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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.122 (2007/06/12 12:24) title:EMARGENCY DAY  1  ─The Addition of Colors─
Name:しおみ (softbank126113105002.bbtec.net)

CAたちの様子がおかしいと気づいたのは手洗いに立った時のこと。階段の側のFクラスとの仕切りのギャレーの側を通った時、
「いえでも、あの撮りようはちょっと……それにあぶなくないとは言い切れないようなご様子ですし……」
「でも、コクピットに知らせるほどのことでもないでしょう? もうじき着陸の準備に入られるのだし……」
「なあ、なんかあった?」
 聞こえたささやきに、柢王はカーテンを開いた。と、
「あ、柢王キャプテン!」
 チーフパーサーとCAが驚いた顔で柢王を見る。柢王はそれにようと微笑んでから、
「ごめんな、いきなり。いま通りかかったら話し聞こえたんだけど、Fクラスなんかあった?」
 尋ねるのに、ふたりが困ったような顔を見合わせる。

 スタッフなら日帰り飛行がほとんどの近距離便。昼過ぎに現地を出た天界航空のこの便も、もう1時間で帰着空港につく。雲は
多いが風のない、いいフライト。もっとも、今日の機長はどんな天気だろうが、クールに飛ばせる凄腕の美人だ。一泊の研修帰りの
柢王は、当然のようにコクピットに乗せてもらってその美人の手腕と美人な顔を堪能していたところだった。
「……問題というほどのことではないんですが……」
 言いくにくそうなチーフに柢王は微笑む。
 キャビンクルーが客のことでコクピットに連絡してくるのはよほどの時だ。CAとは所属も違うし、互いに自分のポジションは
自分たちで守るのが原則だし、安全につながる道だ。それでも、男のいない機内で、男が出ていくだけで済む話も、残念ながらこの世にはある。
「でも困ってんだろ? 何だったら俺が見に行ってもいいしさ、話すだけ話してみたらどうだ?」
 笑顔で促した柢王に、ふたりはまだ気兼ねした顔をしていたが、 
「実は、少し変わったお客様がいらっしゃって……」
「なんだ、CAの手握って離さないとか?」
「いえ、手は取られませんがお写真を……」
「──は、い?」
 ぞくっ背筋に悪寒が走る。CAが困惑顔で、
「チーフは大丈夫だとおっしゃるんですが、CAの写真をあんなに撮られる方は……それにお見かけもちょっと……」
「……なんかすげーやな予感すんだけど。それってもしかして……髪の毛がふたつ結びでフルメークの……」
「ええ、その方です!」
「柢王機長、お知り合いですか?」
「まじでかよっ!」
 
                       *

「……ほんとにいやがった──」
 頭がくらくらするような香りに包まれたFクラスの二階席。入り口に立った柢王はくらりとうめいた。遠巻きのCAと、たぶん
CAの誘導で後方に固まっている他の客たちの視線を一身に浴びながら、
「君も美しいねぇ。うちに来てくれたら給料アップの上に写真集も作ってあげるよーっ」
 グロスてらてらの赤い唇を笑みの形に猫なで声出している客の手には、デジカメ。困惑顔のCAが、
「いえ、わたくしはこちらの仕事が好きですので……」
 答えるのに、フラッシュ炸裂! 感動顔で、
「困った顔も美しいねぇ! まったくティアランディアくんは趣味がいいなぁーっ!」
 前回より濃いいアイラインくっきりの瞳輝かせているその姿。
 またですか? な長い金髪ふたつにゆれる、黄金スーツに赤紫のシャツ、ネクタイ緑のパイソン柄の、鳥肌立つよな超絶美形。
忘れてないけど忘れたい、ライバル会社冥界航空の、いろんな意味でのキレ者オーナー……。
(なんでグランドスタッフ満席だって断らないかなぁ……)
 絶対コクピットに知らせるわけにはいかない機長は、心でつぶやき深呼吸。空気を確保し、その側へ行くと、最低音の声で、
「お客様、仕事中のCAの撮影はご遠慮下さい」
 と、ん? と振り向いた冥界航空オーナーはそのマスカラばっちりの金黒色の瞳を見開いて、
「あああああーっっ、おまえはうちの桂花に手を出した美を解さない若造ーーーーーっっっ!!」
「勝手に大声でカミングアウトしてんじゃねえよっっ!」
 と、叫んだ客より叫んだ機長にキャビン中の咎める視線が突き刺さる。社員だとわかるからか、もうひとりが見るからに危ないからか。
痛い機長は咳払いして、
「…とにかく、うちのCAは仕事中ですから、撮影はご遠慮下さい」
 周囲に見えるようににっこり笑みを作りながらも、目だけ本気で見返す。と、美をこよなく愛し、美を確保するためなら文字通り
何でもやる経費度外視の美の追及者は、美の対象外に向ける無関心な顔と目つきで、
「相変らず美を解さん若造だな。これは芸術活動だよ」
 断言。傲然と、顎を反らせば髪の毛ゆらり。奥さんに吊るされてもその美のストーカーぶりに反省はないらしい婿養子に、機長も笑顔で、
「変質活動の間違いですよ、お客様」
 バチバチバチバチ! 初対面で火花散ったのは柢王機長には二人目だ。ひとりは恋人、ひとりは変態。恋と変とは似て非なり。
二度目の今日は対決拡大版の予感する。
「まったく芯から美に無能な若造だな。大体、それが客に対する態度かね、君はどういう教育を受けているのだね」
 蔑む目つきのオーナーに、CA背後に庇った機長も負けず、
「シュタイナー教育です。ちなみにお客様の座席代金は三人分です。追加はいますぐ払ってください」
「む、なぜ三人分なのだね、若造?」
「その髪、左右にはみ出してますから」
 一本あたりひと席。と、冥界オーナーは顔色変えて、
「これは私のポリシーだぞっ! ポリシーは魂と同じだ、魂に質量などないっ! だから追加など払う必要はないっ!」
「魂ゼロ円っ? つか、凶器でしょーっ、それっ!」
 ブンブン振られるふたつ結びに、一歩後退しながらも、立ちすくんでいるCAに目で避難を指示すれば、美人CAは感謝のまなざしで
頷いてダッシュで後方へ逃げる。と、見守っていたCAたちも、雛を守る親鳥のように急いで確保。
「失礼しました、お客様、お飲み物でもお持ちいたしましょうか」
 いっせいに、笑顔で他の客に尋ねかけ、見たくないのか客たちもああとうなずき、キャビンには無理やり和やかな空気が戻ってくる。
CAたちの祈る視線に、任せとけオーラで返す黒髪機長は、ふたつ結びを見下ろして、
「ともかく航空法の観点からも撮影はご遠慮願います。コクピットの計器にも支障をきたしますから。お聞き入れ下さらない
場合は、最悪、降りていただくことになりますよ」
 下は海だが気にすんな。言うと、冥界オーナーはバカをバカにする無機質の瞳で、
「そんな航空法はないよ、若造。機内撮影が禁じられているのはコクピットと軍上空からのみだ。それに家電で壊れるコンピューターなど
載っているわけがないだろう」
 さすがに航空会社オーナー、な返事をよこす。が、動くバイオ・テロ相手の機長は平然うそついて、
「航空法は七分前に改定になりました、機内での過剰な撮影は禁固刑です。それに当機搭載のコンピューター・システムはNASA開発の
スーパー・グラス・ハート・プログラムですので少しでも傷つくことがあると動かなくなるニア・ニート・システムが作動します!」
「そんなシステム初耳だぞ、意味があるのかね?」
 ない。つか、そもそもこの世にない。腹で答えた機長は口ではきっぱり、
「ともかく、これ以上撮影なさると、このカメラは没収となり、お客様には非常ドアからダイビングを──」
「断るっ! これは私の美の記録簿だぞっ、渡せるわけがないだろう、若造っ!」
「そこか、断るとこっ!」
 ダイビングはいいのか! つっこみたい機長は、しかし、ぐっとこらえて、
「とにかくっ、撮影はやめていただきます、よろしいですね」
 断言する。と、冥界オーナーはグロス艶々の唇を不興に歪め、
「全く美を解さんヤツがいる世界だな! 美を写し取るのは美の愛好家の義務なのだぞ! 大体、私が送ったカメラはどうしたのだね?
あれで私に桂花の寝顔を送ってくれるという大事なミッションを、よもや忘れているのではないだろうねっ、若造っ!」
「忘れる以前に受けてねーだろ、そんなミッション・インポッシブル! つか、あれはそのためのカメラかよっ!」
「そのため以外にどんな目的があって送ると言うのだね! 君の写真なんか受けとらないぞっ!」
「金もらっても送らねぇから心配すんなっ!」
 叫んだ機長は、酸欠なのか息切れる。くらくらしながら、
「とにかく、カメラなら桂花がゴミに出しました。DVDも一緒に」
 と、オーナーは機体が落ちるかとばかりの絶叫。ふたつ結びがビシビシゆれて、これって危険だろ、破壊活動だろ!
「なんということだーーーっ!!! あれは私の最高傑作桂花シリーズのひとつなのにっ! なにが気に入らなかったんだね、
編集かね? それともタイトルかね? やはりもっと華麗なタイトルをつけてあげればよかったかな。あ、それとももしかして、
デジカメの画像解析度が低かったのかね。あの後もっといいのが出たんだが、それだったら──」
「単にいらなかっただけっ!!」
 盗み見バレて翌日の生ゴミに出されそうになった黒髪機長は断言する。クール・ビューティーとは怒らないからクールなのではなく、
怒った時にも骨から凍りそうにクールだとわかった貴重な経験だ。
「…ん? いま、シリーズのひとつって……」
 と、冥界オーナーは一転、得意げに、
「あたりまえだろう。うちには他にもムービー集もある。あ、ムービー集なら桂花も喜ぶな! あれは美しいからなぁ。黒い
制服姿の桂花、ああー、美しいなぁぁぁぁ。入社当初なんか初々しいからなぁぁ、可愛いからなぁぁぁぁっ」
 それ金払うから俺に送って! 口走りかけた機長は必死で首を振る。ダメダタメダメダメ。今度バレたら本気で追い出される!
(生身生身俺は生身の方がいい!)
 自分に言い聞かせてふと見れば、オーナーはデジカメいじって涙目だ。どうやらマイ・データ持ち歩きらしく、桂花ぁぁ…と
画面覗くのに、どっと疲れた機長はため息で、
「じゃ、撮影はなしってことでお願いしますからっ」
 釘を刺し、ぐったりしながらコクピットに戻ったのだった。

                          *

「バカですね。そんなことなら李々に言うといえばよかったでしょう、あなた念書の写しを持っているんですから」
 あきれたような機長の言葉に、疲れ果てた黒髪機長ががっくりと落ちこんだのは自宅の居間。
 コクピットにはコー・パイもいたし、あの後、もう一度下に降りてチーフに聞いたが、以降、オーナーは涙目でひたすら、
桂花ぁぁとつぶやいていただけだったそうなので、よしとして、自宅に戻ってから報告したのだが──
 そう言えばあった。桂花の半径1q以内には立ち入りませんと実印押した念書の写しが。それには確か、天界航空にご迷惑は
おかけしませんとも書いてあった。
「忘れてた……。え、ってことは俺のあのバトルは無意味? ええーっ、すげぇがんばったのに、俺」
 がっくり、脱力してソファに突っ伏す柢王に、隣りに座る桂花は苦笑して、
「よけいな責任背負うからですよ。CAたちは吾やあなたより上手なんですから放置しても何とかしたと思いますよ。でも、吾の
シップでがんばってもらいましたからね。ありがとう」
 優しい手が、髪を撫でるのに、黒髪機長はパッと顔を上げ、
「もっかい誉めて。つか、すげぇ誉められたいんだけど、誉めて」
 速攻、頭を桂花の膝に移して、すりすりねだる五歳児ぶり。いま泣いたからすがもう笑うとはこのことだ。

 そんな機長が、恋人の腕で甘えに甘えている時刻──
 あやしいピンクの照明の地下室、寝る前の大画面で、『桂花ムービー』全二十巻上映中のオーナーは、
「やはりムービーだな、動画は美しい。あの若造もデジカメの価値がわかったようだし、次は一安心。さっそくタイトルを考えねばなぁ」
 ひとり納得、ピンクのボンボンうんうんとゆらし、ダビングしたDVDの桂花ラベルにうなずいている。

 黒髪機長の次のエマージェンシーは、カミング・スーンだ──。


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