投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
月明かりに照らされて、銀の波がゆれる。
欠けてゆく月は、それでもまだ足元を確認するにはじゅうぶんだった。
戯れにススキを一本手にしたアシュレイは、ひんやりとした風を吸いこむ。
色とりどりの花を楽しませてくれる春やさわやかな夏もいいが、自然界が小休止に向かうすこし前の、秋という季節も過ごしやすくて好ましい。
ここに来る前、天主塔に行ったらティアから嬉しい情報が入った。
「実はね、転生したアランとハーディンが一緒に日本の平城京にいるんだよ。」
「一緒にっ!?なんで?親子なのかっ」
「いや、仕事仲間みたいだね」
「仕事・・・鍛冶師か?アランも?」
「ちがうよ、ハーディンは仏師でアランは画師」
「ぶっし?」
「御仏を彫るのが仏師。画師のアランはそれに色づけをしてるんだ」
「へえ・・・・・ハーディンは刀剣を打つかと思ってた」
ちょっぴり残念そうなアシュレイの声に「鍛冶師じゃないけどとても優れた職人になったんだよ」とティアは穏やかにほほ笑む。
「そっか。職種が違ったとしても、あいつやっぱり腕のいい職人になったんだな。俺、見に行ってみる。アランにも会いたい」
「それはダメ。分かってるよね?必要以上に人間に関わってはいけない」
「・・・・・ほんのちょっと、遠くから見るだけでも・・・・・・ダメか?」
上目づかいで首を傾げるアシュレイに、ティアはグッと息を飲む。
計算なのか、天然なのか。ティアは警戒しながら恋人を窺った。
「・・・・・彼らに関わらないと約束できる?絶対に遠くから見るだけ?」
「見るだけだ」
「もし約束を違えたら一晩・・いや、二晩かけておしおきするよ?」
「・・・・仕置き?」
半ば察しているようすで不安そうに自分を見るアシュレイがかわいい。
「言わなきゃわからない?じゃあちょっと実践で説明してみようか・・・・・アシュレイッ!」
目を通していた書類を伏せ、イスから腰をあげたティアより先に彼はバルコニーへ飛んでいた。
「ようす見たらすぐ戻るからっ」
「こらっ!まだ承諾してないよっ!」
もうジッとなんかしていられない。二人に会いたい。
(ティアだって、俺がこんなこと聞いて大人しくしてられないことくらい判ってるはずだ。それを承知で言ったってことは・・・遠目なら構わないってことだろ)
自分に都合のよい方へ解釈して、アシュレイは人界まで来た。
今までも、亡くなってしまった部下たちの転生をこっそり見てきたのだ、あの二人には特別な思い入れもあるからなおさらの事だった。
しかし、平城京にいるというところまでは聞いたが、それ以上の詳しい情報がわからない。
しかたないので人間に変化し、聞きこみ捜査を始めようとしたのだが、転生を果たした二人の名も知らないのだ。これでは尋ねようがない。
「もっと詳しいこと聞きだしてからくればよかった・・」
落胆したまま荒野を歩いていくと、小屋がいくつか並んでいるのが目に入った。
灯りがともっている、誰かいるようだ。
もしアランたちなら転生したとは言え、そうと判る自信があるアシュレイは、足を忍ばせながら近づいていった。
「そんな都合のいい事ねぇだろうけどな・・・・・・ん?」
自分よりはるか高く伸びた大木に、奇妙なものがぶら下がっているのに気づき目を凝らしたが、ちょうど月が雲にかくれて見えなくなってしまう。
「魔族の気配・・」
アシュレイが顔をしかめると、背後からとつぜん腕をつかまれた。
「!」
「こんな時間にどうした?何か用かい?」
一瞬、この男が魔族か?と身構えたが、彼から魔族の気配は感じられない。人間だ。
月がふたたび姿をあらわす前に変化してしまおうとしたその時、小屋の中から別の人物が出てきた。
「万福、戻ったのか?悪いがこの部分の色をもう少し――――誰だ?」
「秦、こんな夜更けに子供がひとりでいたんだ。中に入れてやろう」
燭台を手に小屋から出てきた秦という男の方へ見せるように、万福と呼ばれた男がアシュレイを押し出すと、覆っていた雲が途ぎれ月が顔をだした。
それを合図にしたかのようなタイミングで、空から黒い物体が落ちてくる。
「下がれ!」
アシュレイが二人を小屋の方へつきとばし、その前に立ちふさがる。
「魔族・・・・?だよな、こんなデカイの・・グロ過ぎる・・」
巨大な黒い芋虫。所々に黄色や赤の点がある。
「・・・・、こっちまで来たのか、化物め」
秦がひっくり返ったままうめいた。
「なにっ?よく出没するのか―――――・・・って、お前アランかっ!?・・ハーディンも!」
こんなに都合のいいことが!?
転がっている二人を見て、アシュレイは魔族の出現よりも胸が高鳴る。見まちがえるはずもないくらい、二人の面影はそのままだった。
「つい先日、山向こうの里を襲ったやつだ」
立ちあがった万福=ハーディンがアシュレイの手を引きよせ、自分の背後にやる。
秦=アランも、庇うようにアシュレイの前へ出る。
「二人とも・・・変わんねぇな」
姿形はもちろん、とつぜん現れた素性も知れない自分を庇おうとする人の良さも変わらない。
「いっきに片付けてやる!」
切るより業火で燃やしてしまった方がいい。そう判断し、二人の制止を振り切って芋虫に火を放とうとしたとき、黄色や赤の点々からビュッと液体がアシュレイ目がけて飛び出した。
「わぁっ!?」
ぬるりとした臭い液体にアシュレイが狂ったように跳びはねる。体中がピリピリと痛い。
「くせぇっ!くせーっ!!鼻が曲がるーっイ、イテッ、イテテ、なんかしみるーっ」
暴れるアシュレイを小屋の方へ引きずり、ハーディンが叫ぶ。
「秦、(アラン)水を!」
息がうまくできなくて、アシュレイはもがきながら倒れてしまった。
「せーの!」
小屋の前に置いてあった大瓶を二人で斜めにすると、勢いよく水がこぼれてアシュレイについた液体を洗い流してくれた。
自分たちの衣でずぶ濡れになった体を拭いてやると、ようやくアシュレイは大人しくなった。
「う・・・・」
「逃げよう、早く逃げないとまたやられるぞ」
アシュレイの脇を肩で支え、引きずるように小屋の裏まで逃げようとする二人。
「待て・・・今度は大丈夫だ、俺に任せてくれ・・」
成り行きで関わってしまったが、あとで二人に忘却の粉をふればいい。そう思って、アシュレイは空へ飛んだ。
「!!」
鳥のように、小屋よりも高く宙を舞う少年を見て、ハーディンとアランが息を飲む。
アシュレイは、標的を逃がさぬよう四方にまやかしの火をうってから、業火を放った。
芋虫は火だるまとなり、燃え広がる心配もないほどわずかな時間で溶けるように姿を消した。
それを見届け、アシュレイは胸元の忘却の粉を探る。せっかく会えたのだ、本当はもっと一緒にいたい、話したい。
複雑な思いでそれを取りだすと・・・・。
「・・・マズイ・・・・・仕置き決定だ」
さっきかぶった水によって懐紙に包まれた粉はべったりと固まり、使いものにならない状態になっていた。
かといって、開き直って二人と話すわけにはいかないので非常に心残りだったがアシュレイはすぐに姿を消すと、遠見鏡の向こうで見えない角を生やしているであろう恋人の元へと急いだ。
「なんだったんだ・・・あの子は・・・」
呆然とつぶやいたハーディンの背を興奮したアランがたたく。
「あれはっ!あのお方はっ!今、我らが制作している天竜八部衆、阿修羅さまではないのかっ!?」
「阿修羅・・・・・まさか!?」
「きっと、そうだ!あの燃える炎のような髪や瞳・・・それにあのような見事な細工の腕釧や胸飾を見たことがあるか?・・・・なにより宙を飛んでおられた・・・」
「阿修羅王は・・・・あのように可憐な少年であったか」
二人は依頼を受け、ちょうど阿修羅像の制作にとりかかっている最中であった。
檜の一木造で、体格のよい阿修羅像を作っていたのだが・・・いま目にしたその姿は線が細く、少年か・・・下手をすれば少女のようなしなやかな体つきであった。
「あの不気味な虫を退治し終えた後の、何とも言えぬ憂いの表情。世を果敢なむような瞳。ああ、なんという繊細で美しい・・・・決めたぞ、秦(アラン)・・・・阿修羅像は檜を使わずに仕上げる」
「完成間近だというのに?」
「作り直す。脱活乾漆だ。あのしなやかさ、あの身軽さを表現するには一木造りではダメだ」
「・・・・そうか・・・そうだな。では、俺も色をつくりなおそう」
二人は興奮冷めやらぬまま、新たな阿修羅像の制作に取りかかった。
その後。
その秀でた技術を駆使した二人により、他に類を見ぬ少年阿修羅像が仕上がった。
左右相称で直立し、憂いの表情を浮かべた阿修羅像を前に、人々は合掌せずにはいられないという。
争いのない世界を願って。
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