投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
「困ったもんだな。」
「困ったもんですね。」
やつらだよな。」」
「「ほんとに困った ・・・・・・・・・・同時に溜息をつく二人だった。
人たちですよね。」」
うららかな午後、磯○家に集う若妻のおしゃべりタイム。
なぜか表情には陰りが見える。
顔を合わせているのは磯○アシュレイと入○桂花。
アシュレイの従兄の奥さんである桂花は、今ではすっかりアシュレイとその母李々と仲良しだ。
今日も李々お手製のちらし寿司の作り方を教わりにやってきていた。
レシピも教わり一段落ついたのでアシュレイとおしゃべりをし始めたのだが、互いの夫の話になり、話の雲行きが怪しくなっていった。
「ママ、冰玉と公園に行って来てもいい?」その時アシュレイの子供が桂花の子供の手をつないでやって来た。
「おう、いいぞ。でももうすくおやつだからな、すぐ帰って来るんだぞ。」
「冰玉、ジュニアの言うことをちゃんと聞くんですよ。」
母親たちがそれぞれ子供に声をかける。
「「はーい♪」」
子供たちは嬉しそうにかけて行った。そして母親たちの話は続く。
「最近チビティアのやつ物語に興味持っててさ、毎晩寝る前に読んであげてるんだけど。」
「へえー。さすがですね。見かけだけでなく中身までそっくりなんですね。」
桂花に他意はなく、思ったことを口にしただけ。面白くはないがその通りなので、アシュレイも反論はしない。
「まあな。俺は本読むの苦手だし…。それで昨日も読んでたんだけど、そしたらティアのやつが部屋に入ってきてさ。『私にも読んで』って言うんだぜ。」
「家もそうです。子供の足の爪を切ってあげていたら、夜、『俺にも〜』とか言ってきて。しかたないから膝の上で耳掻きしてあげましたよ。」
その時の旦那のしつこさを思い出し、桂花は苦虫を噛み潰したような顔になる。
「俺もさ疲れてたんだけど、『昔は二人で一緒に読んだりしたよね』とか言われてさ。しゃーねーから読んでやってたら、イタズラしてきやがんだぜ!」
「イタズラ―?」その言葉に桂花は片眉をピクリと吊り上げる。
「ああ!やめろって言ってもきかなくて、け、結局、その、読めずに終っちゃたし。」怒ったり赤くなったり、目まぐるしく表情が変わるアシュレイ。
「ガ、ガキみたいだよな。まったく!」
それはガキというより○○○○と言うのでは・・・と心の中で桂花はツッコんだ。
「お前んちはそういうのないのか?柢王はしないか?昔は俺と一緒に色々悪さしてたんだぜー。」ニヤッとしながらアシュレイは聞いた。
無表情を装いながら桂花が答える。
「確かに柢王もよくイタズラしてきますよ。時々付き合ってあげてますけど。」
そう、桂花の夫もアシュレイの夫と似たようなことをする。ただしそれはお互い合意の上のお遊びだ。
「だろー?」やっぱりな、とアシュレイは笑った。
(私は知っていて遊べますけど、貴女は違うでしょう?)無垢というより無知過ぎる義従妹を心配しながらも、この夫婦に若干引き気味の桂花である。
それからしばらくは柢王の下宿時代の思い出話になり、桂花の知らなかった、まだやんちゃで子供な柢王の話で盛り上がったりした。
「あれ?そういえばチビ共遅いな。」ふと、アシュレイがつぶやく。
「そうですね。もうとっくにお腹を空かせて帰って来てもいい頃なのに…。」顔を曇らせて桂花が答える。
にわかに不安が心に広がっていく。母親たちは、急いで公園に向かった。
玄関を出てすぐにジュニアのお友達のリ○ちゃんが、アシュレイたちの来た方に走ってくるのにぶつかった。
「リ○?どうしたんだ!?」自分の名前を呼んだ人に気がついて、リ○ちゃんはアシュレイたちのほうへやって来た。
「あ、おばちゃん!大変なの、公園に大きい犬がいるの!」リ○ちゃんは、必死にアシュレイと桂花に伝えた。
「何ですって!?」それを聞いて真っ青になっている桂花に、「桂花、俺先に行ってる!」それだけ言うと、アシュレイは二人を置いてどんどん走って行った。
あっという間にアシュレイが公園に着いた時、小さな公園の中には二人と一匹しかいなかった。
小さい子がもっと小さい子を必死で背中に庇っている。その子供とほぼ同じ大きさの黒い犬が、向かい合わせに立っていた。
「冰玉、大丈夫だからね。」一生懸命後ろの子供に声をかけるジュニアだが、よく見ると腕や足が震えているのがわかる。
その姿を見たアシュレイは頭の中が真っ白になった。
ようやく桂花が公園に着くと捕物はすでに終っていて、アシュレイの足元には、大きな黒い犬が四足をダランと伸ばし転がっていた。
「ばぶう!」「冰玉!」涙を浮かべて母親の元へ駆け寄ってきた子供を、しっかりと抱きしめる桂花だった。
「桂花、安心しろ。チビ共は無事だぜ。」かかかっと笑うアシュレイに桂花が尋ねる。
「これは貴女が?」と、いつの間にか雑草のツタやそこら辺にあるヒモを使って、縛られている犬を指す。
「ああ、まあな。」
「ありがとうございます、アシュレイ殿。」心の底から感謝の意を述べる桂花だった。
「立派だったぜ、冰玉。よく泣かずに我慢したな。」アシュレイは冰玉の頭を撫でる。そしてくるっと振り返ると、傍に立っていた自分の息子の頭も撫でてやった。
「チビティア、お前もよく頑張ったな。頑張って小さい冰玉守ったんだろ、偉いぞ!」そう誉めてやると、ジュニアは「ふぇーん。」と咳を切ったように泣き出し、母親の膝に抱きつく。
「よしよし。」そんな我が子をアシュレイは優しく抱きとめ、ずっと背中をさすってあげてやるのだった。
その後。
あまりに緊張し過ぎた反動か、チビティアはいつも以上に母親にべったりとくっついていた。
夕食の支度をしていても、母親のエプロンの裾をつかんで離さない。
食事をしていても食べさせてとアーンする。
もちろんお風呂も一緒。最近は弟妹かお祖父ちゃんと入ってくれていたのに、しかたなくアシュレイは順番を早めて入ることになった。
とにかく早く寝かそうとチビティアに絵本を読んでいると、仕事から帰って来たティアが部屋に入って来た。
「あ、パパ!」
「おかえり、ティア。」
「ただいま。」
にこにこと笑っている我が子と、今朝よりもやつれたように見える愛妻が布団に寝そべっていた。
「ティア、ちょっとチビ寝かしつけといてくれよ。俺、母さんの手伝いしてくっから。」
「え〜、私も今帰ってきたところなのに?」
今日は玄関に出迎えてもくれないと、内心ティアはご機嫌斜め。
「頼む。ずっと任せっきりなんだ。お前のご飯の支度もしてきたいし。」両手で顔の前に拝まれ上目遣いをされると、ティアは何も言えなくなる。
「わかったよ。」
「サンキュ。」そそくさとアシュレイは部屋を出て行った。
「さ、ジュニア。ママは用事があるから、今日は私が読んであげるよ。」
ジュニアの隣に寝転びながら、ティアは絵本を開いて読み聞かせをしようとすると、子供がぐいぐいとティアのワイシャツの袖を引っ張る。
「ん、何?」
「あのね、パパ。今日ママ凄かったの!」チビティアは目をキラキラさせながら、父親に今日あった出来事を話し始めた。
「僕が冰玉と遊んでたら大きな犬が現れたんです。ビックリしてどうしようと思ってたら、ママがやって来てその大きい犬をガツンって殴ってやっつけたんですよ!!」
「ママ、とってもカッコ良かったなー。」
うっとりと話す子供に、アシュレイらしいと嬉しく思いながら、ティアはさすがママだよね、と同意した。
「僕決めました!」
「何を?」まだ微笑みを浮かべているティア。
「将来ママを僕のお嫁さんにします!!」高らかに宣言するジュニアだった。
ティアの表情がすーっと無くなる。
「…コホン。あのね、ジュニア。ママはパパのお嫁さんだから、君のお嫁さんにはなれないんだよ。」
ティアはわざとらしく咳払いした。
落ち着け相手は子供だ、しかも自分の子だ。そう言い聞かせて動揺を隠そうとする。
「どうしてですか?ママは僕のこと好きですよ。」きょとんとしてジュニアは言った。
「好きには色々な種類があるんだよ。君を好きという気持ちと、パパを好きという気持ちは別なんだ。」
子供相手にあしらうことも出来ずに、真面目に答えてしまうティアだった。
「そんなの、僕が大きくなったら変わるかもしれないでしょう。」ジュニアもなかなか負けていない。
ティアの頬がひくっと引き攣る。
「それじゃ理由を言ってあげよう。一番の理由は君とママは血が繋がってるから、結婚出来ないということなんだよ。」
「血が繋がってるから?僕はママと結婚できないんですか?」ジュニアはショックを受け、ぽろぽろと泣き出してしまう。
「えっと、ジュニア。つまりそれはね・・・・・」ティアがどう宥めようか迷っていると、ガラッと襖戸が開く。
「どうした、チビティア!」血相変えてアシュレイが部屋に入って来た。
「ママぁ。」ふぇ、ぐすっと泣きじゃくる息子を抱きしめると、ティアをキッと睨みつけた。
「もう何やってんだよ!寝かしつけてくれって言ったろ!?」
「わ、悪かった、アシュレイ。」降参のポーズをとる旦那はもう放っといて、アシュレイはさっさとジュニアを布団にくるむ。
ティアはすごすごとお風呂場に向かうのだった…。
結局李々に給仕をしてもらい部屋に戻ると、ちょうど眠い目を擦りながらアシュレイが布団から起き上がったところだった。
「あ、悪いティア。お前のご飯・・・」
「それはもうお義母さんにして貰ったよ。ねえ、それより――」
ティアの影がアシュレイの顔にかかる。
「な、何だよ。」焦ってアシュレイは尋ねた。
「それより、君は私の恋人だよね?」
「は?ま、まあそうだな。お前の奥さんだよな。」訳がわからずアシュレイは答えた。
「違うよ、恋人だよ!こ・い・び・と。プロポーズした時言ったじゃない。」
まさか忘れてないよね?とティアが四つん這いのまま近寄ってくるのに、アシュレイは腰を引いて思わず後擦さってしまった。
「あ、ああ。言った。確かに言った。」
ティアの目が座っていて口調があまりにも真剣だったので、俺何か悪いことしたかな、と本気で心配してしまうアシュレイだった。
「じゃあ、もっと私のこともかまって。」
「は!?」今度こそ訳がわからない。
「君さ、ジュニアが生まれてから、私のことなんてどうでもいいと思ってない?」
ようやく夫の不機嫌の原因が明らかになり、アシュレイの気持ちも落ち着いてきた。
つまり自分の夫は自分の子供に焼きもちを焼いているのだ。
「ったく、お前は〜〜〜。」
結婚するまで、なんて冷静沈着な男性(ひと)なんだろうと、外見の美しさだけでなく自分と正反対の中身に惚れたと思っていたのに、結婚してから実はとんでもなく甘えん坊だということに気がついた。
「アシュレイ…。」
どんどん顔を近づけてくるティアの顎をぐいっと押す。
「うざい!」
「えっ!!」
「お前は昼間会社に行ってるからいいけどさ、俺1日中チビティアと一緒にいるんだぜ。しかも今日なんて俺にべーったりくっついてくるしさ。ようやくチビを寝かしつけたのに、今度はお前のお守りなんて出来るか!」
「24時間朝も夜も同じ顔で見飽きた!!」アシュレイはそう言うと、ティアを押しのけてさっさと布団に潜った。
あっという間に寝息を立てている愛妻に、外では眉目秀麗で通っている夫はまだ固まったままだ。
「ア、アシュレイ、そんなあ〜〜〜・・・。」
アシュレイに言われた言葉が頭の中を駆け巡り、いつまでも離れないティアだった。
そして翌日決意する。今度はアシュレイそっくりな女の子を作ろうと。
ある日の昼下がり。珍しく平日休暇となった柢王は居間でゴロゴロしながら桂花の髪を指に巻きつけ遊んでいる。
テーブルの上では電卓を無心でたたき、家計簿をつけている桂花は、柢王を構っている様子はない。
「なぁ、明日どっか出掛けねぇか?」
「ダメです。明日はアシュレイ殿と出掛ける約束をしましたので」
視線を帳簿から離さず、レシートの束をさくさくと片付ける。
「へぇー、珍しいな。で、どこ出掛けんだ? 奥さん」
従妹のアシュレイと仲良くしてくれるのは嬉しいが、夫である自分よりそちらを優先するのは少し…そうほんの少し頂けないだけだ。
「アシュレイ殿とその友人数人と某有名ホテルのプールへ」
家にばかり閉じこもってたら、具合が悪くなるっ! と、普段から買い物とパート以外 外に出ない吾を別の場所に連れ出してくれると言ってくれた。
「ダメダメダメッ! 絶対ダメ!! そーゆーところは俺が一緒じゃなきゃダメだっ」
桂花の水着姿なんて他のヤローに見せたくない一心で反対するが、肝心の桂花は冷たい視線で柢王を見返す。
「どうしてですか? 貴方は仕事柄いろいろな所へ行かれてますし、帰宅前にはどこかで飲んで帰ってこられますけど。吾はそのような場所もありませんし、アシュレイ殿も1人で留守番ばかりしていてはつまらないだろうと連れ出してくれるんですから、別に良いですよね」
友人がそのホテルのオーナーの娘で、無料招待してくれると言ってくれているから心配要らない とアシュレイからの伝言付。
有無を言わさない桂花の言葉にぐうの音も出ない。
「女性ばかりですから、貴方の心配するような事はありませんよ」
冷たい表情から一転、柔らかく微笑まれると柢王もついほだされてしまう。
「女ばっかだからって気をつけろよ」
「はいはい」
クスクスと笑みをこぼしながら、隣の寝室へ帳簿を片付けに向かう桂花に柢王は再度確認。
「なぁなぁ、どんな水着着てくんだ?」
「そうですねぇ…、以前貴方に買ってもらいましたビキニでも着ましょうか。着る機会がないまましまいっぱなしですし」
「!!」
柢王はテーブルの上に無造作に置いてあった携帯電話を握りしめ、慌てた足取りのまま外へ飛び出してしまった。転げ落ちていなければいいと思う勢いでだ。
視線をドアに向けたまま、桂花はぼそっと呟く。
「吾が着るはずないじゃないですか…、馬鹿ですねぇ」
先日パートの帰りに寄った古巣のデパートで手頃な水着を購入したばかり。黒のノーマルワンピースにエスニック柄のパレオがついた普通のもの。
パレオの生地の色が珊瑚色で、珍しく自分でもすぐに気に入って購入した一品。値段もセール中だったのと レジの女性が入社当時から可愛がっていた夾竹だったので社員割引で売ってくれた。
ビキニの水着は柢王が従妹の為に偽装の手伝いをした温泉旅行の際、混浴風呂に入る時は必要と勝手に購入してきたもの。
あの時は、アシュレイ殿と守天殿も一緒で… 自分のサイズを言った事もないし、知らないはずなのに ぴったりサイズを用意してきたのには、心底驚いた。
見ただけでわかるのかもしれない あの人は。
しかし その時言った吾の言葉を覚えていないところも、やはりあの人らしい。あの時も言ったはずなのに「吾はこの手の水着は来ません」と。
柢王が財布を持っていった様子はないし、ここで吾の水着を買って来ようにも携帯では購入不可能にしてあるから大丈夫。
あの人の飲み代だけで結構な額になってしまっているから、そろそろ貯蓄のほうも考えてもらいたい。今はまだでも、そのうち子どもでも出来たら働きに行く事が困難になってしまうかもしれないから。
「少し、脅かした方がいいのかもしれない」
真っ赤になっている家計簿を見せるもよし、子どもが出来たとでも言えば… これはよそう。ただでさえ片付けられない柢王が喜び勇んで子どものものを嬉々として集めだし収拾がつかなくなるかもしれない。
「この帳簿と、あの人の給料明細を同時に見せれば、少しは考えてくれるかもしれない」
これからの事 一緒に考えて絶対幸せになろう と言ってくれたあの人を信じてみようと思う桂花であった。
こちら 柢王。ただいまアパート入り口 駐車場前。携帯メモリーをひたすら確認、呼び出し中。
「あっ、ティア! 俺、俺」
『…柢王、どうしたんだ?』
仕事中に何事だと、怪訝そうな声が返ってくる。しかし 柢王はそんな事に気を配っている状態ではない。
「桂花が明日、プールに行くんだって」
『へぇ…、良かったじゃないか』
「良くないっ! 俺とじゃなくて、アシュレイとなんだ」
『えぇっ? アシュレイと?』
土曜日は休日出勤して欲しいと先日 上司の閻魔より言われて、渋々了解した覚えがある。婚約者とは週末にしかデートできない状況なのに と歯噛みしたのだが、当の本人にその旨を伝えると「仕事、頑張れよ」と、さらりっと言われて落ち込んでいた最中。「会いたい」とか「寂しい」なんて言葉は一言も出ず、私の方が君に会えなくて電話やメールだけじゃ寂しいと思っているのにっ! 私より義従姉のほうが大事??
一瞬にして体温急上昇したティアは、柢王に後で掛け直すと言って電話を切り、インターネットでわけのわからないページを開いてニヤついている上司閻魔に詰め寄り、明日の出勤を取り消させた。
そしてそのまま外回りしてきます と(一応数件まわる予定は入れているが)嘘を言って、外へ飛び出し 真っ直ぐ柢王の自宅へ向かった。
柢王宅近くの小さな喫茶店。ここはフレーバーティーの種類が豊富だと近隣の住人だけではなく、遠方からの客も多いと噂されているところ。
すぐさま電話を掛けなおしたティアに、自宅はマズイと柢王が指定してきた場所だ。
カラカラン と、カウベルのような音が響き 「いらっしゃいませ」と店主の声に「ここだ!」と言う柢王の声。
「ごめん、待たせた」
「悪ぃ悪ぃ、無理矢理抜けてきたんだろ? 大丈夫か?」
「ああ、先に2件ほど書類を渡すだけのところに行って来たから。外回りって言ってきたし」
ひでぇ嘘つきやがんなぁ と柢王に一笑されたが、すぐに真顔に戻ってテーブルの中央に顔を持っていく。
ティアも声を潜め、周囲に聞かれないように小声で話す。
「で、アシュレイが明日プールに行くって言うのは、本当の事?」
「あぁ、マジな話。桂花から聞いたし、誘ったのもあいつらしい」
自分がプールだ海だと誘っても頷いてもくれないのに、桂花は誘う? ズルイっとティアは握り拳でテーブルを叩く。
「で、桂花の奴 ずーっと前に俺が買ってやったビキニ着るって言いやがって…」
「それって……」
(君の場合、それを着た桂花とイチャつこうと思ってたんでしょうが) とは突っ込まない。それよりも自分もまだ今年は拝んでないアシュレイの水着姿を、自分以外の男の視線に晒すなど言語道断!!
「どこなのっ? どこのプール??」
某有名ホテルの名を柢王は言うと、ティアは暫く考え込み おもむろに携帯を手に持ち席を立った。
「ティア?」
「ちょっと待ってて、確認してみるから」
外に出てなにやら密談中。怒ったような雰囲気を醸し出しながら喋っているようだったが、暫くして店内に戻って来た時には落ち着いていた。
「えーっとね、説明するよ」
キャリーバッグからA4ぐらいのパソコンを出し 画面表示されたホテルの説明をし始める。
「ここのホテルは、本館 別館と分かれていて、別館に新しくスポーツ施設を作ったんだって。本館や外からは中を覗く事は出来ないそうだし、大丈夫だよ」
心配いらないと ホッとした表情で柢王を見つめる。
「でもさぁ…」
「明日はプレプレ(?)オープンで、オーナー夫人とお嬢さんとその友人のみって言ってたから別段…」
「ばっっっっか、だから心配だろう? 確かに有名人さんご招待!って状態のプレオープンとは違うけどさー。お偉いさんと数人の女だけって事は、給仕をする奴とかが居る訳だろう。そいつらがアシュレイに眼ぇつけて、アシュレイもその気になっちゃったら どおすんだよ?」
柢王はワザと"アシュレイ"と強めに言う。桂花は自分と結婚してるし自分にベタ惚れと思い込んでいるので、ティアの協力を取り付けなければ目論見が破れてしまう。
「それも大丈夫。女性限定なんだって、明日は。従業員も女性のみ出入りが出来るって聞いたよ。それにアシュレイはそういう事の出来る人じゃないから絶対大丈夫だし、信じてるよ」
にっこりと言い切るティアに柢王はがっくりと肩を落とす。上手くすれば自分たちも入れるようにしてくれるかもしれないと、夢見た結果がこれだ。
「そーゆー事言ってる奴に限って、後で泣くんだよなぁ」
柢王は不貞腐れたようにイスに寄り掛かり、ティアを見る。
そんな仕草を見て、呆れたようにティアも口を開く。
「そんなに心配なら帰る頃迎えに行けばいいだろう? 桂花もプールで遊べば疲れるだろうし、帰りに迎えに行って荷物でも持ってやれば喜ぶと思うよ」
至極 一般的な回答だが、水に浸かると体全体がダルくなるのは本当のこと。これで泳いだり遊んだりすれば全身運動を行ったも同然。
「そりゃそうか。──了解♪ そうするわ」
サンキューと何とか笑って別れる。ティアのように車で迎えに行く事は出来ないが、一緒に帰るっていうのは自分でも久しくしていない事。結構ワクワクしてきている。
後は、桂花の全身(特に腹中心に)に跡をつけてしまえば、あの水着は着れないはずだから と本日の最終予定を書き加えて、出てきた時とは正反対の表情でマンションに戻った。
チュン チュン チュン。。
ーもう朝になっていたんだな。。。。なんか忘れてる。。?。。なんだっけ?
今日はまだ金曜日。ティアは会社に行くはずで、ガバっと起きるも隣を見たらもういない!
「あれ?もう起きたの?」
具合が悪いならまだ寝てるといいよ。
ちょうど部屋に戻ってきたティアが言うけれど。
「でも、会社は!?」支度しないとお前・遅刻するじゃんか!
あわてて時計を見るも、もう8時近くになっている。これでは本当に遅刻決定だ!
「大丈夫。もう会社には電話を入れてあるよ。」
安心するようにと笑いながらティアは言う。
仮病を使おうと思っていたら、電話の相手が上司のアウスレーゼ様で、しっかりバレバレだったよ。
あきれられながらこうも言われたと。。
ーアシュレイは、いい嫁になろうと気を使いすぎたのだろう?
たまにはそなたが、嫁さん孝行でもしたらどうだ?
「だから、お休みさせてもらっちゃった。。みんなには内緒だけどね。」
ずる休みは初めてだけど、たまにはこんな日もいいじゃない?
後ろ姿が小躍りしそうで、楽しそうに見えてくる。
「朝ご飯ができたら、また呼びに来るからね。」
もう少し寝ているように言われて、申し訳ないながらも、なんだかくすぐったい。
さすがにもう目が覚めたから、そのまま手伝いながら、2人遅い朝食を済ませゆっくり過ごす。
親父も母さんも、みんな今頃どうしてるのかな?
もともと、父親の会社が今日から社員総出で旅行中。
家族が一緒でもいいというので、幼い弟妹も学校と幼稚園を休ませた。
ティアは会社があるから、最初からアシュレイは行くつもりは無かったけれど。
いつもは賑やかな家の中。しーんと静かで少し寂しい。
でもたまにはティアと2人きりなのも、良いかもしれないな。
洗濯も洗い物も、家事をするのも全部2人がかりで。
はかどっているのか、お互い邪魔し合っているのだか、
笑いながら作業をしつつ、早くも日が暮れていく。
「嫁さん孝行・真っ最中なんだからね」
君は手伝っては駄目だよと言うから、アシュレイは横でうろうろ見ていたけれど。
今日の夕飯はなんだか力が入っている。
レバニラ・餃子・スタミナスープ・・・
なんでこんなにスタミナ料理満載なんだ?と聞いてみたら
君は昨夜、貧血起こして倒れたでしょう?と言う。
そういえばそうだったなぁ。。と思い、ずっとティアに家事をやってもらってばかりいたから
あと片付けは自分がする!と宣言した。
「それとね。。柢王がお隣さんから貰ってきたんだけど。。ちょうどいいから飲んでおきなさいって。」
ガサゴソ・ガサゴソ・袋の中から取り出してみたのは、お隣自慢の自家製にんにくたっぷりの滋養剤!
臭いは抑え目だから、そんなきつくは無いんだって。貧血にもものすごく効くらしいよ?
・・・貧血対策に にんにく入り滋養剤?
なんだかすごい気がするのだけれど、昨夜倒れた身では文句も言えない。
意を決してコップ1杯飲んでみる。
「うん。。薬くさくもないし意外と甘い。。ってなんでティアまで飲むんだ?」
その向こうでは同じようにしているティアがいる。
まさか体調崩していたのか?びっくりして聞いてみるが。
「全然なんともないよ?健康に良いと聞いていたからね。私も飲んでみようと思っただけ。」
本当に思ったより甘いかも。からだがぽかぽかしてきたね。
体調を崩した人に勧めるのは、おかしくは無いけれど、
どうして勧めた本人までもが同じ食事と滋養剤?
自分が新婚だってことを忘れていなければ、2人きりならどうなるかは分かってもいいものを。
そこまで気が回らない、というか気がつかない天然アシュレイに、着々と作戦を実行しているティアは。
可愛い奥さんが自分の作ったご飯を、一生懸命に食べてくれるから、嬉しくてたまらない。
「さて、片付けるかな♪」
それくらいはできるから!戦闘準備開始とばかり、
アシュレイが身に付けたエプロン姿に、ティアは目が釘付け状態!!
「ア・・・アシュレイ?そのエプロンはどうしたの!?」
。。フリルひらひらの真っ白いエプロン。
いつも可愛いアシュレイの可愛さが、ティアの目には2倍にも3倍にも増幅されて見えている。
更には、新婚さん○らっしゃーい と幻の声が聞こえるのは何故なのか?
まさか、隣で妄想ぐるぐる回っているとは、思ってもいないアシュレイは。
「あー。これ?似合わないだろ?」
どちらかというと妹・シャーウッドのほうが似合いそうなのにな。と言いつつも。
よせばいいのにティアの目の前で、くるりん♪と一回転!本人は笑いを取ったつもりらしい。
ティアの頭の中では(ブラボーーー!!)とラッパが騒々しく鳴り響く。
「俺達が結婚したばかりの頃にさ、カルミアとシャーウッドが2人だけで、プレゼントしてくれたんだ。」
ただ、貰った時はいやーなおまけがついていたけどね。。
ーーお姉ちゃん料理の腕が上がる(かもしれない)ように、
神様にお願いしておいた、魔法のエプロンだよ!絶対使ってね!
2人とも目を輝かせて言ったのだ。。
「余計なお世話だなんだけどなぁ。」アシュレイ1人笑いながら当時を思い出す。
・・・だけどこのエプロン、なんで今まで思い出さなかったんだろう?
誰かが言った注意事項があったんだよなぁ?思い出せねぇや。。
そのままエプロンの存在を、忘れていれば良かったと後で後悔するが、
その注意事項に「あいつと2人きりの時だけに使え」というキィワードがあったのだ。
それは普段は思い出さなかったのに、何故今キィワードがぴったりと当てはまったのか。。
今回の嫁さん孝行大作戦に、つられて出て来たに違いない。
自分には似合わないという思い込みと、
この家で、2人きりという事があると思わなかったアシュレイは、
タンスの引き出しの奥に大事にしまっておいたのに。。
・・・ティアの(無意識)執念。おそるべし・・
思いがけず可愛いアシュレイを、じっーくり堪能できたティアは、
ここまで我慢できたのは、奇跡だったというしか言いようが無い。
「アシュレイ。片付けはあとで私がしておくからね!」
・・・なんだか雲行きが怪しい気がするアシュレイ。
自分の頭の中に、やっと危険信号と警告音が鳴り響くが、時はすでに遅く逃げられない。
嫁さん孝行と題した数々のお手伝い。それは体力を消耗させないため?
夕飯時のスタミナ料理に、滋養剤。それも体力をつけるため??
そして何より フリル付き真っ白エプロンの可愛い姿!(ティアのみ絶賛!)が、ティアの暴走に拍車をかける。
そして そして 2人っきりーー!! やばい・やばいってーー!!
ーー「ティアと2人きりの時だけに使えよ。」
でないと何が起こるかわからないからな♪
そう忠告したのは、
幼い弟妹のプレゼントの買出しについて行ってくれた、柢王で。
なのに何の因果か偶然か?昨夜は隣の自家製の滋養剤までご提供♪
アシュレイはそのまま お嫁さん孝行の総仕上げを受けるのだった。
翌日・今度こそ起き上がれなくなったアシュレイは。
ティアに可愛い文句を言い続け、
3食のご飯を作ってもらったのは言うまでもない☆
*
「ばぁ〜♪」
「あー!駄目よ〜・小アシュレイちゃん!!」
「お兄さん・息苦しいんじゃない?」
・・なんだか耳元がうるさいような?
ボスン!
何?顔の上に何かが落ちてきた!!
慌てて目をあけてみるけど、目の前は真っ暗で。
「こーら、お前達。ちゃんと見といてくれって言っただろう?」
慌てて母アシュレイにひょいっと抱き上げられて、
やっと見えたのは我が息子のオムツカバー。しかもイチゴ模様だから面白い。
縁側でゆっくり本を見ていたティアに、いつのまにやらハイハイで側に来ていた赤ん坊。
気がつかないうちにティアが眠ってしまったのが運のつき。
いい目標があるとばかり、よいしょ よいしょと よじ登り、山頂を目指していたのだが。
その山はたとえ落ちても呼吸をするから、面白い動きをするわけだ。
ご機嫌に笑っていたら、面白いところから離されて。
「ばぁぶ〜!」なんだか文句を言っているらしい。
「なんだ?パパの側がいいのか?」笑いながら赤ん坊に聞いてみる。
「いいよ。私に寄越してくれる?」
仰向けになったまま、両腕を愛妻アシュレイのほうに出す。
「あ。ごめん起こしたな。。」はい、と赤ん坊を渡せば、ティアはそのまま胸の上に寝かせてみる。
普通におきていたら抱き上げている格好だけど、寝ていれば胸の上で呼吸のたびに動くから
やはり面白いのか、またもご機嫌にはしゃいでいる。
「あれ?なんだ2人とも。眠っちゃったのか?」
「なんだか、2人とも面白いね」
「同じ格好で寝ているよ〜」
しかも(猫の)孔明まで同じ格好だよ!
なんでばんざいをしているんだろうね?
・・・もう少ししたら起こそうか?
柢王と桂花も見えているし。
クスクスクスクス。。
みんなのひそやかな笑い声を子守唄にして、優しい時は流れていく。
*
そして更に時は流れて今。
「ばぁ〜♪」
「あー!駄目よ〜・氷玉ちゃん!!」
「お兄さん・息苦しいんじゃない?」
「うわぁ、パパから降りてください〜氷玉ちゃん!」
・・なんだか耳元がうるさいような?
ボスン!
何?顔の上に何かが落ちてきた!!
慌てて目をあけてみるけど、目の前は真っ暗で。
「こーら、お前達。ちゃんと見といてくれって言っただろう?」
慌てて柢王に抱き上げられて、
(1度あれば2度もあるのかな?なんだか懐かしいことが起きている気がするんだけど。)
そして見えたのはの柢王の息子のオムツカバー。しかも小鳥模様だから面白い。
「私は同じ目に逢う運命なのかな?・・小アシュレイ。昔、お前に同じ事をされたんだよ?」
笑いながらティアが起き上がる。
「えー?僕、そんないたずらっ子じゃ、ないってばぁ!」
気がついたら周りは大爆笑。
ぶうと頬を膨れるも、氷玉に遊んでくれとせがまれて、すぐに忘れてしまうのはご愛嬌。
あの商店街の噂から、それ程月日を置かずして、この世に生を受けた我が息子。
噂とどちらが先だったのか分からないけれど、
いつかは授かって欲しい、とアシュレイと言いあっていたあの会話。
その時願った天使がここにいる。
「ティア!」
夕方待ち合わせた商店街。
ティアは会社を出るとき、帰るコールのメール済み。
「ただいま。待たせちゃったね。」
「いいや。今着いたばかり。買い物しながら帰ろうぜ?」
毎日顔を合わせているくせに、また会えて嬉しい2人。
「はい。」
ティアが並んで腕を組むように差出すと、
アシュレイは照れながらもちゃんと組む。
なんだか周りが目のやりどころに困るものの、
新婚さんだからね〜、とそっと見守ってくれるのは、優しい人情町の証拠だからで。
それでも、あのおてんば娘が結婚!?
相手はどんな物好きかと思えば、予想外にやさしげで綺麗な男性。
しかも、元気で明るい笑顔に惹かれたらしいとくれば、好印象間違いなく。
今ではご近所の奥様方の、ファン倶楽部があるとか無いだとか。。
そして新婚さん2人が、つかの間のデートのごとく買出しをしていたら、
商店街のみんなが気になるのも、仕方の無い事なのだ。
ぽてっ!
先ほどから走りまわっていた、小さな男の子。
ティアの足元で転んでしまい、アシュレイが慌てて抱き起こす。
痛いか?大丈夫か?と聞けば、
目を潤ませながらも歯を食いしばって、首を横に振り大丈夫だという。
「強いぞ!さすが男の子♪」
えらいえらいと、頭を撫でれば、有難うと嬉しげに近くで見守っていた家族の所に走っていく。
その様子を見ていたティアは。
「アシュレイ。そろそろ僕達にも、新しい家族が欲しいよね。」
さっきの風景があまりにも良くて、思わず出てしまった言葉。
「え?何?」
慌てて聞くが、さすがに意味が分かるから、顔を赤くする。
傍から見れば、ラブラブモード全開あっつ熱!
「もしもね、私達にも子供が出来たら・・どんな名前にしようか?
あ。その前に男の子と女の子、どちらがいいかな?」
真っ赤になったシュレイが可愛くてたまらない。
当分2人きりでも良かったけれど。
大家族で生活することがあまりにも楽しくて、いつかは・・と思っていた。
「まままま・まだじゃん!で・でも・・」
うん。いつかは・・・と段々声を小さくして、うつむきながら答える。
「私はね。。君そっくりの可愛い子なら、どちらでも良いけれど?」
アシュレイが2人なんて夢の世界!そして思いっきり可愛がって育てたい!
「俺はティアそっくりの子が欲しいけどな?でも、元気に産まれてきてくれれば、どっちでも良いよな!」
照れながらも、自分の希望も言ってみる。
なんだかますますいい雰囲気で、早くも産まれた後の状態を考えている2人だが。
忘れてはいけない、ここはまだ商店街。
聞こえていた会話に商店街の人達は、あの会話はなんだろう?と耳をすませていたりして。
というよりこの2人。
今は顔なじみの三河屋さんの前で、会話をしているが、終始ラブラブモードで周りの様子を気にしていない。
ー(え?今なんて言っていた?)店番をしていたナセル。
ひそかに想いを寄せていたアシュレイの姿が見えたから、
一声かけようとしたら横には旦那様が一緒にいる。
声をかけ損ねていたら、聞こえた会話がおめでた話!?
あまりのショックで硬直し
「アシュレイさんがおめでた!?」と、ぶつぶつ繰り返し言い続けている。
そう。この会話。2人は気がついていないが、思いっきーり周りに筒抜けなのだ。
ー「ちょっとちょっと!アシュレイさんおめでたらしいよ!?」
ー「え?まっさかぁ?あのアシュレイだぞ?いつ言ってたんだよ?」
ー「それがたった今!男の子と女の子、どっちがいいかなと旦那さんと話していたよ!」
ー「じゃぁ 間違いないね!?でも磯野さん家からは、何も聞かされていないしなぁ。。」
ー「もしかしてまだ報告していないんじゃないの?」
ー「そりゃぁ 照れくさいかもなぁ!でもめでたい話じゃないか!
ご両親から話を聞くまではそっとしとこうな!?」
ーヒソヒソヒソ。。どこがひっそり、そっとしとうというのか疑問だが。。
本当に、人情厚いというかなんと言うのか、そのまさかのタイミング。
当の家族が聞いているとは、どうして思うだろう?
ここは小さな商店街。光通信なんのその。
ものすごーいスピードで噂が広がっていくのである。
そして、ほぼ同時刻の商店街の隅。
「ああああ・アシュレイに子供ー!?」
やはり会社帰りの父・炎王。持っていた鞄をボトリと落とす。
ついこの間、お嫁にいった娘は縁あって只今同居中。
幸せそうにしているから、ほっと胸をなでおろしていたら、商店街の人々の会話にびっくり仰天!
ちょーっと複雑な心境ながらも嬉しいのも父心。
(おじいちゃーん)と空耳が聞こえてくる。
「ああああ・アシュレイに子供ー!?」
場所は違ってもやはり同じ商店街。
夕飯のおかずの買い出し中の母・グラインダース。
あらあらあらあら♪。まだ先でしょうと思っていたのに、商店街の人々の会話に以下同文。
こういうことは早く報告してくれないと!色々準備が大変なのだし。
それでも嬉しいのも母心。
(おばあちゃーん)と空耳が聞こえてくる。
なんだかんだで非常に良く似た夫婦。
思うことは同じなわけで、早くも初孫誕生に期待するのだけれど。
2人から報告されるまで、知らぬ振りをしようと思うのだが。
さて、一家が揃って夕飯を食べ終えた磯野家では。
両親が、落ち着かない様子で、アシュレイ夫婦を見守っていた。
そんな事とは知らないアシュレイは、今日も元気にご飯をお代わりしている。
今夜は好きなおかずが出ていたから、食べ過ぎて少々胸焼け気味。
そして2人からは、いまだに何も言ってこないので、両親ちょびーっとしびれを切らしていた。
「アシュレイ?何かお父さんとお母さんに、言うべき事はないのかね?」
新聞を逆さに持ちにがら、隅からちらりと顔を見て返事を待つ・炎王。
「あら。そういうことは、自然に話してくれるのを待つべきですわ。」
食後のお茶を出しながら、やはり耳は返事を待っている・グラインダース。
「?」なんだろう?不思議でしょうがないので考えてみたけれど
結婚してからは特に何も問題はおきていなしなぁ。。
やっぱり思いあたらないので、ティアに顔を向けてみる。
ティアも思い当たる事がなくて、顔を見合わせたまま首を横に振るのだが。
「こんばんは♪お邪魔します。」勝手知ったる親戚の家。
廊下からお茶の間に顔を出したのは、アシュレイのいとこ・柢王。
「どうしたんだ?随分珍しい時間に来たじゃんか」
・・なんだか今日は変な日だなぁ。いそいそお茶菓子を用意に行くアシュレイ。
ついでに場所もあけておく。
「いや。ここまで来る間の商店街で噂を聞いてな。事の真相を聞こうかと思ってさ。隣に行ったついでに寄ってみた。」
噂の主はお前さん達夫婦だしな。で?どうなんだ?
「噂?さっきは親父に言うことは?と言われるし・・お前まで何なんだよ?」
台所から持ってきたお菓子を差し出しすけれど、やっぱり分からないアシュレイと同じ思いのティア。
うーん。噂だけ1人走りしているのかな?と思うものの、気になるからずばり言ってみる。
「お前らに子供が出来たらしいという、噂があるんだが?」
「ぶっ!!」横でお茶を飲んでいたティアは思わずむせるが、ぱっとアシュレイに顔を向ける。
帰り道にいつかは〜とは話していたけ、どもしかして!?期待してみたりする!
もちろん両親もアシュレイに期待を向けるのだが。
「な・・なんだって〜!!」(そんなわけ無いじゃん!!)
瞬間湯沸かし器のごとく、全身真っ赤っ赤!
その様子を見たカルミアは、頭にやかん(ケトル)を乗せていたら
一瞬で水が沸いて『ピーッ』っと鳴っていたんじゃないだろうか?
のんきにシャーウッドに言ってみたけれど、
当の姉はそれどころではないわけで。。。
あまりにも頭に一気に血が上り、興奮しすぎたアシュレイは
そのままぶっ倒れて気を失ってしまうのだ。
「・・・うーん?」
あの騒ぎのあと。一旦起きはしたものの、食べ過ぎて胸焼けがすると言ったら
ティアが苦笑しながら水を飲ませてくれた。
それでもなんだか眠くてしょうがなかったから、そのままおとなしく眠りにつく。
家庭訪問4日目。
中島家の次が磯野家という順番だったため、ティアはアランと一緒に磯野家へ向かおうと玄関で靴をはいていた。
アシュレイの家までの道のりを知っているアランは、案内してくれなくても大丈夫だよ。と断ったのだが、アシュレイに用があるから一緒に行きます!とティアは聞かなかったのだ。
(ちょうどいい。行ってしまえば、ダメだとは言われないだろう)
ティアは週に数回、アシュレイの勉強を見ているが、ここ数週間はティアのうちでばかりやっていた。
自分の家でやると、祖父のアウスレーゼが用もないのになにかと部屋をのぞきに来るため気が散ってしかたない。
たまにはアシュレイのうちでやろうよ、と提案するのだが、なぜか却下され続けていたのだ。
(久しぶりのアシュレイの家だ)
彼の部屋に入るときの喜びは、いつも新鮮で色あせない。
ここで寝起きして宿題したりマンガ読んだり、遊んだりしてるんだ・・・そんなことを感じるだけでたまらなくなる。
(いっそあの部屋に住みつきたいくらいだっ)
軽快に玄関を出ると、目の前に当のアシュレイが立っていた。
「アシュレイッ?」
「あれ?迎えにきてくれたのかな?」
ティアとアランが同時に口をひらくと、アシュレイがぶっきらぼうに呟く。
「ティアは来なくていい」
「えっ!?」
固まるティアをそのままに、アランの手を引いて歩き出してしまうアシュレイ。
「姉さんがお茶菓子用意して待ってる。うちが最後だろ?母さんがゆっくりしてってくれって言ってた」
「そう?それは嬉しいなぁ」
今にもスキップしそうな勢いで浮かれているアランと手をつないだ状態のままスタスタ歩いて行くアシュレイ。ティアは完全に蚊帳の外だ。
「ま、待ってよ!私も行くよ、いいでしょう?昨日は勉強会できなかったし、最近アシュレイの家でやってなかったから久しぶりにお邪魔させてっ?!」
慌てて後を追うティアを無視して、アシュレイは足を止めない。
不穏な様子に気づいたアランが、心配そうに自分を振り返ったことで、くじけそうな心に火がついた。
(このまま置いて行かれてたまるか!)
アシュレイがなぜ自分を拒否するのかわからず、泣きたいのを堪えて、ティアは二人の後を追った。
家についたアシュレイはそのまま客間にアランを通し、台所へ行く。
ティアは遠慮がちに彼の後へつづき、隅のほうで立っていた。
「あちーな、ジュースでも飲むか」
二人分のりんごジュースを注ぐと、氷がカランとかるい音をたて、その音を楽しむかのようにアシュレイはグラスを回す。しかし口元はヘの字にしたままだった。
奥からアランの笑い声が聞こえてくる。
「君・・・さっきからなに怒ってるの、言ってくれなきゃわからないよ」
「なにも怒ってない」
「私が来たの、迷惑だった?」
「別に。でもいま来たって家庭訪問中なんだから姉さんに会えないだろ」
「・・え?」
あきらかにイラついているアシュレイの怒りの原因がわからず、ティアは心底こまってしまう。
(こんなときはしつこくしない方がいいかもしれない。話しても埒があかないし、飲み終わったら帰ろう)
なるべく急いでジュースを飲み干し、シンクにそれを置いてからアシュレイをふりかえる。
「なんか、ごめんね。やっぱり帰るから」
「・・・・・ほらみろ。お前うちの姉さんが目当てなんだろ、うちに来てもいつだって姉さんの後ばっか追ってっ」
「えぇっ!?」
突拍子もないことを言われ驚くティアにアシュレイの口は止まらない。
「『お姉さんはいつ見てもお若くて可愛くてとても子持ちには見えません。とか、お姉さんのような人と結婚できたら幸せだろうな』とか、他にも姉さんの手伝いを買ってでたりっ!お前、俺と遊んだり勉強したりするのは姉さんに会うためだろっ、俺を利用すんな!」
顔をゆがめたアシュレイの腕をティアがとっさにつかむ。
ぱたぱたっと床に落ちた涙。
ティアの中で急速にふくらんでいく期待。
これはもしかして、嫉妬ではないだろうか。
「どうして泣くの、私のせい?」
「お、お前が俺を、利用する、からっ」
「利用なんてしてない!そんなことするわけがないっ!」
強く否定してその腕を引きよせたティアは、抗わないアシュレイをそっと自分の胸に閉じこめた。
「私が君のお姉さんに気を使うのは、彼女が君のお姉さんだからだよ」
「・・・なんだそれ、意味わかんねぇ」
「君と仲良くしていたいから、君のご家族に嫌われないようにふるまってるってこと」
「そんなことしなくたって・・・誰もお前を嫌ったりしねーよっ」
「そうだといいけど」
ぴん、ぴん、とあちこちでハネている柔らかなくせっ毛を手櫛で梳きながらティアは話を戻す。
「君は私の意識が、自分よりお姉さんの方へ向いていると思って、それが気に入らなかったのかな」
「俺と・・・いるんだから、姉さんの方にわざわざ行ったり、話しかけたりすんな」
ティアの全身が熱くなってくる。
こんなことをサラッと言って。
聞かされたこちらがどう思うかなんて考えもしないのだ、この子は。
「ごめんね、これからは気をつけるよ。君といる時は君のことだけ考えてればいい?」
「ん・・・」
なんという独占欲――――そう思いたいけれど、ブレーキをかける。
これは友人としての幼い独占欲だ。まちがえちゃいけない。
「じゃあ、機嫌なおして?今日は算数から始めようか」
「わかった」
勉強ギライのアシュレイだけど、ティアが根気よく教えてくれるから、最近は逃げたりしない。少しでもティアに応えたいという気持ちが芽生えてきたのだ。
「あ、でもセシリアが友だちンとこから帰ってくるまでな?あいつ帰ってきたら一緒に風呂入ってやらなきゃなんねーから」
「・・・・・」
危うく鼻から赤いモノを出しそうになったティアは必死にうえを向いて堪える。
2つ下の妹を、アシュレイは猫かわいがりしているのだ。彼女がうらやましい。
「私も一緒に入りたいなぁー・・・・・なんてウソッ、ウソだよっ!?」
アシュレイの冷たい視線に気づき、あわてて撤回するティア。
「冗談でも笑えないぞ。セシリアは女の子なんだからなっ」
セシリアじゃなくて君と入りたいです!――――などと、怖くて言えないティアは、1分でも遅くセシリアが帰宅することを願うしかなかった。
ウンウン唸りながら問題を解いているアシュレイを、頬杖ついてぼんやりと見ているティア。
さっきの甘い胸のうずきを反芻し、余韻に浸る。
今は深い意味のない独占欲でもかまわない。でもいつかそれが特別なものになると信じたい。
(だから・・・だから君のそばにいさせてね)
無意識に伸ばした手が赤い髪に触れると、下を向いていたアシュレイが「できた!」と顔をあげた。
「うん・・・合ってる。すごいね、アシュレイ」
ティアに褒められと、アシュレイは照れくさそうに笑った。
その笑顔が、魔法のように自分を向上させてくれることを彼は知らない。
もしも、この想いが成就したら・・・・そのときは言わせて。
いつだって君は、私のひまわり。
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