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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.14 (2006/09/18 21:27) title:宝石旋律 〜嵐の雫〜(9)
Name:花稀藍生 (p1043-dng27awa.osaka.ocn.ne.jp)


 ・・・・・ ピシャン・・ ―――

 黒い水が波立って、湖面がざわめいた。
 揺れる湖面の中央が、金色に光り輝いている。
 湖に面した館の階に腰をかけた人物の髪と同じ色だ。長い長い髪の一部は湖にひたされ、
扇のように広がっていた。
 そのわずか先の湖面には、中央と南の境、南の太子が魔族を破壊した場所を背景に飛び回
る兵士達が映し出されている。
 片膝を立て、もう片方の足は階の上に伸ばし、立てた膝の上に置いた腕の手の甲に顎を載
せ、もう片方の手は扇をもてあそんでいる。 一見懶惰に見えるその姿も、この人物がすれ
ば奇妙に似合う。
 それは、この人物が醸し出す誑惑の気配と、並はずれて美しい容姿と、威圧的な金黒色の
眸のせいかもしれない。
 今、その金黒色の眸は、わずか先の湖面に映し出される映像ではなく、光り輝く湖の中央
を見据えていた。
 波立ち、金の波紋を広げるその中央で、金黒色に輝くひとしずくが浮かび上がり、垂直に
立ちのぼって果てのない冥界の暗闇へと消えてゆく。
 冥き再生の水―――・・
 それは力となって教主の望むところへ向かう。
 また 金黒色のひとしずくが波紋の中央から生み出され、上空の闇へと消えてゆく。
 教主の傍らにひっそりと従う赤毛の女がわずかに膝を進めた。
 鮮やかな赤毛が流れ落ち、伏せたままの女の白い貌を覆い隠す。
「冥界から天界まで直接力を渡し続けるのは、いかな貴方様でもお体に触りましょう・・・」
 ましてや、霊力の満ちた異界の地で力をふるうとなれば・・・
 ぱちり、と扇を閉じる音が、奇妙なまでに大きく湖面に響いた。
「・・・何のために閻魔の協力を取り付けたと思っている?」
 李々の言葉を冥界教主はわずかな哄笑で退けた。
 閉じた扇を李々の伏せた頤にあてがい、強い力で顔を上げさせる。
 目と目があった。
「あの、愚かで醜い閻魔に近づいたのは、なんのためだと思っている? 先代の守護守天が
戯れに与えた快楽の味を未だに忘れられないがために、己の養い児にまでおぞましい情欲を
寄せるあの老人に?」
 李々は身を引こうとした。金黒色の眸とその声に呪縛される、その前に。
「今頃閻魔は、我があてがった姿形だけはおのが養い児に似た人形に溺れていることだろう
よ。我に感謝すらしながら。」
 髪を掴まれてさらに引き寄せられる。激しい痛みが走ったはずだが、李々は瞬きすら出来
ずに、魔王の貌を見上げ続けることしかできなかった。
「・・・そのまま溺れ死んでしまえ老醜め! 偽物ごときで満足できる程度の浅はかな妄執で
手に入れられるとでも?」
 呼吸をすることすら忘れたままの李々の喉が小さく鳴った。床についた手は蝋のように白
く、小刻みに震えて今にも崩れ落ちそうだった。
 その時、湖面がひときわ光り輝いて李々の視界の端を焼いた。
「――――」
 髪が離されると同時にすべての重圧が離れていった。のど元を押さえて浅く息をつぐ李々
に背を向けた教主が湖面を見おろし、ゆっくりと笑う。
「・・・あの兄妹が 魔刻谷に到着したらしいな―――・・」
 
 
 ・・・笑いの発作に見舞われていた柢王をアシュレイが引きずり起こし、脳みそが飛び出る
んじゃないかと思われるくらい揺さぶったあげくに事情を聞き出せたのは、それからしばら
くしてからだった。
 ちなみに水の入った大壺を見て笑ったティアと桂花は何も言わずに先に執務に戻ってい
る。
「じゃあ何か、あの岩が、魔界から持ち込まれたんじゃないかと思ってたんだな」
「ああ、治水工事が終わったばっかのあんなとこに、いきなり大岩が生えてること自体が
・・お、おか、かしいから、な」
 アシュレイに応える柢王の言葉の語尾が震えたのは、またもや笑いの発作が襲ってきたか
らだ。
 口元を押さえて必死で笑いをこらえている柢王をアシュレイはじろっと睨み付け、それか
ら内心で首をかしげた。あの時、足元の岩の色は何色だったかな、と。
 激しい噴火を起こす火山のマグマが固まった岩は確かに白っぽいモノが多いので、境界線
の所に立てられていた数柱の岩と混同しても可笑しくはないのだが・・・
「・・・・・?」
 何だろう この感じ。
 道を行く途中で忘れ物をしたと気づいたのに、何を忘れたのかがわからないような。
「・・・どうした、アシュレイ?」
 柢王の声にアシュレイは引き戻された。
 アシュレイは考え込むことを放棄した。いくら考えても分からないなら、それ以上の事は
アシュレイにとっては時間の無駄なのだ。
 それならば一旦原点に戻ってみればいい。柢王と一緒に現場に行って確認すれば済むこと
だ。
「いや、何でもない。・・・つーか、いつまで笑ってんだよ!いー加減にしろ!」
 
 
「・・・おかしな気分だ」
 むき出しの岩肌に背をつけて座る氷暉が黒紫色の瞳をすがめて言った。彼の本来の瞳は藍
色。今は魔刻谷に満ちる赤い結界光に照らされてそんな色に見えるのだ。
「何が?」
 座る彼の足の間の地面にちょこんと腰を下ろした水城が振り返って問い返す。彼女の白い
肌も髪も赤く染まっている。瞳だけが同じ赤だ。
「目の前にお前がいるのに、お前が見えているのに、頭の中にもう一つの風景が見える。天
界人がうろつき回っている風景が」
「あたしにも見えているわ。氷暉と、その向こうに同じ光景が」
「目障りだな。蛟(ミズチ)を出してあいつら全員川底へ沈めてやりた―――」
 頭上でおこった小さな物音に、氷暉は妹を胸元まで引き寄せて覆い被さった。
 チリン、カシャン、とくぐもった鈴のような音が頭上で交錯し、彼らからわずかに離れた
場所に、水晶の小片が落ちてきた。それを見届け、兄妹は安堵のため息をついた。
 ・・・水晶は 魔を祓う。
 水晶をこそげ落とされ岩肌をのぞかせる、人一人がようやく腰と背を落ち着かせられる場
所に彼らはいる。 だが彼らの周りは水晶だらけだ。 ろくに身動きもとれない彼らにとっ
てはここは牢獄、いや、拷問部屋にも等しい場所だ。
「水城、お前は別に来なくても良かったんだぞ」
「馬鹿を言わないで。同じ血を持つ者同士の力の共振で氷暉がもっと強くなれるなら、あた
しは氷暉の側にいるほうがいいでしょ。 ・・・それにあの赤毛! この前ここであたしの邪
魔をしたばかりか、私をずたずたに切ってくれたのよ? あいつに仕返しが出来るせっかく
の機会なのよ! それだけでも来た甲斐があるってものだわ」
 いまいましげに言う妹を宥めるように氷暉は妹の細いうなじを撫でる。
「もうすぐ結界が閉じる。水が満ちればアレが目覚める。今回俺たちの役目は、水を通すた
めの『管』だ。・・・楽なものだ」
 最後の言葉を語る声に不満は感じられない。少なくともこの任務で妹を危険にさらさずに
済むことに氷暉は安堵していた。自分のことはどうにでもなるし、最悪死んだところですぐ
に湖に浮く(そのことについてはよほどの自信がある)。
 しかし妹に何かあれば―――彼女が傷つくことさえ氷暉には絶えられない。妹は無用の心
配だと笑い飛ばすが、そういう問題ではない。以前の任務で天界人に肉体を寸断されて湖に
浮いた妹の姿を見た時の衝撃は、未だに氷暉を苛む。
 当人は何でもないふりをしているが、時折仕草がぎこちなくなる事を氷暉はとっくに気づ
いていた。おそらく天界人に斬られた傷はまだ完治していないのだ。
(何とかしなければ・・・)
 今の状況で妹を守り抜くのは無理だ。もっと根本的な―――
(そこまでだ。考えるな)
 己の膝をきつく掴んで氷暉は自分を戒めた。
 それ以上は 考えてはいけない。
 術の触媒として、黒い水に直接繋がっている今は特に―――
「・・・・・」
 あの、水底の修羅達を支配する、美しい恐ろしい魔王が笑む様を思い出し、氷暉は奥歯を
噛みしめた。
 
 
 ―――息苦しい。
 蒸気と土埃の舞い上がる現場周辺で地道な探索作業を続けている兵士の一人が、手をかけ
た岩隗にもたれかかるようにして息を吸い込み、吐きだした。この体勢が一番息を吸い込み
やすく感じるのだが、どれほど息を深く吸い込もうとしても、胸の奥まで空気が落ちてこな
い。そして、すぐ息を吐き出してしまう。 まるで、体が息をすることを拒んでいるかのよ
うだ。
 そしてこの蒸し暑さ。いや、『蒸す』などという生ぬるいレベルではない。
 頭まで湯につかっているような気分だ。
 暑いが木陰に入れば嘘のように涼しい、乾燥した南領の気候とは違う。
(少し前までは、こんな感じじゃなかったよな・・・。風向きが変わったのか?)
 兵士がちらりと視線を向けた方向の地は、未だ土煙と蒸気を高々とあげ続けている。
 あの蒸気が風に流されてここに満ち始めているのだろうか。
 胸苦しさを解消させようと浅く息をついだ兵士が、ふと顔を上げた。
「・・・気のせいじゃない。やっぱり、聞こえる」
 気が遠くなるくらい 高いところから 水が 一滴 一滴 間隔をあけて落ちて来る
 そんな水音が。
「・・・でも、一体どこから・・・?」
 汗をぬぐいながら周囲を見回す兵士からわずかに離れた場所の、瓦礫が積み重なって出来
た山が崩れたのは、次の瞬間だった。

「―――・・っ!」
 柢王とアシュレイが、そしてわずかに遅れて桂花が弾かれたようにバルコニーの方角を振
り返った。
 高々と上がる土煙と蒸気は執務室からでもよく見える。
「ティア!遠見鏡! 境界を映してくれ!」
 振り返った柢王の声に弾かれたようにティアが手をかざすと、境界の場所が映し出される。
「―――魔族!」
 空中で、高々と伸び上がって身をくねらせる、黒く、長大な姿。
「でかい! ・・・蛇、いや百足(ムカデ)か? ティア!もっと近づけてくれ!」
 ティアが遠見鏡を操作するのを嘲笑うかのように長大なモノは身をくねらせて瓦礫の山
に身を沈めた。はじきあげられた瓦礫が空中に舞い上がり、土埃がもうもうと立ちこめる光
景が遠見鏡の画面に映し出される。
「クソッ!隠れやがった!」
「・・・人界の水生昆虫に似ています」
 柢王の怒声のかたわらで、いままで食い入るように画面を見つめていた桂花が言った。
「・・・・・!」
 柢王の怒声と桂花の押し殺した声をアシュレイは背中で聞いていた。バルコニーから見え
る光景を目を見開いたまま見つめている。
 あそこには、南と、天主塔の兵士達が、いる。
 魔族が 出現したのだ。それも、巨大な。
 あそこには、兵士達が、まだいるのに。
 兵士達がいるところに魔族が出た。
「アシュレイ!」
 考えるより先に、体が動いていた。気付いた時にはアシュレイはバルコニーの柵を蹴って
飛び出していた。


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