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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.235 (2008/10/09 21:23) title:小さな願いは危険な香り
Name:ぽち (softbank220002050189.bbtec.net)

「なぁ、アシュレイ。うちの署のために一肌脱いでくれよ」
 柢王は猫撫で声で言いながら、抱えていた箱を無理矢理アシュレイに押し付ける。
「どうして俺(たち)がっっ!」
 赤い髪を逆立てて怒るアシュレイに、ティアはにっこりと微笑むだけで何も言わない。
「ほらほら、桂花はとっくに着替えに行ったぞ。お前はここで着替えてくれるのか? ん? それなら俺はこっから出ていこーかぁ?」
「ばっっバカなこと言ってんなっ!!」
 シャーッと猫のように全身逆立てて怒ったアシュレイは、バタンと大きな音をたてて部屋から出て行ってしまった。
「かわいいなぁ、食べちゃいたいくらい」
「────」
 一度眼科に行って精密検査受けた方がいいんじゃねぇのか と口の入り口まで出かかったが何とか堪えた。ここで何を言ってもきっと聞こえていない…いや耳に届いていないことは毎度のことである。
「あんなに怒るとは…、後で宥めとけよ ティア」
 フォローは任せたぞと、正面に座った署内最高責任者に振る。
「うん、任せておいて! あっ、君の前でアシュレイに生着替えなんてさせないからね! 柢王」
 そういえばどんなデザインの服を用意したの? と問われても柢王はニヤッと意地の悪い笑みを浮かべて答えない。ティアはこの先どうなるかわかっていなかった、柢王の用意した制服がどういう結末を導くかを。
「べっつにー、今更あいつの全身見たってどーってことねぇけどな。それに更衣室で着替えてんの見てる…」
 すーっとティアの視線が鋭くなったのに気が付き、口を閉じる。ガキん頃はしょっちゅう一緒になって水浴びしたりしてたんだからと、続けたかったがぐっと腹の中で抑え込んだ。そういえばガキの頃は気付かなかったが、いつの頃からかアシュレイに近づく全ての連中に冷たい視線を向けてきたティアだ。そんな事を言ったって更に自分に嫉妬することは必至だ。
「絶対にダメだからね! アシュレイを見ていいのは私だけなんだから」
「はいはいっと」
 人一倍ヤキモチ焼きのくせにあんな格好させるつもりかと言いたげな視線を向けるが、ティアには見えていない。
 ま、なんとかなるかぁと楽観視した柢王は、自分で発注した衣装を着た桂花の姿を想像し悦に入っていた。

「ホントにこれ着んのか?」
「そうらしいですね」
 女性警察官の制服によく似せてはいるが、標準制服なみにウエストあたりまでしか丈がない上着と、随分と布をケチって製作したようなスカートが箱の中に入っていた。
 清楚なデザインを得意とする署長の手ではない。こういう下世話なデザインを仕上げるのはあの人だ。
「あいつらが用意したんだぞ、ぜってーふつーのやつであるはずがねぇ!」と、箱を開ける前から、全身から熱波を出す勢いで怒りまくっているアシュレイと、絶対零度の怒りを部屋中に広げていく桂花のせいで、更衣室内は暴風圏内突入の気圧配置が出来上がってきていて、他の人が半径5メートル内に近寄れないほどだった。
「しかたありませんね、着替えますか」
 ピタッと冷たい怒りを吐き出すのを止めた桂花が、諦めたような大きな溜め息をはっきりと吐き出し、箱の中の衣装をハンガーにかけていく。
「え? 着んのか、これを」
 アシュレイの表情にはありありと『いやだ』と書かれている。桂花はそんなアシュレイの顔を一瞥し、さっさと自分とアシュレイの制服をハンガーへ広げていく。
「そうです、約束してしまったことですから、きっちりと守りませんと。今回はこの衣装を着ることにしましょう。あの人たちには後でたっぷりお礼をすればいいことですからね」
 復讐は時間をかけてゆっくりたっぷりとすればいいと口は笑ってはいるが、アメジスト色の瞳の奥で白い炎が燃え上がり始め、止まったと思っていた怒気が実はグツグツと桂花の腹の中で煮えたぎっているのを見定めてしまい、キケンだと瞬時に察知したアシュレイは逃げろと、頭の中では判断を下しているのだが、メデューサに見つめられたかのように身体が石のよう固まってしまって動けない。
「さ、アシュレイ殿。着替えながら復讐の手順でも考えましょう。あらゆる手段を用いてもいいんですよ」
「おおおお、おいっ! けっ桂花!」
「吾一人にこのような格好をさせて、晒しモノにするつもりですか? 貴方はそんな冷たい人ではないですよね」
「でっ、でもな、よーく考えてみろ、女装だぞ。お前は元がいいし似合うからいーけど、俺はぜってぇ似合わねぇ、それにそんな格好したの他の連中に見られたら、腹抱えて笑われる…」
 なんとかして、着替えるのをやめようと提案するが、そんなアシュレイを桂花はにっこりと氷の微笑みを浮かべて囁く。
「そんなに心配しないでください。絶対貴方だと判らないように仕上げますから」
 誰が見ても判らなくしてしまえばいいとサラッと答える。
「…ホントに俺だってわかんなくしてくれるか?」
 瞳に軽ーく涙を浮かべたアシュレイは子どもの様に上目使いで桂花を見上げる。対照的に桂花は大人の余裕と自信に溢れた表情で大きく頷いた。
「吾の腕にかけて!」
 桂花の表情から絶対大丈夫だと読み取ったアシュレイは、コクンと頷き 着ている制服のボタンをはずしはじめた。

「しっっ失礼しましたっ!」
 アランは、バタンと勢いよく入り口を締め額に浮かんだ汗をぬぐう。
 中では女性職員が身支度をしているところで、驚いたようにこちらを見ていた。どうしよう……。たらたらと冷や汗が背中を伝っていく。
 すぐさま謝らなければ! と大きく息を数回吐き、はたっと気づいたように入口の表示を再確認する。何回確認しても『男子更衣室』と表示されているし、そうとしか読めない。アランは丹田に力を入れ、中に入ることを決意した。
「申し訳ありませんっ、入ります!」
 再度、ドアを開け中に踏み込む。中にいるのは女性の筈がないと思いこみながら。
「どうしたんですか? アラン」
「えっっ、桂花殿??」
「アランっ?」
 聞き覚えのあるこの声は…
「ああああアシュレイ様ぁ?」
「なんて声出してんだよっ! さっさと閉めろ!」
「はっはいぃっ」
 あわてて入口を閉めゴツンと頭を扉にぶつける。アシュレイたちだとは思わなかった。見事に化け切っている。いつもはねまくっていて肩ぐらいまでしかないアシュレイの苺色したくせ毛が魔法をかけられたように背中を隠すように腰まで伸びている。
「アラン、どうですか? すぐに分からなかったでしょう」
 にっこり微笑む桂花も全然違う人になっている。白絹のようなあの長い髪が黒く、そして襟足位までしかない。
「はい、声を聞くまで女性だと思ってました、まさか貴方がたとは思いませんでした…」
 椅子に座って化粧を施されているアシュレイの姿。普段の制服の色より鮮やかな瑠璃色の上下。制服の下から覗くように見える白いブラウスと、短いスカートからのびる細い足が周囲に見せつけように出ている。
「髪は…カツラですか?」
「いや、エクステとかゆってたよな」
 桂花殿は? と尋ねると、「吾は鬘ですよ、染めている時間もなかったですしね」 と軽く返答をもらった。
「服のサイズ、ピッタリですね」
「どーせ、あいつらのことだ。俺達の身体測定時の記録、勝手に見たんだろ」
「スカート丈短いですね」
 太腿半分は確実に見えてしまいそうですね と言いたかったが、瞬間 2人の眼光が鋭くなったのを感じてピタッと口を閉ざした。
「これスカートじゃねーぞ。でも、ホットパンツより丈が長いんだよな、何て云うもんだろ」
 ほら、とスカート部を持ち上げ、分かれているところを見せる。でも、しゃがんだりすると丸見えになっちまう と、眉間に皺を寄せているアシュレイに、アランはスカートを持ち上げないでくださいぃぃと顔を真っ赤にしてアシュレイの手を下げようと躍起になっていた。
 2人のやり取りを聞いて笑いをこらえている桂花から「キュロットのようですね、巻きスカート風になっていますし」と教えられた。
「あっあの、スッストッキング穿いてらっしゃるんですか? まさかそのままってことは…」
「穿くわきゃねぇだろ。締め付けられてるみたいだったし、すぐに伝線しやがったし。でも、靴下はいてるぞ」
 ほれ、と椅子の上に足をあげて、制服の色に合わせたハイソックスを見せつけてくれる。
 素足で動き回るんですか? 危険ですっ! 近くにストーカーを呼び寄せるつもりですか!! とアランは叫びたかったが、ぐっと我慢した。桂花に視線を移すと、吾も穿いてませんよとにっこり言われてしまい、くるくるっと貧血を起こしそうになってしまう。
 署内で『白の牡丹、赤の芍薬』といわれるほど、黙って立っていれば誰もが見とれてしまうと称されている2人だ。
 日増しに綺麗になっていってると、署内や近くの商店街でも噂がたつほど。きっと恋人ができたのだろうと、勝手な噂が流れているのを本人達は気付いているのかいないのか。
 そんな話もあってついこの間も、怪しいカメラ小僧が署周辺にうろついていたばかりなのだ。それも1人や2人ではなく10人近くも。本人達が気づく前に、署内の職員が手分けして駆除したばかり。
「アラン、すいませんがここの窓の外に吾たちのミニを用意してもらえますか」
「ま、まさか…」
「ええ、そのまさかです。このまま今日の講習会へ行ってきます」
「そっそれはやめてください! だって貴方がたの講習先は男子校…」
「出かけたら、柢王に報告しておいてください。吾たちはこの格好のままオオカミの群れに出かけましたと」
「!!」

 ところ変わって署長室。柢王がこちらにいると聞き、空也とアランはそろって署長室に入って行った。
「えええー、出かけちゃったのぉ?」
 ぐずぐずと机に崩れていくティアに空也は2通の封書を提出した。
「桂花殿から預かってきました。お二人に渡すよう言われましたので」
「桂花から?」
 机に置かれた封筒を柢王はすっと1つ取り中身を出す。出てきたのはアシュレイと桂花のコスプレ写真。
「やっぱ、似合ってんじゃねぇか」
 ほら見てみろとティアを唆す。ティアも封書から取り出し、2人の細い脚が隠れていない姿にびっくり!
「こんな格好させたのー? いくら華やかでも、もう少し大人しい格好をさせたと思っていたよ」
 ここで着替えさせればよかった… と悔やむティアに、柢王は写真の桂花にご満悦だ。
「実物は帰ってきてからでもいっか。これなら他のとこに負けねぇだろ」
 これで俺達の署が美人コンテストでも確実にトップになれるとホクホクしながら、写真を片づけていく。
「こんな格好じゃちょっと屈んだだけでも、可愛いお尻が丸見えになっちゃうよ♪」
 嬉しげに写真を見つめる2人に、アランは柢王の方を向いて桂花からの伝言を伝える。
「柢王様に桂花殿よりの伝言です。桂花殿とアシュレイ様はその格好のまま、予定通り、冥界高校の『秋の交通安全講習』へと出掛けられましたので、報告致します」
「あぁ、……っておい!」
「冥界高校って男子校…」
 2人の顔色がみるみる蒼く変わっていく。そんな様子を横目で見ながら、空也とアランは気付かれないように部屋を出ていく。
「おい、本当に行ったのか? あの学校」
 アランの心配そうな表情に、空也はにやりと笑みを浮かべて答える。
「桂花殿がそんなことに手を抜くはずないだろ、あの2人が行ったのは文殊幼稚園、例の学校には別の連中が行ってる筈だ」
 俺もさっき他の連中に聞いたんだと、鼻の頭をかきかき苦笑いを浮かべる。
 それにあのプリントアウトされた写真があと数時間後には粉々に砕け散り、跡形もなくなってしまうことを預かった際に桂花から聞いた。
 自分たちと写したポラロイドだけがいつまでも残る唯一の品。自分たちにとって宝ではあるが、他の連中(特に例の2人)に見つかったら……。
 それよりも全ての証拠を隠滅するためには手段を選ばない桂花に2人は、敵に回さなくってよかったと心底思っていた。


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