投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
ーーパタパタパタ。。パタン!
必死に逃げる赤い影。。一番奥の部屋。他に逃げ場がなくて仕方がないから入るのだけれど。
どこかに隠れようと探すが目に付いたのは大きな窓の前の白いカーテン。
ここであいつが通り過ぎたらそのままこの家から出て行けばいい。
シャッ。お願い。。どうか気づかれませんように。。
カチャ。。。パタン。。
遠慮がちに開かれたドアに、アシュレイはカーテンの中、息を潜めて目をつぶる。
今夜は満月。
月の光に照らされて、薄い布越しに浮かびあがる、愛しい人のシルエットを見つめ、
ティアはそっとドアを閉めた。
そんな隠れ方ではすぐに分かるというものだが、きっとこの子はそんなことは計算していないのだろう。
ティア 『アシュレイ? どうして逃げるの? いつものように怒っていいから』
ティアは、ゆっくりと三歩近づいた。足音はアシュレイにも聞こえているはずだ。
あと少し。手を伸ばせば確実に触れることのできる距離。
でも、こんなに近くにいるのに心は遠い。
カツン。ティアは歩みを止めて、わずかに掠れた声で呼んだ。
ティア 『アシュレイ・・・お願い、私から逃げないで』
・・・ドキ、ドキ、ドキ・・少しずつ大きくなる鼓動。息が苦しい。。何故こんなに胸が痛いんだ?
ティア 『アシュレイ・・・』ささやくように言われて。ドキンッ!息が止まる。気づかれた!? 恐くて目を開けられない。。
初めて経験する激しい鼓動。。まともに体が動かない。自分の心がこんなに自由にならないなんて。。
苦しくて苦しくて。。こんなに苦しいのならこのまま自分は死ぬような気がしてならない。
アー (そんなの嫌だ!あいつに会えなくなるじゃないかっ!。。。。って、なんて思ったんだ今!)呆然として。。
ようやく。。そうようやく、やっと自分の思いが何であるのかを自覚するのである。。。
あまりにも長い沈黙がお互いを身動きできないままにさせていた。
わずかに開いた窓の隙間からふわりと流れる優しい風。
ひらりと動いたカーテンが彼女の姿をティアの前に現せる。隠れることが出来なくなったアシュレイの目の前にはティアがいる。
ひと目見ただけで嬉しくてただそれだけで流れる涙。
俺はこいつが好きなんだ。。どうしよう?もう動けない。逃げられない。。
からまる視線。近づく人影。堪えきれなくなったアシュレイはそのまま座り込んむがそれでも目は離せない。
ティア 『・・愛してるよ・・』両手で彼女を抱きしめる。(やっとつかまえた。)
動けないアシュレイ。止まらない涙。もう何も分からない考えることもできない。
ただ分かるのは自分がティアに抱きしめられている。ただそれだけ。。
今宵お互いのぬくもりに酔いしれながら、2人の長い夜が始まる。
「い〜しやぁ〜きぃも〜おいも!美味しいよ!!」
アウスレーゼの代わりに残りの焼き芋を売る事を課せられて、初めはやけくそだったアシュレイだが、マイクで叫ぶと、奥様達が走って来て飛ぶように売れるので面白くなってきた。
「楽しそうだね。アシュレイ」
隣でゆっくり車を走らせているティアは楽しそうなアシュレイを見ているだけで幸せだ。悔しいけれど…アウスレーゼ様の着せたフリルのエプロンはアシュレイによく似合っていて、可愛いすぎる。
「やってみると、楽しいぞ。いらっしゃ…」
「今から伺うところだったのですが、どうして焼き芋を売っているのですか?」
磯野さんちでの夕食会に向かう途中の桂花に、苦笑するティアと仏頂面のアシュレイが車から降りて来る。
「いろいろあって」
「お前には関係ないだろっ!」
「アシュレイ。今日の夕食は桂花のすき焼きがいいって言ったのは君でしょ」
ティアの取り成しに、ふんと横を向くアシュレイ。そこに、呑気な様子で柢王がやってきた。
「焼き芋かぁ。うまそうな匂いだな。なな、桂花買ってくれよ」
「ご飯前に…」
「いいだろ!一つくらい」
「仕方ありませんね」
「よっし、半分こにしようぜ!」
柢王は半分に割った焼き芋をかじって、美味いっ!と残りの半分を桂花に差し出す。
「夕食が食べられなくなるから、結構です」
「そう言わずに上手いから食えって、ほら、あーん」
「んんっ…強引な…あぁ、美味しいですね」
「だろ!落ち葉で焼いても上手いけど、やっぱ一味違うぜ」
「柢王、口の横に焼き芋が付いていますよ」
「ん?」
いい事思いついたと柢王は笑って、桂花に口元を指し示す。
「子供ですか?あんたは…」
柢王の笑顔に負けて、桂花は顔を寄せる。
「こうしての食べるともっと上手いだろ?」
「まったく、あなたって人は…」
なんて、羨ましい。あれくらいしてくれないかなとティアがアシュレイを見ると、どこからか現れたアウスレーゼ様と戯れていた。
「やった!最後の一個が売れた!!…終わったぞ!!」
「それは、よかった。あぁ、疲れた」
肩をたたく素振りのアウスレーゼに、アシュレイはくってかかる。
「何もしてないだろ!俺とティアがほとんど売ったんだぞ!!」
「…アウスレーゼ様。初めからアシュレイに手伝わせるつもりでしたね?」
この人が、アシュレイの払い忘れに気付かないはずがない。それにティアは焼き芋屋が来た事にも気付かなかったのだ。アシュレイがギリギリ間に合う位置でわざと売っていたとしても不思議ではない。
「どうだろうね。最初は楽しかったんだけどねぇ」
退屈したとアウスレーゼ様は宣って。あきれ顔のティアと怒るアシュレイだ。
「…アウスレーゼ様」
「な、何だと!」
「終わりよければ、すべてよしと言うではないか。アシュレイのエプロン姿は可愛いぞ」
アシュレイの姿を眺めてご満悦のアウスレーゼに、アシュレイはわなわなと怒りに震えた。
「謀ったな!」
「財布を忘れたそなたが悪いのだよ」
我には、好都合だったがとアウスレーゼ。
「うっ…」
「なんだ、また財布を忘れたのか?」
もはや天才的だなと柢王が言えば、桂花も財布を忘れるなんてあり得ないとあきれ顔だ。
「学習力なしだな」
「なんだと!」
アシュレイの関心が桂花に向いたところで、アウスレーゼの悪魔の囁きがティアの耳に入った。
「子猿が着ているエプロンはプレゼントするぞ。あれは普通に着ても可愛いが、…エプロン試してごらん。」
その夜、アシュレイがエプロンでティアに泣かされたとか、なかったとか…ただ確かな事は、その時のエプロンがティアの秘密の宝物となった事だけ。
…あの時のエプロンだ!思い出しただけで、恥ずかしくて顔から火が出そうなアシュレイだ。
「今度こそ捨てるからな!」
「それは駄目っ!」
捨てられては困るティアは必死な顔ですがりつく。
「だって、それは大切な僕とアシュレイの思い出のエプロンなんだよ。アシュレイが見たくないなら、見えないところに隠すから!」
「絶対、捨てるっ!!」
ティアの記憶も消したいくらいなのにと、エプロンを破る勢いで握りしめるアシュレイだ。
「じゃあ、またしてくれる?あれから、一度もしてくれなかったじゃない」
「しないっ!」
「なら、これは僕の宝物にしてもいいよね?それとも…してくれるの?」
どっちがいいの?と甘く囁くティアに、なぜ窮地に立たされているのかわからないアシュレイだった。
次の日の氷暉の日記には、アシュレイ姉さんは朝起きてこられなかったが、ティア義兄さんは上機嫌で小遣いをくれた。
作戦は成功して水城にいつもは食べられない100円のアイスを買ってあげられた。
この手は使える。
エプロンは柢王おじさんがティア義兄さんにこっそり頼まれて保管する事になったらしいと書かれた。
「君、盗みは立派な犯罪だよ?」
「アウスレーゼ様!?」
「ふふっ、今は焼き芋売りのお兄さんだよ。さて、代金を頂こうかな」
優雅に焼き芋の絵が入ったエプロンを見せるアウスレーゼに、ティアとアシュレイは気まずく視線を絡ませる。
「…」
「おやおや、本当に泥棒だったのかい?いい度胸だね」
「違うっ!財布を忘れただけだ!!」
「ふーん」
何か言われるよりも、アウスレーゼの視線が怖い。
「ううっ、すぐ取りに帰るから!」
走って帰ろうとするアシュレイの肩に手を置いてアウスレーゼが囁く。
「それより、体で払ってもらおうかな」
「なっ!?」
「アシュレイと僕は結婚しているんですよ!」
アシュレイを背中にかばったティアは自慢げだが、アウスレーゼは首をかしげた。
「何か、問題があるだろうか?…あぁ、不倫も楽しそうだね。むしろ、好都合ではないか。マダムキラーと呼んでおくれ。ふふっ」
マダムキラーってホストじゃないんだから…ティアは頭を抱え、なんて恥ずかしい事をとアシュレイは頭から湯気が出そう。
「…アウスレーゼ様。マダムキラーなんて言葉をどこから…」
「変態っ!!」
「ふふっ…交番に行ってもいいのだよ?磯野さんちのアシュレイがってみんなに言われてもかまわないのかな」
そんな事になったら、会う人みんなに、今日は財布を持っているか聞かれそう…それはイヤだと焦るアシュレイ。
「ううっ」
ここは夫として、妻を魔の手から守らなくては。
「アウスレーゼ様っ!!…代わりに僕が…」
「何言ってるんだ。俺の所為なんだから俺が責任をとる!」
アウスレーゼがキラーなのはマダムだけではないのに、ティアに身代わりなんてさせられるわけがないと、アシュレイ。
「駄目だ、アシュレイ。何をされるかわからないんだよ」
「おやおや、期待には答えないといけないかな?」
アウスレーゼの流し目に色香がこめられる。やぶ蛇だ。ティアとアシュレイは手に手を取り合って今にも逃げ出しそう。
「ふふっ。仲良き事はよき事かな。逃げたらどうなるかわかってるね?…まあ、二人一緒でも、我はかまわないよ。さあ、おいで。」
気分はドナドナ…楽しそうなアウスレーゼに連れていかれて。
「ちょっ…やめっ…そこ触んな…」
アウスレーゼの手から逃れようとアシュレイは身を捩る。
「駄目なところばかりではないか。ん?」
「んっ…そこもダメだって!くすぐったいだろっ!!」
そんなわけで、アウスレーゼは「これも罰だよ」とアシュレイにフリルのエプロンを着せている。
「相変わらず、敏感だね」
「相変わらず…?って、どう言う事?アシュレイ!」
アシュレイにエプロンを着せるのは僕だけの特権なのにと悔しそうに見ていたティアの目が吊り上がる。
「な、なんて事言うんだ!何もないって!!(あれは、内緒だって言っただろ!)」
小言のつもりのアシュレイ。
でも、聞こえてるよ。
アウスレーゼ様の意味深な笑みに、ティアは「夜が楽しみだね」と呟いて、アシュレイのお仕置き決定か?…
ガラガラガラ…
「ただい…ま?」
ティアが玄関を開けると、アシュレイが怖い顔で待っていた。あきらかに怒っている。今日は会社帰りに飲んでないし、思い当たる事はないけれど、おそるおそる尋ねた。
「…ど、どうしたの?」
「どうしてこれがあるんだ?!」
仁王立ちのアシュレイの手に握られているのは、フリルの愛らしいエプロンだ。あれは、ティアが絶対に見つからない場所に隠したはずなのに。
「な、なんでっ!?」
ティアの動揺に義弟の氷暉が自慢そうに笑う。
「ティア兄さんの隠し事見つけてやったぜ。感謝の気持ちは形でな」
「なんだ、小遣い目当てなのか、ちゃっかりしてるな」
ティアはアシュレイが小遣いを渡すのを神妙な顔で見ながら、僕だったら口止め料に倍出すのにと悔し涙を流していた。
「兄さん、いいな!」
羨ましそうな水城に優しい目をした氷暉が言う。
「明日のおやつはアイスだ」
やった!と水城が歓声をあげて駆けていく兄妹を尻目に、アシュレイの尋問が始まる。
「あの時、捨てろと言ったエプロンがここにあるのはなぜか説明しろっ!!」
…あれは確か、まだ寒い季節だった…
「ティア!どこ行くんだ?」
茶色の紙袋を抱えて上機嫌なアシュレイが走ってくる。
「それは、こっちのセリフだよ。行ってきますの挨拶もしないで」
日曜日の午後をのんびり過ごしていたら、突然アシュレイが家から飛び出して行ったのだ。
「あっ、あんな恥ずかしい事いちいちしてられるかっ!」
「新婚さんは、みんな必ずするものなんだよ?どうして、恥ずかしいの?」
嘘だけれど…外国式挨拶を習慣にしたいティアはアシュレイの弱みである哀しげな顔で訴える。
「ぐっ…た、ただいまはするから!」
「本当に!!」
「あ、あぁ…」
覚えてたらと、呟くアシュレイだ。
「じゃあ、行ってきますは、今してもらおうかな?」
「なっ!…こ、こんな公園で、何考えてるんだっ!」
逃げようとするアシュレイに、誰も見てないからとティアは囁いて。
「んーんん??」
甘い匂いにティアが目を開けると、ホクホクとした焼き芋が目の前に。
「ほ、ほら、あーん…」
アシュレイのごまかしにティアはうらみがましく口を開ける。
その顔を可愛いとアシュレイが思ったのはティアには絶対内緒だ。
「う、美味いだろっ!」
とりあえず、耳まで赤い恥ずかしがりやのアシュレイの手から食べさせてもらえた事でティアは満足して。
「うん、美味しいよ。これを買いに行ってたの?」
「そう!音が聞こえたから、急いで買いに…ああっ!!」
「ど、どうしたの?」
「…お金払ってない…かも…」
「ええっ!?食べちゃったよ」
アシュレイは焼き芋を買った時の事を思い出しながら、ふと大事な事に気が付いてポケットを探る。
「ない…!!急いで出てきたから、財布を持って来るの忘れた…ティアは?」
アシュレイの期待するような上目遣いは可愛いけれど。
「僕も持ってないよ…」
ティアの困ったような視線に、新婚をからかわれたから恥ずかしくて逃げてしまったのだとは言えないアシュレイだった。
「…なんだかなあ。母さんも水臭いよな。」ぼやくアシュレイに、いいじゃない、とティアが答える。(結局君たち親子は似た者同士なんだよね)
「あーこんな時間にゴロゴロするのって久し振りだなー。」そう言って、ティアは本当に畳の上をゴロゴロ転がる。
「あ、ティア、コーヒーでも飲むか?」返事を待たずにアシュレイは台所の方へ立ち上がった。
アシュレイにとっても昼間に二人っきりというのは久し振りな気がして、なんだか気恥ずかしくなってしまう。
それでも二人だけで過ごせるのはやっぱり嬉しくて、浮き浮きしてしまうアシュレイだった。
まだ結婚したばかりの頃に戻ったように、ティアとアシュレイはまったりのんびりくつろいでその日を過ごしていった。
ふと気がつくと毛布が掛けられているのに気がつく。どうやらティアはうたた寝してしまったらしい。
「アシュレイ?」部屋の中は薄暗く、思わず妻の名を呼んでしまう。
「起きてたか?」ひょいっとアシュレイの赤い髪が襖の陰から覗いた。「ごめんな、俺向こうで洗濯物畳んでたから気がつかなかった。」
「いや、今起きたんだ。私は眠ってしまったの?」
「うん。気持ち良さそうに眠ってた。」毛布を片付けながらアシュレイはクスッと笑った。
「そうか…。せっかくの休みだったのに。」残念そうにティアがつぶやく。
「いーじゃん、別に。それよりもうご飯にすっか?風呂ももうすぐ沸くぞ。」
「あ、ねえ、たまには外に食べに行こうか。今からでも間に合うよ。」二人だけのシチュエーションに浮かれ気分のまま、ティアはアシュレイに提案してみる。
しかしすぐ誘いに乗ってくれると思っていた奥さんは、浮かない顔で断ってきた。
「ごめん、ティア。実はカルミアたちがいると思っておかず用意してたんだ。だからそれ喰っちゃわないと…」ショボンとしてアシュレイが答える。
「そうか、そうだったね。じゃあ今夜は君の手料理が食べられるというわけだ。」少しからかうようにティアは言った。
「ああそうだよ。待ってろよ、俺の愛情たっぷりの手料理用意すっからな!」怒ったような口調で誤魔化しながら、アシュレイは部屋を出て行った。
風呂から上がったティアは、茶の間に用意された夕御飯にポカンとしていた。
「こ、これが今日の晩御飯だ!さあ喰え!」なぜか顔を赤らめて怒鳴る新妻である。
そこには大きな皿の上に(少し焦げた)ハンバーグと(あちこちほころびてる)オムライスと(キツネ色を通り越した)エビフライがバランス良く乗っかっていた。
「あいつらにはかわいそうだったかなーと思って、晩御飯はあいつらの好きな物にしようと決めてたんだ。けど…」だんだん尻すぼみに声が小さくなるアシュレイ。
ティアはサッと座ると、早速ハンバーグを一口頬張る。
「うん、上手い!」
「ほんとか!?」連られてアシュレイもハンバーグを口にする。「あ、ほんとだ。」
「ね?味は大丈夫だよ。」そう言うとティアは今度はオムライスを食べ始めた。
「うん、こっちも中の卵は柔らかい。」
ホッとしたアシュレイは、用意していたワインをティアのグラスに注いだ。
「今日は洋食だからこっちのほうがいいだろ。」それはティアの好きなワインだった。
「やっぱり外食しなくて良かった…」
「ふぇっ、なんか言っはか?」大きなエビフライを丸ごと頬張りながら、アシュレイが聞く。
「ううん、何でもないよ。」ワイングラスに口をつけながらティアは答えた。
後片付けも終わりアシュレイが風呂から上がると、ティアは縁側に佇んでいた。
後ろから近づいたアシュレイに、ティアが上の方を見るように促す。
「綺麗だよね。」そこには見事に円を描いた金色の月が輝いていた。
「ほんと、まん丸だな。」アシュレイのストレートな感想に、ティアは吹き出す。
「父さんたちも見てるかな」続けて言った言葉に、ティアはアシュレイの横顔を見つめながら言った。
「きっと見てるよ。」そしてアシュレイの肩を抱き寄せると、一緒に空を見上げる。
「俺、お前と付き合うまで、満月を見て寂しいと思ったこと無かった。」
ティアは黙ってアシュレイの言葉に耳を傾けていた。
「昔は友達と別れた後も満月見てたら、また明日会えるんだって思ったし、元気になれた。でもお前と会った後満月見てたら、なんだか急に寂しくなったんだよなー。」
「私は逆だったな。君に出会うまでは、夜空を見ていてもなんとも思わなかった。でもさ、君と付き合いだしてからはデートした帰り道で月を見ていたら、君も家に帰って見てるかな、と思ったりしたよ。そうしたらなんだか部屋に帰っても一人じゃないんだ、って思えた。」
喋りながらティアは思い出していた。
物心ついた時から、ティアにとって月は一人で見ても誰かと一緒に見ても、ただ綺麗な存在でしかなかった。
それがアシュレイと出会ってからは、月にも色んな顔があるのだと知った。
そして、愛する人と同じ時を共有していると思えたことが最初は嬉しかったのに、いつの頃からかだんだん寂しく思えてしかたなかった。
なぜここにアシュレイがいないのだろう、そればかりを思うようになっていった。
時間を共有するなら空間も共有したい、そう思ったら居ても立ってもいられなくなって、すぐにアシュレイに結婚を申し込んだのだった。
そんな物思いに耽る夫の横顔を見つめていたら、「…綺麗だな」と思わずつぶやいてしまい、慌ててアシュレイはティアの腕にしがみつく。
急に腕にしがみつかれたティアは何を思ったのかふいに、「大丈夫だよ」とアシュレイに答えた。
「月にはウサギが住んでるんだから。」アシュレイの目を見ながら続ける。「君みたいにかわいいウサギがね。」
顔を真っ赤にしたアシュレイは、「オ、俺はウサギじゃない!」とつい叫んでしまった。
「そう?私にはウサギにしか見えないけどな。」と、とぼけるティア。
「俺がウサギならお前はなんだよ、子リスか?それとも孔雀だとでも言うのかよ。」小バカにしたようにアシュレイが言う。
「ばかだな〜決まってるじゃない。」ティアは赤い髪に優しくくちづける。
「アシュレイ、場所を変えて月見しようか。」そう言うと、ティアはアシュレイの肩をぐいぐい引っ張って行った。
その時になってやっと気づいたアシュレイは心の中で叫ぶ。(そうだ、こいつは狼だった!それも夜になると豹変する狼男だ〜〜〜!!)
しかしそう思った時にはもう遅く、ウサギはとっくに狼の餌食にされていたのだった。
翌日には、冷やかし半分心配半分で遊びに来た柢王・桂花夫妻に、言葉通りお土産をいっぱい抱えて旅行から帰って来た父母弟妹と、磯○家はまたいつもの賑やかさを取り戻していた。
@@@おまけ@@@
その約10ヵ月後、ティアにはまた1つ宝物が増えた。
が、碧い髪の色をしたその宝物が永遠の好敵手(ライバル)になろうとは、まだ想像すらつかないティアだった―――。
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