投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
―――そして東領。
蓋天城の執務室では、次期蒼龍王たる翔王と、その補佐であり弟である輝王がともに二人
して書類に目を落としていた。
書類に目を落としていた翔王が ふと顔を上げて窓の方を見た。
「・・・兄上?」
と呼びかけてそこで輝王はハッと窓の方を見た。窓に駆け寄り開け放つ。
「―――――・・・っ!!」
なぜ今まで気づかなかったのか これほどの破壊的な霊気を。
自分と根を同じにしながら、全く異質の力。・・・いや、異質ではなく大きすぎて同じもの
に感じられないだけなのか。
天に浮かぶ城である蓋天城からは、天界の景色が一望できる。 その、南の地。天主塔に
近い境界線で炸裂する巨大な戦闘霊気に輝王は息をのんだ。
「・・・柢王だな。派手な奴だ」
席を立とうともせずに やれやれとため息をついて書類を揃えて横に押しやる兄の姿を
輝王は振り返って愕然と見た。
(・・・派手だと?)
確かに派手だ。兄の目にはそう映るのだろう。・・・まだそう言えるだけの余裕が、兄には
あるのだ―――。
「・・・・・・」
だが 輝王には 脅威だ。
これが文官を目指した者と武官を目指した者との力の差というものなのか。
いつの間に、これほどの力を備えていたのだろう。
(・・・闘っても おそらく勝てないだろう な。)
だがそれはいいのだ。自分は血と泥に汚れる武官など、もともとなる気はなかった。力に
など頼らなくとも、相手を打ち倒す方法などいくらでもある。だから別に柢王に力の差で負
けたところで輝王自身は特に悔しいと思わない。
・・・だから問題はそこではない。脅威は別のところにある。そしてそれは自分だけの問題
ではない。
(柢王はまだ若い。)
つまり 今の時点でこの威力だというのならば、 まだまだこれから力が伸びる可能性が
大いにあると言うことだ。
―――現に、あれだけの攻撃を続け様に放ちながら、力は一向に衰える気配がない。
(・・・いつの日か、兄を超える可能性が・・・ないとは言い切れない)
輝王は翔王を見、そして窓の外に視線を戻した。
・・・・・昔から兄は次代の王として 輝王の前にいた。
父の跡を継ぐのは兄だと。弟である自分はその下について生きていくのだと。周囲の者達
は皆そう言った。
それが定められた道だと。
別に、それをいやだとは思わなかった。兄のことは好きだったので、むしろ輝王はすんな
りとそれを受け入れた。
・・・兄は優秀なくせに、人の上に立つ者の鷹揚さと言いきれない妙に抜けているところが
あった。そして輝王はそういうところが放っておけない性分だった。
そんな輝王を、翔王もすんなりと受け入れた。
それが相性というものなのだろう。
―――実際、執務の補佐は、輝王にとっては楽しいとさえ言って良かった。
下にいるからこそ、見えてくるものは多い。兄に任せられるのは最終的な決断だけで、
それに至るまでの諸々の経緯や情報はすべて輝王のもとに入ってくる。
(仕える者こそが、真の主人なのだ―――と 錯覚すら覚えるほどに・・・)
輝王はすぐに、情報を操作することや他人を動かす術を覚えた。
東国の利になることなら、禁忌に触れるようなこともやった。
最終的には、兄さえ裏切っていなければそれでいいのだ。
――― 天界の 一角。
東国という名の領域―――次期蒼龍王である兄のもとで、輝王は思いのままに采配を振る
うことが出来た。
それがずっと続くのだと思っていた。
年の離れた弟が生まれるまでは―――。
(・・・昔からそうだった。なぜか気に入らなかった。)
こちらの思惑など一顧だにせず、好き勝手に動く。そのせいでこちらにまで敵が増える
こともあった。
最大級にひどかったのは、天界のタブーである魔族を人界から連れ帰ったあげく、己の
副官に据えるなどと言う暴挙に出、しかもそれをほとんど力業に近いやりかたで、周囲に
認めさせた。
そのせいで弟に対する周囲からの風当たりはいっそう厳しいものになった。
・・・それでもいつの間にか弟の周囲には、人が集まっている。
敵も多いが、損得勘定抜きの味方も多い。
自分とはどこかが違う 弟。
自分が気に入らない者はすべて顧みなかった輝王も、どういうわけか柢王の存在だけは無
視できなかった。
それは柢王が文殊塾を卒業し、元帥の地位についたあたりから特に顕著になった。
目障りだと思いつつも、それは血のつながりゆえのことだと、ずっと思っていた。
だがそれは間違いだった。
なぜ今まで気づかなかったのか。
( ・・・・・無視など 出来ないはずだ )
柢王は、自分の前にいたのだ。―――後ろではなく。
着々と力をつけ、いつの間にか自分を追い越し、その前へ―――。
幾本もの光柱が立つ暗い境界の光景を見据える輝王の手の中で、 窓枠が みしりと音を
立てた。
・・・これで わかった。
あれは 敵だ――― 。
「・・・・・一つの地に 王たる獣は 二頭も 必要ない―――」
自分の前に立つ者は―――聖なる獣を戴いて立つ王は 兄だけでいい。
それ以外は 要らない。
(・・・私の領域に これ以上踏み込ませるものか―――)
「・・・何か言ったか?」
翔王の問いかけに、別になにも、と輝王は美しいがゆえに寒気すら感じさせる笑みを浮か
べながら窓を閉めた。
その背に翔王は何か言いかけ、弟の笑みに気づくと黙って書類に視線を落とした。
・・・・・ ピシャン・・ ―――
黒い水の上を、陰鬱な気配を漂わす風が吹き抜けてゆく。
その風は階に座す教主の髪をゆらしていったが、教主の瞳は湖面に映る光景を見つめたま
ま動こうともしない。
ふいに扇をもてあそんでいた教主の手が引きつった。 手に持っていた扇が階に音を立て
て落ちる。背後に控えていた李々がふっと頭を上げた時、教主が何かを断ち切るように拳を
握った。
「―――教主様?」
わずかに膝を進めた李々の視界が、一瞬白く染まった。
・・・―――湖面が、光り輝いていた。
冥界の底が、一瞬 白々と輝いた。
それは、天界の光景を映し出している湖面から発されているのだった。
光の中心に、微かな影があった。
「・・・・・・っ!」
李々はようやく、その光源が―――湖面が映し続けている―――天界の境界の光景そのも
のだということに、気づいた。
――― 凄まじい大気の振動と、まばゆいばかりの光芒の中央に、不吉な塔のように
黒々とそびえているのは、あの巨虫だ。
周囲をなぎ払うかのような光の中で、なおその存在を誇示しているかのように見えた
その巨虫は、次の瞬間 人界の伝え語りにあった、雷に撃たれて崩れ落ちる、禍咎の塔その
もののように その内側から白い光を迸らせて砕け散った―――。
「――――・・・」
わずか、数瞬の出来事だった。
光の弱まってゆく湖面に目を吸い寄せられたまま、威力のすさまじさに息をのんで体を固
くしている李々の耳に、微かな音が届いた。
「・・・・あの黒髪も一撃で倒すか―――。」
―――低く教主が笑っていた。
握り込んだ拳をもう片方の手で抑えつけるように包み込んでいる。
拳の方の指先がかすかに痺れたように感じるのは、黒い水を通じて巨虫に感覚の一部を繋
げていたからだろう。
巨虫を操作する力の糸(のようなもの)を切断するのがもう一瞬遅ければ、少々危なかっ
たのかもしれない。
足元に進み出た李々が扇を拾いあげ、膝をついて差し出したのを教主は黙って取り上げか
け、ふと視線を湖面にもどした。
・・・・・湖面が、また瞬いていた。
間をおかずして、瞬く銀光が収斂して天と地をつなぐ 幾本もの禍々しい光を放つ柱とな
る光景が、湖面に映し出された。
「・・さながら 雷の神殿だな・・・・・」
扇を取り上げながら、教主が呟いた。
冥界を薙ぐ白光に、待機していた魔族達が何事かと対岸に集まりだした。教主の姿を認め
ると、次々に膝を折って頭を垂れる。
「・・・あ」
李々が声を上げて立ち上がった。
水音が響いて次々と湖面に浮かび上がるものがあった。
力を通すための『管』の役目として配置していた魔族達だ。
・・・突然の中継の切断に対応しきれなかったのだろう。感覚を繋げたままだった彼らは、
巨虫を襲った雷撃の衝撃を、そのまま『体験』したのだ。
見た目は無傷だが、全身を駆けめぐる力の逆流に耐えきれず、精神を焼き切られた者も多
いだろう。
(正気を保って目覚められる者は、おそらく数名・・・)
無意識にもてあそんでいた扇が、高い音を立てた。
・・・・・いまいましいことだ。
これで使える者がさらに少なくなった。
李々が一礼すると湖面を飛んでその者達をすくい上げ、対岸に集まってきた魔族達に指示
を出しながら引き渡し始めた。
約半数が、脱落したようだが、湖に浮かび上がった者達の中に、氷暉と水城の姿はない。
(とっさの判断で、感覚を遮断したか・・・。当然と言えば当然だが)
あの程度で倒れるような力量なら、最初から最前線に配置したりはしない。
少なくともあの二人がいるならば、戦局に大きな乱れは生じないだろう。
「・・・赤毛と黒髪の力量も測れたことだしな」
手元の扇を鳴らした教主は、始まった時と同じように、急激に収束に向かう境界の光景を
見おろして、ふと眉根をひそめて呟いた。
「・・・・あの 黒髪の霊気―――」
天界の王族が持つ、強大な霊気。
爆発的に膨れあがり、轟雷が放たれる前の一瞬―――繋げていた感覚を断ち切る寸前に
感じた、・・・あの、違和感。
(・・・・・むしろ 魔族に近い・・・?・・)
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