投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
『―――桂花、そこにいたのね。怪我はない?』
膝を抱え俯いた桂花に傷がないのを確認し、李々は『よかった』と呟く。
そして悪戯っぽく『怖かった?』と目をすがめた。
数十もの魔族の奇襲に、ただ、ただ怖くて、足でまといの自分がなさけなくて・・・
『隠れて泣くなんて男らしくなったものね♪』
『な、泣いてなんて・・・ない』
楽しげな李々に、桂花は顔を上げ反論した。
『はいはい、泣いてなんていないわ』
きめ細かい頬を伝う涙を伸ばした指で払い、
『怖いのを怖いって認めるのも強さの一つ。なにより難しいことだけど』
と、李々は震えの止まらない桂花をギュッと抱きしめた。
そして、
『そうだ、どうせなら思いっきり泣いてみない? スッキリするんじゃない?』
『そんなのヤダ』
笑って提案する李々に桂花は首をふる。
『ふふ。そう言うと思った。じゃあ・・・一生に一度。一度だけ大声で泣いてやるってのはどう?』
『一度だけ?』
『そう、一度だけ』
今度の提案には桂花もちょっと考え、そして頷いた。
『李々は嬉しいときにも涙が出るって言ったよね。なら俺は一番に嬉しいときに泣くことにする』
『―――桂花は頭がいいわ。ふふふ・・・』
見開いた目を細くし李々は嬉しそうに笑った。
その鮮やかな横顔に、桂花は李々と迎えるその時を疑うことなく信じ続けた。
過去の残夢を払い桂花は伏せた目を開いた。
今なら分かる。
泣きたかったのは李々ほうだ。
常に笑顔な彼女が時折見せる寂しげな顔。
あの頃の吾に力があれば・・・・
胸いっぱいに広がる苦味に顔を歪め、桂花は再び目を閉じた。
テーブル一杯に広げた和菓子の山。
包装紙から老舗和菓子屋のものとわかる。
『食ってみろよ。この味知らなきゃモグリだぜ』
浴びせた冷たい視線も目の前の邪気なき笑顔には効果なく、嘆息まじりに桂花は口に運んだ。
『どうだ!!』
『―――美味しいです』
素材のを生かした繊細な味に桂花は目を見張る。
『だろっ!!作ってる親父が頑固でさ「柢王さまもお並びくださ・・・」ってンなのいいから食え、食え』
満足気に笑い、柢王は次々と桂花に菓子を押し付ける。
並んでいたのか・・・どおりで朝から姿が見えないと思った。と呆れながらも桂花の頬もゆるんでいく。
『最高!!それ一番』
『こないだも言いましたよ』
白い衣装をひきずり桂花は反論する。
『こないだは、こないだ。今は今。コレがホント』
『って次も言うくせに』
あきれた口調を装いつつも口元の笑みを隠すことはできなかった。
黒い水の中、押し寄せる過去を断ち切るよう桂花は瞳を開いた。
思い出は風化する。だが魔族の記憶に劣はない。遙か昔の出来事すら鮮明に再生してしまう。
李々なら消し去ることができるだろうか。
思ってはみても、唯一残された柢王の軌跡を失くすなど桂花にできるわけもなく。
―――――『絆なんてものはけして信じてはいけない』―――――
繰り返し唱えた李々の言葉が甦る。
李々は正しかった。吾が従順であればこんな辛い思い、いや、此処に居ることすらなかったろうに。
・・・だが、やり直すことができたとしても吾は間違いなくあの手を取るだろう。差し出され、そして最後に残されたあの腕を。
黒い水の中、桂花は柢王に身を寄せる。
腕から再生された器だけの身体に。
そして優しく微笑みかける。彼が好きだといった表情(かお)で。
音も光りも愛をも伝わることのない恋人を胸に抱き、
泣きたい時に泣けなかった、里親と同じ路をたどりながら・・・。
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