投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
茶の支度を終えた乳母や使い女達を下がらせ、芝生の上に広げられた敷布の上で、三人
は気軽なお茶を楽しむ。
茶の支度が出来上がるまでレースに長棒の相手をしてもらったアシュレイは、相変わら
ず簡単にあしらわれていたが 結構楽しそうに見えた。
アシュレイは菓子をぱくぱく食べながら、グラインダーズに会えなかった一週間の出来
事を楽しそうに話す。
「姉上、今日はね・・・」
今日見た人形劇が楽しかったのか、弟は嬉しそうだった。
年長組も上級生クラスになるとそういった娯楽教育は子供向けの劇ではなく演奏会や
難解な台詞の多い古典劇に取って代わられたが、それでもそういう日は、彼女も楽しみだ
った。
「あのね、姫君がね、姉上みたいにかっこよかったんだ!」
弟が実に嬉しそうに笑うので内容を聞いてみると、昔自分も見たことのあるものだった。
「・・・懐かしいわね」
グラインダーズは微笑んだ。
どうして忘れていたんだろう。 昔々に作られた話を題材にした、天界でないどこか
不思議な場所で暮らす元気な王子と王女が出てくる話。
「私も大好きだった・・・」
お茶とお菓子で食欲がとりあえず満たされて、眠くなったアシュレイがグラインダーズ
の膝枕で軽い寝息を立てている。
かわいい、と思う。 アシュレイは、この年代の子供にしては細身だが、こうして寝顔
を見ていると、ほっぺがふくふくと柔らかくて、赤子の時とそんなに変わらない。
弟はとても強いけれど、本当にまだまだ小さな子供なのだ。
こんな風に膝枕で無防備に寝ているところを見ると、それを実感する。
ストロベリーブロンドの髪を指で梳いてやりながら、グラインダーズは顔を上げずに隣
のレースに小さな声で囁いた。
「・・・レース。・・・・・・父上に叱られた?」
武術の指南役をつけて貰う事を希望したのは、グラインダーズ本人だ。けれど、そうや
ってグラインダーズが武術に関して不祥事を起こせば、その責の全ては、グラインダーズ
ではなく、指南役である彼に負わされる事になる。
「いえ、何もおっしゃいませんでした。・・・少し、何か思い悩んでいらっしゃるようにお
見受けしましたが・・・」
レースもこちらを見ることなく小さな声で応える。
「・・・・そう・・」
ほっと息をついた。レースに咎が及ばなくて本当によかった。父の怒りは凄まじいから
だ。その恐ろしさを、幼いころからグラインダーズは見続けている。
(・・・・・でも・・・)
・・・・・父王は見舞いに来なかった。
そのことにほっとしている反面、ひどく腹を立て、そしてまた恐れている自分にグライ
ンダーズは気づいていた。 例え父が見舞いに来たところで、会うことを拒絶することは
自分でもわかっていても、だ。
(・・・甘ったれているわ)
なんて自分勝手なのだろう。
「・・・・・・こんな事で、強くなれるのかしら」
くしゃくしゃとアシュレイの髪を掻き回すグラインダーズに、レースは眉間にしわを寄
せて見せた。
「・・・お嬢。さっきから、強い強いって言われていますけど、お嬢の言うところの『強い』
って、どんな強さの事ですか?どんな意味で強くなりたいのですか?」
「どんなって・・・」
「たとえば、基準みたいなものとかないんですか? あと、理想とか。誰かのようにとか、
何かのようにとか」
「・・・・・誰かのように・・・? ・・・ 」
グラインダーズは首をかしげた。
・・・そういうのはピンと来ない。
「・・・ちがう、と思う・・・・・・」
「・・・お嬢?」
うつむいたまま、グラインダーズは必死で言葉を探し続ける。
言葉にできない場所に、自分の叶わなかった願いや望みが埋もれている。そんな気がす
る。―――私の願いは。 私が望むのは。
気難しい顔で黙り込んでしまったグラインダーズの、手元だけは忙しく動いて、すかす
かと眠り続けるアシュレイの髪を、指に巻きつけたりほどいたり引っ張ったりを繰り返し
ている。が、その事も、彼女は気づいていない。
隣のレースは、アシュレイが目を覚まさないかとひやひやしている。
「お、お嬢?」
「・・・ちがうわ・・、レース。 ・・・何かじゃなくて・・・誰かじゃなくて・・・」
―――そういうのではないのだ。何かの真似ごとではなく。私がなりたいのは。
私は―――――
グラインダーズの手元がようやく止まった。
「・・・・・自分で あり続けるって事よ」
「お嬢?」
何になりたいのか。ではなく。―――私が望むのは。
「・・・私は、私でいたい」
王の娘でもなく
女でもなく
―――ちがう、否定したいわけではない。
私は女で
私は王の娘だ。
それは、ただの事実だ。
グラインダーズは、顔をまっすぐあげた。
「私は私でいたい。―――私以外には、なりたくない。」
言い切ってから、ふと口をつぐみ、そして静かに首を振った。
「・・・いいえ、そうじゃない。どれだけ変わっても私でありたい。・・・それだけなのよ」
いつだって。どんなときだって、これが私だと。
誰でもない、何でもない、私は私だと。
いつだって、そうありたい。
ただそれだけなのだ。
「・・・そのために、強くなりたいの。」
レースが、複雑な顔をしている。それを真正面から見据える。
「・・・答えになっていないかもしれないけれど。これが、今の私の正直な理想よ」
「・・・・・」
膝の上のアシュレイが身じろぎした。小さなあくびをして、まばたきを繰り返す。
小さな手のひらで目をこする。伸びをして、ぱっちりと目をあける。レースとグライン
ダーズが自分を覗き込んでいるのとそれぞれ目が合って、恥ずかしそうに頬を赤らめて照
れ笑いをする。つられるように笑ったグラインダーズがその頬を突っつくと、今まで眠っ
ていたのが嘘のような動きでそれを避けるように、ぴょんと跳ね起きた。
「 レース! さっきの、棒で飛ぶやつを教えてくれ!」
足元に転がる長棒を拾って振ってみせる。 日々、斬妖槍を振り回しているだけあって、
堂にいっている。 すぐに行きます、とレースが応えると、二カッと笑って開けた場所を
目指して駆けだす。
その後ろ姿を見ながら、レースが低い声でつぶやいた。
「・・・完全に理解したわけではないですが・・・。お嬢の言うところの「強くありたい理想」
ってのは、複雑すぎて、私には一部しか手伝えないだろう―――ということは、何となく
わかった気がします」
「それでいいの。・・・私だって、あんまりにも漠然としすぎて、よく分かっていないとこ
ろがあるから」
グラインダーズも声をひそめる。・・・何だか、いま、自分は、とてつもなく遠大な理想
を掲げてしまったのではないのだろうか。
「・・・・・」
先をゆくアシュレイの頭の片側の髪がぐりんぐりんに跳ね返っている。グラインダーズ
が指でいじった跡だ。アシュレイは気づいていない。歩くたびにぴょこぴょこ跳ねている。
かわいい。
・・・強い強い弟。
―――でも、とてもかわいい弟。
「・・・レース。今になってだけど、理想とする強さの基準を思いついたわ」
掲げついでに、もう一つ。―――追加してしまっても、いいかもしれない。
「・・・笑われるかもしれないけれど。そうね・・・アシュレイを守れるくらい強くなりたい・・
―――というのが、一番の理想かしら?」
「・・・―――は・・?」
レースが、ぽかんとした顔でこちらを見る。それが、なんだか楽しい。
「だって、アシュレイを守れるくらい強いのならば、どんな事にだって負けやしない自信
になるわ。 そう思わない?」
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