出したい。何か口実を作って 蔵書室に逃げようと桂花は決心した。
そんな時に限って 仕事が多いもの。桂花は文官達のためにドアを開け 書類を受け取り アドバイスをする。座る暇もない。
ティアの机の上に書類が溜まってきた。宛先別にして 届けなければならない。
とりあえず ティアの決済がすんだ書類を 文官室に運ぼうと取り上げた。その横には訂正が必要な書類がある。その多さにイライラする。
と同時に逃げ出す口実を見つけた。
「守天殿 吾はこれを文官室に運んでまいります。その後 蔵書室でそちらの書類を書き直してまいります。」
「蔵書室には行かないで 戻ってきて。そっちは特に急がないし、明日以降で構わないから。なんだったら差し戻しして。」
桂花が逃げ出したいのは 百も承知 でも逃がさない 桂花がいなければ仕事が溜まる。ひいてはアシュレイとの時間が短くなる。
「はい わかりました。」ダメか 桂花は肩をおとした。でも守天殿 差し戻してもまたこの位置に同じ書類が来ます。二度手間です。
心の中でつぶやきながら 完成した書類を取り上げ退出しようとしたその時 ドアにノックがあった。
桂花は抱えていた書類を持ち直し ドアを開け 深く礼をする。
「急ぎの書簡です。」桂花には目もくれず、ズカズカと入ってきた文官は手にした紙を差し出した。
「昨日 私がお持ちした書類は決済して頂けたでしょうか。急ぎだと申し上げた筈ですが。」
頭を下げたまま桂花が答えた。
「本日 朝のうちに担当に回しました。」
「私の書いた物は来ていないと申しておりましたが。」文官はティアの方を向いたまま尋ねた。
「訂正箇所があまりにも多かったので こちらで清書しました。」
「なんと」文官の顔が朱に染まる。魔族ごときが差し出た口をきいて 高等な知識をようする文官をバカにするか。
マズイ 口が滑った いつもならサラリとかわすのに今日にかぎってこうゆう事になるのか。
「そう私が指示したんだ。」ティアは冷静だった。「珍しく 間違いがおおかったんだ。疲れているようなら、配属を変えようか。」
「いえ 今のままで結構です。守天様の御指示なら問題ありません。」
降格でもされたら大変だと 引き下がるが桂花に恨みを込めた視線を浴びせる。
「チョット待て」窓際から声がかかる。アシュレイだ。
今度はなんだ。桂花はいつでも逃げ出せるように ドア近くに移動する。
「文官全員に言っとけ ドアは自分で開けろ 手がふさがっていたら外に立っている兵士に開けてもらえってな。
それから 荷物もっている奴には道を譲れ そうゆうもんだろ普通はよ。」
「は はい 伝えます」南の元帥に言われる筋ではないが、相手は その名を轟かせる乱暴者 言う通りにした方がいい と文官はそそくさ退出した。
(正論だ 本当にサルなのか、吾をかばうなんてサルらしくない)
あまりの衝撃にフリーズしている桂花にティアが声をかけた。
「その書類届けてきたら 夕食にしようか。少し早いけど 夜の方が仕事はかどりそうだしね」
(言外の意味は早く二人になりたいでしょうか。それとも今の吾は使えないでしょうか。)
「あの 吾はやはり蔵書室で調べものをしたいと思います、お食事はお二人でどうぞ。」
「いつも ティアと食っているんだろ。今日もそれでいい、食堂に先に行くぞ」
いつまで続く針のムシロ と思う桂花だった。
桂花が食堂に入ると二人はすでに席についていた。
「遅くなりまして」と一言 声をかけて席に着く。
使い女がすぐに膳を運ぶ。
「今日は東の料理なんだ。箱に入っているなんておもしろいな。」使い女が蓋を取ってさらにティアが言葉を続ける。
「かわいいし きれいだね でもどうやって食べるの。」
桂花も目を見張っている。これは人間界の東の島 吾のいた所の‥。
「これは手まり寿司といいます、守天殿。味をつけたごはんを丸くして 具材を載せていきます。
箸だと食べにくいので 指でつまんだ方がよろしいかと思います。」
「そうなの」ティアはヒョイとつまんで口に入れる。「美味しい、アシュレイも食べて、肉や魚のもあるよ。」
「こちらをお使いください。」使い女がおしぼりを置いた。
「こちら揚げ物になります。」「こちら香の物です。」使い女は会話しようとせずに給仕していく。
ティアは一人嬉しそうに「これは何 これは何かつけるの」と聞いてくる。
「これは 醤油を付けてください。こちらはワサビがきいています」とか答えながら 箸が進んでいく。
「甘い」アシュレイが嫌そうに声を上げた。
「栗の甘露煮です。」
「栗は焼くもんだろ、わざわざ砂糖で煮なくっても充分甘い。」
「確かに焼き栗は美味しいけど、甘露煮も好きだな」ティアが素早く中に入る。
別に甘露煮の肩を持つ気もないが、アシュレイの言い分を認めるのも厭だ、桂花は甘露煮に箸をつけた。しっとりとして美味しい。
そんなこんなで食事が終わるころには 満腹で水菓子も断った。
「食後のお茶はお二人でお楽しみください。吾は下がらせてもらいます。」
「自室に下がって構わない、用があれば呼ぶから。」
出ていく桂花をアシュレイが目で追う。ティアは手で合図して使い女を下がらせた。
「君の用件は桂花のこと? 何かあったの」さりげなくアシュレイの椅子に割り込む。
「朝 東領から使者が来たんだ。表向きは柢王の人間界の報告書を届けにきたと言ったんだけど。」
「うんそれで」(人間界の報告書は昨日 桂花が清書した、まだ南に届くはずない)
「気になること言ってたから」
「桂花の事で」ティアは考えながら手も動かした。アシュレイを膝に乗せるの成功。
「おまえがあいつと遊んでばかりいるとか」
「仕事はしている。桂花が来てくれて短時間ですむから遊んでいるようにみえるんだ。」冠帽外せた。
アシュレイは話に夢中で気が付かない。
「知っている、おまえの机の上が片付いているの初めてみた。魔族の身で天守塔での生活はつらいだろうとも言った。
東領で引き取ろうかとも言った。」
「そうなんだ それで心配してきてくれたの」ティアはストロべりーブロンドを顎の下に固定した。
(使者は柢王だろう だから南に向かったのだ。しかし柢王の考えが今一つわからない)
「柢王があいつをおまえに預けたんだろ。東領においとけないから」
「そうだけど」
「ならおまえの責任だろ あいつの事は。変態ドレス着せてあそんでんな。仕事でこき使うな、おまえの評判が悪くなる。」
(そうか柢王なら言いたいことはいう男だけど、桂花に関しては私以外に言えないからアシュレイを使ったんだ。
この真っ直ぐな子はストレートに仕立て屋にも文官にも意見するから。柢王の思惑通りか)
まあいいか アシュレイが来てくれたんだから とティアはいたずらな手を動かす。
「お おまえ何するんだ」我に返ったアシュレイの前身から火が噴きだしたとか。
「後朝の別れを覗く趣味はないけど、桂花の安全のためだから」
とティアは遠見鏡で桂花の居場所を探した。見えた、正門にいる。
桂花は門の内側にいる、柢王が門の外で少し浮き上がり(行け)という様に手を振っていた。
桂花は深く一礼をして 建物の中へ入っていく。
それを見届けた柢王は一気に高度を上げ、南の空へ消えていった。
(なんで南?東領とか蒼穹の門ではないの)考えているとドアがノックされた。
「桂花です。」
「入って。」遠見鏡を消すと 椅子に座りなおした。
「柢王は帰ったようだね。もっとゆっくりしていけばいいのに。」
「蒼穹の門で部下と待ち合わせしているとかで、出立つしました。」
それでは桂花は、柢王が向かった先を知らないのか。どこへ行くつもりなのか。ティアの考えなど知る術のない桂花は話を続ける。
「今朝は謁見の申し出が二件あります。その間に吾は昨夜途中にしてしまった仕事を終わらせます。午後には仕立て屋が参ります。」
「わかった。」ティアはすっきりした顔をした秘書を見上げる。
いつもの様に有能な秘書を演じているけれど、顔色もいいし 纏っている空気も艶めかしい。
(後朝の別れを充分に惜しんだらしい)クスリと笑みをうかべた。
順調に午前の予定を終えた頃には、柢王の行き先など頭になかった。
「色々な紫があるね。桂花どれがいい?」
仕立て屋が持ち込んだ色見本を広げながら ティアが聞いた。
「二藍ですか。」
「二藍というんだ。」
「はい よくご存じですね。人間界では 紅と藍の二色で染めることから二藍と呼ばれています。
紅の濃さや藍の加減で この様に赤紫から灰青色まで染めることが可能です。桂花様の肌に似合う色目が探せますかと。」
別に紫にこだわらなくてもいいが、鮮やかすぎない 落ち着いた色目は好きだと桂花も見本を肩にあててみる。
「昨日の生絹は桂花にぴったりだった。あまり飾りとかがないほうが 桂花の姿が際立つ様に思う。」
「そうでございますか、それならば生絹だけで長衣をお作りしましょう。肌の色が透けて見えてさぞおきれいでしょう。」
「そんな服あるんだ。フーン」ティアがつぶやく。
なにを想像しているのだ、こんなスケスケ服 吾に着せようとでも と桂花がねめつける。
「南領で今年 流行しています。下に胸覆いと腰布をつけて、透ける長衣をはおり 幅広のリボンを蝶結びにし止めます。」
厭だ 限りなく嫌だ、と桂花は目で訴える。
「南領は暑いからいいけど ここではどうかな。それよりこの布で浮織りできる。胸と背中 二の腕に 唐草模様を浮き上がらせられる」
桂花が肩にかけていた布地を取り上げる。
「はい 可能です」
「模様は地色より濃いめの紫で それと赤紫で花の模様も入れてみてくれる。」
「それでしたら 花の糸に加工をしまして花の香をつけてはいかがでしょう。東領のご婦人方に人気でして、挨拶なさる親密度によって香が違うというものです。」
なんなんだ、それは。袖に一輪 襟に多くなのか。桂花は頭を抱える。
「いい考えだ。桂花には甘すぎない さわやかな香りがいいな。百合とか鈴蘭とかでお願いしよう。」
それも嫌だ。柢王には見せられない。スケスケより意味ありげなのがいやらしい。絶対に柢王には見せられない。
その時 バルコニーに人影が立った。
「アシュレイ 来てくれたの。」ティアが声を上げた。
「なにやってんだよ。また変態ドレスの相談か。変態守天はよ。」
「違う、ほら園遊会とかあるし士官服以外の礼装の必要だなと思って。君の服も作ろうよ、どんなのにしようか。」
助かった。桂花は胸をなでおろした。ティアの関心がそれた。サルに感謝する日がこようとは思わなかった。
ティアがアシュレイにまとわりついている内にと サクサク片付けてしまった。
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