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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.179 (2008/01/31 01:14) title:PECULIAR WING 14 ─A  Intermezzo of Colors─
Name:しおみ (228.239.150.220.ap.gmo-access.jp)

BRILLIANT WORLD

 潮の匂いが濃紺に金をまき散らした夜空に漂っている。
 月明かりにほの光る白砂。後ろからはレストランの明かりと賑いが感じられるが、まだあたたかな砂の上に並んだ足跡をつけて歩く
ふたりの耳に聞こえるのは潮騒だけだ。

 軍の敷地を出て、一同は小解散。航務課スタッフは仕事に戻ったし、空也は頼まれた買い物に出かけた。残ったメンバーはひとまずホテルに戻ったが、
「ってことで、俺らはここで退散な。おまえたちも話したいことあるだろうし、俺らもせっかくの休みだから有効に使いたいし。
晩飯も勝手に食うから、おまえたちはふたりでのんびりしろよ。明日、帰るんだしさ」
 柢王がそう言って、フロントで鍵を受け取った。いつの間に部屋替えを手配したのか、スィート・ルームのナンバーを読み取ったアシュレイが
眉を吊り上げ、
「おまえ、ここに来たのはいちゃつくためかっ!」
 怒ったのに、
「だってここ俺のプロポーズ記念の島だもん。つーか、おまえもさ、アシュレイ。ここは忘れられない島になってんだから、いっそもっと
とことん忘れられない島にしてみたらどうだよ? な、ティア?」
 からかうようなその言葉に、アシュレイはきょとんとし、ティアはなぜだか真っ赤になった。爆笑する柢王の隣りで、桂花があきれたような
顔をしている。
 アシュレイはまだきょとんとしていたが、そのふたりの顔を見比べると、
「ふたりとも、いろいろ、悪かったな。それに──言ってくれたこと、役に立った、サンキュ」
 桂花の瞳を見てそう言った。と、爆笑をやめた柢王の瞳に優しい笑みが宿る。クールな機長も静かに微笑って、
「吾はなにもしていませんよ」
 こっちが立ち直ったようならそれでよしとばかり、さらりと接してくれる先輩機長たちに、アシュレイもちょっと面映いながらも笑顔を見せた。 
 明日のフライトは見送るから朝食の席で会おうと約束して、解散。ティアとアシュレイとは、少し休んでから夕食を一緒にすることにして一度、
部屋に戻った。
 そして、美しいドーン・ピンクとオレンジが交じり合う日没のレストランで食事をしてから、一緒にビーチを歩くことにしたのだ。

「星がきれいだね」
 ふいに、ティアが足をとめて言った。一歩だけ先を歩いていたアシュレイがふり向くと、零れ落ちそうに広がる星座を見上げているティアの
横顔が目に入る。瞳を細め、
「星空を見るなんてすごく久しぶりのような気がするよ。リゾートだったら何度も来てるのに、そんな心の余裕がなかったのかな」
 微笑んで、アシュレイに視線を戻す。アシュレイはそれに小さく肩をすくめ、
「おまえは忙しいからな。それに気にしないといけないこともいろいろあるし──」
「それは君たちだって同じだろ? いろんなところに行って、いろんな人と関って、大勢の人の安全を守って……大変な仕事だよ」
 アシュレイは頷いた。確かにそうだ。機長になってからなおさら、いまいるところはゴールではなくスタートなのだとわかることばかり。
ただ飛べれば楽しいと思っていた新米時代とは本当に違って来ているけれど。
「でも、誇りに思える仕事をしてると思ってる。だからそれに関るいろんなことが楽しい。それを束ねてるおまえの仕事だって、
俺はものすごく誇りに思えることだと思うぞ」
「うん、私もそう思ってるよ」
「──ティア、俺な……」
 と、笑顔で頷いたティアに、アシュレイは口を開いた。
「機長になってから、自分がひとりで飛んでるんじゃないって、ほんとにわかるようになってきたと思ってた。おまえや、みんなが
支えてくれるから俺は飛べるんだって、ほんとにわかってきたって思ってた。でも、あの官制であいつらのフライトを見守ってるしかない時に、
初めて、おまえや地上のみんなはいつもあんな思いをしてるんだなってわかった。俺たちのことサポートしてくれながら・・・…ただ信じるより
他にない時もあるんだって」
「アシュレイ……」
「心配するのは信じてないってことじゃないよな。信じるしかできない時もあるんだよな。気がつかなくて──いろいろ心配かけてごめんな、
ティア。それに、迷惑もかけて」
 言ったアシュレイに、ティアは目を見開く。慌てたように首を振って、
「私こそ、君の気持ちも考えずに、押しかけて来て本当にごめんね」
「おまえが来てくれて、嬉しかった。おまえの顔を見た時、本当は嬉しかったんだ」
「アシュレイ……」
 ティアが瞳を潤ませる。アシュレイはその顔を見つめて言った。
「昼間、あいつに言ったのは俺の本心だからな。俺はまだがんばっていろんなこと勉強しないといけないし、その間にもおまえに迷惑かけたり
心配かけたりするかも知れないけど……でも、俺はおまえが心から安心できるように、おまえが誇りに思えるようなパイロットになるから。
俺が飛んでるなら絶対大丈夫だって、おまえにも、みんなにも思ってもらえるパイロットになるから。だからティア──」
 アシュレイはまなざしを上げ、そしてこぼれんばかりの笑顔で宣言した。
「今度は俺が世界一のパイロットになって、おまえを乗せて飛んでやるからな!!」
 ティアの瞳が限界まで見開かれる。あふれてきた涙が、そのきれいな瞳をゆらす。
 泣き出しそうな、でも、その顔はすぐにアシュレイの見たなかで一番きれいな輝くような笑顔になって、
「うん、アシュレイ、約束だよ!」
 大声で答えると、抱きついてきたティアの体を、アシュレイもしっかりと抱きしめる。
 笑顔1000%、抱き合うふたりは────しかし、まだカップルではないので、回らない。
 
             *
    
             *

 午後の日差しが世界を金色を帯びたあざやかなブルーに染め上げる。
 上昇中の機体のコクピットで、アシュレイは、コー・パイ席の空也にフラップを畳むように指示を出した。
 ラジャーと答えた空也は、セッティングを終えると、きらめくような外の景色に瞳を細め、
「いい天気ですね。風も少ないし、今日はぶじに戻れそうですよ」
 航務課によれば、本日、空は雲の少ない上天気。帰着空港も雪の心配もなく、フライト事情は良好そうだ。中二日まであれこれあった
フライトだが、胸のうちがすっきりした機長も晴れやかな顔で、
「でも最後まで油断するなよ。クリスタルの空を出るまでは特にタービュランスの心配もあるから」
 ふたりして、油断なく全てを見張り、機体が更に上へと進もうとしたその時──
「キャプテンッ、レーダーに機体が……!」
 空也の言葉に、えっ、とレーダーを見れば、それは後ろから左右に広がりつつ追い上げてくる小型の機影が四つ。
「どうゆうことだ? 空也、官制に……」
 言いかけたアシュレイの言葉を遮るように、無線から、聞き覚えのあるイルカチームのリーダーの声がした。
『王室からの命で、この機が領空を出るまで護衛をします』
 言われて、驚いたアシュレイは、思わず視線を左に向けて、げっ、と叫ぶ。
 晴れ渡る青い空。コクピットの窓の左、一定の距離は開いているものの、飛んでいるのはあのイルカチームの青い機体だ。アシュレイの側に
二機、空也側に二機。
「ご、護衛って、みなさんがですかっ」
 確かめるようにそう言うと、リーダーの声はこともなげに、
『はい。昨夜命令を受けました。そちらの航務課には話が伝わっているはずですが』
 ふたりはえっと目を見張り、それから、ああっと叫んだ。本日のプランニングをしてくれた航務課スタッフは、では、と出かけようとする
ふたりを引きとめ、ふしぎな笑顔でこう言ったのだ。
『ふたりとも、承知だと思いますが、空の上では色々なことが起きます。冷静に、そしてお客様に楽しんでいただけるフライトにして下さい』
「あれはこのことかーーーっ」
 言わないかふつうは、言うだろう? 心の中の航務課に尋ねてしまうアシュレイの隣りで空也も青ざめた顔で、
「機長、護衛があるほうが危ないですよっ」
 だが、四機は上昇するこちらの機体の、ニア・ミスにならない距離を悠々飛んでいて、それが王室のご厚意だと言われたら文句のつけようがない。
むむむ、と考え込むアシュレイの耳に、イルカ・リーダーが、
『氷暉はいませんからご安心下さい』
「って、いたらびっくりだっ!」
 思わず、アシュレイは柢王ばりにつっこむ。が、すぐにため息をついて、
「王命でまさか落とされることはないだろ。空也、操縦頼む」
 空也に操縦を任せると、客席用のマイクのスイッチを入れた。

『お客さまに、機長よりお知らせ致します。ただいま、当機の左右にクリスタル・アイランド空軍の機体が飛行しています。これらは
クリスタル・アイランドの誇る精鋭『エア・ドルフィン』──王室の特別なお計らいにより、本日、当機がクリスタル・アイランドの領空を
出るまで見送ってくれる予定です。窓際のお客さまにはどうか、シェードを上げてご覧下さい』
 流れてきたアナウンスに、Fクラスの座席にいたティアは目を見張る。へぇーと、客席がどよめいて、他の客たち同様、ティアも急いでシェードを上げた。
 と、真っ青に輝く空の先に、きらきら光る青い機体が、上昇しているこちらと並んで飛行しているさまが見える。
「戦闘機だ」
「初めて見るよ」
 興奮にざわめく機内にはいつになくわくわくした気配がただよって、CAたちもめずらしそうにちらちらと窓の外に目をやる。
その四機は、次第にうっすら流れる雲が出始める頃までそうして、天界航空機の左右を護ってくれていたが──
 ふいに、合図されたように、機体が翼を傾けて、視界の下に消えていく。
「あぁ…」
 と、客席に名残惜しそうなため息がつかれたその時──
 わあっ、と歓声が上がった。見れば、もう数qは先の空に、翼を揃えた四つの機体が、こちらの向う視界の右から左へ大きな半円を描いていく。
その後に、浮びあがったのは色あざやかなスモークで描かれた、七色の虹だ。

 扉ごしに沸き起こっている拍手を、コクピットのアシュレイと空也は目を見張ったままで聞いていた。クリスタルの領空ギリギリ、
描き出された数qの虹の橋をくぐりながら、
「……いい旅になりそうですね、キャプテン」
 戻っていく機体をレーダー上に見送る空也が、アシュレイの顔を見て微笑んだ。アシュレイも肩をすくめ、
「ほんとにめちゃくちゃな軍隊だな」
 いいながらもその美しい空を見つめる。
 今度の旅で、初めて接したファイター、と呼ばれる人たち。
 旅客機とは違う機体、違う目的、違う思いを抱えて、違う高さを飛ぶ翼。超音速が気流を切り裂くその世界でかれらが本当に見ているものが
なにかなど、人生初めの新米機長に本当に理解できたはずがない。
 それでも、
(俺は俺の大事なものを護って飛ぶんだ──)
 乗客を。かれらの大事な思いを。待つ人のところまで大切に連れていく。それが自分の夢だし、自分の翼だ。ファイターたちが護る安全な
地上から、大事な命を乗せて目的地まで飛ぶ翼。
 誰も彼ものすべてを理解することはできないけれど、思い描くことで、人はより優しく強くなれる。
 だから、心を鍛えて、可能性の限り大きな夢を思い描いて、後ろに乗ってくれる人たちにただ一度の大切な旅を提供できるように──
 そのためにも……。
「絶対に、世界一のパイロットになってやるからな──」
 微笑んだ機長はホィールをしっかり、握りなおし……。
 
 やがて機体は超高高度のコバルトに輝く世界に包まれていくのだった──
 

 上昇する機体はやがて色あざやかなコバルトの続く高高度の光のなかへ──


No.178 (2008/01/30 20:15) title:PECULIAR WING 13 ─A  Intermezzo of Colors─
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

BREAK THROUGH

「お騒がせしまして申し訳ありませんでした」
 やはりどこまでも落着き払った隊長がそう言ったのは、司令塔の一階にある、おそらくお客様用の部屋でのことだ。
 正体不明機をぶじに追い払い、墜落した機体とパイロットを迎えに行く指示を出すコントロールと裏腹、用事もなくなった天界航空一行様は
早々に軍の人に連れられて管制塔を出た。
 もとから管制塔は関係者以外立ち入ってはならないところであるし、いましがたの出来事は平和な旅客機業界にいる身としては
終わったからこそよけいドキドキすることだ。指示を出してから行きますと言った隊長を残し、軍の人の運転で司令塔へ向う間もメンバーは
誰も口を聞かなかった。
 司令塔の客室のようなところで冷たい飲み物を口に入れてようやく、
「……んっと、よくやるよな、軍隊って。あんなん毎回やってたら絶対ストレスでハゲるって」
 やれやれとばかりの苦笑いでそう言ったのはやはり柢王で、ティアも大きくため息をついて、
「おまえたちはまだいいよ、わけがわかるもの。私なんか心臓止まりそうで……」
「ああ、なんかおまえ、そんなのマジでありえねぇだろっ!みたいなこと口走りかけただろ、あん時。つか、まあ、俺も思ったけどさ」
 ソファの背に首を乗せた柢王に、ティアは恥ずかしそうな顔をしたが、
「アシュレイが止めてくれたから……ずっと、私の手、握っていてくれたんだよね」
 心底ほっとしたようなその笑顔に、アシュレイも頷いて、
「俺だってびっくりしたからな」
「本当ですよね」
 と、空也もしみじみと頷いた。
 他人のフライトでここまで心拍数が上がることなど誰も初めてに違いない。軍のフライト。軍の緊急事態。長くこの世界にいる人でも
経験する人はほとんどないに違いないそれを立て続けに見て、それぞれ疲労と感慨がのしかかっている感じだ。常識外れの、まさに奇跡のような
ものすごいフライトでもあったはずなのに、それに対して誰も言葉が出て来ない。
 と、窓の外、轟音が近づいてきて、見れば遠い滑走路にあの銀の翼の機体が滑り込んでくるところだった。機首を必要最低限までしか下げない、
独特のやり方で、この前と同じく、奇跡のように減速していく。
「ぶじに戻ったみたいですね……」
 窓の外を見た桂花がつぶやく。アシュレイもそれに頷いた。
 と、そこにノックの音がして、隊長が制服将校ふたりとともに入って来たのだった。

「みなさんにはよぶんな心配をおかけすることになって大変申し訳ない。どうかご容赦下さい」
 頭を下げた隊長に、代表のティアが慌てたように居住いを正す。
「こちらこそご迷惑をおかけして申し訳ありません。ですが……本当に心に残る場面を見せていただいたと思います。こんな言い方は
失礼かもしれませんが、軍の方に対して、心から敬意を抱きました」
 まじめな顔でそう答えたティアに、隊長が初めて、優しい顔で微笑んだ。その瞳をアシュレイに向けると、
「あれがファイターの全てとはいいませんが、現実の一部ですな。だからと言って、あなたになにか求めようというつもりはありませんが」
 言った隊長に、アシュレイも頷く。
「見せてもらって……よかったと思います。無理を聞いてくださって、ありがとうございました」
 頭を下げたアシュレイに、ティアが、アシュレイとつぶやいて微笑む。柢王たちもほっとしたように瞳を見合わせた。

 帰りも炎天下の空の下、軍の人の送りつき──
 晴れ渡った空の色はあざやかで、つい小一時間前にその上でドッグ・ファイトが行われようとしていたことなど伺えない上天気だ。
敷地を走るジープの座席でアシュレイはため息をついた。と、その瞳にアラートの裏側から出てくるパイロットの姿が映る。
「止めてください!」
 軍の人が驚いたようにジープを止める。とたんに、アシュレイは外へ駆け出した。
「アシュレイッ!」
 ティアも慌てたように車を降りる。その後に続こうとした柢王を、桂花が腕を伸ばして遮った。
「え、なに?」
 尋ねるのに、クールな美人は軽く顎で向こうを指し示し、
「あれが例のパイロットだと思いますよ」
 言われた柢王は、えっ、とそちらを見やった。そして、笑みを浮かべると肩をすくめ、
「じゃ、しゃーねーか。自分のフライトの問題、だしな」
 どっかりと、浮かせた腰を落ちつかせた。

「おまえっ!」
 アシュレイの声に、炎天下の日差しのなか、暑いに違いないフライトスーツに身を包んだあのパイロットは、めんどくさそうに顔をこちらに
向けた。息を切らせて駆け寄ったアシュレイと、同じくその後ろで見守るティアとを無感動に見ると、
「なんだ、サル、まだいたのか」
 どうでもいいことのように言う。
 ヘルメットの下の汗でわずかに額に張りついた髪と、その瞳の上から頬を切り裂く傷跡。まだいたのかと言うことは、アシュレイが思わず
叫んだ声を、無線越し聴き取っていたということだ。それでも、高濃度のコバルトのようなその瞳は相変らず冷ややかで、こちらの感じている
思惑など切り離す温度だ。
(たったひとりで飛ぶ翼……)
 地上で誰がどう思おうと、闘うその時、あの張りつめた空に見るのはただ自分の闘うべき相手だけ。それがファイターというものだろう。
仲間とともに空にいても、そこで感じる気持ちの温度は旅客機のコクピットとは大違い。
 そのことのなにを、アシュレイが真実、実感できたわけでもない。
 それに、
(国を護る翼は、いつか、他の国の愛国者を撃ち落すかもしれない翼だ──)
 それが世界の現実の一部なのだとしても、それをどう解釈したらいいのかさえ、いまのアシュレイにはわからない。
 ただ──
(本当に、それだけなのか……)
 あのコクピットのなかで、この相手が感じるものは、いつでも張りつめた気持ちだけなのだろうか。
 フライトにリハーサルはない、と言った隊長の言葉の意味はよくわかる。旅客機の機長だって同じことだ。でも……。 
 楽しさは、無責任とは違う。あの空の上でのびやかな気持ちになるのは、だから後ろのことなど忘れているというのとは違うのだ。
 パイロットが命の重さを忘れたら、それは命の無軌道で身勝手な翼になる。だが、同時に、空や翼を信じる気持ちがなければ、
誰があの場所で、命を護る強さを信じられるだろう。空も翼も好きではなくて、誰がヴィルトゥオーゾと呼ばれるほどうまくなれるのだろう。
飛ぶことにかけらも楽しさがなくて、
(あんなフライトができるのか──)
 目の前にくるりと半回転して放たれた矢のように視界を過ぎる。腹は立ったけれど、それでも、あの機体を自分の手足のようにして飛ぶ高揚は、
そこに命が関るのとは別の次元で当然のことだろうに。
 こちらを見下ろす冷たい瞳に、そう言いたかったけれど、それを言うことはできない。
 だから、アシュレイは別のことを言った。
「おまえのフライト、見たぞ。……すごいと思った」
 けどなっ、と、アシュレイは語気を強めて相手の瞳を睨んだ。
「だからっておまえがやっためちゃくちゃは許さないからなっ! おまえがなに考えて飛んでるかなんて俺にはわからないけど、
俺は──俺だって、自分の客を大事にその大切な人のもとまで届ける責任があるんだ! だからおまえのしたニア・ミスは絶対に許さないからな!」
「アっ、アシュレイ!」
 ティアの慌てたような声が背後で聞こえたが、目の前の相手はバカにしたように肩をすくめ、
「サルに許してくれと頼んでない。話がそれだけなら出ていけ、ここは軍の敷地だ」
 下らないことを聞いたように背を向けようとする。その背中に、アシュレイは叫んだ。
「だから俺は世界一のパイロットになってやるからなっ!!」
 えっ、と、ティアの驚いた声が聞こえる。痩せた背中がぴたりと止まって、その頭がかすかにこちらを向きかける。アシュレイはそれに
腹の底からの大声で続けた。
「俺は絶対、世界一のパイロットになってやるから! おまえにだって、他の奴にだって、俺が飛んでるなら大丈夫だって言われるくらい、
うまくなってここの空を飛んでやる! おまえが二度とあんな悪ふさけできないように──俺は、世界一のパイロットになって、
俺の客を絶対安全にこの島に連れてくるからなっ!!」
 そう──
 やっと、迷いが晴れて雲間から光が差すように。
 決めたことはそのことだ。
 世界一のパイロットになって、自分の客をこの島に、そして、待つ人たちのところまで連れていく翼になること。
 空の旅はアシュレイとってはいつも胸をときめかすものだ。
 小さい頃、父親の乗った機体を眩しい思いで見上げていたあの頃と同じに、いまでもあの真っ青に光に満ちた空の上は、胸をときめかせて
くれるものなのだ。
 トラブルがあったり、力不足で歯噛みしたい気持ちがあったとしても、あの遮るもののないコクピットから見る世界はいつも輝きに満ちている。
あの場所から見る世界は、人の決めた境界線など意味をなさない、純粋な光に包まれている。
 だからその空の上を。
 自分のシップに載り合わせた全ての人を、大切に、地上で待つ人のところに連れていく。
 それが誰かにとって心ときめく旅であっても、そうでなかったとしても、ひとつのシップに同じメンバーが載り合わせた旅は一度しかない。
国籍も年齢も違う人たち。そこでしか、居合せることのない人たちを、人生の次の場面へ、そして、その人たちを地上で待つ大切な人たちの
もとに送り届けることこそが、自分の役割なのだ。
 だから、その人たちに、自分が飛んでいるのなら大丈夫だと思ってもらえるように──
「俺は絶対世界一のパイロットになってやるからなっ!!」
 心の底からそう宣言したアシュレイの前で、張りつめたフライトスーツの背中は、しばらく動かずにいたが……。
「寝言は寝てから言え、サル」
「いいいいーーーっ」
「おまえの腕じゃ百年早い」
 パイロットはバカにしきった顔でこちらを振り向くと、アシュレイの瞳を見据えてそう言った。
「つまらないことで時間使った。さっさと山に帰れ、サル」
「おまえなぁっ」
 アシュレイは真っ赤になって叫んだ。
「時間取ったからっておまえどうせ営倉に戻るだけだろうっ! 禁固刑が偉そうに言うなっ!」
「うるせぇ、サル。サル山に帰ってから騒げ」
「ふざけるなっ! おまえこそ永遠に禁固刑くらって出てくるなっ!」
「ふざけてるのはおまえのフライトだ。浮かれる暇があったら海鳥の様子でも見ろ、サル。今度来る時もあんなにちんたら飛んでたら
さっさと撃ち落すぞ」
 吐き出すように言い捨てたパイロットはもう振り向きもせず、ヘルメット片手にいかにも面倒くさそうな足取りで炎天下の日差しのなかを
去って行く。アシュレイはその後姿をただ、見送った。
 傍若無人で、会話を交わす以前の資質が丸欠けのいやみな奴。言葉も態度もむかつくことだけの本当に腹の立つ奴、なのだが……。
(俺が言い終わるまで、いて…くれた、んだよな──)
 おまえに護ろうとするものがあるように、俺だって、大事な命を抱えて飛んでいる。
 そのことだけは、絶対に譲れないと──
 その気持ちが伝わってくれたかどうかは、全く、わからないけれど……。
 ため息をついて、振り向くと、ティアが驚いたように目をまん丸にしてアシュレイを見ていた。
 アシュレイはそれに微笑んだ。手を差し出して、
「よし、ティア。帰るぞ!」
 ようやくふっきった、晴れやかな笑顔でそう告げた──


No.177 (2008/01/30 20:07) title:PECULIAR WING 12 ─A  Intermezzo of Colors─
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

PATORIOT

『320、366応答せよ!!』
官制の声が緊迫を帯びる。ガリガリと機体が軋むような音が無線の交信を妨げる。
「入って下さい!」
 鋭い声に振り向けば、ゲートが開いて、隊長が天界航空一同を待っている。驚きに硬直していた一同は慌ててその後に続いた。
長いエレベーターを昇るなか、軍の人たちは誰も口を開かない。厳しい顔で無言。天界航空一同も黙り込む。
 がくん、とエレベーターが止まって、扉が開く。軍の人たちが早足に廊下を行くのを天界航空一同も追いかける。コンピューターで制御された先は
対空通信室、いわゆる『航空官制管理塔』だ。
 ドアが開いてわらわらとなだれ込んだ一同の耳に飛び込むドンッ!!と、金属のぶつかる音。なにかが破裂するような爆音。四方ぐるりと
ガラス張りの窓の下、正面のデスクでパネル式のモニターを覗きこんでいた管制官が立ち上がり、
「アクシデント! 320が366の尾翼に接触した!」
 えっ、と、部屋の中の空気が張りつめる。軍でも官制は複数いて、それぞれ担当の機を見張っている。ちらとこちらを見たものの自分のデスクを
離れないその人たちと、デスクにかけつける人たち。来たばかりの隊長たちは後者で、ゆえに、天界航空一同もその後へ続いた。
(あ……)
 ぎゅうぎゅう込みあった人の間から、嵌めこみ式のパネルモニターを幾つも抱えたデスクを垣間見たアシュレイは思わず息を呑む。
意外なようでもパイロットが管制塔に入ることはほとんどない。おそらく民間の数倍先行く最新システムの画像は広域レーダー、
機体を中心にしたレーダー図、ウェザー・レーダーに風速気圧モニター、そして──
(カメラが……)
 官制の前、右手の側で画像が激しくぶれているのはおそらく偵察機の見ている画面だ。偵察機とは戦闘機ではあるが偵察が一番の目的で飛ぶ機だから、
カメラが載ることもあるとどこかで聞いたことがある。
 が、そんなことに感心できたのはそこまでだ。目の前ではパイロットと官制がノイズのなかで、
『コントロール! 320右エンジン炎上! 錐揉み失速!』
「320! 聞えるか、離脱しろッ!!」
「風速220! 366、持ち応えろ!!」
 ガーーーッと耳に突き刺さる音と共にレーダー上の機体がひとつ左後方へ流されるように押しやられていく。マーキングされた
それはCAF320──クリスタル・エア・フォース320。対して画面上部はCAF366と、アンノウンとマークされている
ふたつの機影が、カメラの画像にいま映る世界がぶれにぶれて青と計器パネルの色の万華鏡のように変る上空の風の強さを表すように、漂っている。
「ヘリをスタンバイしろ! 」
「海軍の巡視艇に打電を打て! 沖合いPポイントより2q南下した辺りだ!」
 救助の指示が飛ぶなかで、隊長が、画像上、赤くタービュランスの文字が光るモニターを見ながら、隣りにいた将校に聞いた。
「向こうは持ち応えているな」
「引く気配はまだないようですね」
 と、将校も冷静な声で答える。隊長が一度、険しい顔をして、
「Cチームをエプロンへ……」
 言いかけた声を遮るように、
「四時方向にオーロラっ!!」
 官制が鋭い声を出してモニターを指した。
 見えない壁を築くように、揺れるレーダー上で対峙する3機の右下から、一直線に上昇していく白いライン。
 そして、ようやく見え始めた、小刻みに焦点を変える計器だらけのコクピット、その虹を映す風防の向こうに見える丸い青空。
彼方に、鋭い翼を鈍色に光らせ旋廻している戦闘機の姿。
 その眺めを切り裂くように──
 七色の光が視界を過ぎる。瞬時、きらめく銀の翼。遅れて、雷鳴のような轟音が、偵察機の無線越しにドォォォン…と、コントロール・ルームに
響き渡った。
『──氷暉か…!』
 驚いたようなパイロットの声と、張り詰めていたコントロールにハッとつかれた安堵の息。
 いつのまにか視界のはるか先、偵察機と相手機の微妙な間合いを遮るように、鋭く旋廻した銀の機体から、あの醒めた声が無線越しに低く、
『コントロール、366に帰還命令を出せ。左翼後方に裂傷、これ以上は無理だ』
 思わず、アシュレイは拳を握りしめた。
「風速216!」
 官制の声と同時に無線からもコクピットに響くブザーの音が聞こえて来る。一定以上の風圧がかかると警告が響くのは旅客機でも変わらない。
ガガガガと、画面とノイズに機体にかかる風圧がわかるそのなかで、
『チェックは済ませた! まだ飛べる。向こうが落ちてないのにこちらが戻れるか!』
 叫び返すパイロットの声と、それに答えた、
『ゴミを相手に死にたいなら好きにしろ──』
 あの、どうでもいいといいたげな無感動な響き。
 風速が210を越えて、パイロットの視界がまたぶれ始める。対峙しているといっても飛行機のことだ、相手も自分も飛んでいるのだが、
視界にちらちら見え隠れする鈍いブロンズの翼たちは、その風のなかでも編隊を組んで、ぴたりとバランスを崩さない。
 それに対して、こちらの機体は、680が366の視界の前方を旋廻し、まるでそこが第一の防空エリアであるかのよう。接触した機体が
本当に危ないのならパイロットはかならず降りて来る。それでも、ダメージを負った機体の耐久は通常と異なってあたりまえだし、
ましてやタービュランスの炸裂する中だ。旅客機のパイロットならとっくに逃げ出している。
 それを、ファイターたちはうろたえもせず、
『氷暉、向こうは引く気がないぞ。本気で来るか』
『それなら墜とせばいいだけだ』
 正体不明機の目的が単なる篭手調べであろうと宣戦布告ためであろうと、それを黙って見過ごす選択肢はかれらにはない。ファイターは
国を護る第一線の翼だ。地上の誰かが傷つくよりはるかに前に、自分を護る命があったと知られないまま消えていくかもしれない
役割を背負った、翼なのだ。
 その張りつめた世界にいるあのパイロットの気持ちがどんなものかなどアシュレイにはわからない。
 ただ、
(あいつ……音速で乱気流に突っ込んだ──)
 あの銀にきらめく機体が視界を切り裂いた瞬間、見えたオーロラは、音速をはるかに越えた極限の速度でしか生み出されない気流の流れだ。
そのあとに響いたソニック・ブーム──雷に似た衝撃波の強さもまた、それが最高速度をマークした証のようなものだ。
 瞬時といえ、風速125mの風がいつどの方向から来るかわからない空域……事実、仲間が錐揉みになってコントロールを失ったその空域に──
「隊長、Cチームを上げますか」
 官僚が管制官のすぐ側にいる隊長に尋ねた。
 と、隊長はマイクを取り、
「氷暉、聞えるか。いまCチームをスタンバイさせている。上げるかどうか、おまえが判断しろ。いますぐだ」
 言った隊長に、アシュレイたちのみならず管制官たちもギョッとした顔をしたが、無線の向こうの声は低く、
『必要ありませんよ。じゃまなハエは追い払えば済むことだ』
 その言葉にティアがさらにギョッとした顔をしたが、隊長は、
「ならそうしろ。ただしエリア外で墜とすなよ」
 と、パイロットは、めんどくさそうに、了解、と答えたあと、
『墜ちるのは向こうの勝手ですから──』
 マジでっ? 叫びそうだったティアの手を、とっさにアシュレイは握りしめた。ティアがハッとしたようにこちらを向く。
アシュレイはその手を強く握ると、小さく頷いて見せた。
 慣れない場面にうろたえそうなのはティアだけではない。アシュレイも、誰かのフライトがこんなにこわいと思ったことはない。
 でも、ティアはいつでもこんな思いで自分たちのフライトの様子を見守っているのだ。初めて飛んだ時も、機長になって最初のフライトの時も……。
(地上でできることは願うだけなんだ……)
 自分のやることをやって、後は願うしかない。パイロットがその役割を完全に果たすことを。無事に、自分たちのところに戻って来ることを。
それは戦闘機でも旅客機でも変らない。その目的は全く異なっても──
(この場所で、望めることはひとつだけだ……)
 機長になりたい、そう願った自分の夢を、共に望み、励まし続けてくれた親友の、その心にある不安や重さ。そうしたものを、
自分はいままで本当に考えてみたことがなかったと、この場所にいて初めてわかる。
 だからこそ──
(俺は──……)
 握り返すティアの手のぬくもりに、アシュレイがまなざしを強くしている間にも、上空のパイロットたちは的確に判断を下していく。
『コントロール、相手機を分散させて追い上げる』
「ラジャー、680。366、無理はするなよ」
『こいつをひとりにする方がよほど危ない。俺が後方の奴につく』
『了解』
 言うやいなや、ふいにレーダー画面上の二機が二手に分かれて広がった。一機は相手機体の後方へ。そして、もう一機はその並んだ機の
ど真ん中に突っ込むように加速していく。コクピットの外壁が軋むような音。エンジン音が鋭く聞え、
「速度2M──あいつ最大速で行く気だぞっ!」
 叫んだ官制の声に、隣りで風を見ていた管制官が、
「ウィンドシアー、ダウンバースト!!」
 重ねるようにマイクに向って叫んだ。
 とたん、偵察機の画像が大きく乱れる。その先で、映っていた銀の翼がすさまじい勢いで下に押し付けられる。木の葉のように
揺らされる機体がくるくる錐揉みになる。
「氷暉ッ!」
 みんなが体をデスクに乗り出した。無線から聞える警告音。ガリガリ歪む機体の音。画面の上で680のマークがあらぬ方向に流され、
偵察機のパイロットが、
『氷暉っ!』
「墜ちるなっ!!」
 アシュレイが思わずその旋廻する機影に叫んだ瞬間──
 ドオーンと音がして、偵察機のゆれる視界に銀の機体が飛び込んできた。同じ下向きに叩きつける風のなか、ゆれながらバランスを保って
飛んでいた相手機のそのわずかな隙間に割って入るように、真下から、垂直の角度で。
 煽られたように、相手の機体が離れる。バランスを崩してふらつくそれへ、あの醒めた低い声が告げる。
『F16、機首を返せ──これが最後の警告だ』
 はぁぁ、と、コントロールに漏らされた複数の息。アシュレイの体からも力が抜けていく。
 画面の上では急展開に、二手に分かれた相手機体をこちらの二機が追い上げていく。偵察機の画面の前には鈍金に塗装された機体の後姿。
そのはるか前方では、明らかに逃げていく相手の後ろから追い上げる銀の機体が、急げと言わんばかりにギリギリのラインを飛んでいる。
 それでも、二手にわかれた相手も粘り強いのか意地があるのか、エリアギリギリを逃げまわっていたが──
『これ以上警告はしない。墜とすぞ』
 苛立ったより確実な意思を感じさせる無感動な声が無線越しそう告げ、コンピューターのピピピ…と照準を合わせる音と共に、
『ロック・オン──』
 告げられた瞬間、ギューンと、二機が揃ってアキュート・ターンでこちらの視界を離れる。翼を揃え、一直線、防空エリアから
離れていくのに、コントロールの人たちがため息をついた。
 官制が空の上のふたりに向って言う。
『ご苦労だった。ふたりとも帰還しろ』
 と、それへ、
『先に戻ってろ』
 言い残すとふいに680が高度を下げる。えっ、といまほっとしたばかりの一同が目を見張る。
『366帰還しろ。680、なにする気だ!』
 官制の声に返事はなく、機体は画面を西に高度を下げていく。アシュレイは思わず、隊長の顔を見た。何もがあっても動じないようなその横顔。
命令に従い戻る366と裏腹、機体が海上ギリギリの高度まで降りて、しばらく、
『コントロール、Pポイントから南西12qだ』
 入った通信に、アシュレイたちは一瞬、きょとんとしたが、軍の人たちはハッと顔を上げ、
「コントロールより救助ヘリ、320パイロットはPポイント南西沖合い12qだ!」
 ハッとしたティアの顔越し、やはりごく落着き払った隊長の横顔を──アシュレイは瞳を見開いて見つめるだけだ。


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