投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
【注:↓以下はNo.109「蒼天の伝言」の続編であり、槐様のNo.160「降臨」の勝手に続編…でもあります;; (※参照:NO.98〜NO.99「蒼天の行方」、No.103〜117「統一地方選挙」)】
蒼弓の門の前でアシュレイと別れ、迎えに来てくれたアウスレーゼと最上界に戻ったデンゴン君は、早速アウスレーゼから広寒宮でのお茶に誘われ、促されるままモンゴルの宮廷での事を話した。
「そうか、桂花たちは共におったか。仲良く暮らしておったか」
『ウン! ネーネー、あうすれーぜ。ヒトツ 聞イテモ イ?』
「我に答えられることならばな」
『ナンデ、つんつんノ相方、チッチャク ナッテタノ?』
ゆったりと椅子に腰をかけたアウスレーゼを前に、デンゴン君はテーブルに立ったままで疑問を投げかけた。
「……む」
『ナンカネー、我ノ事モ、忘レチャッテタミタイデサー。ナンカ、冷タクナーイ?』
「……忘れたわけではないと思うぞ。小さくなったゆえ…うむ、いろいろと容量が足りなくなったのではないか?」
『フーン…? ジャ、マタ、オッキクナルー?』
「ああ」
『オッキクナッタラ、我ノ事、思イ出スカナー?』
「そうだな」
『フフッ。ソシタラ、マタ、会イニ行ッテモ イーイ?』
「……そうだな」
アウスレーゼは無難に答えると、小さく息をつき物憂げな笑みを浮かべた。
『ワーイ♪』
「――で?」
『デ?? ナニガ、「デ?」』
小首を傾げたデンゴン君のボケに眉間にしわを寄せたアウスレーゼだったが、それも一瞬だった。基本、アウスレーゼはデンゴン君の良き理解者なのだ。
「モンゴルの宮廷で子猿と待ち合わせたあと、どうしたのだと聞いている」
『ドウシタノダ、ッテ、ドーユー意味?』
「どういう意味、とは?」
『ダッテ、あうすれーぜ、ナンデモ 知ッテルシー。天界ダッテ人界ダッテ ほんとハ 我ニ 訊カナクテモ オ見通シダモーン?』
「我が知るのは、表面だけだ。ただ見ているだけであり、知っているだけ。我はデンゴン君が感じた事を聞きたいのだが?」
アウスレーゼの言葉にデンゴン君はフーン…?と呟いた。
『オネガイー?』
アウスレーゼが「お願いだ」と神妙に頷くと、大仰に反り繰り返ったデンゴン君は、コホンとひとつ咳払いをしてその後の事を話しだした。
『エット、ネー』
。 。 。 。 。
アウスレーゼ経由で人界パトロール中のアシュレイと待ち合わせを果たしモンゴルの宮廷を去ったあと。
すぐにアシュレイが「人間界でどっか行ってみたいとこ、あるか?」と聞いてくれた。
デンゴン君の人間界での用は済んでいたので、アシュレイが行きたいところに行ってみたいと答えた。
アシュレイは少し考えてから「ちょっと飛ばすからしっかり捕まってろよ」と笑って言った。
任セロ!と答えた声がアシュレイに届いたかどうか。
『キャー♪♪』
既にその身は天を駆けていた。
そうして着いたのは、薄紅色の小さな花弁が温かな風に舞う美しい国。
アシュレイに抱っこされ宙に浮いたままだったので、ゆるやかな風にひらひらと舞う薄紅が地面の上を泳ぐように見える。
『青ト、緑ト、茶色ト、ぴんくー』
「?」
『アノネー、』とデンゴン君は空と木と土と花を指さして、もう一度同じ言葉を伝えた。
『ナンカ、イイトコカモー』
「そうだな」
アシュレイが優しく微笑んでそう言ったから、嬉しくてもっと周りを見回すと、いくつか建物が見えた。
『あしゅれい、オ参リ…?』
「あ? ああ、うん…。そっか、おまえ、お寺って知ってんだ?」
『あうすれーぜ ガ 言ッテタ。一般教養ダカラッテ。人間界ッテ イロンナ オ寺ガアルンダッテー。オ寺ハネー、オ願イスルトコロナノー。正解ー?』
「まあ、そんな感じかなー」
笑いながらアシュレイはひとつのお堂に目をやると、周囲に人影がない事を確認し、変化してからその前に降り立った。抱っこされていたデンゴン君もそっとアシュレイの懐に身をひそめた。
開いてる扉から中をうかがうと、中にはいくつもの像があった。
立っているものや、座しているもの。大きなものや、わりと小さなもの。
『アレ、我ト 同ジ…?』
硬質な印象の像が、自分と同じ人形の類に見えたのだろう。着物の合わせ目から覗いていたデンゴン君が顔をのぞかせて尋ねた。
「あ? ああ、違うよ。あれは…なんつーか、人間の神様だ」
『神様? 我モ、神ナリ。同ジジャ ナイノ?』
「あれは人間が作った神様だから。…俺にはうまく言えないけど、おまえとは違う」
『…ウン、ナンカ違ウカモ。ナンカネー、アノ人タチ、顔コワイシー』
と言いつつ、ふと…最上界でひとりコワイ顔の人がいたなーと、アウスレーゼの許婚者を思い浮かべたデンゴン君だった。
「そっか、こわいか!」
だが、そう言ってデンゴン君の言葉に思わず笑みをこぼしたアシュレイの目が、ある一点で止まる。
アシュレイの視線を追うと、その先にはそれほど大きくない立像があった。
『ウン…ア! アノ人ハ コワクナイカモー♪』
その像を指さしてデンゴン君がアシュレイを見上げた。
『ネ、あしゅ・・れ・・・』
だが真剣に像に見入るアシュレイに、なんだか邪魔してはいけない気がして、デンゴン君も黙って人間の神様を見た。
どれくらいそうしていただろうか。
遠くで人の声と足音が聞こえた。
「……帰るか、チビ」
『モウ、イイノ?』
「ああ」
『あしゅれい、モシカシテ誰カニ 会イタカッタンジャナイノ…?』
「…どうしてそう思う?」
デンゴン君の思いがけない問いに、アシュレイはちょっとだけ目を見開いた。
『ウーン、ナントナクー? 我ミタク、待チ合ワセ? 誰カ 待ッテルノカナーッテ』
デンゴン君の答えに、アシュレイは少し戸惑ったように見えたが、すぐにひとつ息をついて自嘲するように笑った。
「会おうと思って会える奴らじゃないからな」
……つーか、会っちゃいけねぇし。
アシュレイの小さな呟きは、かろうじてデンゴン君に届いていた。
『会エナクテモ、あしゅれいハ、ココニ 来タカッタノ?』
言葉の代わりにアシュレイはゆっくりと頷いた。
『…ズット、来タイノ 我慢シテタノ?』
「我慢…じゃないんだ。……ていうか、来たかった、ていうのも違うかな」
『意味不明ー』
「ハハ、そーだよな。意味わかんねぇよな。なんつーか、今みたいに、フラッとついでみたいに寄ってみたかった。だから……」
『ウワッ…!』
一瞬で変化を解いたアシュレイは言葉を継ぐ前にデンゴン君を抱き、地面を蹴っていた。
。 。 。 。 。
「なるほど。桂花たちに会い、アシュレイとお寺デートか。楽しかったようでなにより」
『……』
「どうしたのだ? 楽しかったのではないのか?」
うつむき黙りこんでしまったデンゴン君に、アウスレーゼは少し心配そうに声をかけた。
『……ナンカ…』
「どうした、なにかあったのか?」
腰かけた椅子から前のめりになったアウスレーゼに優しい声音で問われたので、デンゴン君は帰り道での事を話した。
。 。 。 。 。
花びらが、光を含んで降り注ぐ。
肌を満たす甘い陽気。下草の上に敷いた麻の大きな布の上、寝転がって見上げれば、視界はやわらかな光沢を帯びた白の渦。
大きく広がる枝いっぱいに、たわわにゆれる手まりのような花々。その向こうに覗く空は、あざやかな青。ひらひらと、降り注ぐ
花の雨を受けて、これ以上ないくらい贅沢な春の休日だ。
四月のとある平日の昼下がり──今年は春先まで気温の低い日が続いたせいか、いまになってようやく桜の花が満開になる頃合い。
花降らしの雨も時期が少しずれていたようで、あちこちで豪華に開いた花は例年よりも華やかなくらいだった。
『な、せっかく、休みだし、天気もいいし。ちょっと外で花見でもしねぇ?』
と、柢王が同居中の恋人である桂花に提案したのは、昨夜遅くに近距離往復便で戻ってきた桂花が、ようやくベッドから起き出してきた時刻。
パイロットの生活は、不規則を絵に描いたようなもので、それは万事にきちんとした桂花でも同じこと。基本、不規則に暮らしながら、
そこにリズムを作って自己管理しなさいよ、というのがパイロットという職業だ。四連休の三日目で時差ボケから解放されて
すっきり顔の柢王と、一応きちんと身支度は整えているものの、まだどこか夢うつつな桂花の体内時間や疲労度が異なるのは
当然のことで、久しぶりに休みが合ったからと言って、無条件にはしゃいでいられるわけでもない。
だが、目覚めの紅茶のカップに口をつけていた桂花はその提案に、かすかに笑って、
『意外と、あれこれイベント好きな人ですね。ふだんは花なんて興味がないんじゃないんですか』
からかうようなまなざしで柢王を見上げる。いつもはクールな人だが、紫色の瞳はまだどこか眠たげで、寝起き間もない声も
かすかにかすれているのが、色っぽい。
それこそ、同居中の恋人でない限り見聞きできないその姿に、笑みを深めた柢王はいたずらっぽく、
『そりゃ、ふだんはどんな花より見惚れる顔がうちにあるから。つか、シーズン限定のもんを、おまえと見るっつーのがキモなんだって。
あ、眠たかったら、俺が膝枕してやってもいいけど』
桂花の瞳を覗き込む。と、間近な瞳がくすりと笑みを宿し、
『ずいぶんと、堅そうな枕ですけど──まあ、誉めてももらったようですし、行きますか』
と、わざとクールな口調で答えたのに、柢王も笑って、すなおじゃねえよなぁ、と桂花の額に額を押しつけた。
対岸に、満開の桜が淡い紅色の雲のようにさんざめく河川敷。
それを夢のように眺めるこちら側の、ひときわ大きな木は他と違って、光を含んだような白い桜だ。柢王はその下に敷布を広げて、席を作った。
木漏れ日が、花の形で布の上に影を踊らせる。昼下がりで地熱も高く、平日だから人気もほとんどない、ほぼふたりだけの空間に、
用意してきた毛布と枕を放り出し、
『ほい、お昼寝タイムな』
自分はそのままごろんと横になって、隣の敷布を叩くと、桂花は苦笑して、
『外で昼寝なんてしたことがありませんけど』
基本、人前では寝ないと評判の人だ。眠りもそう深い方ではなく、実際、今朝も、柢王が起き上がると、桂花はうっすら目を開けた。
が、柢王は気軽そうな顔で、
『そりゃ、初体験でよかったじゃん。あんまり人いないし、とりあえず横になってても体の疲れは取れるだろ? 誰かおまえの
顔覗きに来たら、俺が責任もって追い返しとくから心配すんなって』
ほら、と毛布を広げて見せた。桂花はそれに小さく肩はすくめはしたが、それ以上は言わずに、柢王の隣にそっと体を横たえた。
柢王はその上に毛布を広げ、風にゆれる花影から桂花の髪にこぼれる花びらを拾い上げるそぶりで、その髪を撫で、
『んじゃ、お休みってことで』
桂花の方に体を向けつつ、空を仰ぐ。
遠いきれいな青い空。そして、ゆらゆらと揺れ動く白い花々。午前一杯太陽に温められた下草からぬくもりが体にじんわりと伝わってくる。
ふたりは、しばらくそうしてゆらめく白い輝きを見ていたが──……
「──やっぱ、いまがピークだよなぁ……」
桂花の耳には聞こえない声でそう呟いて、柢王はそっと体の向きを変えた。やわらかな枕に、きれいな顔をなかばこちらに向けるようにして、桂花は眠っていた。
睡眠不足はパイロットの職業病みたいなもので、個人差はありはするが、こういうシフトならだいたいこの辺りで眠くなる、というデータは大抵同じ。
柢王の経験から言って、桂花が再び眠くなるのは今頃だろうと推測した時刻だったが、どうやら当たっていたらしい。ぽかぽか陽気も手伝ってか、
長いまつげを伏せて、安らかな寝息を立てている。
無防備な、その顔に、柢王は着ていた革の上着を脱いで、桂花の首筋を護るように、そして、その心なしか自分の方を向いているきれいな寝顔が、
通りすがる誰からも見られないように、そっと桂花の肩から顔にかけてフードのように着せかけた。
きっと、自分がいるから安心して寝てくれている、と思うのは自惚れではないだろう。
花影がゆれるそのきれいな顔は、出会った頃よりずっと、いろいろな表情を見せるようになってきてくれている。
それを──
「見ていいのは、俺だけ──」
白い髪の上に惜しげもなく降り注ぐ花びらから、視線を上に戻しながら、ひそやかな声でそう呟く。
白い桜には、他の桜とは少し違う趣がある。
対岸の、そして視線を少し横に移せば見られる桜の色は、あでやかな春の盛りの物狂おしいようななまめかしさと豪華さを感じさせるけれど。
白い桜は、優美で、どこか清冽で──色づく花の美しさに酔いしれて見惚れるのとはまた違う、見る者の思惑など埒外に、
惜しげもなく降らせるその花びらを、思わず目で追ってしまうような、しっかりと見つめていないとすり抜けていくような感覚に、思わず
抱きしめたくなるような、ふしぎな気持ちにさせられるのだ。
柢王が、この木のそばで思わず足をとめたのはそのせいだ。
決して狎れない、優しい美しさ。
それが、自分のもの、と確かに言えるけれど、まだ知らないことも多くて、いつもどこかでじれったいような、もどかしいような、
だけど、それが嬉しいような、言葉にできない気持ちにさせてくれる恋人と、似ているような気がしたから。
成り行き任せに、勢いだけで、距離を縮めていたらきっと見えなかった生活。緊迫感がふとしたことも刺激に変える、そのことは、
クールで時に誰より男前な恋人との生活のなかでしか、きっと理解できなかったものだ。
だからこそ、
(そーゆー特権は俺だけのもん)
他の誰にも話さないこと、見せない姿、こんな無防備な寝顔も。積み重ねていく信頼も、愛情も、本当はなにもかも──自分だけに
与えて欲しいと願う気持ちの強さを日々噛みしめている。
揃って休みの前だからと言って、一緒に眠っても、シフトが違えば眠り方も違う。こちらが目覚めて動くたび、目をさまさせて
しまうのはすまなくて、それならいっそ、独り寝をすればいいのだが、
(それはやだ──)
仕事で会えない日があるのは仕方ない。それに柢王だって仕事のさなかは桂花のことを考えてないことがほとんどだ。
でも、家にいるときは、そして可能なときはその分全部、その顔を、声を、存在を、確かめるように側にいたい。自分以外の
誰にも何にも、渡さないで、自分のことだけ見ていて欲しい。
「……なぁんて、カッコ悪くてぜってぇ言えねぇよなぁ──」
と、無防備な恋人の寝顔を見つめて、柢王はため息をつく。
こっちだって、キャリアも上な恋人に、見せたい弱さと囲っておきたい弱さは違うと、なし崩しにならないわけの残り半分は、とうから承知のはずなのに……・。
と、反らした喉に花が舞い落ちる。
見上げれば、視界に広がる白さはやわらかに、やさしくゆれながら心を包み込んでいく。他のものもみているつもりなのに、気がつけば、
その白いやさしいざわめきだけが網膜を支配している。
それはまるで優しい毒のように──気づかぬうちに、心も体も浸食されて、こちらの全てを染め変えられるようだ。
と、桂花が小さく、ん…と呟いた。
ハッとそちらに顔を戻すと、ちょうど瞳を開いた桂花は柢王の姿に、小さな笑みを見せ、
「……寝ていましたね」
ちょっと自分で驚いたというような、だが、それを面白がるような声だ。それから、柢王が被せていた上着に気づいたようで、
「そんなに寒くありませんよ。あなたこそ、寒いんじゃないの?」
それを外そうとするのを、柢王は止めた。
あれこれと、独占欲とか執着だとかなんだかんだといままで意識しなかったものを、思い知らせてくれる人ではあるけれど……──。
自分だけに見せてくれるその表情の優しさ、そして笑顔。それを見た瞬間に、自動的に胸が熱く満たされる。
それは他の誰にも感じたことのない魔法のように──胸が満たされ、そして、もっと満たして欲しくなってくる。
それが毒の効果だというなら、自分はけっこう重症だ──と、心の中で笑いながら、柢王は、フードにした上着を、桂花の顔が完全に
自分だけに見える角度でかけ直しながら、
「ま、防犯対策を兼ねて──こういうとこで変なストーカーとかに目つけられたら困るし」
真顔で言うのに、桂花が笑う。
「バカなことを……」
柢王はその髪に降りつもる花びらを優しく払いのけながら、声に出さずに囁いた。
(なあ、言っとくけど──おまえが毒なら、俺は皿までだって食う覚悟はあるんだぜ?)
そう、その覚悟はとっくにできてる。
この先も、どんなに侵されても、何を染め変えられてもきっと変わらない。
甘く優しい毒の誘惑。
それさえが、ただ、自分ひとりのものであると、いうのなら──
えんまちゃんは、今日も元気に霊界を出発します。
まずは、天主塔の父上の所へ、朝の挨拶に向かいます。
えんまちゃんが、父上のお部屋の前に行くと、扉の中から父上の悲鳴が聞こえます。
「父上?!大丈夫ですか!!」
えんまちゃんは、ドンドンと壊れんばかりに扉を叩きます。
しばらくすると、「お入り」という、父上の声がしました。
えんまちゃんは、急いで中へ入ると、父上が寝台に半身を起こし、気だるげにくるみ色の長い巻き毛をかきあげていました
「毎朝、律儀に挨拶に来なくても良いと言ってるのに」
「でも、父上にお会いしたくて…。さっきの悲鳴はなんだったのです?ご無事なのですか?」
「ふふふ…、心配することはないのだよ。おまえが元服したら教えてあげる。早く大人にお成り」
いつも父上はこうです。何を聞いても、必ず「元服したらね」と仰います。
はだけた簡衣から見える、散在する赤い小さな痣も、ご病気ではないのかしらと気になりますが、きっとこれも「元服したら」なのでしょう。
父上はネフロニカと言うお名前なのに、人々が何故か「いんま」と呼んでるのも気になっています。
自分が「えんま」だから、父上は「いんま」なのかしら。じゃあ、母上は「うんま」だったのかしらと、一度父上に聞いてみたいのですが、これも「元服したら」と言われてしまうと思い、まだ聞けていません。
父上への挨拶が済んだので、これから塾へ行かないといけません。でも、塾へ行くのはちょっぴりゆーうつなのです。年少組に、阿修羅君という乱暴な男の子が入学してきたからです。
「今日はいじめられないと良いなあ」
えんまちゃんは、ドキドキしながら塾へ向かいます。
「阿修羅君が大きくなって、南の王になった時、父上が苦労しないといいけど…」
阿修羅君は、えんまちゃんより、うんと年下なのですが、既に塾では一目置かれる存在になりつつあるのです。今から心配です。
「ボクは父上と同じように、大人しい性格だけど、阿修羅君の父上はどんな方なのかしら。やっぱり乱暴な方なのかしら。じゃあ、阿修羅君の子供も、やっぱり乱暴者なのかしら。ボクの子供はきっとボクに似て大人しいだろうから、いじめられないと良いなあ」
更には、将来の自分の子供のことまで心配してゆーうつになる始末です。
でも、大丈夫。ネフロニカv.s.阿修羅はともかく、子供たちはとっても仲良くなることでしょう。つか、てめーだ!てめーが諸悪の根源だーっ!というのは、後のおはなし♪とっぴんぱらりのぷう
※閻魔大王にも個人名はあるんですよねえ?ネフィー様がつけるんだから、バイオレットちゃんとか(似合わない…)。あ、阿修羅王も役職名なんですよねえ…。
「はあああああああ」
今日も美貌の守護主天様の溜息が執務室いっぱいに広がっている。
「なんとか、アシュレイを天主塔に呼べないかなあ…。ねえ、桂花。良い方法ないかなあ」
こちらも美貌の秘書殿が、やはり溜息混じりに答える。
「守天殿。現実逃避も程々に…。何度か申し上げましたが、吾は仕事が溜まるのが一番がまんできません」
「だって…」
泣きそうな守護主天様に、秘書殿は再度溜息をつく。
「何かサル…いえ、南の方のプライドを擽る様な催しなどはないのですか?」
「催し?あ!武術催!!今年は部門優勝者同士で更に闘って、総合優勝者には、天主塔晩餐会にご招待とか?普段は公開しない場所にもご案内、私守護主天自らがフルケアします!なんてどうだろう?!あいつは賞品なんか興味ないだろうけど、最強を決めるって言ったら、絶対に飛びついてくる!」
「…サルが総合優勝するとでも?柢王がいるのに。北の王とて、サル如きに負けてはいないでしょう」
恋人である柢王を馬鹿にするなと言わんばかりに、既に南領元帥アシュレイに対する敬語は微塵も無い。
「柢王は結果を重視する男だよ?必要と有らば細かいことには拘らないよ。ね、後は君の腕次第…」
「…柢王に八百長をやれと?」
「うん。後、眠くなる薬とか、力の抜ける薬とかあ…。アシュレイの相手だけに風を使うなんて、君なら簡単だよね?」
毎日溜息ばかりで、なかなか仕事の進まない守護主天様に、そろそろ限界を感じていた桂花は不承不承手伝う気にはなっていた。
守護主天様は、天界の最高権力者だが、それを笠に着るようなことはなく、常に穏やかで皆に慕われている。責任感が強く、判断も早くて的確。真面目だが融通が利かないわけではない。尊敬するに値する上司だ。
だが、ティアランディアは違う。問題なのは、ティアランディアが守護主天様より強いということ。ことサルに関してだけは。
とりあえず、桂花は一旦人間界から返って来た柢王に相談した。
「八百長なんてばれたら、それこそアシュレイは一生ティアを許さないんじゃないか?それが判らなくなるほど、ティアもきちまってるってことか」
柢王も溜息をつく。
「なんとかしてやりたいのは山々だが…」
「見返りはヴィンテージものの聖水10本だそうです」
「解った。アシュレイに絶対ばれないようにすりゃあいいんだろ?」
「柢王?!」
そんなに聖水は魅力的なものなのか?桂花は呆れた様に柢王を見返す。柢王にしてみれば、理由も聞かれずヴィンテージものの聖水が大量に手に入るなんて、願ってもないチャンスな訳で。
何にしろ、守護主天様が仕事に向き合う気力を取り戻してくれれば自分の憂鬱も解消される。後はどうでも良いかと、秘書殿は当日の段取りを考え始めた。
「えええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!! アシュレイが不参加―?!」
開催前日になってのことであるが、秘書殿は淡々と報告だけを述べてゆく。
「はい、何か南の王を怒らせたらしく、当面謹慎とのこと。キャンセルというわけにもいかないだろうと、炎王自らがご参加だそうです」
「…有り得ないだろう、それは….(絶句)」
「なお、柢王も魔族の卵に異常が見られるとのことで、こちらも参加できない、わりい。と、先ほど使い羽が」
守護主天様は哀れなほどに狼狽していた。
「さ、山凍殿に…」
「北の王からも、先王が倒れた為、不参加の連絡が来ております。なお、命に別状はないとのこと」
残る優勝候補といえば、割れ顎トロイゼンを筆頭とする、守護主天様にしてみれば、お願い〜♪へ♫近寄らないで〜♬ と言いたくなるようなムサイ猛者ばかり。
「け、桂花…?」
そーっと、仰ぎ見ると、秘書殿は冷たい目で
「無理です。私は姿隠術も壁抜けもできませんから。今宵は自業自得という言葉の意味を、よく吟味されては?」
と、言うと、守護主天様が浮かれた勢いでほぼ全て終わらせた、大量の書類を満足そうに抱えて出て行ってしまった。呆然と佇む守護主天様を残して。
翌日―
予想通り、各国のゴツイマッチョ達が部門優勝を果たし、残るは今年から設定された総合戦のみ。
どのように闘えばよいのかと詰め寄られ、守護主天様はだらだら冷や汗を流しながら、つい焦って結界を張ってしまった。
※ここでは結界が見えると言う前提で…(汗)
「わ、私の結界を破った方を、総合優勝者に…」
とっさに口をついた言葉だったが、そこにいた全員が「詐欺か?!」という目で守護主天様を睨んだ。無敵の守護結界。天界人に破ることが出来ないのは、誰もが知っていること。
その時、ふらふらと飛んでる影があった。
「アシュレイ?!」
当然、最初に守護主天様が気付き、はっと桂花を見ると、ついと目を逸らされた。
「桂花…」
何か策を講じてくれたのだろう。感謝で、守護主天様の目がうるうると潤む。
「クソ…オヤジっ…!俺…にも…闘わせ…ろ…」
体の中に入れられなかったのか、斬妖槍を手に持ち、霊力の乏しいまま南領から飛んできたのであろう、アシュレイがふらつきながら着地した。
そのままよろよろと守護主天様の方によろめいたアシュレイの持つ斬妖槍が、結界壁にぶつかりそうになったタイミングと、慌てて守護主天様が結界を解いたタイミングはほぼ同時。
「勝者、南領アシュレイ殿!」
桂花の声が高らかに響く。
百万歩譲ったら、アシュレイの斬妖槍が結界壁を破ったように見えなくもなくも無いかもしれないが….。
守護主天様は意識朦朧のアシュレイを抱き抱えながら。心の中で桂花に跪き、最高礼をとっていた。
さて、武術催総合優勝者へのご褒美は実現したのか否か。実現したなら春の風が吹いたのか、血の雨が降ったのか。こちらは余人の知るところではない。但し、総合戦は廃止になったとのことらしい。
また、風の噂では、守護主天様が秘書殿にお礼として、大量の服を贈ったとか贈らなかったとか…。
なお、秘書殿の憂鬱は、本日も赤毛のサルに左右されてるようである。
★「年の差…」…のつもりです…
西領の王太子カルミアは、憤慨していた。
憧れの守天様の、ティアランディア様の恋人が、あの野蛮人だなんて、ありえない!
しかも、あの兄様が、嫌がる野蛮人を無理矢理、あんなこともこんなことも言いながら、組み伏せるなんて、きっと柢王殿の側近の魔族に、性格が変わるような薬を作らせて、野蛮人はそれを使ったに違いない、と。
ティア兄様に相応しいのは、決して乱暴者などではなく、美、知、品が揃った相手じゃないと。そう、自分のような。
兄様の目を覚ます事ができるのは、自分しかいないと言う結論に辿り着いたカルミアは、守天と会える機会を得て、張り切っていた。
今回も野蛮人が一緒だが、何とか撒いて二人きりになれる時間を作り、兄様に彼と別れるよう、説得するのだ。
しばらく、ヤキモキと待っていたが、ついにそのチャンスが訪れる。
「ティア兄様、二人きりでお話をしたいことがあります」
カルミアは守天を物影へ連れ込んだ。
「僕にはどうしても、アシュレイ殿が兄様を幸せにできると思えないのです。とても強い武将と聞いておりますが、彼の振る舞いは余りにも粗暴で、兄様にも暴力をふるってるそうではないですか!」
カルミアの脳裡には、ちゃぶ台(天界にあるのか?)をひっくり返すアシュレイと、よよと泣き崩れるティアの姿が映っていた。
「暴力だなんて」
ティアが艶っぽく微笑む。
「アシュレイの場合、照れ隠しでつい手がでてしまうだけなんだよ。彼の愛情表現なんだ」
カルミアの脳裡は、「こ〜いつう〜♪」と言いながら、指でちょんとティアの頭を突くアシュレイと「テヘ♪」と舌をちょっと見せるティアの姿に変わっていた。そして、海辺(天界にあるのか?)で、ウフフ、アハハと追いかけっこする二人に。
一瞬、ホンワカとしてしまった自分にカツを入れ、カルミアは、守天の説得を続ける。
「僕では駄目なのですか?僕とて、兄様を想う気持ちは負けておりません」
「カルミア、ごめんね。私はアシュレイが好きなんだ。君のことは弟のようにとても可愛いと思うけど」
「それは!僕が幼いから、兄様と十も年が離れてるからですか?!」
「年の差なんて関係ないよ。私はアシュレイの魂を好きになったのだから。彼が一歳でも百歳でも構わない」
と、言いつつ、うーん、一歳児の魂を好きになるってどうかなあ、百歳ってのも。とか冷静に考えてるティアであった。
が、
(魂を好きになる!)
カルミアは、感動で胸が熱くなっていた。
(兄様は、肉体を離れ、精神世界の中で彼の魂と出会ってしまわれたのですね?その出会いは時を越えて永遠になってしまったのですね?)←意味不明
どう考えても思い切り俗世間の現場を目撃したはずのカルミアだか、すっかり守天に洗脳されている。(守天としては、洗脳したつもりは毛頭ない)
同じセリフをアシュレイが言ったら、また、子供みたいなことを。幸せな方ですね、的な皮肉の一つや二つ、五つや六つも返してるところだろうが。
「カルミア、君に恋人が出来たら、この気持ちが解るようになるよ。私のことは、それこそ兄として慕ってくれてるだけなのだから」
と、ティアはにっこりと微笑む。
「ティア兄様…」
カルミアは、目をうるうるさせながら、兄様が本当に幸せなら、と二人の仲を認める気になっていた、その時。
「こんなところにいやがったのか!」
と、アシュレイ登場。
「心配して探してくれたの?」
ティアが嬉しそうに駆け寄り、アシュレイにベタ〜ッと抱きつく。
「バッ、馬鹿!ベタベタするなって言ってんだろ!」
アシュレイは、顔を赤らめながらも、怒った声でティアの頭をはたいた。
それこそ、「テヘ」と言う声が聞こえそうなティアの顔が見えてないカルミアの脳内映像は、ちゃぶ台返しバージョンにすばやく置き換わった。
(やっぱり暴力を!!アシュレイ殿は危険です!僕、必ず兄様をお救いいたしますからね!)
カルミアは、再び打倒(?)アシュレイに燃え始める。
そして、カルミアの想いは冒頭に戻る…。頑張れ、カルミア!
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