投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
秋の風が吹く頃、王宮は大都へ居地を変えていた。
木々は黄葉し黄金の秋といったところだが実際は霜が下りる冷えこみだった。
「ありがとうございます」
桂花からニレとヒイラギの枝を受け取りシビュラは笑顔をみせた。
大都の街から馬で少し行くと小さな草原が広がっている。上都ほどではないが薬草、野草も採れるし、小動物も生息しているので王宮の狩りにもしばしば使われる。
桂花は薬草の補充の片手間にシビュラが探していた木々を届けてやった。
「古代ケルト人のまじないか?」
フビライは邪教、まじないを嫌う。ニレとヒイラギは魔を払う、そして今日は万聖節の前夜。あたりをつけた桂花は一言進言しておこうと口を開いた。
「ええ」
シビュラは頷いたものの、少し首をかしげ続けた。
「でも、これは私の村に伝わる古い占いですわ。百年に一度の。今日は特別、全世界の空間、時間を制御するものが止まるそうです。月を映した水面に7種の野草と代々伝わるこの石を砕き入れると己の至宝が見えると祖母から聞きました。祖母もそのまた祖母から聞いたと言ってましたが」
空間も時間も飛び越えて。
魂が・・・。転生していても。
ふふ、馬鹿な。
いつになく真に受けた己自身に桂花は苦笑する。
「桂花様にもお分けしますわ」
「いや吾は」
「桂花様は人待ち顔をなさってる。会いたい方がいらっしゃるのでしょう」
シビュラは静かに微笑んだ。
それ以上彼女は何も言わなかった。
そして占いに必要な木々と7種の野草、石のかけらを包み桂花に渡した。
夜半過ぎ。月は一段と大きく赤く輝いている。
桂花は館を抜け出した。
心は否定している。そんなことがあるものか、人間が作り出した戯れごとだと。
だが、それでも、一目でも柢王に会えるなら。
桂花は操られるかのよう昼間の草原へと馬を走らせていた。
草原の入り口に馬をつなぎ、森の奥にある小さな泉に足を向ける。
その泉は天界で柢王と暮らしていた家屋の裏手にあったものと似ていた。
泉の周りにニレ、はしばみ、ヒイラギの枝を刺して魔を払う。
そして水中に7種の野草とシビュラにもらった砕いた石の粉を浮かべた。
揺れる水面を桂花は食い入るように見つめる。
「・・・ふふふ、やっぱり何も起こらないじゃないか」
視線をはずし半分安堵しつぶやく。と、静まりかえった森に突如一陣の風が湧き起こった。
ザワザワと森の木々が乱れ揺れ、落ち着きかけた水面が荒立つ。
波打つ水面に黒い影が浮かび上がり徐々に型をとりはじめた。
それは、やがて人型となり桂花の待ち望んだ姿が映し出された。
「柢っ・・・王」
桂花の声が絞り出され、伏せられた柢王の目が開きかける。
――――――バシャッ――――――
桂花が右手を泉にたたきつけた。
水面は激しく揺れる。
映し出されていた像は散り乱れ・・・やがて消えていった。
桂花は肩で息をしていたが、屈んでいた膝の力も抜け、やがてズルズルと座りこんだ。
「―――柢王っ・・・。会えない・・・今の、今の吾は・・・」
見せられない。あなたに見せられない。
柢王がなによりも大事にしていた守天、アシュレイを裏切り、さらには柢王を殺めた者の僕に成り果てている吾など。
桂花の頭の中で教主の楽しそうな笑い声が響きわたる。
桂花は唇を噛み締める。強く噛み締めすぎ赤い血が唇から滲み出した。
赤い血。それすら教主に再生されたものだ。
それでも、ひたすら桂花は耐える。耐えるしかなかった。
静けさを取り戻した森は息吹すら感じない。
泉は怪しく光る月をただ、ただ映すだけだった。
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