投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
家庭訪問4日目。
中島家の次が磯野家という順番だったため、ティアはアランと一緒に磯野家へ向かおうと玄関で靴をはいていた。
アシュレイの家までの道のりを知っているアランは、案内してくれなくても大丈夫だよ。と断ったのだが、アシュレイに用があるから一緒に行きます!とティアは聞かなかったのだ。
(ちょうどいい。行ってしまえば、ダメだとは言われないだろう)
ティアは週に数回、アシュレイの勉強を見ているが、ここ数週間はティアのうちでばかりやっていた。
自分の家でやると、祖父のアウスレーゼが用もないのになにかと部屋をのぞきに来るため気が散ってしかたない。
たまにはアシュレイのうちでやろうよ、と提案するのだが、なぜか却下され続けていたのだ。
(久しぶりのアシュレイの家だ)
彼の部屋に入るときの喜びは、いつも新鮮で色あせない。
ここで寝起きして宿題したりマンガ読んだり、遊んだりしてるんだ・・・そんなことを感じるだけでたまらなくなる。
(いっそあの部屋に住みつきたいくらいだっ)
軽快に玄関を出ると、目の前に当のアシュレイが立っていた。
「アシュレイッ?」
「あれ?迎えにきてくれたのかな?」
ティアとアランが同時に口をひらくと、アシュレイがぶっきらぼうに呟く。
「ティアは来なくていい」
「えっ!?」
固まるティアをそのままに、アランの手を引いて歩き出してしまうアシュレイ。
「姉さんがお茶菓子用意して待ってる。うちが最後だろ?母さんがゆっくりしてってくれって言ってた」
「そう?それは嬉しいなぁ」
今にもスキップしそうな勢いで浮かれているアランと手をつないだ状態のままスタスタ歩いて行くアシュレイ。ティアは完全に蚊帳の外だ。
「ま、待ってよ!私も行くよ、いいでしょう?昨日は勉強会できなかったし、最近アシュレイの家でやってなかったから久しぶりにお邪魔させてっ?!」
慌てて後を追うティアを無視して、アシュレイは足を止めない。
不穏な様子に気づいたアランが、心配そうに自分を振り返ったことで、くじけそうな心に火がついた。
(このまま置いて行かれてたまるか!)
アシュレイがなぜ自分を拒否するのかわからず、泣きたいのを堪えて、ティアは二人の後を追った。
家についたアシュレイはそのまま客間にアランを通し、台所へ行く。
ティアは遠慮がちに彼の後へつづき、隅のほうで立っていた。
「あちーな、ジュースでも飲むか」
二人分のりんごジュースを注ぐと、氷がカランとかるい音をたて、その音を楽しむかのようにアシュレイはグラスを回す。しかし口元はヘの字にしたままだった。
奥からアランの笑い声が聞こえてくる。
「君・・・さっきからなに怒ってるの、言ってくれなきゃわからないよ」
「なにも怒ってない」
「私が来たの、迷惑だった?」
「別に。でもいま来たって家庭訪問中なんだから姉さんに会えないだろ」
「・・え?」
あきらかにイラついているアシュレイの怒りの原因がわからず、ティアは心底こまってしまう。
(こんなときはしつこくしない方がいいかもしれない。話しても埒があかないし、飲み終わったら帰ろう)
なるべく急いでジュースを飲み干し、シンクにそれを置いてからアシュレイをふりかえる。
「なんか、ごめんね。やっぱり帰るから」
「・・・・・ほらみろ。お前うちの姉さんが目当てなんだろ、うちに来てもいつだって姉さんの後ばっか追ってっ」
「えぇっ!?」
突拍子もないことを言われ驚くティアにアシュレイの口は止まらない。
「『お姉さんはいつ見てもお若くて可愛くてとても子持ちには見えません。とか、お姉さんのような人と結婚できたら幸せだろうな』とか、他にも姉さんの手伝いを買ってでたりっ!お前、俺と遊んだり勉強したりするのは姉さんに会うためだろっ、俺を利用すんな!」
顔をゆがめたアシュレイの腕をティアがとっさにつかむ。
ぱたぱたっと床に落ちた涙。
ティアの中で急速にふくらんでいく期待。
これはもしかして、嫉妬ではないだろうか。
「どうして泣くの、私のせい?」
「お、お前が俺を、利用する、からっ」
「利用なんてしてない!そんなことするわけがないっ!」
強く否定してその腕を引きよせたティアは、抗わないアシュレイをそっと自分の胸に閉じこめた。
「私が君のお姉さんに気を使うのは、彼女が君のお姉さんだからだよ」
「・・・なんだそれ、意味わかんねぇ」
「君と仲良くしていたいから、君のご家族に嫌われないようにふるまってるってこと」
「そんなことしなくたって・・・誰もお前を嫌ったりしねーよっ」
「そうだといいけど」
ぴん、ぴん、とあちこちでハネている柔らかなくせっ毛を手櫛で梳きながらティアは話を戻す。
「君は私の意識が、自分よりお姉さんの方へ向いていると思って、それが気に入らなかったのかな」
「俺と・・・いるんだから、姉さんの方にわざわざ行ったり、話しかけたりすんな」
ティアの全身が熱くなってくる。
こんなことをサラッと言って。
聞かされたこちらがどう思うかなんて考えもしないのだ、この子は。
「ごめんね、これからは気をつけるよ。君といる時は君のことだけ考えてればいい?」
「ん・・・」
なんという独占欲――――そう思いたいけれど、ブレーキをかける。
これは友人としての幼い独占欲だ。まちがえちゃいけない。
「じゃあ、機嫌なおして?今日は算数から始めようか」
「わかった」
勉強ギライのアシュレイだけど、ティアが根気よく教えてくれるから、最近は逃げたりしない。少しでもティアに応えたいという気持ちが芽生えてきたのだ。
「あ、でもセシリアが友だちンとこから帰ってくるまでな?あいつ帰ってきたら一緒に風呂入ってやらなきゃなんねーから」
「・・・・・」
危うく鼻から赤いモノを出しそうになったティアは必死にうえを向いて堪える。
2つ下の妹を、アシュレイは猫かわいがりしているのだ。彼女がうらやましい。
「私も一緒に入りたいなぁー・・・・・なんてウソッ、ウソだよっ!?」
アシュレイの冷たい視線に気づき、あわてて撤回するティア。
「冗談でも笑えないぞ。セシリアは女の子なんだからなっ」
セシリアじゃなくて君と入りたいです!――――などと、怖くて言えないティアは、1分でも遅くセシリアが帰宅することを願うしかなかった。
ウンウン唸りながら問題を解いているアシュレイを、頬杖ついてぼんやりと見ているティア。
さっきの甘い胸のうずきを反芻し、余韻に浸る。
今は深い意味のない独占欲でもかまわない。でもいつかそれが特別なものになると信じたい。
(だから・・・だから君のそばにいさせてね)
無意識に伸ばした手が赤い髪に触れると、下を向いていたアシュレイが「できた!」と顔をあげた。
「うん・・・合ってる。すごいね、アシュレイ」
ティアに褒められと、アシュレイは照れくさそうに笑った。
その笑顔が、魔法のように自分を向上させてくれることを彼は知らない。
もしも、この想いが成就したら・・・・そのときは言わせて。
いつだって君は、私のひまわり。
名残の花というにはまだ早い桜が、風に吹かれて児童のあいだを縫うように舞い落ちる。
アシュレイはこの春で小学5年生になった。今日は進級して初の登校日だ。
毎年クラス替えのある近隣の小学校とちがい、ここ文殊小学校は2年に1度のクラス替えなので、これから2年間同じメンバー、同じ担任となる。
それが、3,4年生のころも担任だったアランだとわかり、飛び上がって喜んだのはアシュレイだけではなかった。
(まだ終わんね―のかよぉ〜)
校長先生の話は長い。担任の発表が先だったため、すでに緊張感がなくなった生徒たちは、足元の砂をけずったり靴を片方ぬいだりと暇をもてあましている。
最前列でアシュレイが大きなあくびをひとつもらすと、前に立っていたアランと目が合った。
(やべぇ)
あわてて口をとじたアシュレイに、彼は「メッ」という顔をしたが、その口角はあがっていたので悪びれず笑いかえす。
と、そのとき後方で生徒がざわざわと騒ぎだした。
「なに?なんだ?なにがあった!?」
ぴょんぴょん跳んで後ろのようすをうかがうアシュレイの目に飛びこんできたのは、学年トップクラスの才女、大空桂花の肩を借り、生徒の間から出てきた橋本柢王の姿だった。
「柢王!?」
具合がわるそうに口元をおさえて歩くようすに、なんども目をこするアシュレイ。
(俺と同じくらい頑丈な奴が?うそだろ?)
ヨタヨタ歩いていく後姿を信じられない気持ちで見送っていると、校長が話を中断し、新しく就任した先生の紹介がはじまった。
その後スムーズに進行された朝会が終わると、アシュレイは足早に昇降口に向かい、保健室へと急ぐ。
そっと引き戸を開け中をのぞくと、桂花の後姿があった。保健の先生はいないようだ。
アシュレイが近づくと、桂花が場所をあけてくれたので小声でその名を呼んだ。
「柢王・・・?」
背をむけている肩が、わずかにふるえている。
「―――――てめぇ・・・」
アシュレイが唸ると、柢王はふりかえりニヤリと笑った。
「お前やっぱ、仮病かっ!おどろかせやがって」
「朝会、早く終わっただろ?」
「なに言ってやがる、このバカ」
「バカだと〜?俺の大芝居に感謝してほしいぜ」
「ったく、おかしいと思ったんだ、お前が保健室なんて・・・桂花もグルか」
「要領を得ない長話は大嫌いです」
桂花の辛辣な発言に二人は「確かに」と声をたてて笑った。
「俺は2時間目までここで寝てるから、よろしく」
「わかった、じゃあ後でな」
アシュレイが桂花と保険室を出て行こうとすると、ちょうど引き戸が開きもう一人の親友、中島ティアランディアが現れた。
「病人が声を立てて笑ってるなんて、先生に聞こえたら大目玉だよ」
「おまえも来たのか」
「アランが君を呼んでこいって。桂花が付いてるのに君まで行くことはないって」
「ゲ、なんでここにいるって分かったんだ。さすがアランだな」
感心して見せたアシュレイにムッとして、ティアは唇をとがらせる。
「そんなの、先生じゃなくてもわかるよ。私だって君のことなら・・・」
ぼやくティアはこれからの2年間、アシュレイとまた同じクラスになれたことはとても嬉しいが、担任が引きつづきアランだというのが気に入らない。
だいたい、教師のくせに教え子の姉に夢中だなんて・・・確かにアシュレイの姉は彼とそっくりで可愛らしい人だが、既婚の子持ちだ。非常識にもほどがある。
眉間にシワをよせているティアに気づかず、走って階段を上っていくアシュレイはあまりにも無邪気すぎて、桂花はティアの隣りで苦笑をもらした。
「えーっ、家庭訪問〜?」
配られたプリントを見て、アシュレイが声をあげる。
「そうです、再来週から始まるから、おうちの方に都合の良い日を記入してもらうこと。みんな、木曜日までだよ」
「うちなんかもう2回も来てんだから今年はこなくてもいいじゃん」
ピラピラとプリントを振りながらアシュレイが言うと、「君のお宅には必ず伺います」と、アランは満面の笑みを見せた。
なんでだよー、と言いながらも嬉しそうなアシュレイの遠い横顔に、ティアは唇をかむ。
アシュレイは年上の男性に弱い。
彼は実兄がいないせいか(兄のような姉はいるが)やたら年上の男に懐くのだ。
一方的に懐くだけならいいが、相手もアシュレイを気に入ってしまうパターンが多い。
彼の義兄を筆頭に、ティアの祖父アウスレーゼにも、兄のパウセルグリンにも、とても可愛がられている。
商店街を歩けば、金物屋のハンタービノ、ハーディン親子や酒屋の氷暉など、アシュレイに声をかけるものは後を絶たない。しかもみんな男ばかりだ。
(なんで男にばかりもてるんだ、君は――――・・・は〜な〜ざ〜わぁぁ〜・・#)
元気にしゃべるアシュレイを、彼の隣の席でうっとりとほほ笑みながら見つめているのは、花沢ナセル。
ティア、桂花とトップを争う才媛であり、アシュレイの大ファンでもある。
何かというとアシュレイに向かって「私の将来の旦那サマだし」発言をし、ティアの人相を悪くする存在だ。
今のところナセルがいちばん手強い恋のライバルと言っていいだろう。
まあ、それにしても。
小学生のうちに運命の相手と出会えたのはラッキーだった。
これからも、アシュレイに勉強を教え、中学までには彼の成績を自分に近いレベルまで引き上げてみせる。同じ大学へ行くために。
アシュレイの今の成績は中の上。勉強嫌いで塾に通うこともしない彼がこの成績を保っているのは、ひとえにティアランディアの努力のたまものだった。
(私は勝手だな。自分の欲のために君が好まない勉強をさせるなんて――――でも・・・)
開いたままのノートに書き列ねていく名前。
1 花沢ナセル
2 三河屋の氷暉
3 担任のアラン
4 金物屋のハーディン
番外 磯野セシリア
(セシリアは血の繋がった妹だから、まぁいいとして・・・要注意人物の4人は気を許せないな。特に花沢ナセル、あれはなんとかしなければ)
しょっちゅうアシュレイのそばをうろつき、世話を焼きまくる姿は非常に目障りだ。
席替えのクジで見事アシュレイの隣の席を引き当てた運の強さも腹立たしい。
(アシュレイは私のものなのにっ)
彼と出会ったその瞬間、確かな想いが胸の中に息づいて、今では揺るぎないものとして自分を支配している。
アシュレイの些細な言動のひとつひとつが雫であり、それが大きな波紋をつくりティアのあらゆる感情を呼びさましたのだ。
こんな豊かな気持ちを与えてくれた彼を、誰かに奪われるなんて我慢できない。
(――――嫉妬なんて感情は・・・・あまり知りたくなかったけどね)
エゴだと分かっていても、引き返すつもりなど毛頭ないティアランディアであった。
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