投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
さらさらと水が流れる地下の王国。
美貌の主の支配する、その昏く謎めいた場所には、地上では想像もつかぬ危険に満ちた秘密が、隠されている。
前庭に掲げられた篝火が、煉獄の焔のように赤く視界を彩っている。
漆黒の支柱に金を施した豪華な屋形。きざはしにしつらえられた縁台では、数人の美しい侍女たち(享年推定20代前半)が緊迫の
笑み浮かべながら、脇息にもたれ、杯傾ける主の顔を見つめている。
と──、
手にした金扇ゆらめかし、金黒色の瞳細めた美貌の主が、ふいに、いきなり、何の脈絡もなく口を開いた。
「守天が転ぶと、しゅってんころりぃ〜〜」
ころりぃ〜ころりぃ〜…。
ピッキーン! と、凍りついた空気の上をどこまでも転がる、滑りのよいギャグ!
しかし、待ち構えていた侍女たちはいっせいにどっと笑い崩れ、
「まあ、いやですわ、教主様ったら!!」
「そんな面白いことおっしゃるなんて!」
ホホホ、オホホ、オホホホホホ!
響く笑いに、主は金扇揺らして得意げに、
「いやなに、そんなたいしたギャグでもアルマジロ?」
南米どころかシベリア生まれのだめ押しに、またまた侍女たち涙浮かべて高笑い。
地獄の沙汰は全て主の機嫌次第。この世ではギャグを拾うのも、常に命懸けだ。
纏わりつく霧に閉ざされた地下の王国。
見事な調度の屋形の奥の一室。
金銀彩なす贅沢な装束の数々。その手の込んだ見事な刺繍は深い緑の浮き唐草か。
と見るに、通りかかった侍女のひとりが肩を竦めてため息ついて、
「また衣装係が湿気取りを忘れたのね……」
呟いたとたんに屋形のどこかで女の悲鳴とシュボッ!と何かが燃え尽きた音。
冥府はいつでも低温多湿。カビ取り忘れが命取り。
黒い湖が昏くたゆとう地下の王国。
松明を掲げ、その水の側を通り掛かった亡者の体が、ふいにボッと焔に包まれ燃え上がる。
「ああ!教主様がお怒りだ!」
「お許し下さい、教主様!」
畏れおののく亡者たちが、不興の主に赦しを乞うて叫んでいるその頃──
当の主は高殿の一室に美女の膝を枕に夢心地。
あまりに深く掘りすぎて、時に天然資源の湧く地底の王国。
パイプラインで大儲けする日は、果てしなく遠い。
漆黒の闇に閉ざされた地下の王国。
綾目も分かたぬその絶対の闇のなかに、ふいに差した一条の銀の光。
鋭い悲鳴を上げて顔を覆い、悶絶する美貌の主に、とまどい戦く亡者たちの脳裏に、ふとひらめいた危険な作文。
『もぐらはひかりによわく、たいようにあたるとしんでしまいます まる』
時が時でなければ自分が死んでしまいます!
死んだ後まで命の危機に怯えるとは、実に気の抜けない世界だ。
光届かぬ地下の王国。
そこでは亡者たちが、こんなことなら死ななきゃよかった、との心の想いに蓋をして、今日も一生懸命、生きています──
守護主天…と、いう名の病──
窓際にたたずむ麗人の口もとに、ふと、薄い笑みが刷かれたのは、何か言いたげな顔をした若い男が、しかし、肝心なことは何も
言いきらぬままに部屋を出て行った直後。窓の外に、光広がる午後の執務室でのことだ。
あられもない薄絹の乱れもついに正さぬままで、気まぐれにあしらうようだったかれの態度を、どう思ったことか。
出て行った青年の瞳にあったのはとまどうような気遣いと、もどかしいような若い悔しさ。
かれだけが、そんないつわらなさで麗人の前に立つ。
この世のすべてを司る、最高位者への畏怖も忌憚も、そしてあの、どうしようもない苛立ちを生む、暗く烈しい情念抜きに──。
「だから、おまえには触れさせない──」
つぶやいた、人の瞳は、己が生み出すとされる光のただなかで、万華鏡のように、ふしぎな影を宿している。
この世にたった一人。
この世のすべての光、すべての希望を生み出すとされる絶対者。
生まれながらにして、サンクチュアリと同じ条件を求められる至高者。
白く。完全に白く。
一点の汚れもない、絶対の純白さを求められているその身が、あられもない情事にうつつを抜かし、情人たちを振りまわしているさまを、
出て行った男の瞳がどう映すかと見たものか──
たたずむ人の瞳はふと、足元にわだかまる影を見つめて、
「おまえには、理解させたくもないけれどね──」
この世に、光しかなければ、そもそも守天など必要もない。
少しずつ汚れ、少しずつ曇り──生きているものが影を必要とするのは、容赦もなく真実を暴き立てる、その狂気に近い純白さに
耐えることができないからだ。
その矛盾を理解しながら、それでも自らの役割を果たすだけだと、言い切れる強さが、あるのならきっと楽だっただろうに──
自らが生み出す光が強くなればなるほど、その向こうに広がるまばゆい闇の強さに心が惹かれる。
その弱さ、その脆さ。そして、自らの暗い想いの結末を、誰かが確実につけるその戦慄、その苦さ、さみしさ、孤独。
そこから逃げ出すように、誰かを求める。
その想いがいつか相手を、そして自らを、死に至らしめるとわかっているのに、
(いっそ、一筋の光も届かない闇のなかで、私を愛して──)
この光の中から、救って欲しいと望んでいる──
「だから、おまえには、触れさせない……」
この狂気を孕んだ守護主天という病の核心までは、決して近づけさせない。
その想いの強さだけが、いまこの世界に光を生み出している。
「私が治してあげようか?」
寝つけず寝室を出ると、少し離れた廊下の隅で使い女がふたり、立ち話をしている姿が目に入った。近づけば、使い女のひとりが「胸が苦しい」と使い女仲間に話す声が聞こえ、幼い守天はそっと声をかけていた。
「守天様…! 申し訳ございません、お気になさらないで下さい。…そんなことより、なにか御用がおありだったのではございませんか?」
「別に用ってほどのことじゃ…。苦しいのは大丈夫? 痛くはないの?」
真剣に気遣ってくれる守天に、仲間の若い使い女の口元がほころぶ。
「本当に大丈夫ですよ。この娘が苦しいのも痛いのも、それはある意味喜びなのですから」
「…苦しくて痛いのが、うれしいの?」
「苦しくて痛いのはもちろんつらいですが、それだけではないんですよ」
小首を傾げ要領を得ない表情の守天に、ふたりの使い女はささやいた。
「守天様も、もう少し大人になったら分かります」
「ええ。胸が苦しくて、痛くて、でも……それだけじゃない気持ちが」
「ふうん…」
「さ。御用を仰って下さいませ。…あとでなにか身体が温まるものをご用意致しましょう」
「うん。…あ、それでね、明日の入学式に持って行くものなんだけど、」
使い女に促され、ともに部屋へと歩を進めながら、守天の思考はすでに明日へと飛んでいた。
「もう五日も前から御用意してありますよ」
「いよいよ明日ですね」
よほど心が逸るらしい守天に、使い女達が笑みで答える。
「うん。どんなところかな……。友達、できるかな」
だがいよいよ明日となれば期待ばかりではないらしい。守天の口からも不安がこぼれた。
「…友達、ですか? それは…」
「も、もちろんですとも! 守天様と親しくなりたくない者など、この天界に唯の一人もおりませんよ」
幼いとはいえ、この世界の最高位である守天に『友』を望むことは厳しいだろうと一瞬口ごもった使い女を制し、もう一人の使い女が殊更優しげにそう答えた。
「………」
「大丈夫ですよ」
少し戸惑い気味に微笑む使い女と、力強く言い切るもう一人の使い女を交互に見ながら、幼くとも聡い守天の心に諦めと言葉にならなかった思いが沈んだ……。
「やい! ティアランディアってどいつだ」
入学式のあと、無事組分けも終わり教室で歓談していたときのことだった。
突然呼ばれた自分の名前に、守天は驚いた。『守天様』ではなく『ティアランディア』と、しかも乱暴なことに名前を呼び捨てにされたのだ。
「どいつだ! おまえかっ?」
当てずっぽうで指差され、泣きだしてしまった女子もいた。
「けっ! 泣き虫。ティアランディア・フェイ・ギ・エメロード? へーんな名前!」
守天は、自分を取り巻いていた女子の輪をかきわけて前に進み出、声の主に近づき「私だ」と答えた。
瞬間、目の前の乱暴な少年が息を止め、自分を見つめてきたかと思えば、
「俺はアシュレイ・ロー・ラ・ダイ。南の王が俺の父上だ。その名前つけたの、おまえの父上?」
八重歯を見せて、微笑んだ。
それが、アシュレイと交わした最初の言葉だった。
その後、紆余曲折を経て、守天は『守天だから』ではない、『ティアランディア』としての友を得る。
『守天だから親しくなりたい』のではなく、『ティアランディア』だから得ることのできた、初めての友。
――― そして数年後。
守天は、手光でも聖水でも治せない苦しみや痛みがあることを、知ることになる……。
終。
Wow!!! Good job. Could I take some of yours triks to build my own site?
** 一部、プレノタートのネタバレがありますのでお気をつけ下さい **
なにかにつけて記念日をつくる。
そんなことは、浮かれた女子が勝手につくり勝手に祝うものだと思っていた。
「・・・なんだって?」
「だからね、この前の苺 記念日のときに―――」
「ちょっと待て。その苺 記念日ってなんだ?」
「え?やだな、苺 記念日っていったら、変化した君がドレスを着て私と踊った日じゃない。公衆の面前でプロポーズしたのに、忘れるつもりなの?次の日の朝なんて、初めて君のかわいいお口が私の・・イタッ」
品の良い顔にいやらしい笑みを浮かべながら、指を絡めてくるティアをつい殴ってしまったのは、仕方のないことだろう。
しかし、変態な恋人は頭をさすりながらセクハラ発言を続ける。
「あの朝のバースデープレゼントには興奮したよ」
「プッ、プレゼントじゃねぇし!!」
氷暉が聞いているというのを知っているくせに平気でこういう事を言うティアの神経を疑う。羞恥のカケラもないのか。
まるで氷暉に聞かせるためのように、それからもあの記念日がどうの、この記念日がどうのとうるさい。
「おまえ、そんなくだらねーことでいちいち記念日なんかつくってたら、一年が全部記念日で埋まるぞ」
呆れ口調で言うと、「ステキだね!君との記念日が一年中だなんて♪」 と、まったくイヤミが通じない。
「でも、なんと言っても私にとって印象深いのは『岩場記念日』だよ。あの時はすごく寒かったけど君の肌はあたたかくて、君の中はもっとあた・・モゴッ」
すごい勢いでアシュレイに口をふさがれたティアは、息ができずにもがく。
「それ以上しゃべったらマジで殺すぞっ」
うんうん、と頷いた口を解放してやると、ティアは部屋中の酸素を吸い込むように喘いでから、恨めしそうな視線をむけた。
「ひどいよ・・・・君は私を殺せるの?」
酸素不足のせいなのか、本気で悲しんでいるのか、瞳いっぱいに涙をためこんでいるティア。
「私はなにがあっても、どんなことをされても、君を殺したりできないよ。君が息をしなくなるなんてこと、考えただけで気が狂いそうだもの」
うなだれながら切々と訴えるティアに、居心地がわるくなるアシュレイ。
「悪かったって・・・・本気にとるなよ。俺だっておまえがいなくなったりしたら、どうにかなっちまう」
その言葉に瞳を輝かせ、ティアは愛しい体を包みこんだ。
「どうにかなっちゃうなら・・・・私の寝台でどうにかなっちゃって?」
「・・・・・・・はあっ!?」
やわらかい声でささやかれて、ついその言葉の意味を理解するのに時間がかかってしまった。
「放せ、バカッ!!」
アシュレイはとっさにティアの脇腹にケリを入れると、瞬間移動で自室へ逃げていった。
《 で?岩場記念日ってなんだ。俺が知らないということは共生する前のことだな 》
部屋についたとたん、氷暉が待ってましたとばかりに問いかける。
「そ、そんなこと、知らなくていいっ」
《 お前の肌があたたかかったと言っていた 》
この時点で、アシュレイは必死になって「あの時」を思い出さないようがんばった。
《 岩場ということは外だな・・・・・寒かったけどお前の肌があたたかく・・お前の中はもっと・・・なるほど 》
氷暉がニヤリと笑った気がして、アシュレイはわめく。
「うるさいっ!勝手にヘンな想像すんなよっ?!」
思考回路を切ろうとしたつもりなのに、ますます記憶が蘇りアシュレイは慌てた。
《・・・・・・・・》
「人の頭ン中読むなって言ってんだろっ!おい聞いてンのか、氷暉!」
《・・・・・・・・・》
「コラ――――ッ!!」
真っ赤になって、さわぐアシュレイをよそに、氷暉は「岩場記念日」の記憶を読みとってしまった。
《 ふん、人界でな。寒いのによくやる 》
「わーっわーっワァァァァ――――――!!」
両耳をおさえて走りだしたアシュレイに《耳をふさごうが逃げようがムダだろ。お前の中にいるんだぞ》と笑った氷暉だったが、体の主には届かない。
ゼェゼェ息を切らし、やっと足を止めたアシュレイは、次の氷暉の言葉にめまいを覚えた。
《 俺との記念日もつくるか。蛟記念日・・・は、おまえにとっていい記念にはならないな。そうだな・・・・これから風呂にでも入って、かわいがってやろうか。風呂場記念日 》
「・・・・ビンテージの聖水記念日ってのもいいかもな」
そんなことをしたら、ビンテージの聖水を飲んでやる。と、脅しをかけたつもりだが、氷暉はかるく聞き流していた。
「また氷暉殿と話してるの」
「ティア!?」
とつぜん背後に現れたティアに距離をおくアシュレイ。
「禁縛記念日をもう1日増やそうか」
「アホかっ」
「・・・・・分かってよ。君が好きで好きでたまらない。君に関しては氷暉殿になにひとつ譲るつもりはない」
譲るつもりも何も、共生したからには既に自分だけのアシュレイではなくなってしまったけれど・・・けれど、やはり許せないのだ。
恋人の全てを独り占めしたいのに、自分では知り得ないアシュレイの本音を、氷暉はただ存在するだけで完全に把握してしまえる。
それがくやしい。
「そんなに氷暉がうらやましいのか」
「・・・・・」
「氷暉は実体がないんだぞ」
「・・・分かってるよ」
「そうやって拗ねたって、こんな風に・・・・甘やかされることもないんだ」
言うとアシュレイはデカンタを手にし、ひとくち含んでからティアを抱きしめる。
「甘やかしてくれるの?」
「もう少し待て」
「甘えんぼ記念日?」
「くだらねぇ」
どう諭されてもシットしてしまうけれど。
精一杯のアシュレイの気持ちに応えるべくティアは恋人の体を抱きかえす。
実体がなければできないこと。
恋人でなければできないこと。
アシュレイは自分が彼を殺したということもあり本気で気の毒に思っているのだろう。
( 同情と愛情はちがうよね )
アシュレイの、氷暉に対する感情を同情だと決めつけたら、「ひとことで簡単に表現できるものじゃない」と彼は怒るかもしれないが、そう考える事で自分を何とか宥める。
「君だけを愛してるよ」
氷暉を含めてアシュレイを愛せると言ったらウソになる。実際、彼が妬ましいのだから。
今夜、もしくは明朝。自分たちの営みをアシュレイから読みとるであろう氷暉。
(せいぜい、出歯亀ればいい)
自分にしかできないことを見せつけてやろうとするティアは、尊い身分の守護主天とはかけ離れた、ただの嫉妬に狂う男なのであった。
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