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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.25 (2006/10/14 12:55) title:春夏秋冬 生けとし生きるものへ
Name:しおみ (177.101.99.219.ap.yournet.ne.jp)


 柢王は、女の名前は一度で覚えても、花の名前などまったく覚えない男だ。
 そんな男が花街警護の帰りに、うきうきと腕一杯の花束を抱えて戻れば、誰だって浮気を疑う。
 桂花は凍るような瞳で、嬉しげにその花束を見せた柢王の顔を仰ぎ見た。
「きれいだろ、春の花だぜ」
 笑顔で差し出すそれは、純白の花弁を開かせた種類様々の花々。甘い香りが部屋中に広がる。
 桂花はそれに、ええと答えた。たしかに、それは春の花だ。
「ええって、それだけ?」
 柢王が、がっかりしたように尋ねる。桂花は冷ややかに、
「あなたが春の花だと言うから、返事をしたんですよ。柢王、どうしたんです?」
 桂花は美しいものはきらいではないが、特に花に関心があるわけではなかった。
というより、桂花の植物への関心は、それが食えるかとか薬になるかとか、サバイバルに関する事が中心なのだ。
「どうしたって、記念日だからさ。おまえが気に入ると思ったのに」
 柢王が面白くなさそうに唇を歪める。
「記念日?」
 首を傾げた桂花に、
「俺たちが出会った記念日」
 柢王がきっぱりはっきり言って寄越した。桂花は目を見開いた。柢王はその顔を見て、
「やっぱり、おまえ、覚えてなかったな」
「だって、柢王、そんな・・・・・・」
 桂花は慌てて首を振った。
 人間界で柢王と出会ったのは天界の時で二年前。小さな島国がいろとりどりの春の花で彩られていた時期の事だ。
魔族退治に来ていた柢王に出会い、天界に連れて来られて、傍らで暮らし、様々なことを経て、いま桂花は柢王の
恋人として、東領元帥の副官として存在する。
 そのきっかけになったのは、たしかに、最後に月を見たあの夜。柢王に出会った日のことなのだが。
「魔族には記念日を祝うような習慣はないんですよ、柢王」
 魔族には歳月に関心はない。自分がいくつかさえ、桂花は知らない。時間の概念も存在の価値観も天界人とは違うのだ。
 だから、と、慌てていいかけた桂花に、柢王は笑って首を振った。
「いいっていいって。おまえがそういうのは気にかけないだろーなとは思ってたからさ。ま、だから、俺が先に祝う
んじゃんか。今度の時は、おまえも祝ってくれるよな」
「今度?」
「そ。来年もその先も、俺たちが一緒にいる永遠、ずっと」
「ずっと・・・」
 桂花は呟き、柢王の顔を見つけた。
 瞳をきらめかせてこちらを見守っているその笑顔。
 魔族は、命に関心がない。ただいまその場に存在する、それを全てにしてきた自分に、望むこと、命を想うことを
教えてくれた人。
 かれは、この先もずっと一緒にいようと、この運命が生まれた日を祝ってくれるのだ。
 桂花の頬に笑みが浮かんだ。
 百の花束よりも、その優しさが嬉しいけれど。
「ええ、柢王。来年は吾もお祝いしますよ。きれいな花ですね」

「桂花っ」
 呼ばれて、桂花は振り向いた。
 吹く風がきらめく草原をゆらすモンゴルの遅い春。足元に広がる小さな花々。走って来た子供が満面の笑顔でその右手を
差し出す。春の、白い花をつけた小さな野草。
「今年、初めての花だぞ、きれいだろう」
 誇らしげにそれを差し出す笑顔に、桂花は、一瞬言葉をなくした。
 が、
「きれいですね、カイシャン様」
 すぐに微笑み、そう告げた。
 そう、今度はすぐにきれいと言える。心から。

 春の花は、春の命。
 それを愛しむ心は、命を愛しむ心だと、いまはもう知っているから。


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