投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
―――そして東領。
蓋天城の執務室では、次期蒼龍王たる翔王と、その補佐であり弟である輝王がともに二人
して書類に目を落としていた。
書類に目を落としていた翔王が ふと顔を上げて窓の方を見た。
「・・・兄上?」
と呼びかけてそこで輝王はハッと窓の方を見た。窓に駆け寄り開け放つ。
「―――――・・・っ!!」
なぜ今まで気づかなかったのか これほどの破壊的な霊気を。
自分と根を同じにしながら、全く異質の力。・・・いや、異質ではなく大きすぎて同じもの
に感じられないだけなのか。
天に浮かぶ城である蓋天城からは、天界の景色が一望できる。 その、南の地。天主塔に
近い境界線で炸裂する巨大な戦闘霊気に輝王は息をのんだ。
「・・・柢王だな。派手な奴だ」
席を立とうともせずに やれやれとため息をついて書類を揃えて横に押しやる兄の姿を
輝王は振り返って愕然と見た。
(・・・派手だと?)
確かに派手だ。兄の目にはそう映るのだろう。・・・まだそう言えるだけの余裕が、兄には
あるのだ―――。
「・・・・・・」
だが 輝王には 脅威だ。
これが文官を目指した者と武官を目指した者との力の差というものなのか。
いつの間に、これほどの力を備えていたのだろう。
(・・・闘っても おそらく勝てないだろう な。)
だがそれはいいのだ。自分は血と泥に汚れる武官など、もともとなる気はなかった。力に
など頼らなくとも、相手を打ち倒す方法などいくらでもある。だから別に柢王に力の差で負
けたところで輝王自身は特に悔しいと思わない。
・・・だから問題はそこではない。脅威は別のところにある。そしてそれは自分だけの問題
ではない。
(柢王はまだ若い。)
つまり 今の時点でこの威力だというのならば、 まだまだこれから力が伸びる可能性が
大いにあると言うことだ。
―――現に、あれだけの攻撃を続け様に放ちながら、力は一向に衰える気配がない。
(・・・いつの日か、兄を超える可能性が・・・ないとは言い切れない)
輝王は翔王を見、そして窓の外に視線を戻した。
・・・・・昔から兄は次代の王として 輝王の前にいた。
父の跡を継ぐのは兄だと。弟である自分はその下について生きていくのだと。周囲の者達
は皆そう言った。
それが定められた道だと。
別に、それをいやだとは思わなかった。兄のことは好きだったので、むしろ輝王はすんな
りとそれを受け入れた。
・・・兄は優秀なくせに、人の上に立つ者の鷹揚さと言いきれない妙に抜けているところが
あった。そして輝王はそういうところが放っておけない性分だった。
そんな輝王を、翔王もすんなりと受け入れた。
それが相性というものなのだろう。
―――実際、執務の補佐は、輝王にとっては楽しいとさえ言って良かった。
下にいるからこそ、見えてくるものは多い。兄に任せられるのは最終的な決断だけで、
それに至るまでの諸々の経緯や情報はすべて輝王のもとに入ってくる。
(仕える者こそが、真の主人なのだ―――と 錯覚すら覚えるほどに・・・)
輝王はすぐに、情報を操作することや他人を動かす術を覚えた。
東国の利になることなら、禁忌に触れるようなこともやった。
最終的には、兄さえ裏切っていなければそれでいいのだ。
――― 天界の 一角。
東国という名の領域―――次期蒼龍王である兄のもとで、輝王は思いのままに采配を振る
うことが出来た。
それがずっと続くのだと思っていた。
年の離れた弟が生まれるまでは―――。
(・・・昔からそうだった。なぜか気に入らなかった。)
こちらの思惑など一顧だにせず、好き勝手に動く。そのせいでこちらにまで敵が増える
こともあった。
最大級にひどかったのは、天界のタブーである魔族を人界から連れ帰ったあげく、己の
副官に据えるなどと言う暴挙に出、しかもそれをほとんど力業に近いやりかたで、周囲に
認めさせた。
そのせいで弟に対する周囲からの風当たりはいっそう厳しいものになった。
・・・それでもいつの間にか弟の周囲には、人が集まっている。
敵も多いが、損得勘定抜きの味方も多い。
自分とはどこかが違う 弟。
自分が気に入らない者はすべて顧みなかった輝王も、どういうわけか柢王の存在だけは無
視できなかった。
それは柢王が文殊塾を卒業し、元帥の地位についたあたりから特に顕著になった。
目障りだと思いつつも、それは血のつながりゆえのことだと、ずっと思っていた。
だがそれは間違いだった。
なぜ今まで気づかなかったのか。
( ・・・・・無視など 出来ないはずだ )
柢王は、自分の前にいたのだ。―――後ろではなく。
着々と力をつけ、いつの間にか自分を追い越し、その前へ―――。
幾本もの光柱が立つ暗い境界の光景を見据える輝王の手の中で、 窓枠が みしりと音を
立てた。
・・・これで わかった。
あれは 敵だ――― 。
「・・・・・一つの地に 王たる獣は 二頭も 必要ない―――」
自分の前に立つ者は―――聖なる獣を戴いて立つ王は 兄だけでいい。
それ以外は 要らない。
(・・・私の領域に これ以上踏み込ませるものか―――)
「・・・何か言ったか?」
翔王の問いかけに、別になにも、と輝王は美しいがゆえに寒気すら感じさせる笑みを浮か
べながら窓を閉めた。
その背に翔王は何か言いかけ、弟の笑みに気づくと黙って書類に視線を落とした。
・・・・・ ピシャン・・ ―――
黒い水の上を、陰鬱な気配を漂わす風が吹き抜けてゆく。
その風は階に座す教主の髪をゆらしていったが、教主の瞳は湖面に映る光景を見つめたま
ま動こうともしない。
ふいに扇をもてあそんでいた教主の手が引きつった。 手に持っていた扇が階に音を立て
て落ちる。背後に控えていた李々がふっと頭を上げた時、教主が何かを断ち切るように拳を
握った。
「―――教主様?」
わずかに膝を進めた李々の視界が、一瞬白く染まった。
・・・―――湖面が、光り輝いていた。
冥界の底が、一瞬 白々と輝いた。
それは、天界の光景を映し出している湖面から発されているのだった。
光の中心に、微かな影があった。
「・・・・・・っ!」
李々はようやく、その光源が―――湖面が映し続けている―――天界の境界の光景そのも
のだということに、気づいた。
――― 凄まじい大気の振動と、まばゆいばかりの光芒の中央に、不吉な塔のように
黒々とそびえているのは、あの巨虫だ。
周囲をなぎ払うかのような光の中で、なおその存在を誇示しているかのように見えた
その巨虫は、次の瞬間 人界の伝え語りにあった、雷に撃たれて崩れ落ちる、禍咎の塔その
もののように その内側から白い光を迸らせて砕け散った―――。
「――――・・・」
わずか、数瞬の出来事だった。
光の弱まってゆく湖面に目を吸い寄せられたまま、威力のすさまじさに息をのんで体を固
くしている李々の耳に、微かな音が届いた。
「・・・・あの黒髪も一撃で倒すか―――。」
―――低く教主が笑っていた。
握り込んだ拳をもう片方の手で抑えつけるように包み込んでいる。
拳の方の指先がかすかに痺れたように感じるのは、黒い水を通じて巨虫に感覚の一部を繋
げていたからだろう。
巨虫を操作する力の糸(のようなもの)を切断するのがもう一瞬遅ければ、少々危なかっ
たのかもしれない。
足元に進み出た李々が扇を拾いあげ、膝をついて差し出したのを教主は黙って取り上げか
け、ふと視線を湖面にもどした。
・・・・・湖面が、また瞬いていた。
間をおかずして、瞬く銀光が収斂して天と地をつなぐ 幾本もの禍々しい光を放つ柱とな
る光景が、湖面に映し出された。
「・・さながら 雷の神殿だな・・・・・」
扇を取り上げながら、教主が呟いた。
冥界を薙ぐ白光に、待機していた魔族達が何事かと対岸に集まりだした。教主の姿を認め
ると、次々に膝を折って頭を垂れる。
「・・・あ」
李々が声を上げて立ち上がった。
水音が響いて次々と湖面に浮かび上がるものがあった。
力を通すための『管』の役目として配置していた魔族達だ。
・・・突然の中継の切断に対応しきれなかったのだろう。感覚を繋げたままだった彼らは、
巨虫を襲った雷撃の衝撃を、そのまま『体験』したのだ。
見た目は無傷だが、全身を駆けめぐる力の逆流に耐えきれず、精神を焼き切られた者も多
いだろう。
(正気を保って目覚められる者は、おそらく数名・・・)
無意識にもてあそんでいた扇が、高い音を立てた。
・・・・・いまいましいことだ。
これで使える者がさらに少なくなった。
李々が一礼すると湖面を飛んでその者達をすくい上げ、対岸に集まってきた魔族達に指示
を出しながら引き渡し始めた。
約半数が、脱落したようだが、湖に浮かび上がった者達の中に、氷暉と水城の姿はない。
(とっさの判断で、感覚を遮断したか・・・。当然と言えば当然だが)
あの程度で倒れるような力量なら、最初から最前線に配置したりはしない。
少なくともあの二人がいるならば、戦局に大きな乱れは生じないだろう。
「・・・赤毛と黒髪の力量も測れたことだしな」
手元の扇を鳴らした教主は、始まった時と同じように、急激に収束に向かう境界の光景を
見おろして、ふと眉根をひそめて呟いた。
「・・・・あの 黒髪の霊気―――」
天界の王族が持つ、強大な霊気。
爆発的に膨れあがり、轟雷が放たれる前の一瞬―――繋げていた感覚を断ち切る寸前に
感じた、・・・あの、違和感。
(・・・・・むしろ 魔族に近い・・・?・・)
「次のニュースです」
ティアはそう短く告げると次の原稿を一瞥した。そして後は一度も視線を落とすことなく、美しい微笑をたたえ、画面に向かってニュースを伝えている。現在、日本全国がテレビの前で骨抜きにされているだろう。そして一体その中の何人がこのニュースを聞いているだろうか。下手したら当事者、関係者すらも聞いていないかもしれない。
ティアは夜10時から生放送で放映されているニュース番組の看板キャスターである。
完璧な美貌、完璧な話術、優雅な物腰。
番組のインタビュー中にティアに迫り、有権者から総スカン喰らった大物政治家、ティアの会話運びと笑顔につられるままに、聞かれてもいない自社のトップシークレットを喋ってしまった大物経営者。ちなみにその内容とは当時、特捜が捜査していた事件の核心に触れまくったことだったので、大スクープとなってしまった(後の裁判でその経営者は、このインタビューを、「誘導尋問だ!」と騒いだが、当然のごとく裁判官から無視された)。
と、いうわけでティアは今、最も注目を浴びているアナウンサーなのである。
ニュースはスポーツコーナーも終わり、終盤に差し掛かった。と、その時、スタジオ内が俄かに慌しくなった。ティアも異変は感じ取ったが、何事もないかのように番組を進行していく。と、ADが静かにやって来てカメラに映らない場所からティアの方へと原稿を一枚滑り込ませてきた。それにさっと目を通す。
「たった今、新しいニュースが入ってきました」
ティアはまっすぐ眼差しを正面のカメラに向けた。
「新宿で強盗事件が発生しました。犯人は現在、人質をとってビルに立てこもっている模様です」
現場に急行したスタッフから映像はまだ送られて来ていない。
「映像が届き次第、状況をお伝えいたします」
とりあえずはそれで締めくくり、次のニュースへと移った。が、ティアの気持ちはすでに強盗事件の方へと向いていた。映像が入ってきたら中継になるだろう。状況を見ながら喋らなければならない。が、ティアはトップキャスターである。そんなことを気にしているのではない。ティアは焦る気持ちを何とか顔に出さなかった。
番組はCMに切り替わった。
スタジオ内は慌しい雰囲気に包まれている。スタッフも情報収集などであちこち走り回っている。
「おい、映像はまだか!?」
「現場もまだ、状況が把握しきれていないそうです。もう少し把握してからではないと、番組で流せません」
「おい、他局に先越されるなよ。うちが1番現場に近いんだぜ」
「カメラはアシュレイが担いでいます。あいつなら危ない現場だろうが、レポーター置いてでも突っ込んでいきますよ」
「もしかしたらスクープが期待できるかもしれないな、以前も身体張っていい映像取ってきたから。コメントも期待しているぞ」
ディレクターの閻魔は期待に満ちた顔で頷き、熱の籠もった目でティアを振り返った。
が。
「あれ??」
振り返るとメインキャスター席には、いつも閻魔の目を感激に潤ませる、麗しい姿は掻き消えていた。
「桂花、ティアは?」
閻魔はいつもティアの隣で補佐に当たっているもう1人の美貌のキャスター、桂花に尋ねた。しかし彼が答える前に、スタッフが飛び出してきて閻魔に声をかけた。
「現場から映像が届きました!」
閻魔は慌ててモニターを確認しに行く。
「もうすぐCMが終わるぞ!流せるか!?」
モニターには野次馬と警察でごった返している現場の様子が映し出されていた。新宿の繁華街にあるビルの周りはネオンのせいで昼間のように明るい。そこにパトカーの赤いランプも加わって騒然とした雰囲気だ。さらに・・・
「ティアー!!何しに来てんだよ、テメーは!」
「だってアシュレイ、君、いつも無茶な映像撮ろうとするから心配で。」
「俺は仕事してんだ!お前の方が心配なんだよっ。CM終っちまうんだぞ、スタジオ戻れ!」
「ありがとう、私の心配してくれるなんて・・・。でも君だけを危険なところにやっておいて私だけが安全なスタジオから見ているだけなんて、耐えられないよ・・・(涙)。どちらにしろ今からスタジオ戻ったってどうせ間に合わないよ。それに番組の方は大丈夫、桂花が完璧に進行してくれるから♪(←問題発言)」
「お前はそれでもメインキャスターかー!!」
「事実を視聴者に伝えるのがキャスターの仕事じゃない。事件は現場で起きてるんだよ、アシュレイ」
某人気映画の名セリフを言いながら、ティアが笑顔でカメラの前に姿を現した。そして
「こちらはいつでもOKです」
とカメラの前で優雅に手を振った。
「勝手に決めんなー!」
アシュレイの怒号だけが音声を通して聞こえてくる(彼はカメラを担いでいる)。
スタジオでは桂花が冷静に本番に入る準備をしていた。スタッフ達は淡々とCMから番組に切り替える準備に入っている。
人気番組「天界ニュース」では時々、メインキャスターが事件現場に飛び出して実況をする。「危険も顧みず、現場の臨場感を伝えてくれる」と、これもまた視聴者を感動させている要因なのだが、メインキャスターを現場へと駆り立てる動機を、視聴者は誰も知らない。
「(まぁ、仕方ないよな・・・、視聴率はどこのニュース番組よりも取れてるし。ナンバーワンキャスターだし・・・)」
スタッフ達は皆、心中で呟いていた。彼らは高視聴率と共に、ティアの美しい笑顔と自分達に対する気配りと、完璧な仕事振り(と、桂花の完璧なフォロー)を思い、諦観を抱きつつ日々、番組制作に励んでいる。
スタッフのカウントで、CMから番組へと切り替わった。桂花が正面のカメラを見つめた。
「先ほどお伝えしました、新宿で発生している強盗事件の映像が届いた模様です。現場の様子を伝えてください」
映像が切り替わり、画面には騒然としている現場をバックにティアがマイクを持って現れた。
「はい、こちら現場です」
ティアは自分の人気に優雅に胡坐をかいてはいない、とても仕事熱心なアナウンサーである。
優秀なキャスターとスタッフの手によって、「天界ニュース」は今夜も高視聴率であろう。
「柢王、最近冰玉の様子がおかしいと思いませんか」
食卓を片付けていた桂花が眉をひそめて尋ねるのに、柢王は、んー? と聞き返す。
「別に、飯もちゃんと食ってるし、最近でかくなってきたし、おかしいところは……」
思いあたらねぇぞ、と答えたものの、一家の主は留守がちで、冰玉のことは桂花に任せていることが多い。たたでさえあれこれ
気苦労かけている桂花に、ここで話も聞かずに、気のせいだよと流したら、いつか無人の家に帰ることになるかもしれない。
そんなの嫌だ、な柢王は、桂花の肩へ顎をつけると優しい声で、
「具体的にはどんなことが?」
尋ねながら、頬にすりすり。これは家庭円満のためのスキンシップというより単に趣味。が、心配事のある一家の稼ぎ頭は
反応すらよこさず、
「最近、よく池のほとりで水面を覗き込んでいるんですよ。吾が呼べば戻っては来ますけど、なにか悩み事でもあるようで。
それに、うちでだって──あ、ほら!」
桂花が指差すほうを見やると、台所にある大きな水がめのふちに青い小鳥の後姿。水面を眺め、時々、ふしぎそうに小首が
傾いでいるのを見れば、なるほどなにか悩んでいるかのようにも見える。
が、元気いっぱい愛情いっぱいごはんもいっぱい育てられている雛鳥にどんな悩みがあるかなど見当もつかない。尋ねることは
できても、その返事を言語に翻訳することのできない柢王は困惑顔で、
「あれじゃねぇの。あいつも自分の外見気にする年頃になったとか? あ、それとも早くでっかくなりてぇなぁとか思ってるとかさ」
思いついたことを言ってみるが、桂花は浮気なんかしてねぇよと言われた時のようなそっけなさで、そうでしょうかと信じない。
と、そんなふたりのやり取りなど気づかない龍鳥の雛は、その首を思案げに傾けたまま、パタパタ表に出て行ってしまった。
「……」
林の中の池のほとりでたたずむ青い小鳥。水面を覗き込んで、ふしぎそうにぴちゅぴちゅ何かをさえずっている。
そのさえずりを言語に翻訳するならば──
『ボクのパパは天界一の男前(パパ談)』
『そして僕のママは四国一の美人(パパ談)』
『そのふたりの一人っ子であるこのボクは……』
ぴっちゅー? と小首傾げて水面を見つめ、
『なぁんで見た感じ鳥なんだろぉ……?』
今日も鳥に見えるんだけどぉ、が、最後のぴちゅうだ。
(ボクが早く強く大きくなってパパとママに似たりっぱな龍鳥になれますように)
梁にとまった青い小鳥が夢のなか──
願いをかなえるビラビラ衣装の人に何度も小さな頭を下げる。そして、その下、寝台のなかではパパママが、
「…って、なんだよ、おまえが拒んだって冰玉の悩みが解決するわけじゃねぇだろっ。つか俺らが円満な方があいつだって気が
まぎれるつーか幸せになれるっつーかさぁ──」
「あんなに見るからに悩んでいるんですよ、なのにあなたはよくそんな気になれますね? とにかく冰玉の悩みが解決するまで
絶対にダメです!」
眠る小鳥を起こさないようひそめた声での攻防戦の真っ最中──
とにかくあれこれ勘違いある家庭ではあるが……。
これはとある幸せ家族の肖像だ──。
川のほとりに腰を下ろした柢王の目は、儚げな焔をともしてゆるやかに飛びちがう蛍を追っていた。
「蛍火・・・・と書いて『けいか』とも読むんだよな・・・」
人界には連れてこられない魔族の恋人。
感動を分かちあってくれる彼が今ここにいないせいか、蛍の道ゆきの頼りなさがそのまま桂花の不安を表しているかのような錯覚に陥る。
柢王が人界へ降りる時はいつも、天守塔でティアの片腕となって待っていてくれる恋人。どんな時も自分の言い分よりも先にこちらを立ててくれるできた恋人。
彼のその『我慢』と『優しさ』に甘えて、いつでも自分の信じたように行動してきたが・・・・言いたいことは沢山あるだろう。吐きだす手前で歯止めをかけ、飲み込んでくれた言葉は数えきれないほどだろう。そして恐らく・・・・・完全に消化できずにいるのだろう。
わかっている。わかっているけれど―――――――。
「やめやめ」
尻をはたいて立ち上がると、柢王は空を仰ぎ見た。
天の河と呼ばれる銀河のきらめきが夜空にちりばめられ、今にもこぼれ落ちてきそうだ。
「天界にはないモンがここにはある。その点に関して言やぁ人間は恵まれてンな」
三界守天が作り上げたという世界。天界は人界よりも優れているはずなのに、柢王からしてみるとここは天界よりもずっと自然に恵まれ、たくましく、生を全うしているような気がするのだ。
寿命が短いというだけではなく、この世界をとり囲む自然の強さがなおさらそう感じさせるのだろうか。
いずれにしても、桂花が隣にいない世界は自分にとって執着するほどのものではなかった。
「俺はお前と一緒ならどこだってかまわねぇよ」
しかしそれが実行されることはないだろう。もしそうなれば、桂花は今以上に自分を責めるに違いない。
「あいつが弱音を吐けないのは俺が未熟なせいだ・・・・」
いつだって心配ばかりかけてしまうから、それでも傍にいてくれるから・・・・。
「やっぱりお前には頭が上がらない」
やめだと言いつつ遠い場所で自分を待っていてくれる恋人に思いを馳せ、柢王は苦笑した。
守天から、一度家に戻って自分が気に入っている薬草を摘んできて欲しいと頼まれた桂花は、守護の指輪を借りて我が家へ戻っていた。
薬草を摘んだら夕方には戻れますと桂花は言ったのだが、守天は『今日明日ゆっくりしておいで』とかえしてきた。
「せっかくだから、庭の草むしりも済ませてしまうか」
ゆっくりする、ということに慣れていない働き者は守天の薬草を確保して、再び庭へ出た。
天守塔を出たとき既に昼を過ぎていたため、明るいうちに済ませたい桂花は手を休めず作業に没頭した。
こちらがキレイになればあちらが目立ち、そこを済ませばまた別の場所の雑草に目がいってしまうため、切りがない。気づけば辺りは暗くなりつつある。
桂花は腰を伸ばすと家の中へ戻り、ランタンを手に戻ってきた。それを台に置いて草むしりを再開する。
どれくらい時が過ぎたろう、ふいに横ぎっていったともしびに桂花は顔をあげた。
「―――――蛍?」
まさか、と思いつつそれを追ってふりむくと―――――あちらこちらにうすい緑色の光が点滅していた。
「なぜこんな所に・・・・」
ありえない状況だとは分かっているが、久しぶりに目にした儚い光に夢中になってしまう。
まばたきもせずに魅入っていたが、ランタンの火がとつぜん消えたため、桂花は我にかえった。――――と、いつの間に戻ってきたのか柢王がそこに立っている。
「柢王っ!?」
「ティアから呼び出しがかかってサ・・・例の発明家、覚えてるか?おんぼろバラックの。アイツがアシュレイんとこに送ってきたやつを分けてくれたんだ。」
淡い光を顎で示して笑う。
「ああ、あの胡散臭い店主・・・・」
桂花もつられて笑う。
「ニセモノにしちゃあよくできてるよな」
「ええ、本当に良くできている」
しばらく沈黙のときが流れたのち、柢王がささやいた。
「・・・・・淋しかったか?」
からかうように、自分の顔をのぞきこんだ彼の肩へもたれかかり、桂花は「とても」と答えてやる。
求愛のシグナルをおくり続ける偽りの蛍に囲まれていたからこそ、自分の気持ちを偽りたくはなかった。
「吾の中の蛍火が、あなたの風に煽られて胸を焦がすから・・・・・・会いたかった」
「――――――――どうされたいんだよ、そんな文句きかせて」
「・・・・・あのホタル、家の中に放せないんですか?」
「できるぜ。このふた開けりゃ、いっぺんに回収できるからな」
白い髪を指に巻きつけて、柢王は桂花の頭を抱えた。
「土や草の匂いしかしませんよ」
「おう、すげーキレイになったな庭。ありがとな」
「ふふ・・・・ごほうびにこの髪、洗ってくれますか?」
桂花は自分の髪を巻きつけた指にそっと唇を押しあてた。
パカッと箱のふたを開きあわててホタルを回収すると、挑発してきた恋人を即座に抱え、柢王はわき目もふらず家の中へと飛び込んでいった。
全てが終わり、アシュレイが選挙のための資料等を蔵書室に返しに行く途中。
突然扉が開いて、部屋の中からよろよろと人が出てきた。
アー 「うわっ…! なんだおまえ、大丈夫かっ!?」
ナセル「アシュレイ様…!?」
アー 「ナセル! おまえ、…久しぶりだな。
どうしたんだ、なんだかやつれて見えるけど」
ナセル「ここしばらく、ずっとカンヅメ状態でしたので」
アー 「カンヅメ…?」
ナセル「守天様の推薦で、選管の方から特命を仰せつかっておりました」
〜〜〜 * 〜〜・〜〜 * 〜〜〜〜 * 〜〜・〜〜 *〜〜〜〜〜 * 〜〜〜
ティア 「いやね、アウスレーゼ様たちが来てすぐに、
有能で信頼できる者をひとり貸してほしいって言われて、
推薦したんだけど…。
まさか、そんなハードな任務だったとは思わなくて。
ごめんね、ナセル。疲れただろう。しばらく休暇取って
休んでいいから。ああ、もちろん、有給でね」
〜〜〜 * 〜〜・〜〜 * 〜〜〜〜 * 〜〜・〜〜 *〜〜〜〜〜 * 〜〜〜
アー 「特命?」
ナセル「はい…。選挙人名簿の作成や、投票入場券の作成と配布、
あと、天主塔ニュースの編集等、諸々の雑事を一手に」
アー 「あれって、おまえだったのか…!?」
道理で、アウスレーゼたちが帰った後にニュースが入ったはずだ。
アー 「そうか、ご苦労だったな。でも、おかげで、無事ティアが当選したぜ」
ナセル「はい、おめでとうございます」
そういうと、まるで自分のことのように、満面の笑みでアシュレイが「ん!」と答えた。
ナセル「・・・・・・・・・」
しばし無言の後、あっ…とナセルが廊下でつまずき転びそうになり、アシュレイが咄嗟に支える。
アー 「大丈夫か?」
ナセル「はい…申し訳ございません」
と言いつつ、少し疲れているのかもしれません、などと言ってみるナセル。
アー 「いいって、このままで。もっと俺にもたれかかっていいぞ。
部屋まで送ってってやる。遠慮すんなって。…そう、ゆっくり歩けば
いいから」
ナセル「はい…。申し訳ありません、アシュレイ様」
アー 「気にすんなって!」
そう言って、ニッコリ笑ったアシュレイを見て、このくらいの役得、あってもいいだろと心でつぶやくナセルだった。
ところ変わって、最上界。
三界主天へ選挙結果の報告のため、卯日宮を訪れたアウスレーゼとデンゴン君の前に、アウスレーゼの許婚者オーティスが行く手を塞いで仁王立ち。
オー 「ずいぶんとお楽しみだったようだな、アウスレーゼ」
アウ 「なにがだ?」
オー 「フン、知らぬと思うてか」
アウ 「…江青のことか」
オー 「身に覚えがあるようだな」
アウ 「や、ないぞ。今回の我は、潔白だ」
『あうすれーぜ、潔白』
オー 「…この人形にも、いいようにやられておったではないか」
アウ 「ははは。よいのだ。この子はまだ子供ゆえな」
オー 「そなたは次期三界主天の身なんだぞ? こんな人形ごときに…」
『あうすれーぜ、コノ怖イ人、誰?』
アウ 「ああ、これはな、我の許婚のオーティスだ」
『おーちす?』
オー 「我は、オーティス、だ。変な名前で呼ぶな、人形」
『ダッテ、言イニクインダモン…。縮メテ 呼ンデモ イーイ?』
(言いにくい?
確かティアランディアのことは、きっちり発音していたと思うが…?)
不思議に思いながらも、オーティスに代わって勝手に「構わん」とアウスレーゼが許可を出す。
『ジャ、きょーチャン』
オー 「…誰だ、それは」
『オマエ』
オー 「誰が、おまえ、だ!」
『ダッテ、縮メテモイイッテ。』
アウ 「デンゴン君、なにを縮めたのだ?」
『きょーさい、ノ きょーチャン』
アウ 「きょーさい?」
『アノネ、恐イ妻 ノコト』
オー 「…ぶっ殺す!」
アウ 「待て、オーティス。デンゴン君は、まだ子供なのだ。それに
この子はそなたの父君、三界主天様がお創りになった人形。
いわば、そなたの兄弟とも言うべきものではないか」
『我ノ 妹ー?』
オー 「誰が妹だっ!!」
『…ジャ、従妹…?』
オー 「アウスレーゼぇぇぇぇぇぇぇぇ…!!
そなた、この人形にどういう教育をしておったのだ!」
アウ 「や…教育と言われても、参ったな…はは」
そんなオーティスを見て。
我が未来の妻は、恐妻というよりも、熱妻とか炎妻とか…そういう燃え(萌えではない)系妻ではないかな、などと悠長に考えるアウスレーゼだった。そして、
『テイウカ、怒妻(ドサイ)……?』
アウスレーゼの窮地も知らず、火に油を注ぐデンゴン君だった。
終。
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