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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.26 (2006/10/14 15:43) title:存在の耐えられない軽さ
Name:しおみ (190.101.99.219.ap.yournet.ne.jp)


 永遠に続く春の盛り。終らない春。枯れることを知らぬ花々。
 それは世界がとこしえに変わらぬことの証なのかも知れなかった。

「守天さま、ともかくもう少し身をお慎み下さいませ」
 八紫仙のひとりが憔悴したように言葉を続ける。
「守天さまは天界に唯一の尊い御身。その方があまりに羽目を外されては世界に示しがつきませぬ。今日も今日とて、
執務半ばであのような・・・・・・」
 言いにくそうに咳払いをする。
「尊い身のなさりようにしてはあまりに奔放に過ぎるとはお思いになられませぬのか」
 嘆くように訴えるその姿に、目の前の麗人はいつもの妖艶な笑みを浮かべて答えた。
「奔放に過ぎるなどとは思わないよ。だって、悩みがある者だからこそ、私の腕の中で癒されるのだろう?
悩みがひとつもないような者ならば、私の手など求めはしないよ」
「それは詭弁と申すものでございます。現に・・・」
「現に世界は平和だと、私の目には映るけれどね」
 ネフロニカは、御印のある美しい面に笑みを浮かべて遮った。
「終らぬ春、護られた天界。人間界だって大きな事件も起こらずに、この世は全て平和。まあ、私のおかげと
は思わぬけれど」
「守天さま」
 言いかけた八紫仙に向けた麗人のまなざしを、慈悲と呼ぶか、高貴な冷酷と呼ぶかは見る者次第だろう。
「でも、まあ、こうして書類も山積みだし、そなたも私の仕事を思い出させてくれたことだし、少しは役目を
果たす事にするよ。しばらくは誰も近づかぬように。そなたたちが、私の仕事を手伝ってくれる意思があると
いうのなら、心に憂いなど抱えず、私をひとりにしてくれるのが一番だよ」
 出て行けと、はっきり言葉で告げるよりも、凍りついたような瞳の笑みがその意思を告げる。
八紫仙のひとりもいくらか体をこわばらせ、
「で、では、御用の際にはお声をかけてくださいませ」
 そそくさと、礼を取り、部屋を後にする。
 扉が閉まる瞬間に、守天が浮かべた謎めいた笑みは、八紫仙には届かなかった。

「終らぬ春、か」
 窓の外に続く美しい空と花々の咲き群れる庭とに目をやり、ネフロニカはその瞳を細めた。
 守天と閻魔の結界に護られた天主塔は、とこしえに春の続く世界の楽園。美しく護られたその場所で、守護主天は人々の心を救い、愛しむことに専念する。
 天界の絶対権力者の、それが真実。
「私のおかげで世界が救われているというのなら、その証を見てみたいものだよね」
 うずたかく机の上に積まれた書類はこの世の悩みの総括とも言うべきもの。
 何代も守天はこの世に降臨し、その度ごとに世界は救われ、終りない春が続くようにそれは繰り返される。永遠に。
ただひとりの身がただひとりの生涯を終えるまでに、この世の全てが癒されるなど、信じる事などできるはずがない。
「この世はきっと私なしでも美しいよ」
 ただ人間を、愛し、愛しむだけならばどんなにか楽だろう。
 誰かを納得させる生き方など不可能だと叫んでよいのなら、あるいは、守天とは完全に慈悲深く、
自由な存在だと言えたかもしれないが。
 自分の存在を、鍛え、変わり続けなければ、与え続ける日々に精神が輝きを失い、磨耗する。
それでは守天の役割は果たせない。もしも変わり続けることができなければ、いっそ心を閉ざして生きるしかないが、
それもまた守護主天の生き方ではない。
「永遠に命でもあればねぇ・・・」
 他人の期待など振り切るように、この世を愛し続けもできるかもしれないが。
 世界はあまりに重く、命は尊くて、それに比べてこの身はあまりに軽く、もろい。
 それでも──
 肩をすくめ、執務机について書類をめくり始めた守天の頬には、誰にも見せぬ笑みが浮かんでいた。
 なぜなら、かれはわかっていたから。
 自分が何者かを。
 時に、耐えがたいほど深い心の奥底で、この世を愛している。変わり続けることがどれだけ自己を傷つけていくか承知している。
 それでも、いま、世界はここにあり、存在もまたここにあるのだ。
 過ぎた奔放などありえるはずがない。確かなものを欲しいと切望する脆さ。そう願う自分を受け入れる強さ。
絶望と慈しみとはゆれ動く秤の両端なのではなく、互いに、それが存在するというだけの真実だ。
 その真実こそが、今生の守護主天の存在の全てなのだ。

 きっと世界が救われるのは、誰もが守天の手を必要としなくなるときだ。
 だが、それまでは──
 命を慈しむ何者かが、この世を愛し続けるのも悪くはないだろう。
 たとえそれが、存在の耐えられないほど、儚く、小さな、ただひとりの身だとしても──。


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