投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
(来た……)
上ばきのかかとを踏んで、あくびをしながら目の前を過ぎて行く赤い髪。
受付で返却本を揃えながらナセルの目は彼を追う。
水曜日。
決まってこの時間に現れる彼は、本を借りるどころか読むことすら一度もなく、ただひと眠りして帰って行く。
今日もいつもの定位置に腰をかけると寝る体制に入った。
自分を入れても片手に満たない人数。
他の曜日なら、そんなに利用価値が無いのかと、嘆くところだが水曜日は別だ。
『アシュレイ』
声には出さず、口だけ動かして呼んでみる。彼が貸し出しカードを使ってくれる相手だったなら、その名を誰かの口から聞くこともなかったのに。
――――早く帰りな。勉強なんか、家でやれよ。
作業を淡々とすすめながら様子を伺う。残っている者たちは連れ合いらしく、たまにボソボソとなにか話をしていた。
一週間に一度だけしか訪れてくれない人。まだ話したこともない人。
今日もダメだな…
二人きりになるチャンスはなかなか巡ってこない。
ナセルが諦めてため息をついた時、残っていた二人連れが同時に席を立った。
ガタガタと椅子を戻し数冊の本を借りて図書室から出ていく。
再び訪れた静寂。
夕焼けが窓からゆっくりと室内を照らしだし、アールグレイに染めていく。
ナセルは足音を忍ばせながらアシュレイの前に立った。
穏やかな呼吸をくりかえし、長いまつ毛がかすかに震えている。
自分とアシュレイしか存在しないひととき。
「アシュレイ・・・・」
洛陽が一段と輝きを増し、眠る彼の体をやわらかく包みこんでいった。
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