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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.139 (2007/07/27 17:18) title:RECULIAR WING 3  ─A  Intermezzo of Colors─
Name:しおみ (246.153.12.61.ap.gmo-access.jp)

「パイロットが帰還しないっ?」
 アシュレイは信じられない思いで目の前の軍服姿の人々の顔を見つめた。
 と、クリスタル空軍の副指令、隊長、そして事故調査委員の官僚ふたり。どれもおそらく40代、きびきびと有能そうな人たちが、
揃って冷静でまじめな顔で頷き返す。アシュレイが思わず瞳を瞬かせ、
(…パイロットが勝手に無線切って帰って来ないんだぞ? それって、悪いこと、だよな?)
 確認するように、隣りの空也と航務課スタッフの顔を見るのはある意味当然だったかもしれない。
 乗客とクルーの入国と税関手続きをすませ、荷物と共に送り出したアシュレイたちは機体を点検した後、現地航務課と共に
この司令塔に連れて来られた。航務課スタッフも下から見ていたらしく、怒り心頭のアシュレイに、毅然とした顔で頷くと、
「考えられないミスですね。厳重な調査を依頼します」
 言ったのだが──。
 結果はドアが開くなり、並んでいた軍の偉い人たち一同が最敬礼で頭を下げ、
「当基地のパイロットの進路妨害で民間機を危険な目に合わせたことを心から申し訳なく思います」
 と、真摯な態度で完全に自分側の非を認めるという異例な謝罪。天界航空一同はびっくりだ。
 いや、確かに先ほどの事故は明らかに軍のパイロットが悪いはずだが、調査も入らないうちから責任を認めるなんてことはふつうはない。
しかもそうやって丁重に謝った後で、パイロットを束ねる隊長と言う人が落ちついた口調で、
「異例とは承知ですが、680号の無線は切られているため、現在のところ直接連絡は取れません。座標を確認し、迎えの機を
飛ばせていますから、パイロットは一時間以内には戻るでしょう。あなた方には先に事情調査をお願いします」
 と、パイロットが無線切ってバックレました、の報告だ。これで驚かなかったら相当肝が太いと思うが、並んだ皆さんの顔には
狼狽した気配もない。あきらめたように、みんな冷静。
(もしかして、いっつもこんな問題起きてるんだろうか……?)
 あまりにいつもだからみんなこんなに落ちついてるんだろうか。思わずアシュレイは疑ってしまう。
 それでも、当の本人がいない以上、アシュレイも他の人をしめあげるわけにもいかず、納得できないまま、空也とともに聴き取り調査を
受けることに同意したのだった。

 調査が終わったのは小一時間ほどしてから。といって、非は既に決まっていたので、機体の調査も兼ねてだ。
 タラップから、日差しの強い外に出ればガソリンと排気の匂いが焼けた滑走路の方から潮風と共に流れてくる。耳を劈くような
鋭い音に滑走路を見れば、タキシングしてきた銀の機体が滑走路を加速しているところだった。
 左右の主翼に平たい胴を持つ機体はそれ自体が大きな翼のようだ。鋭い機首とコクピット以外は丸みを帯びたものはその主翼と
胴の下の対空ミサイルだけ。後ろに立った水平安定板と平たい尾翼の間の不釣合いなほど大きなタービンからふいに焔が噴き出した、
と、見るうちに一気に舞い上がる。
 それはまるで獲物を襲う猛禽のような鋭さだ。あっという間にゴーンとエンジン音と白い筋を残して雲の向こうにきらめいて、
しばらくすると、どぉーんと雷のような音が上空から届いたのは、機体が音速を超えた証だ。
 その展開の速さにアシュレイは目を見張る。
 旅客機の優先事項は安全と快適性。速度はその後ついてくる。機体も大きく重いからあんな風に急角度で上昇すること自体ムリだ。
たまに軍が一般空港を代替に降りることがあってもそれは最低限の時間だけ、パイロットはターミナルにもよらず去っていく。
だから国際線機機長でも、軍の機やパイロットを見る機会は一般人と大差ない。 
 見渡せば、敷地をうろつくパイロットたちはみんな濃いオレンジのフライト・スーツに長靴姿。手にはヘルメット。かれらはその上、
酸素マスクと対Gスーツをつけ、背中には脱出用のパラシュート・ハーネスを背負って飛ぶのだ。視界を確保するため、コクピットは
パイロットの腰まで窓。ドームのように流れるフォルムの蓋の外はすぐ空の狭い空間だ。旅客機ほどの与圧もないし、耐寒スーツも時には着用。
 同じパイロットと言ってもまるで異なる。旅客機には最大9Gに耐える訓練はなく、離陸中にわざとエンジンから焔を噴かせる
馬力も必要ない。旅客機が長い時間を安全に快適にサービスを盛り込んで飛ぶのと違って、あれは、
「戦闘機、だもんな」
 存在する意味から違う。確実なのは、どちらも乗っている人の命は守られるべきだということだ。
 と、ふいに上空の一角がきらりと光った。ん? と手をかざして見上げればそれは、翼を広げた銀の機影。ギィィーンと鋭い音を響かせて、
減速しているとも思えない速度で見る間に滑走路の正面まで高度を下げてくる。後ろから出てきた官僚がああとうなずき、
「機長、680です」
「えっ」
 慌てて視線を戻すと、機体は滑走路の入り際ですでにアスファルトを鷲掴みにするように機首を起こした角度でタイヤをつくところだ。
引き起こしが早過ぎる。
「パンクするっ…!」
 減速も充分せずにタイヤをつけたら焼き切れて弾けてしまう! そうなったらあの速度の機体は反動で滑走路に叩きつけられる!
 手すりから身を乗り出したアシュレイの目の前で、タイヤがダンっ! と滑走路についた。肌を震わせるいやな軋み。車輪から黒煙が上がる。
と、同時にエンジンがドォーンと火を噴いた。機体は逆噴射しながら鋭い音を立てて滑走路を過ぎていき、そして──
「嘘、だろ……」
 まるで、余分な速度を全部放り出しでもしたように、なめらかに減速していく。すべるように、滑走路の中ほどまで来て、
何事もなかったかのように、速やかにタクシーウェイへと入っていく。倒れるどころか、わずかなブレも見せないで──。
 いつのまにか隣りに来ていた空也が息を飲んで目を見張るが、アシュレイも言葉が出てこない。こんな着陸は見たことがない。
 滑走路が長いのは伊達ではない。十分に減速しないと危険だから何qもあるのだ。それを、あんな速度のまま、入り口でタイヤを着いて、
跳ね飛ばされないどころか奇跡のような減速。ブレもなくタクシーウェイに入れるなんて・・・…。うまい、の域ではない。あれは、神業だ。
 と、その戦闘機はタクシーウェイからこちらの駐機場に入ってくる。ゆらめくような陽炎のなか熱を帯びた銀の機体が間近に迫る。
それは、アシュレイたちのいる機体の隣りでぴたりと止まった。
「帰ってきたぞ!」
 わらわらと整備士や制服姿の人々が機体に駆け寄る。隊長の声が鋭く、
「さっさと降りて来いっ!」
 呼びかけるのに、きらめくドームのコクピットが開く。酸素マスクを外したパイロットの顔はまだわからないが、風に乗って届いた声は、
低く、そして明瞭だった。
「うるせぇな」
 すまなさのかけらもない声。かけられた梯子を降りて来る体躯は刃物を思わせる痩せた長身。そのパイロットは地上に降りると、
めんどくさそうにヘルメットを脱いだ。見ていたアシュレイは思わず身を硬くする。
 それはまるで氷のような色合いをした若い男で──無造作に切った髪も蒼に近い。日差しのせいなのか青味を帯びて見える痩せた面の、
右頬から瞳にかけて、はっきりと目につく傷跡がある。その醒めた瞳が、ふいにタラップから見ているアシュレイたちの方に向いた。
 瞬間、バカにしたような笑みがその酷薄そうな唇に浮んだ──ように思われて、アシュレイの血は一気に熱くなった。
「あっ、キャプテンっ!」
 空也の声を背中にタラップを駆け降りる。その背に慌てた空也と待ち構えていた官僚、一緒にいた航務課スタッフも続いて、
「氷暉! 自分が何をしたかわかっているんだろうな! 今度という今度は容赦しないぞ、わかっているのかっ!」
 大声で怒鳴りつけている隊長の声も消し去るような声で、
「てめえっ、どういうつもりだあぁっ!!」
 アシュレイは叫ぶとパイロットの胸倉めがけて弾丸のように飛びこんだ。相手はアシュレイより背が高い、そのフライトスーツを鷲掴みにして、
「こっちは客を乗せて降りるところだったんだぞっ! なにかあったらどうしてくれてたんだっ!!」
 ルビー色の瞳を怒りに炎のようにして、その男の顔を睨み上げた。
 と、落ちついたを通り越して、バカにしたような低い声が、
「人にどうしたこうしたいう前に、自分の腕を上げろ、ガキ」
 ハッと息を飲むのに、続けて、
「目の前を油断した飛び方でちんたら飛んでるから正気に戻してやっただけだ。なにかあって墜ちていたらそれはおまえの責任だ。
俺はあんなふらふらした機にぶつけられるほど器用じゃない」
 高度の空の最も深い色よりも冷たく濃い藍色の瞳で見下され、瞬間、心臓が冷たくなった。次の瞬間、ドッと逆流。ガツッ、
と音がしたと思うと、握った拳が相手の頬を思いっきり殴っていた。
 空也と航務課が顔色を変えてアシュレイの両腕に飛びつく。
「キャプテン、落ちついてくださいっ!」
「傷害事件はやめて下さいっ!!」
「止めるなっ! あいつの言いぐさはなんだっ! あんなこと言われて引き下がれるかーっ!!」
 アシュレイは暴れたが、ふたりも必死で押さえて放さない。
 と、殴られたパイロットの方は、その頬を押さえるでもなく、よろめくでもなく、ただ、下らない茶番でも見せられたように、肩をすくめ、
「バカの上に直情か。道理でな。隊長、話はなかで聞きます。このちびザルがうるさい」
 くるりときびすを返して去っていこうとする。アシュレイの怒りは全身をまわる火のようだ。取りつくふたりを振り解こうと手足をバタつかせ、
「待てーっ! 誰がちびザルだーっ! 話は終わってないぞっ、待てーっ!」
「わああ、キャプテーンっ!! 気持ちはわかりますから冷静にーっ!」
「わかるなら放せーっ! これが冷静になれるかーっ! 空也、放せっ、放せーっ!!」
 死に物狂いで暴れるアシュレイにも振り返らずに、パイロットはどんどん先へ歩いていく。周りにいた整備士たちは驚いて見ているが、
隊長と官僚はまるで一度見たドラマを見るかのような予期した顔を見合わせると、
「すぐに事情を聞きます」
「詳細は追って知らせます。あなた方は司令塔で待機していて下さい」
 丁寧だが厳しい口調でそう言って、足早にパイロットの後を追いかける。
 後には、アシュレイが両腕にひしとしがみつくふたりを振り払おうと暴れながら、
「放せ、放せっ、放せーっ!!」
 喉が嗄れるほどの大声で叫ぶ声が、炎天下のスポットにこだまするばかりだ──


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