投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
再び新婦控え室。
コンコンコン。。。ガチャ。
入り口にいるスタッフと着替えを終わらせているのか入っても良いのかどうかを確認し入室するティア。
スタッフに何か頼み事を指示して出て貰っている。
ティア 『用意はできましたか?会場に行く前にお願いがあるので聞いて頂きたいのですが。
それとご一緒におられるアシュレイさんにも。。っ!?』
突然名前がでてびっくりしているアシュレイ。だけど見覚えのある顔?というより忘れられる顔なんかじゃない!
桂花・アー 『あっ!』
ティア 『いちごちゃん!?』
アー 『お前〜っ!この前の痴漢野郎!!って何が いちごちゃんだ!』
真っ赤になるアシュレイ。思わず出た言葉が間違っているのは気が付いていたが思いあたる(いちご)に過剰反応気味。。
桂花 『アシュレイ、痴漢は違いますよ。あの時は吾も側にいたでしょう?もしかして今日の新郎役の方ですか?
お願いとは何でしょうか?って何2人とも赤くなっているんですか!?』
(そういえばあの時も『いちご』に反応していた。。何故?)
桂花が分からないのも無理はない。側にいたと言えど本当はたまたま通りかかっただけだし騒ぎがほぼ終息してからだから
知っているのは結果だけなのだ。。
電車の中で痴漢にあっている女の子を見るに見かねたアシュレイは止まった駅のホームで犯人らしき人を引きずりおろし
駅員に引き渡そうとした。しかしその隙をみて犯人は逃げ出した。逃がしてたまるかっ!と追いかけるアシュレイ。
ホームから階段を駆け上がり追いついた犯人と乱闘騒ぎに発展。犯人に蹴りでとどめを入れようとしたらやはり場所が場所。。
自分が足を踏み外し数段下にいたティアを巻き込みながらころげ落ちていった。
アー −−−ごめんっ!大丈夫か!?ってなにすんだよ!!
偶然とは恐ろしい。下敷きになったティアの上。。よりによって可愛い小柄のイチゴパンツが彼の正面に丸見えだったのである。
一方ティアといえば軽いとはいえ成人女性1人を受け止めつつそのまま階段下まで落ちれば無事でいる訳がない。
アシュレイがティアになにかしら言っているのだが思考が働かずただ真っ赤に表情を変えるアシュレイが可愛く見える。
そしてしっかりイチゴ模様が目の裏に焼きついたティアはその顔に間抜けにも一筋の鼻血。誤解するなというのも無理というもの。。
アー −−こんの変態!!(。。バチン!!)
真っ赤になりつつ反応するが彼がまったく関係ない事に思い出すも時すでに遅し。誤解されたまま張り倒され気を失ったのである。
しかしよほどイチゴが強烈だったのだろう。気を失っても何度か小さく『イチゴ』とつぶやいていた。
それを聞いたアシュレイ。相手は怪我人にもかまわずにまた拳骨で一撃。。いくらなんでもやりすぎである。
今度こそ撃沈状態のティアにしまった!と首根っこ掴んで前後に揺らすが気を失った人間に何をしても無駄というもの。。
これでは一体どちらが被害者でどちらが加害者なのだか。(いやこの場合加害者はどちらでもないのだが)
アシュレイの頭の中は真っ白になってしまったのでる。。
遠くから階段をころがり落ちる様子を見かけた桂花は、アシュレイがすぐ下の人を巻き込んで落ちていったのも見えていた。
夕方のラッシュの人だかりをかき分けなんとか側にたどりつけば顔面蒼白で放心状態のアシュレイと横たわった見知らぬ男が1人。
騒ぎを聞き駆けつけた駅員と警察に分かるだけの事情を説明しその時の騒ぎは落ち着いたのだが。。
どう考えても無関係の人間を巻き込んでいるはずなのに何度この真相を聞き出そうにもアシュレイは絶対言おうとしないのだった。
ティア 『痴漢は誤解だと思うけど?。ええと。。いちごは可愛くて君にお似合いだった。。から。』
桂花 (何も律儀に答えなくても)。。なんとも。。ため息。。
ますます赤くなるアシュレイ。。
アー 『似合いって言うな〜っ!!!』(こいつには2度と会いたくなんかなかったのに!)
涙目になりながら怒鳴り返すもだんだん声が小さくなる。。表情がころころ変るアシュレイを見ていて飽きないのはなぜなのか。。
ティア− (やっぱり、あの時思った通り。。この娘、表情が良く変わる。。この娘なら。。この娘だったら私の願いが叶うかも
知れない!あの兄が相手では普通の神経ではもたないだろう。。)
桂花 『本当に2人とも!?時間がないのではありませんか?』いい加減急いで欲しいと思いながら桂花が言う。
はっと思い出しティアがアシュレイに向かい
ティア 『あらためて言います。私と結婚してくれませんか?』
アー・桂花 『は!?』(何をいいだすんだ!?)
ティア 『あ。もちろん振りで構わないのです。このままでは桂花さん?貴方と婚約発表になりかねなくて。。
会場に行けば協力者がいますからタイミングを見計らってその方と一緒に逃げて下さい』
桂花 『アシュレイはどうなるんです?そのまま置いては行けないですよ?』
ティア 『こちらも時期を見計らって会場から逃げ出します。どうも実家が絡んでいるようですから花嫁役が違うなら
イベントの発表はしても婚約発表にはならないはずです』
アー 『本当に?絶対大丈夫だな!?』
ティア 『はい。もし婚約発表になっても実家がもみ消すと思います。というより普通のイベントで終わるでしょうね。』
絶対に大丈夫だと言い切るティアにこの数日柢王と桂花の事をなんとかしてやりたくて、でも出来ずにいたアシュレイは
アー (一体こいつは何者なんだ?これだけ大掛かりな事をする程の。。ああ、する奴だな。。)
信用できると思えないのにその手に乗っていいのか悩むアシュレイ。しかし時間が迫っているからもたもたしている場合ではない。
しぶしぶ承諾したアシュレイは予備にあった花嫁衣裳に着替えるのである。。
予備とはいえさすがにこれは純白ではない。どちらかというと代役用に用意してあった丈の短いワンピース?のような赤いドレス。
なぜか最初からアシュレイにあしらえた様にサイズもぴったり。桂花用に用意されていたらまず着れなかっただろう。
なりゆきとはいえ、ウェディングドレスを着れたアシュレイはほのかに微笑み照れながらどうかな?とティアに向き合う。。
でもやはりティアの顔を見ると何かを言いたげに顔を曇らすのだがあまりの可愛さに見とれていたティアはまだ気づかない。
ティア (かっ。可愛い!!やっぱりこの娘をお嫁さんにしたい!)決定的瞬間というべきなのだろうか?
顔を合わせるのも2度目、相手の人柄も知らないのに自分の人生設計にアシュレイの存在が組み込まれたのである。
桂花がモデルに決定したと聞いた時柢王はすごく焦っていた。
某デパート一番の美人で知られている桂花は会社内外にファンが多い。
桂花自身はどんな男性が言い寄ってきても無視を決め込み
あまりにもしつこく無礼な男には自分の身を守る為に覚えた護身術で
片っ端から撃退している。
武術にも長けて知性もあるから並の男では太刀打ちできないのだ。
しかしモデルの話が出た時から会社側が桂花にSPを付けていたせいで
最近はデートはおろか顔を合わせることすらままならない。
前回のデートでプロポーズはしたもののまだ返事をもらっていないのだ。
そこにきてモデル?桂花の花嫁衣裳は俺が用意するに決まってるだろうがっ!
でも何故、桂花なのだろうか。たしかに賢くてあれだけの美貌だから
選ばれる事事態はおかしくは無い。だが桂花は何度も断っていると言っていた。。
今の状況になっているのは会社というより社長命令があった為らしい。
おかしい。いくらなんでもたかが一社員にここまで強要するものか?
そして昨夜とうとう今の状況になった原因がわかったのだ。。
柢王 ーーなんだってこんな事になっているんだ?
ティアーー君が荒れるなんて珍しいね。どうしたの?
行きつけの飲み屋。たまたまカウンターで2人並んで飲んで何かの弾みに意気投合、
その時のあまりの楽しさに味をしめ時々一緒に飲む約束をしている。
今日はその約束の日だった。。
柢王ーーいや。。俺の桂花のことなんだが。
どうも会社で妙な事になっているようなんだ。。
今度の新規出店のレデイース部門の総責任者になって
張り切っていたんだがメインイベントのモデル候補にあがって
辞退する権利がまったくないらしい。
本来ならそんな重要なイベントならプロを雇うなり
有名芸能人を呼ぶなりするだろう?いくら人気があるといっても
素人にってのがおかしい。。
ティアーーそれもそうだね。。辞退も出来ない?
柢王ーーそれなら最悪退職でもと掛け合ったんだが出来なかったらしい。
今じゃ何かあったら困るとSPが四六時中張り付いている。
SPが付くんだぞ?ただの一社員にだ!
おかげでデートどころか話はおろか顔も見れやしねぇよ。。
ティアーー強引な。。あれ?君の恋人、どこのデパート?
柢王ーーー某デパート。
ティアーー。。。もしかしてこれと関係しているかもしれないーーー。
花嫁役控室でアシュレイが憤慨している頃
桂花の控え室の真向かい 新郎役控室。
ティア(遅い。柢王!)
ほぼ用意が終わりもう出番が来るだけになっているのに肝心の柢王の姿がない。。
このままでは自分が新郎役として出るしかなくなってしまう。
柢王が間に合わなければ自分は雲隠れすればいいのだがそれでは
桂花が大恥をかく事になりかねない。何も彼女をそんな目にあわせたい訳ではない。
ダダンッ!控え室の扉を騒がしく開け駆け寄ってくる。
柢王『悪い!あいつらを撒くのに時間がかかった!』
ティア『あいつら?何?』
柢王 『ここ最近ずっと俺についてまわる奴がいやがる。』
(何もしてこないから放っておいたけどさすがに昨夜の動きは変だった。)
今日は朝から姿を消しにかかっていたのだがそれでもずっとつけられていたらしい。
ティア『それで遅れたの?もしかしたら心当りあるかも。
それよりこれに着替えて!』
柢王は慌てて衣装に着替える。直後廊下の様子が騒がしくなってきた。
−−誰かここにこなかったか?
ーーいや、来ていないっ!
−−まだ近くにいるかも知れないぞ。
−−探せ!−−
柢王 『多分それで当りだ。で、お前はどうするんだ?』
テイア『私?一応このあと花嫁に挨拶するよ?
まったく挨拶しないのも不自然だし説明くらいしておかないと。。
会場で君と入れ替わったら私はそのまま消えるから、
すべて終わったら君達もうまく逃げるんだよ?』
柢王 『ああ。そもそもこの事態の発端は何なんだ?って兄さんだよな?』
ティア『うん。巻き込んで済まない。実家が関係していると思う』
テイアの実家は大阪の資産家なのだが代々事業を手広く行っている。
東京の某証券会社で働く事で実家から離れたいティアに
年齢的にもそろそろ落ち着かせ家業の一部を継がせようとしているのだ。
ティア(仕事もそうだけど。結婚相手くらい自分で見つけたい。)
甘い考えだろうけど男なら自分の稼ぎでお嫁さんを幸せにしたいのだ。
(何も不自由なく育ててくれた事には感謝する。。
だからといってなにもかも言いなりになってたまるか!)
前回の電話で母が倒れたと聞いた時、心配して帰郷したティアの目の前にいたのは
日本中から集められた資産家のご令嬢たち。。つまりお見合い相手だったのだ。。
−−ネフィ『このなかかから気に入ったお嬢さんとデートしておいで♪』
ーーティア『そうしたらそのまま結婚まっしぐらですか!?冗談じゃないっ!
私は自分の結婚相手くらい自分で見つけます!
家は兄さん、貴方が継げばいいっ!』
そう言い、実家を飛び出した。
このあとちょっとした事件が起こるのだが。。。
ティア(本当に手の込んだ事をする。。
某デパートの新規出店のイベントにかこつけて大掛かりのお見合い?。
いや婚約発表になりかねない。。一体どこから手を回したのだろう。
いくら大阪で手広く事業を展開しているとはいえ、
都内に大型百貨店を出せる相手とつながっていると思う訳が無く。。
関東に進出して事業を始めようとしているのだろうか。。
お見合いにことごとく失敗してきた実家はどにかうまくまとめたい、
ついでに新しく興す予定の事業提携に某デパートと手を組んだ時
一石二鳥とばかりデパートの看板娘、桂花に白羽の矢が向けられたのである。。
ティア『ほんとにすまないね。着替えは終わった?さて、行くよ?』
柢王 『え?2人とも?まずくないか?』
ティア『うーん。。多分花嫁役は1人じゃないからね。。』
柢王 『はぁ?』
ティア『だから実家の策略。というより兄が・・というべき?
花嫁は4〜5人はいるかも知れない。へたをすればもう少し多く。。
それなら新郎役が1人増えても分からないでしょう?』
柢王『なんんつーー』絶句。。
(そこまでするとはどんな兄なんだか。できるだけ関わりたくねぇぞ。)
−−ネフィ−−まだ見つからない!?
ーーもう時間がないよ!だったら近づけないでくれればいい!?
ーーじゃ。あとは宜しくね。ティアが逃げ出さないようにして。
外の騒ぎの声に兄の声を聞き取ったティア。
ティア (やはり兄さんが!。。それでは逃げ出すのが難しいかもしれない。。)
『今更だけど、もうひとり協力者が欲しいかな。。』
思わしくない顔をするティアに
柢王 『それなら、アシュレイに頼むか?たしか桂花と一緒にいるはずだし』
ティア 『誰?信用できるの?今から呼べる?
というより彼女に迷惑じゃないのかな?』
柢王 『俺の従姉妹なんだ。桂花にSPがついてからの連絡は
あいつが間を受け持ってくれたからな。。』
テイア 『じゃあ、話は早いね。かく乱に協力してもらおうか。』
柢王 『色々迷惑をかける。いつか俺の手が必要になったら必ず呼んでくれ。
このかりは必ず返すからさ。そういやお前のタイプってどんなだ?』
ピタリと歩みを止める。
ティア 『うーん。別に多くは望んではいないよ?
健康的で笑顔が可愛くて。。ずっと一緒にいたいと思える子、かな?』
(さらに言うならこれからの人生笑って幸せに生きていければそれでいい。
少し前にあった子。。あの子が元気で可愛かったな。。。
名前も分からないけど、できたらもう一度会いたいかも。。)
ティア 『。。。いちごちゃん。。』さらにぼそっと一言。。
柢王 『いちごちゃん?それが名前か?』
テイア 『それは違うっ!名前が分からなくて。。そう呼んでいるだけだからっ』
柢王 『そうか?じゃ、あとで探してやっから特徴教えろよ?』
ティア 『そうだね。。そういう手もあるね。あとで宜しく。。
さて予定変更、君は裏から会場にまわって?
場合によっては桂花とそのまま逃げてくれてもいいよ。
大丈夫だね?必ず来るんだよ!』
柢王 『ああ。俺は一度窓から出るか。会場でまた会おう!』
ティア (この部屋までたどりついたんだ。。彼ならうまくやれるはず。。
どうか無事に会場までたどりついて!)
コンコン。
アー『桂花。用意は出来たか?』
お邪魔するよ とアシュレイが顔を出す。。
控え室の中央 純白のドレスを着た桂花が椅子に座りベールをつけるところまで用意をしている。
アー『うわぁ♪綺麗じゃん!』
その声に花の様に微笑む桂花。つられてアシュレイも微笑んだ。
今日は 桂花の働く某デパートが都内に大々的に新規出店し
有名デザイナーによるウェデイングドレスと
ジュエリーアクセサリーの合同発表会を開催する事になっている。
桂花はその目玉のドレスとティアラを付けた花嫁役の一人なのだ。。
桂花『あの方は?』
アー『あいつ?まだ見てないな。』
桂花『。。そうですか。。』
アー『あ、出番までには絶対見に来るといっていたぞ!取材そっち抜けで!』
微笑みが消え 曇り顔を見せた桂花にアシュレイは大慌てで励まそうとするが
桂花『いいえ。。来られないのなら仕方ありません。
お仕事を放り出す様なことをして欲しい訳でもありませんし。』
そう言いながら桂花だって年頃の女性。
ウェデイングドレスは愛する男性(ひと)の為だけに着たいもの。。
仕事でやむをえないとはいえせめて一番最初にこの姿を見て欲しかったのに。
アー『でも、もしかしたら来ているかもしれない。絶対顔だすって!』
アー(柢王なにやってんだよ!もうすぐ出番が来ちまうじゃんか!
絶対行くと言ってたのに!)
「それじゃ、アシュレイ、帰る前にちゃんと電話するからね」
と、いつものように微笑んだ夫の顔に、新米妻は深く頷く。スーツ着たその背中が、角を曲がるまで真剣な顔で見送った後、真剣に深呼吸。
「よっし、スタートだっ!!」
入れた気合と家に駆け込む猛ダッシュに、雀たちがバタバタと電線から飛び立つ日曜の早朝だ。
事の起こりは先週の金曜の夜──
会社から帰ってきた夫のティアが、来週の日曜、ふたりの仲人でもある部長が家に来ると告げたことだった。
ティアは大手商社のサラリーマンで、設立五十年の会社で『百年に一度の逸材』と噂される出来のいい社員だ。実家は資産家、美形で優しく、
誰からも狙…いや、好かれていたティアが、友達に無理やり連れてこられた見合いパーティーの席上、同じく友達に連れてこられていた家事手伝いの
アシュレイに一目惚れして猛烈アタック、あげく結婚したのは半年前のことだった。
日頃から、焼サンマパチって逃げたドラ猫追っかけホウキ片手に裸足で駆けてく評判の『お転婆さん(円満な近所づきあいのための用語例その一)』
だったアシュレイが婚約しただけでも近所の人は驚いたが、その上、ティアが結婚後は何不自由ないマンション暮らしからいまどき木造平屋一戸建て、
火災保険高いだろそれみたいな造りの、両親とまだ小さい弟妹の住む二重の意味で窮屈なアシュレイの実家に同居すると決めたことには大いにたまげた。
『物好きな人もあるもんだねぇ』『きっと変わり者だよ』ご近所さまはあれこれ囁いたが、高齢化の進むこの社会、近所に若い夫婦が存在するのは
いいことだし、ティアもすぐに近所になじんだから、若夫婦はつつがなく楽しく新婚生活を送っていたのだ。
「旅行から帰って挨拶してから顔見せてないもんなぁ」
「うん。君もそろそろ落ち着いただろうし、元気な顔が見たいからって」
「わかった。何時に来るんだ?」
「午前中は私と一緒に取引先のイベントだから昼かな」
「昼だな、よし、わかった……えっ、来週?」
アシュレイは目を見張る。六畳の小ぢんまりした夫婦の部屋の壁、貼ってあるカレンダーには赤マジックで『父さんたち無人島ツアー』の文字。
「ティ、ティア、来週って父さんたち無人島に行ってるぞっ!」
「ああ、先月の福引で当たったのだよね。だからあの週は君とふたりきりなんだよねぇ。たまにはいいね、ふたりも」
にっこりと笑ったティアに、アシュレイも赤面しかけたが、違―うっと、首を振った。
「てことは俺一人で部長の昼ごはん作るってことだなっ」
「ああ、そんなの気にしなくていいよ。お寿司でも取ったらいいもの」
「そんなわけに行くか! 店屋物なんか出したらおまえは飯も作れない嫁もらったって笑われるだろっ」
「そんなことないよ。君がふだん私のためにがんばってくれているのはわかってるもの」
と、優しい旦那は微笑んだが、新米妻はいやいやいやいやっ、と首を振る。
「そんなのだめだ! おまえの会社の人なんだからちゃんしないと。昼飯は俺が作る!」
「それなら楽しみにしているね、奥さん」
と、ティアはにっこり微笑んだ。
は、いいが──
美人で格闘系の母は家事万能だというのに、その娘であるアシュレイは洗濯機を回せば泡が吹き出、買い物行けば財布を忘れ、料理本片手に
ローストビーフを作れば炭の丸焼きが出来上がるという、まじりっけなしの家事オンチだ。まともにできる料理はサンマの塩焼きと
大根おろし、
目玉焼きと千キャベツ…って朝ごはん? 第一もてなしとはどんなことをすることかもわからない箱入りだ。
強さを誇る両親は無人島での人目を憚らない対決を心から楽しみにしている。弟たちが一緒に行くのはふたりを水入らずにしてあげようという配慮だ。
(なのに部長が来るなんて言ったら、母さんたち心配して行かないって言い出すに決まってる。俺だって、ティアの嫁になったんだから、
自分の亭主のことくらいちゃんとしないと──)
パーティー会場で大きな肉の塊にかぶりつくアシュレイの無邪気な顔に一目惚れしたと、それから日に百回近いメールや電話を寄越したティアが
どうやって仕事をしていたかはわからないが、初めてうちに遊びに来ることになった時、暑いなかをわざわざ自宅近くで買ったスイカふたつも抱えて
『ここのが一番おいしいんだ。君の家族の方にも食べてもらいたくて』と屈託なく笑ったティアに、アシュレイはこの人なら大丈夫だと確信したのだ。
その確信通り、アシュレイの家に同居したティアは、家族のことも大事にしてくれて、
(俺のことだって可愛いとか大好きとかいっつも歯が浮くようなこといってくれるし、失敗しても許してくれるし……)
そのティアに、飯も作れない嫁をもらったと恥をかかせるようなことはできない。いや、実際に作れないのだが、そこはそれ、
「なせばなる、なさねばならぬ何事も、だよなっ。きっと出来るっ!」
と、自分に言い聞かせてみたのが金曜の歯磨きタイムのことだった。
*
「桂花、おまえちょっと落ち着けば?」
いつになくそわそわしている妻に、柢王が苦笑いする。出版社に勤める柢王は、休みの時には結婚九ヶ月目の美人な奥さんとなぜか生後四ヶ月の
一人息子冰玉にまとわりつくのが楽しみな能天気な旦那だ。疑惑の赤ん坊はベッドで睡眠中。
「つか、そんなに気になるんだったら覗きにいけばいいじゃんか。どうせ勝手知ったる他人の家なんだしさ」
「そんなことできませんよ。あんなにがんばってるのに冷やかしにいったら恨まれますから」
と、無意識ながらも旦那のスーツのポケットチェックしていた桂花は振り返って眉を寄せる。柢王は、顔は可愛いのに大雑把でおおまたぎ、
戦闘能力高いのに家事能力は最低レベルのいとこの顔を思い出し、
「誰に似たのかねぇ。ほんとティアも物好きだよなぁ」
そういうところも可愛いんだよと笑顔で言い切ったその旦那とは初対面から馬が合った。あるいはお互いその嫁に対する尋常でないエネルギーぶりに
同類項を見たものか。だが、柢王の妻の桂花は美人の上に何をやらせても有能で、結婚前には娘を溺愛する向こうの父親から、
『これでは網エビが鯛を釣るようなものではないか! もっタイなさすぎる!』
と、いろんな意味で凍りそうなことを言われたが、孫が産まれてからはその態度は激変。
(やっぱじじい釣るには孫に限るよな)
笑う婿は、お義父さんが特に嬉しいのは冰玉がまだあんまり柢王に似ていないところだということまでは気づかない。
「とにかく勝手口から覗いてみたらわかることじゃん。何なら手伝ってやればいいし、こいつが起きたら日光浴がてら見に行こうぜ」
能天気に言ってのけた亭主に、嫁さんは深いため息だ。
『俺に飯の作り方教えてくれ……』
前髪ぐるるんで両手を絆創膏でいっぱいにしたアシュレイが桂花を訪ねて来たのは先週の土曜の昼下がり。柢王は取材で留守だった。
いつもは元気いっぱい、出された茶菓子はどこまでも食べる旦那のいとこの常にないしょんぼりした顔に、桂花は目を見張った。
話を聞いて理由はわかったが、その、火を通すものの大抵を炭化させる確実なケミストリーの腕前を知る桂花にはうかつな返事はできない。
勝気で人に頼るのが嫌いなアシュレイがわざわざ来たからには尚更で、
「ね、でも、少しくらい出前でも──その方が余裕もできるし、部長さんのお相手もできますよ?」
伺ってみたが、旦那のいとこは首を横に振る。聞けばティアにもそう言われたらしい。が、ティアはアシュレイが作ったものならコークスだって
喜んで食べるはずだ。そんな男は問題外、迷う桂花に、アシュレイはエプロンの前をギュッと握りしめ、
「俺、ティアに何かしてやりたいんだ。あいつが俺たちにしてくれるように、俺だってあいつの嫁らしいことくらいしてやりたい……」
いじらしい決意を込めた言葉に、桂花は再び目を見張る。
初対面の時にはドラ猫吊るして呵呵大笑、心底魂消たが、この赤毛の新米妻は純粋で一途な人なのだ。この前だって冰玉を見て、『すごい早産だったのに、子供って健やかに育つもんだなぁ』と嬉しそうに笑って柢王に遠くを見させていた。いまだ気づかないのはこの人くらいだ。
その前髪と絆創膏から察するに、きっと早起きして自分でなんとかしてみたのだろう。それでも焦げた匂いに家族を起こしただけで
奇跡は
起こせなかったらしい。というより、あの家で内緒で特訓なんて間取り的に不可能だ。
別に、若い新妻が作る料理が劇的に炭だったとしても、部長も腹は立てないだろうが、それでも、自分や家族のためにがんばってくれている
旦那のためになにかしてあげたい気持ちはよくわかる。桂花だって、しめ切り抱えてあちこち原稿もらい歩く旦那のために、冰玉の面倒を見ながら、
家も自分もいつもきれいに、食事も栄養バランスを考えて…と気を使っているのだ。
それなのに、当の旦那といえば、打ち上げだ取材だと午前様のご機嫌さまで帰って来ては、
「冰玉、お土産だぞ〜っ」
と、やっと寝た子を起こしたり、
「なあなあ、こいつも寝てるしさ〜たまには一緒に風呂入ろうぜ〜」
と、『あんたが子供ですかッ!』みたいなことをしたり言ったり・・…・ああ、なんか思い出したら腹が立ってきた。
そういえば、冰玉が産まれる直前、実家に顔見せに行くのを、日帰り出張に行く柢王に言いそびれたことがあった。夕食の支度には
帰るつもり
だったのに、疲れていたのかうとうとして、気づけば夜。慌てて帰り支度しているところへ、柢王が片足スリッパ片足突っ掛けで息せき切って
飛び込んできて『頼むから帰ってく来てくださいっ!!』といきなり土下座したこともあったっけ……。
ふふ…、と微笑んでしまった桂花は、いや、と首を振る。いまはうちの話じゃない。同じ新妻として、アシュレイの気持ちはよくわかる。
桂花は頷くと、アシュレイの手を取って、
「それなら一緒に頑張りましょう。七日もあればなんとかなりますよ」
「ほ、本当か? 俺、がんばるからなっ」
アシュレイも希望に満ちたまなざしで強く頷いて・・…・。
そしてふたりでがんばったのだ。本当によくがんばった。炭化化合物がよーくローストしました×3くらいになる程度には……。
「部長さん、味オンチだといいけれど──」
行く気満々の柢王が、まだ寝ている冰玉にガラガラ鳴らすのをはたきながら、桂花は本末転倒なことを呟いていた。
アシュレイは息をついた。本格的な掃除は昨日桂花が手伝ってくれてすませたから、今日は調理だけ。
「がんばるぞ」
と、コンロの上の魚焼き網の取っ手握りしめたところに、勝手口の戸が開いて、三河屋のナセルが顔を出す。
「すみません! 配達立て込んでて──」
息切って謝るナセルにアシュレイは笑って、
「ちょうどいいタイミングだ。おまえにもずっと配達させて悪かったな」
「そんなことはないですけど……でも、アシュレイさん、大丈夫ですか? なんだったら、俺、お客さん帰るまでいますけど」
どうせ大将年寄りだし、御用聞きはもうひとりの店員のアランがしてくれるから、と言ったが、フリルエプロンフリフリ前髪もちゃんと直した
新妻は毅然と赤い瞳燃やして、
「大丈夫だ。七日も特訓したから今日はできる!」
自己暗示かけるような言葉に、七日同じ調味料を桂花さん宅に配達し続けたナセルは心でため息ついて、
(だから七日特訓したってことは七日目にも完成しなかったってことでしょう?)
しかも今日は肉料理だから魚焼き網は使わないはずだ──思うのだが、緊張顔を笑顔に隠した人妻にそんなことは言えない。
(ほんと、見てるだけって体に悪いよなぁ──)
丸に三の字の前掛けかけた三河屋さんが切ないため息ついた、午前十時だ。
東領が誇る花街で一・二を争うと言われている大店『無憂宮』。
殊に三階は上客のみが入れると言われていて、普通の客は二階の階段から覗くのがせいぜいだ。
その無憂宮の三階を覗いていた酔客の視界で、す、と控えの間の扉が開いた。
店の女に続いて出てきた姿は白い髪に紫微色の肌、そこに浮き上がった刺青が美しい――魔族。
目を剥いた男達に気づいた魔族は、にっこりと微笑みかけて会釈し、すぐに視線を戻す。
魂を抜かれた男達を背に、桂花は澄ました表情のまま、内心で呟いた。
(・・・馬鹿め)
柢王元帥の軍は花街警備を主とする。
兄達の嫌がらせ交じりの任務とは言え、危険は少ないし美人と知り合えるしと、意外と兵士達からは好評だ。『花の男衆』ランキングでも、頼りになる兵士達に投票する女達は多く、そうなるとなおさら、柢王元帥の軍は士気が高くなる。さらには恒例となりつつある、勝ち抜き戦上位者ご招待の宴。ここ東領の王子である元帥主催の宴である。中流貴族の出がせいぜいの兵士達では手が出ない美女と美酒、旨い食事と余興が振舞われるのだ。
今夜の宴の主役は、七班の兵士達だった。
班長以外はあまり親しく話す機会のない元帥と同席し、花街でもトップクラスの妓女に注がれる美酒。肴の旨さときたら芸術的なほどで、値段を聞くことなど、恐ろしくてたわむれにもできない。
「もう一生、こんなところ来られないよな・・・」
しみじみと一人が言えば、隣で同僚がこくこくと肯く。無言なのは口の中に物が入っているからだ。その傍らからすいと徳利が差し出される。
「まあ、そんなことおっしゃらないでくださいな。次の勝ち抜き戦でも勝って、またいらして、ね?」
艶やかな妓女が小首を傾げて微笑みかけると、髪に挿したかんざしがしゃらりと音を立てて揺れた。濡れたような眼差しに見つめられ、つい杯を呷る手にも力が入る。
「よう、楽しんでるか?」
笑みを含んだ声とともに徳利が傾けられた。はた、と見たそこにあるのは第三王子、柢王元帥の顔である。
「元帥! はい、楽しんでます!」
「今夜は無礼講だ、思いっきり楽しんでってくれ。で、班の奴らに自慢してやれよ」
「はいっ!」
自慢の結果、次回の勝ち抜き戦がさらに熱を帯びたものになることは予想するまでもない。
柢王は自身の席に戻ると、楽の音の中、傍らの妓女に尋ねた。
「桂花はまだか?」
「遅いですわね・・・見て参ります」
妓女が膝を浮かせたとき、ちょうど背後の引き戸が開いた。
「――お待たせしました」
あまり機嫌のよくなさそうな桂花の声がして、柢王は待ちかねた様子を見せずに振り返る。
そこにいたのは、普段どおりといえば普段どおりの、白一色の衣装の桂花だった。
「・・・布だな」
「布ですね」
あしらう調子で答える桂花が数歩踏み出す。装飾らしい装飾は足首に巻いた金鎖のみ、踏み出した脚の一方は腿の刺青までが半ば露わにされていて、体に巻きつけるように着付けられた白い布からは両の肩と腕、背中までもがむき出しにされている。
「これでも吾に合わせて作ったそうですが」
「・・・だろうな」
柢王の半歩後ろに膝をついて落ち着いた桂花の、胸と片足以外の刺青を見せ付けるようなデザインである。後頭部で結い上げてまとめた髪もまた、背中の刺青を隠さないようにという意図だろう。
「今日の仕立て屋は?」
「あとでご挨拶をと」
柢王が店の女に尋ねる横で桂花は澄まして座り、招かれた兵士たちは呆けたように目を丸くしている。
紫微色の肌に色濃く浮き上がる刺青――このうえなく魔族らしさを前面に押し出した装いだ。酒の席とは言えこれが許されるのは、享楽に聡い東領の花街の大店であるからに他ならない。他国でこれをやったら間違いなく、桂花も仕立て屋も、あるいは女将も首が飛ぶ。
呆然と己を見つめる兵士たちの眼差しに、桂花は悪戯心で微笑みかける。僅かに首を傾げ、後れ毛を揺らし、普段は刃物のように鋭い眼差しに匂い立つような色香を覗かせて。紅を差した唇が柔らかく綻ぶ様は咲き初めの花のようでもあり、長い間熟成させた酒が喉を滑るときの芳醇さを思わせもした。
「・・・よろしければ、一献」
すぐ傍に膝をつかれれば、白い布に焚き染めたと思しき微かな香りが肌をくすぐる。細身の体に女性的な丸みは存在しないというのに、しなやかな肢体、惜しげもなくさらした肌の肌理、控えめな微笑は、柢王元帥の趣味の良さをいやというほど知らしめていた。
「桂花、こっちに来い」
苦笑交じりの声が副官を傍らに呼び寄せる。
「俺のかわいい部下をあんまりいじめんなよ」
声とともに伸びた手が、白い髪に両側から挿してあった簪を抜いた。解けた髪が刺青の浮いた背を覆い、魔族の美貌にも落ちかかる。紫微色の手がそれをかき上げたときには、桂花の表情はもう、いつもの怜悧なものに戻っていた。
「仕立て屋が随分心配してましたよ。吾にこんな服を着せて、柢王元帥のご不興を買うのではないかと」
だったら着せるな、と柢王は思った。
「見る目が確かなのは褒めてやるよ。ただ、もう少し場を読めなきゃ一流にはなれねえな」
「今、何を飲んでいるんです? 吾にも一杯」
「ああ・・・って、もうなくなってるな。おい、もう少し持ってきてくれ」
酒席で酒を切らす失態を『無憂宮』の女がするはずがなかったが、彼女たちは心得顔で裾を払った。あわせて桂花も立ち上がる。
「では吾は着替えてきます。この格好は落ち着かない」
「えっ! 副官殿、もうですか?」
「もう少し・・・」
惜しげな声に微かに口角を上げたものの、桂花は止まらなかった。
「失礼」
背後で、次の曲を急かす元帥の声がした。
――機嫌が悪いな、と柢王は言った。柢王にとって花街は、天主塔と並んで第二の家というくらいには馴染んでいるが、今日は桂花の機嫌のために保険をかけて、二人だけのあの小さな家に帰ることにしたのだ。
「あなたこそ。吾がお酌して回ってたとき、すごい目でしたよ。隠してたようですけど」
「おまえがあの格好で入ってきたときからだぜ? 事前にどんなのか、確かめとくべきだったな。迂闊だった」
飛びながら、柢王の手が服越しに恋人の体を辿る。
「あなたは吾を着飾らせるのが好きだと思ってましたが」
「本気で言ってんのかよ、桂花」
宙に浮いたまま、柢王は桂花の額に己のそれを当てた。触れそうな距離で、わかってんだろ? と囁く。続いた声と返ってきた答えに、恋人たちは笑った。
見せびらかしたいけど見せ物にはしたくないんだ。
少しくらい妬いてください。・・・たまには。
その夜の家までの距離はひどく遠かった。
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