投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
朝から、桂花風紀委員長とアシュレイ生徒会長の冷戦を止めた柢王先生は、ふとアシュレイの手から血がでている事に気がついた。
「アシュレイ、どうしたんだ、そのけがは?」
「な、なんでもない!」
わたわたと手を後ろに隠しながら、アシュレイは、痛っと顔をしかめた。
「保健室に行くか?」
保健室と言う言葉に、クラスメイト達は一斉に目をそらし、聞こえなかったふりをした…
「嫌だ!!」
「気持ちは、わからなくもないが、仕方ないだろう」
治療は確かなのだが、柢王先生だって、あまり近づきたくはない場所なので、強く勧められずにいると、桂花が言った。
「そのままでしたら、ばい菌が入って、手が腐ってしまうかもしれませんよ?それでもよろしいのですか、生徒会長?」
「ふん!余計なお世話だ」
威勢のいい言葉とは裏腹に、アシュレイの目は泳いでいる。手が腐ったらどうしようと不安になったに違いない。柢王先生は、その機会を逃さなかった。
「こいつを保健室に連れてくから、桂花、後は頼む。連絡事項は、特になしだ」
嫌だと言うアシュレイの声と、仕方ありませんねと言う桂花の声が重なった。
柢王先生に、怪我をしていない方の手を掴まれて、アシュレイが連れて行かれるのを、クラスメイトは御愁傷様ですなどと、両手を合わせて見送っていた。
逃げ出そうとするアシュレイを捕まえている、柢王先生の足取りも重い。
「なんで、保健室に行きたくないんだ?」
無事には戻れない保健室と言われているけれど…
「…ティアが行くなって言ったから」
「ティア先生だろ。そっか、あいつが…う〜ん…後で、文句を言われそうだから、あいつの部屋にすっか。どうせ、救急箱おいてあるんだろ?」
「知らない!行きたくない!!」
「どうしたんだ?取りあえず、手当だけしないとな。それとも、保健室に行くか?」
それは、絶対に嫌だと思ったのか、大人しくなったアシュレイを連れて柢王先生は、ティア先生の個室、英語準備室へと行き先を変えた。
英語準備室の、ドアを開けると、ティア先生は怪訝な顔をした。
「柢王先生とアシュレイ君、どうし…」
アシュレイは、ティアが、「アシュレイ君」と呼ぶのを聞いたとたん、胸が重たく、息苦しくなったような気がして、英語準備室から飛び出していた。
アシュレイにとって、ティアと、柢王は、昔からよく遊んでいた近所のお兄さんが、先生になった、ただ、それだけなのに。
教師と生徒と言う関係になった途端に、何かが変わってしまって、ティアに「アシュレイ君」と呼ばれるたびに、遠くなった距離を感じて、泣き出しそうになる自分が腹立たしかった。
前も見ずに廊下を走っていたアシュレイは、誰かにぶつかってしまった。
「さぼりか?今は、朝のホームルームの時間だろうが?誰も歩いていないからと言って、廊下は走るなよ」
アシュレイが見上げなければならない身長で、思いっきりぶつかったにも関わらず、よろけもせず受け止めたのは、社会の城堂先生だった。
一見怖そうだが、教え方が上手く、時には、授業をさぼる生徒の話し相手になったりして、密かな人気がある先生だ。
アシュレイは謝って、さらに走り出そうとしたが、城堂先生に腕を掴まれてできなかった。もがくアシュレイを捕まえたまま、城堂先生は、アシュレイが走って来た方をちらっと見て、なるほどと微かにうなづいた。
「なんだ?泣いているのか?」
「泣いてなんかねぇよ!」
そうか?と、城堂先生言いながら、さりげなく、アシュレイのほほに指を滑らせる。アシュレイに、その指を捕まえられて、たたき落とされ、くくっと、城堂先生が笑うのと、猛ダッシュで、やって来たティア先生が、城堂先生からアシュレイを奪って抱きしめるのが同時だった。
「城堂先生!何をしているのですか?」
「ん?泣いてんじゃねぇかと思ってな…ま、後は、任せるぜ」
威嚇するティア先生の肩を軽く叩いてから、俺は泣かせてねぇからなと、城堂先生は歩き出した。
悠然と歩く城堂先生を見送ってから、呆然としていたアシュレイは、未だ抱きしめているティアを押しのけようとした。
「待って、アシュレイ君」
「君って呼ぶんじゃねぇ!!!」
「…アシュレイ…とにかく、私の部屋に戻ろう」
アシュレイは、立ち止まったまま動こうとはしなかったが、ティアが手を引くとゆっくりとついて来た。
繋いだ手の暖かさは、昔と何もかわらない。だから、アシュレイは、その手を振り払う事ができなかった。
ティアは、一度しかいわねぇからなと、柢王に言われた言葉を、ずっと考えていた。
生徒との関係。生徒との距離感。
「人によって、心地よい距離は違うんだから、無理矢理一緒にする必要があんのか?アシュレイの将来を考えて悩んでんのは知ってるけど、本当にそれは、アシュレイの為なのか?アシュレイの意見は?子供だからって、自分の意志くらいあるだろう」
教師と言う立場と、理想の教師像と、自分とアシュレイの関係と…
考えた結果で、その事でアシュレイが傷ついても、見守る事しかできないとわかっていたけれど…見守るだけしかできないもどかしさを感じていたところに、アシュレイの涙。アシュレイは、泣いてないと全力で否定するだろうけれど、泣き顔を自分以外の者が見て、慰めて?覚悟はしていたけれど、実際にその現場を見てしまうと、覚悟などできるはずもないと気づかされた。
英語準備室に戻り、誰にも邪魔されないように、鍵をかけ、無言のまま、アシュレイの手を取り、怪我の手当てをする。
「ねぇ?どうして逃げたの?」
ティアの問いかけに、消毒がしみたのか涙目のアシュレイは、唇を噛み締めて、ティアをにらみつける。その様子に、少しだけ泣きそうな微笑を浮かべたティアは、アシュレイを腕の中に抱きしめた。
弱くもがくアシュレイを抱きしめながら、耳元で何度も同じ言葉を繰り返す。
「ごめん、アシュレイ…ごめん…」
「なんで、謝るんだよ!他に言う事はないのか」
「ごめん…君が、好きだよ」
「な、な、何、言ってんだよ。俺が、子供だから付き合いきれないと、思ったんだろ?」
「違う。そう思わせたのは、僕だけど、この気持ちを、君にも、誰にも、知られてはいけないと思ったから。でも、僕が、間違ってた。ごめん」
「噓だ!俺が、守られるしかできない子供だから…」
「噓じゃないよ。アシュレイが信じてくれるまで、何度だって言うよ。君が…」
「わ、わかったから、何度も言うな!」
「本当に?」
こくりと頷いた、アシュレイの赤い耳に、ティアは、可愛すぎる…私は、いつまで耐えられるだろうかと思いながら、アシュレイの頭に口づけた。そうして、アシュレイが、真っ赤な顔で、「俺もティアが好きだから!!」と言うまで、「好きだ」と囁き続けるのだった。
「あのね、アシュレイ、私と君の関係は、今は、隠さなければいけない事なんだ。誰にも、恥じる事のない気持ちだけれど、それは、私と君が知っていればいい事だよね?だから、ティアって呼ぶのも、アシュレイって呼ぶのも、二人だけの秘密だよ」
「ああ!俺が、お前を守れるようになるまでな」
「うん。じゃあ、ティア先生って、呼んでみて?」
「今は、いいだろ?」
「今しか呼んでもらえないんだから、ね?お願い!練習だよ」
昨日までとこの態度の違いは何なのだと、アシュレイは戸惑いながら、それでも満面の笑顔は隠しきれなかった。
「しょーがねぇなっ…てぃあ…先生…」
「可愛い!ね?こういう事は?」
恥ずかしげに呼ぶアシュレイの真っ赤な顔に、ティアは顔を近づける。
「卒業してからに、決まってるだろ!」
ティアの顔を押しのけて、アシュレイは叫ぶ。
しょぼーんと、音がしそうな程落ち込んだ様子で、背中を向けたティアに、実は、卒業したら何をしようか、うきうき考えているのだが、焦ったアシュレイは、ティアを元気づけるように、その背中に抱きついた。
この日から、アシュレイのネクタイは、毎朝、完璧に美しく結ばれていて、桂花風紀院長の注意が無くなり、朝の名物が一つ減った事を残念に思う者たちの間で、生徒会長のネクタイは代々の生徒会長の幽霊が結んでいるのではないかと、「学校の怪談」になったとか…つまり、今日も、学園は、平和なのだ。
三界学園の名物の1つは、朝の風紀委員長による、風紀チェックである。
クールビューティーな風紀委員長にチェックされたいが為に、わざと違反して、罰則を淡々と言い渡され、泣いたものは数知れず…
「桂花風紀委員長、おはようございます!」
「おはようございます…空也さん、ネクタイをしていませんね。もう何度目ですか?罰として、学校中のトイレそうじを1週間、一人でなさい」
にこりともせず、冷たい口調で淡々と言い渡されて、空也は、地面にガクリと膝をついた。
薄い微笑付きで、罰を言い渡される事を、夢みているのに、今まで、一度も見られたことがないのだ。
桂花が風紀委員になった、最初の頃は、たくさんいた、そんな生徒達も、今は、空也一人となっている。
とぼとぼと教室に向かう空也の背中を見ながら、桂花は、懲りない人ですねと、ため息を押し殺し、腕時計で時間を確認した。
もうすぐ予鈴の鳴る時間だ。
そこへ、焦った様子もなく、のんびりと登校するものがいた。
担任で、体育の先生だ。授業は鬼だが、ざっくばらんで、生徒の人気も高いのだが…
「柢王先生、おはようございます…なぜ、生徒と同じ時間に登校するのですか?しかもぎりぎりに…ジャージを着て登校するのは、如何なものでしょうか」
先生の風紀チェックまでする必要はないと思うのだが…当の柢王先生は、ふぁぁ〜と、大あくびしている。
「おはよう。それは、前から言ってるが、桂花の風紀チェックを受ける為だろ」
「何度も言ってますが、風紀委員が、風紀チェックするのは、生徒だけです」
「残念すぎる…俺も学生になろっかなー」
こんな先生に、付き合っていられないと、桂花は、ゆるく頭を振って、足早に教室へ向かう。予鈴まで、校門にいる風紀委員は、本鈴までに、教室に向かわなければ遅刻になってしまうのだ。
「おはよう。いつも美人だね」
教室につくと、隣の席の一樹が、机に頬杖をついたまま、ふんわりと笑って言った。
「…おはようございます。シャツを第3ボタンまで開けて着るのは、何度も、風紀違反だと言ってますが?」
「似合ってるから、いいんじゃないかな」
そう言う問題ではないのだが、ふわっと、笑うこの人に罰則を与えても、代わりに罰を受けたい生徒達が列を成してもめるので、桂花は、注意するだけにしていた。
本鈴が鳴るのと同時に、ガラッと乱暴に教室のドアを開け、アシュレイが「間に合った〜」と、教室中に聞こえる声で言った。
桂花は、なぜそのような事をわざわざ宣言するのだろうかと、いつも疑問に思う。だから、注意せざるをえないのだ。
「生徒の見本となる、生徒会長が、ぎりぎりの時間に登校するなど、生徒会長の自覚が足りませんね」
「ちっ…風紀委員長だからって、でかい面しやがって」
「しかも、ネクタイは、きちんと結ぶように、毎日言ってますが、いつになったら風紀を守ってくださるのですか?」
「うるさいっ」
「はいはい、そこまでにしておけよ」
校門で、桂花に会った後、急いで職員室に立ち寄ってから来た、柢王先生が、風紀委員長と生徒会長をとめる。
それが、この学園の毎朝の名物である。
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