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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.199 (2008/05/16 22:57) title:おうちでごはん
Name:えり (wknfb-05p1-122.ppp11.odn.ad.jp)

「ティア、今帰りか?」
 仕事を終え最寄り駅で電車を降り、愛しい妻の笑顔を思い浮かべながら足取りも軽く家路を急いでいた背後から、聞き慣れた声に呼び止められた。
 振り返るとそこにいたのはアシュレイのいとこ・柢王。
「柢王か。駅で会うのは久しぶりだな」
「このところ残業続きでな」
 今日からしばらくは太陽の出てるうちに帰れそうだ、と笑う男につられティアもほほえむ。
「そういえば、最近どうだ」
「どうって何が?」
「アシュレイだよ。うまくやってんのか?」
「もちろん。アシュレイはいい奥さんだよ」
 朝食用の味噌汁を吹きこぼれるほど沸騰させたり、あじの開きがぼりぼりとスナック菓子のような音が出るほどこんがり焼いたりという、まだまだ家事に不慣れなところもティアにはいとおしくてたまらない。それらすべてが自分のための努力であるところも。
 ティアがプレゼントした、レースのたくさんついたエプロンをつけて家事に奮闘するアシュレイの姿を思い出だけでくすぐったいほど嬉しい気持ちと、夫婦になれたのだという実感がこみ上げてくる。
「でも、いろいろあるだろーが。同居じゃなかなかイチャイチャできねーとか」
 ネフィーさんはともかくチビどもの前じゃな、と豪快に笑う柢王は妻の桂花と一人息子の冰玉の三人暮らし。
 冰玉が生まれる前は二人暮らしだったが、最近は桂花がどうしても冰玉を優先するし「教育上よくない!」と怒られるので結局柢王も以前のようにはイチャイチャできないのが実情なのだが。
「どうだ、久しぶりに一杯」
「そうだね……軽くなら」
 よっしゃ! と嬉しそうに笑った柢王は行きつけの駅前にある赤ちょうちんに足を向けた。

 まずはビールを軽くあおりながら落ち着いた二人。
 お通しの枝豆をつまみながら柢王がふと思い出したかのように口を開いた。
「そういや、こないだチビに小遣い借りたんだけど、桂花には秘密な」
「……って、小学生に!? 何を考えてるんだおまえは」
 チビからお前辺りにバレそうだから先に言っとくわ、と言う柢王にティアは唖然。
 チビとはアシュレイの弟。
 利発な少年で柢王とは仲がいいのは知っているが、よりにもよって。
 このところつきあいが多くてさ〜とあっけらかんと笑う柢王に呆れつつ、察しのいい桂花のことだからもう気付かれているかもしれないぞ、とは思うが敢えて口には出さない。
「千円貸してくれー、給料が入ったら利息つけて返すから、って言ったら快く貸してくれたぞ」
「子供に変な知恵つけるんじゃないよ……」
 呆れかえりながらもこの気のいい男は初対面から印象は悪くなく、親戚というよりは自分の友人としてのように付き合えている。
 アシュレイにもその家族にもなんら不満はないが、親戚という内側の存在ながら外でこんな風に何気なく話せる存在がいるのは実にありがたい。
「ところでティア、おまえ会社に弁当持って行ってるんだって?」
「よく知ってるね」
 桂花が言ってたぜ、アシュレイが毎日頑張って作ってるらしいって、と柢王が笑う。
「愛妻弁当かー、いいよな。俺は外に出てることも多いし弁当は持って行けないからな〜。やっぱり海苔や桜でんぶでハートマークとかなんだろ?」
「いや、さすがにそれは……」
 からかうように言ってきた言葉を苦笑しながら否定する。
 義父の山凍の分も一緒に作っているのでハートマークはないが、出来合いの弁当を買ってきたり、外に出て食べていた頃と比べれば昼食が楽しみなのは事実。
(……早く会いたいな)
 最近はさすがに慣れてきたものの、結婚前や結婚当初は料理のたびに傷を作っていた妻の顔が思い出されてたまらなくなる。柢王には悪いが、今日はもうこれくらいで帰ろう。すぐに帰れば皆と一緒に食事がとれる時間には帰宅できるだろうし。
「柢王、悪いけどそろそろ……」
 ティアが言うと同時に、携帯の着信音がピピピピピピ、と鳴った。
「ん? メールだ。なんだ?」
 柢王が胸元のポケットから携帯をとりだしてメール画面を開く。
「えーと……『帰りにスーパーで冰玉のミルクを買ってきてください。あと、忘れているでしょうけど今日の夕飯はあなたの好きな茶碗蒸しです。片付かないからできたら早く帰ってきて』?」
 妻からのメールを読みあげながら柢王の頬がゆるんでいる。
 仕事中、無性に茶碗蒸しが食べたくなってメールでリクエストしておいたのだ。冰玉のミルクは日曜日家族で出かけた際に買ったばかりだから、まだ買わなくても間に合うはず。ということは。
「素直じゃねーな」
 言えばいいのに。寂しいから早く帰ってきて、って。
「……帰ろうか」
 ほほえましさにつられて笑顔になったティアが、携帯を見つめる柢王に声を掛ける。
「そうすっか。よし、帰りにケーキでも買っていってやろ」
「それじゃうちも買っていこう」
 きっと久しぶりのケーキをアシュレイも喜ぶに違いない。
「おやっさん、わりぃけど月末までツケといてくれ」
「またか〜? しょうがねえなおまえは。ケーキ買う前にうちのツケを精算してくれよ」
 立ち上がり、椅子の背に掛けておいた背広に再び腕を通しながら店主と豪快に笑い合う柢王に、思わずティアは目を見張る。こんなことばかりしているから桂花に金遣いが荒いだのなんだのと怒られてしまうのだ。まったく。
「……今日は私が払うよ」
「そっか? わりいな、ティア」
 ごちそーさん、とあっけらかんと笑う柢王に、苦笑するしかないティアだった。

「……これは?」
「土産のケーキ。好きだろ?」
 差し出された箱を受け取りながら、桂花は思わずため息をつく。
 全くこの男は。
 冰玉をあやす背中を見やりながらとりあえずケーキを冷蔵庫へ。
「小学生にお金を借りるような人が、よく買えましたね」
「あ〜……ありゃでもすぐに返したぞ。つか、なんで知ってんだ?」
「知りません。食事にしますよ」
「怒るなよ」
「怒ってません」
「じゃあ、あとで一緒にケーキ食おうぜ♪」
「…………今度やったら、お小遣い減額ですからね」
 左腕に冰玉を抱きかかえ、右手で桂花の左手をきゅっと握ってきた男を見上げながら、再度ため息をついた桂花であった。


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