投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
「次のニュースです」
ティアはそう短く告げると次の原稿を一瞥した。そして後は一度も視線を落とすことなく、美しい微笑をたたえ、画面に向かってニュースを伝えている。現在、日本全国がテレビの前で骨抜きにされているだろう。そして一体その中の何人がこのニュースを聞いているだろうか。下手したら当事者、関係者すらも聞いていないかもしれない。
ティアは夜10時から生放送で放映されているニュース番組の看板キャスターである。
完璧な美貌、完璧な話術、優雅な物腰。
番組のインタビュー中にティアに迫り、有権者から総スカン喰らった大物政治家、ティアの会話運びと笑顔につられるままに、聞かれてもいない自社のトップシークレットを喋ってしまった大物経営者。ちなみにその内容とは当時、特捜が捜査していた事件の核心に触れまくったことだったので、大スクープとなってしまった(後の裁判でその経営者は、このインタビューを、「誘導尋問だ!」と騒いだが、当然のごとく裁判官から無視された)。
と、いうわけでティアは今、最も注目を浴びているアナウンサーなのである。
ニュースはスポーツコーナーも終わり、終盤に差し掛かった。と、その時、スタジオ内が俄かに慌しくなった。ティアも異変は感じ取ったが、何事もないかのように番組を進行していく。と、ADが静かにやって来てカメラに映らない場所からティアの方へと原稿を一枚滑り込ませてきた。それにさっと目を通す。
「たった今、新しいニュースが入ってきました」
ティアはまっすぐ眼差しを正面のカメラに向けた。
「新宿で強盗事件が発生しました。犯人は現在、人質をとってビルに立てこもっている模様です」
現場に急行したスタッフから映像はまだ送られて来ていない。
「映像が届き次第、状況をお伝えいたします」
とりあえずはそれで締めくくり、次のニュースへと移った。が、ティアの気持ちはすでに強盗事件の方へと向いていた。映像が入ってきたら中継になるだろう。状況を見ながら喋らなければならない。が、ティアはトップキャスターである。そんなことを気にしているのではない。ティアは焦る気持ちを何とか顔に出さなかった。
番組はCMに切り替わった。
スタジオ内は慌しい雰囲気に包まれている。スタッフも情報収集などであちこち走り回っている。
「おい、映像はまだか!?」
「現場もまだ、状況が把握しきれていないそうです。もう少し把握してからではないと、番組で流せません」
「おい、他局に先越されるなよ。うちが1番現場に近いんだぜ」
「カメラはアシュレイが担いでいます。あいつなら危ない現場だろうが、レポーター置いてでも突っ込んでいきますよ」
「もしかしたらスクープが期待できるかもしれないな、以前も身体張っていい映像取ってきたから。コメントも期待しているぞ」
ディレクターの閻魔は期待に満ちた顔で頷き、熱の籠もった目でティアを振り返った。
が。
「あれ??」
振り返るとメインキャスター席には、いつも閻魔の目を感激に潤ませる、麗しい姿は掻き消えていた。
「桂花、ティアは?」
閻魔はいつもティアの隣で補佐に当たっているもう1人の美貌のキャスター、桂花に尋ねた。しかし彼が答える前に、スタッフが飛び出してきて閻魔に声をかけた。
「現場から映像が届きました!」
閻魔は慌ててモニターを確認しに行く。
「もうすぐCMが終わるぞ!流せるか!?」
モニターには野次馬と警察でごった返している現場の様子が映し出されていた。新宿の繁華街にあるビルの周りはネオンのせいで昼間のように明るい。そこにパトカーの赤いランプも加わって騒然とした雰囲気だ。さらに・・・
「ティアー!!何しに来てんだよ、テメーは!」
「だってアシュレイ、君、いつも無茶な映像撮ろうとするから心配で。」
「俺は仕事してんだ!お前の方が心配なんだよっ。CM終っちまうんだぞ、スタジオ戻れ!」
「ありがとう、私の心配してくれるなんて・・・。でも君だけを危険なところにやっておいて私だけが安全なスタジオから見ているだけなんて、耐えられないよ・・・(涙)。どちらにしろ今からスタジオ戻ったってどうせ間に合わないよ。それに番組の方は大丈夫、桂花が完璧に進行してくれるから♪(←問題発言)」
「お前はそれでもメインキャスターかー!!」
「事実を視聴者に伝えるのがキャスターの仕事じゃない。事件は現場で起きてるんだよ、アシュレイ」
某人気映画の名セリフを言いながら、ティアが笑顔でカメラの前に姿を現した。そして
「こちらはいつでもOKです」
とカメラの前で優雅に手を振った。
「勝手に決めんなー!」
アシュレイの怒号だけが音声を通して聞こえてくる(彼はカメラを担いでいる)。
スタジオでは桂花が冷静に本番に入る準備をしていた。スタッフ達は淡々とCMから番組に切り替える準備に入っている。
人気番組「天界ニュース」では時々、メインキャスターが事件現場に飛び出して実況をする。「危険も顧みず、現場の臨場感を伝えてくれる」と、これもまた視聴者を感動させている要因なのだが、メインキャスターを現場へと駆り立てる動機を、視聴者は誰も知らない。
「(まぁ、仕方ないよな・・・、視聴率はどこのニュース番組よりも取れてるし。ナンバーワンキャスターだし・・・)」
スタッフ達は皆、心中で呟いていた。彼らは高視聴率と共に、ティアの美しい笑顔と自分達に対する気配りと、完璧な仕事振り(と、桂花の完璧なフォロー)を思い、諦観を抱きつつ日々、番組制作に励んでいる。
スタッフのカウントで、CMから番組へと切り替わった。桂花が正面のカメラを見つめた。
「先ほどお伝えしました、新宿で発生している強盗事件の映像が届いた模様です。現場の様子を伝えてください」
映像が切り替わり、画面には騒然としている現場をバックにティアがマイクを持って現れた。
「はい、こちら現場です」
ティアは自分の人気に優雅に胡坐をかいてはいない、とても仕事熱心なアナウンサーである。
優秀なキャスターとスタッフの手によって、「天界ニュース」は今夜も高視聴率であろう。
「柢王、最近冰玉の様子がおかしいと思いませんか」
食卓を片付けていた桂花が眉をひそめて尋ねるのに、柢王は、んー? と聞き返す。
「別に、飯もちゃんと食ってるし、最近でかくなってきたし、おかしいところは……」
思いあたらねぇぞ、と答えたものの、一家の主は留守がちで、冰玉のことは桂花に任せていることが多い。たたでさえあれこれ
気苦労かけている桂花に、ここで話も聞かずに、気のせいだよと流したら、いつか無人の家に帰ることになるかもしれない。
そんなの嫌だ、な柢王は、桂花の肩へ顎をつけると優しい声で、
「具体的にはどんなことが?」
尋ねながら、頬にすりすり。これは家庭円満のためのスキンシップというより単に趣味。が、心配事のある一家の稼ぎ頭は
反応すらよこさず、
「最近、よく池のほとりで水面を覗き込んでいるんですよ。吾が呼べば戻っては来ますけど、なにか悩み事でもあるようで。
それに、うちでだって──あ、ほら!」
桂花が指差すほうを見やると、台所にある大きな水がめのふちに青い小鳥の後姿。水面を眺め、時々、ふしぎそうに小首が
傾いでいるのを見れば、なるほどなにか悩んでいるかのようにも見える。
が、元気いっぱい愛情いっぱいごはんもいっぱい育てられている雛鳥にどんな悩みがあるかなど見当もつかない。尋ねることは
できても、その返事を言語に翻訳することのできない柢王は困惑顔で、
「あれじゃねぇの。あいつも自分の外見気にする年頃になったとか? あ、それとも早くでっかくなりてぇなぁとか思ってるとかさ」
思いついたことを言ってみるが、桂花は浮気なんかしてねぇよと言われた時のようなそっけなさで、そうでしょうかと信じない。
と、そんなふたりのやり取りなど気づかない龍鳥の雛は、その首を思案げに傾けたまま、パタパタ表に出て行ってしまった。
「……」
林の中の池のほとりでたたずむ青い小鳥。水面を覗き込んで、ふしぎそうにぴちゅぴちゅ何かをさえずっている。
そのさえずりを言語に翻訳するならば──
『ボクのパパは天界一の男前(パパ談)』
『そして僕のママは四国一の美人(パパ談)』
『そのふたりの一人っ子であるこのボクは……』
ぴっちゅー? と小首傾げて水面を見つめ、
『なぁんで見た感じ鳥なんだろぉ……?』
今日も鳥に見えるんだけどぉ、が、最後のぴちゅうだ。
(ボクが早く強く大きくなってパパとママに似たりっぱな龍鳥になれますように)
梁にとまった青い小鳥が夢のなか──
願いをかなえるビラビラ衣装の人に何度も小さな頭を下げる。そして、その下、寝台のなかではパパママが、
「…って、なんだよ、おまえが拒んだって冰玉の悩みが解決するわけじゃねぇだろっ。つか俺らが円満な方があいつだって気が
まぎれるつーか幸せになれるっつーかさぁ──」
「あんなに見るからに悩んでいるんですよ、なのにあなたはよくそんな気になれますね? とにかく冰玉の悩みが解決するまで
絶対にダメです!」
眠る小鳥を起こさないようひそめた声での攻防戦の真っ最中──
とにかくあれこれ勘違いある家庭ではあるが……。
これはとある幸せ家族の肖像だ──。
川のほとりに腰を下ろした柢王の目は、儚げな焔をともしてゆるやかに飛びちがう蛍を追っていた。
「蛍火・・・・と書いて『けいか』とも読むんだよな・・・」
人界には連れてこられない魔族の恋人。
感動を分かちあってくれる彼が今ここにいないせいか、蛍の道ゆきの頼りなさがそのまま桂花の不安を表しているかのような錯覚に陥る。
柢王が人界へ降りる時はいつも、天守塔でティアの片腕となって待っていてくれる恋人。どんな時も自分の言い分よりも先にこちらを立ててくれるできた恋人。
彼のその『我慢』と『優しさ』に甘えて、いつでも自分の信じたように行動してきたが・・・・言いたいことは沢山あるだろう。吐きだす手前で歯止めをかけ、飲み込んでくれた言葉は数えきれないほどだろう。そして恐らく・・・・・完全に消化できずにいるのだろう。
わかっている。わかっているけれど―――――――。
「やめやめ」
尻をはたいて立ち上がると、柢王は空を仰ぎ見た。
天の河と呼ばれる銀河のきらめきが夜空にちりばめられ、今にもこぼれ落ちてきそうだ。
「天界にはないモンがここにはある。その点に関して言やぁ人間は恵まれてンな」
三界守天が作り上げたという世界。天界は人界よりも優れているはずなのに、柢王からしてみるとここは天界よりもずっと自然に恵まれ、たくましく、生を全うしているような気がするのだ。
寿命が短いというだけではなく、この世界をとり囲む自然の強さがなおさらそう感じさせるのだろうか。
いずれにしても、桂花が隣にいない世界は自分にとって執着するほどのものではなかった。
「俺はお前と一緒ならどこだってかまわねぇよ」
しかしそれが実行されることはないだろう。もしそうなれば、桂花は今以上に自分を責めるに違いない。
「あいつが弱音を吐けないのは俺が未熟なせいだ・・・・」
いつだって心配ばかりかけてしまうから、それでも傍にいてくれるから・・・・。
「やっぱりお前には頭が上がらない」
やめだと言いつつ遠い場所で自分を待っていてくれる恋人に思いを馳せ、柢王は苦笑した。
守天から、一度家に戻って自分が気に入っている薬草を摘んできて欲しいと頼まれた桂花は、守護の指輪を借りて我が家へ戻っていた。
薬草を摘んだら夕方には戻れますと桂花は言ったのだが、守天は『今日明日ゆっくりしておいで』とかえしてきた。
「せっかくだから、庭の草むしりも済ませてしまうか」
ゆっくりする、ということに慣れていない働き者は守天の薬草を確保して、再び庭へ出た。
天守塔を出たとき既に昼を過ぎていたため、明るいうちに済ませたい桂花は手を休めず作業に没頭した。
こちらがキレイになればあちらが目立ち、そこを済ませばまた別の場所の雑草に目がいってしまうため、切りがない。気づけば辺りは暗くなりつつある。
桂花は腰を伸ばすと家の中へ戻り、ランタンを手に戻ってきた。それを台に置いて草むしりを再開する。
どれくらい時が過ぎたろう、ふいに横ぎっていったともしびに桂花は顔をあげた。
「―――――蛍?」
まさか、と思いつつそれを追ってふりむくと―――――あちらこちらにうすい緑色の光が点滅していた。
「なぜこんな所に・・・・」
ありえない状況だとは分かっているが、久しぶりに目にした儚い光に夢中になってしまう。
まばたきもせずに魅入っていたが、ランタンの火がとつぜん消えたため、桂花は我にかえった。――――と、いつの間に戻ってきたのか柢王がそこに立っている。
「柢王っ!?」
「ティアから呼び出しがかかってサ・・・例の発明家、覚えてるか?おんぼろバラックの。アイツがアシュレイんとこに送ってきたやつを分けてくれたんだ。」
淡い光を顎で示して笑う。
「ああ、あの胡散臭い店主・・・・」
桂花もつられて笑う。
「ニセモノにしちゃあよくできてるよな」
「ええ、本当に良くできている」
しばらく沈黙のときが流れたのち、柢王がささやいた。
「・・・・・淋しかったか?」
からかうように、自分の顔をのぞきこんだ彼の肩へもたれかかり、桂花は「とても」と答えてやる。
求愛のシグナルをおくり続ける偽りの蛍に囲まれていたからこそ、自分の気持ちを偽りたくはなかった。
「吾の中の蛍火が、あなたの風に煽られて胸を焦がすから・・・・・・会いたかった」
「――――――――どうされたいんだよ、そんな文句きかせて」
「・・・・・あのホタル、家の中に放せないんですか?」
「できるぜ。このふた開けりゃ、いっぺんに回収できるからな」
白い髪を指に巻きつけて、柢王は桂花の頭を抱えた。
「土や草の匂いしかしませんよ」
「おう、すげーキレイになったな庭。ありがとな」
「ふふ・・・・ごほうびにこの髪、洗ってくれますか?」
桂花は自分の髪を巻きつけた指にそっと唇を押しあてた。
パカッと箱のふたを開きあわててホタルを回収すると、挑発してきた恋人を即座に抱え、柢王はわき目もふらず家の中へと飛び込んでいった。
全てが終わり、アシュレイが選挙のための資料等を蔵書室に返しに行く途中。
突然扉が開いて、部屋の中からよろよろと人が出てきた。
アー 「うわっ…! なんだおまえ、大丈夫かっ!?」
ナセル「アシュレイ様…!?」
アー 「ナセル! おまえ、…久しぶりだな。
どうしたんだ、なんだかやつれて見えるけど」
ナセル「ここしばらく、ずっとカンヅメ状態でしたので」
アー 「カンヅメ…?」
ナセル「守天様の推薦で、選管の方から特命を仰せつかっておりました」
〜〜〜 * 〜〜・〜〜 * 〜〜〜〜 * 〜〜・〜〜 *〜〜〜〜〜 * 〜〜〜
ティア 「いやね、アウスレーゼ様たちが来てすぐに、
有能で信頼できる者をひとり貸してほしいって言われて、
推薦したんだけど…。
まさか、そんなハードな任務だったとは思わなくて。
ごめんね、ナセル。疲れただろう。しばらく休暇取って
休んでいいから。ああ、もちろん、有給でね」
〜〜〜 * 〜〜・〜〜 * 〜〜〜〜 * 〜〜・〜〜 *〜〜〜〜〜 * 〜〜〜
アー 「特命?」
ナセル「はい…。選挙人名簿の作成や、投票入場券の作成と配布、
あと、天主塔ニュースの編集等、諸々の雑事を一手に」
アー 「あれって、おまえだったのか…!?」
道理で、アウスレーゼたちが帰った後にニュースが入ったはずだ。
アー 「そうか、ご苦労だったな。でも、おかげで、無事ティアが当選したぜ」
ナセル「はい、おめでとうございます」
そういうと、まるで自分のことのように、満面の笑みでアシュレイが「ん!」と答えた。
ナセル「・・・・・・・・・」
しばし無言の後、あっ…とナセルが廊下でつまずき転びそうになり、アシュレイが咄嗟に支える。
アー 「大丈夫か?」
ナセル「はい…申し訳ございません」
と言いつつ、少し疲れているのかもしれません、などと言ってみるナセル。
アー 「いいって、このままで。もっと俺にもたれかかっていいぞ。
部屋まで送ってってやる。遠慮すんなって。…そう、ゆっくり歩けば
いいから」
ナセル「はい…。申し訳ありません、アシュレイ様」
アー 「気にすんなって!」
そう言って、ニッコリ笑ったアシュレイを見て、このくらいの役得、あってもいいだろと心でつぶやくナセルだった。
ところ変わって、最上界。
三界主天へ選挙結果の報告のため、卯日宮を訪れたアウスレーゼとデンゴン君の前に、アウスレーゼの許婚者オーティスが行く手を塞いで仁王立ち。
オー 「ずいぶんとお楽しみだったようだな、アウスレーゼ」
アウ 「なにがだ?」
オー 「フン、知らぬと思うてか」
アウ 「…江青のことか」
オー 「身に覚えがあるようだな」
アウ 「や、ないぞ。今回の我は、潔白だ」
『あうすれーぜ、潔白』
オー 「…この人形にも、いいようにやられておったではないか」
アウ 「ははは。よいのだ。この子はまだ子供ゆえな」
オー 「そなたは次期三界主天の身なんだぞ? こんな人形ごときに…」
『あうすれーぜ、コノ怖イ人、誰?』
アウ 「ああ、これはな、我の許婚のオーティスだ」
『おーちす?』
オー 「我は、オーティス、だ。変な名前で呼ぶな、人形」
『ダッテ、言イニクインダモン…。縮メテ 呼ンデモ イーイ?』
(言いにくい?
確かティアランディアのことは、きっちり発音していたと思うが…?)
不思議に思いながらも、オーティスに代わって勝手に「構わん」とアウスレーゼが許可を出す。
『ジャ、きょーチャン』
オー 「…誰だ、それは」
『オマエ』
オー 「誰が、おまえ、だ!」
『ダッテ、縮メテモイイッテ。』
アウ 「デンゴン君、なにを縮めたのだ?」
『きょーさい、ノ きょーチャン』
アウ 「きょーさい?」
『アノネ、恐イ妻 ノコト』
オー 「…ぶっ殺す!」
アウ 「待て、オーティス。デンゴン君は、まだ子供なのだ。それに
この子はそなたの父君、三界主天様がお創りになった人形。
いわば、そなたの兄弟とも言うべきものではないか」
『我ノ 妹ー?』
オー 「誰が妹だっ!!」
『…ジャ、従妹…?』
オー 「アウスレーゼぇぇぇぇぇぇぇぇ…!!
そなた、この人形にどういう教育をしておったのだ!」
アウ 「や…教育と言われても、参ったな…はは」
そんなオーティスを見て。
我が未来の妻は、恐妻というよりも、熱妻とか炎妻とか…そういう燃え(萌えではない)系妻ではないかな、などと悠長に考えるアウスレーゼだった。そして、
『テイウカ、怒妻(ドサイ)……?』
アウスレーゼの窮地も知らず、火に油を注ぐデンゴン君だった。
終。
『この入場券を持って投票所に行き、係りの指示に従い、投票したい候補者の名前を触って下さい』
(……名前を触る?)
投票3日前に各戸に配布された投票入場券に記された注意書きを見て、領民達は首を傾げた。
投票所は、選管の指示で各国割り当てて急ピッチで造られた。人一人が入れるくらいのボックス――箱形状の建物――で、奥には選管からの指定机がひとつ、出入り口は正面の一箇所のみ。
いったいこんなボックスと机でどうやって投票するのかと、急遽建造を依頼された各国も不思議に思い問い合わせたが、選管からは、投票装置は当日委員長自らが配備するとの返答が届いただけだった。
そして、いよいよ投票当日の早朝。
各国の主だった街を中心にそれぞれ数十箇所ずつ設置された投票所では、すでに各国武将とその配下数名ずつが警備を兼ねた投票係として配置され、集まってきた有権者の入場券チェックに当たっていた。
チェックの終わった者から順番に、ひとりずつ投票の際の注意を受けてボックスの中へと誘導されて行く。
――奥の机の上に、候補者の名前の入った石が置いてあるから、
――投票したいと思うほうの石を一度だけ触って、出てくるように。
――それで投票は完了だ。2回触ったり、両方触っては駄目だぞ。
――無効になるからな。
中に入り、係りの者に告げられたとおりに奥の机の上を見ると、大人の肩幅くらいの間を空けて左右に置かれた真っ黒な石があった。
向かって右の石にティアランディア、左にネフロニカの名が刻んである。
その碁盤を縦半分に割ったくらいの大きさの石。
その石こそが、デンゴン君が遠見鏡から各投票所に飛ばした、返答にあった投票装置、つまりこの統一地方選挙にあたり選管自らが最上界から持参した投票用の石だった。
『ソシタラ、ヤルカー!』
アウ 「今日ばかりはデンゴン君の腕の見せ所だな」
『我ノ 一人舞台。我ハ、コノタメニ、天界ニ 来タ。』
アウ 「…そうだな。だが、」
『ナニ?』
アウ 「いや、なんでもない。今日は頼むぞ、デンゴン君」
『任セロ!』
投票開始時間とともに、仮の選管室である執務室の遠見鏡の前に陣取ったデンゴン君は、降ろした両手をひじの高さにまであげ掌を上に向けて開いた。
そうして、目の前の遠見鏡に映しだされる各投票所を瞬きもせず見つめ続ける。
デンゴン君の額の御印がほのかに光りを帯びたかと思うと、後方で見守るアウスレーゼの目に、デンゴン君の両の掌に透明な柱が少しずつ背丈を延ばしていくのが見えはじめた。投票所に置かれた特殊な石と遠見鏡を連動させて、得票の逐一を、この小さな人形が集結、集計しているのだ。
アウ 「一人舞台か。…まさにその通りだな、デンゴン君」
柱は、右の掌がティアの得票、左の掌がネフロニカの得票で、それぞれの得票数により相対的に背丈を延ばしたり縮めたりしていた。
このまま投票終了時間がくれば、その掌の柱の背丈で一目瞭然に結果が分かる。
「もうすぐ、また、あの子達ともお別れか……。だが、我よりも、そなたのほうが寂しかろ…」
そう思い、デンゴン君には聴こえないと知りつつ、そっと声に出して問う。
「そなたは、このために天界に来た、と言った。その言葉に間違いはないが、我には、それだけとは思えぬのだ…」
デンゴン君とともに天界に来てからの日々を思い出すアウスレーゼの瞳は、優しさにあふれていた。
『ト、イウコトデ。守護主天ハ、てぃあらんでぃあ ノ 続投 トナリマシタ。』
投票が終了し、それとほぼ時を同じくして集計が終わると、アウスレーゼは選挙部屋で待つティアに心話で呼びかけ、選管部屋に来るように伝えた。
投票所警備のため各地に赴いているアシュレイ、柢王、桂花を除いた珀黄・江青の両名も一緒だ。
珀黄 「おめでとうございます、守天様!」
江青 「おめでとうございます…!!」
ティア「ありがとう。…ありがとう」
結果を聞いて、涙を流さんばかりの江青と感無量な珀黄に、ティアが心からの礼を述べていると。
アウ 「守天殿、ちょっと」
名を呼ばれ、手招きされて近づけば、アウスレーゼが小声で続けた。
アウ 「ネフロニカと話してはみぬか、守天殿」
ティア「…いいえ」
アウ 「あの子も、他の兄弟達も皆、そなたのことを思ってのことなのだ。
それだけは分かってやってほしい」
ティア「………」
あまり理解したくはないが、アウスレーゼの言葉なら嘘ではないのだろう。
はい…とティアが答えると、アウスレーゼはひとつ頷いた。
ティア「アウスレーゼ様。山凍殿には…」
アウ 「そなたへの報告のあと、遠見鏡から伝えた。…ネフロニカとは、
昨夜のうちに別れは済ませたそうだ。あとで直接そなたに祝辞を
述べたいと言うておった」
ティア「そうですか…」
そこへ、大急ぎで帰ってきたアシュレイと柢王・桂花のふたりが同時に部屋になだれ込んできた。
ティア「…早かったね」
アー 「結果は…っっ!?」
ティア「おかげさまで」
アー 「そうか…。よかった。……よかった」
何度も「よかった」と繰り返すアシュレイの後ろで、柢王と桂花も目でティアに祝意を表す。
そして、突然ハッとしたようにアシュレイが回りを見渡して、もう一度「よかった」と呟いた。
その目には、デンゴン君とアウスレーゼが映っていた。
そうして、そのまま守護主天当選証書付与式が行われた。
『てぃあらんでぃあ・ふぇい・ぎ・えめろーど。』
ティア 「はい」
『ソナタ ニ、コノ天空界デノ 全権 ヲ 委ネマス。シカシ、アクマデ、民主主義トイウコトヲ忘レテハナリマセン。…全権 トハ「スベテノ権力」ヲ言イマスガ……、守護主天殿、』
改まって役職名で呼ばれ、ティアは再び、はいと答えた。
『権力 ノ 「 権 」 トハ 「ごん」、ツマリ、仮ノモノ、真実デハナイモノ ヲモ意味シマス。カリソメデナイ、真実ハ、自分自身デ見ツケ、手ニ入レナサイ。天界ノ人々 ヤ、人界ノ人々、ソレラガアッテコソノ、ソナタナノデス。良ク、治メ、導カレルヨウニ。』
ティア 「……はい」
『…我ハ、守護主天ニ、「ごん」ノ意味ヲ 伝エルタメニ、来タ。ダカラ、』
デンゴン君。
伝権…君、だったのか…。
その場に居合わせた全てのものが、ちょっと驚いた。
まさか、デンゴン君のネーミングに、メッセンジャーとしての意味以外があるとは、これっぽっちも考えてなどいなかったので。
『…ナントナク、失礼 ナ 空気……?』
『つんつん、マタナ…?』
桂花 「………」
『つんつん…』
柢王 「おい、桂花」
桂花 「…吾は天界人じゃありませんから、」
『?…ダカラ?』
桂花 「いえ、なんでもありません」
『ダイジョブ。つんつんガ ドコニイテモ、マタ会エル。約束ノ言葉ナンダッテ。ドコニイテモ、マタ会エル。ナ、あしゅうれい?』
アー 「ああ!」
『マタナ、つんつん』
桂花 「はい…。また」
『……つんつん ノコト 泣カスナヨ』
柢王 「はー!? なに言ってんだ、おまえっ」
桂花 「お気遣い、ありがとうございます」
柢王 「おまえもっ、なに礼言ってんだっ」
アウ 「やはりデンゴン君は、人の機微に聡いの…」
アウ 「珀黄、江青を頼むぞ」
珀黄 「・・・・・・・はい」
心の中で、「なぜ?の嵐」な珀黄だった。
というか、選管の方も、最上界へ……?
いやいや、たぶんこれは、自分などが追求していい問題ではないのだ。
……日常は目の前だ。
そう自分に言い聞かせ、珀黄はスルーを決め込むことにした。
アウ 「ではな、江青。元気でな」
江青 「はい。アウスレーゼ様も。……お世話になりました」
……本当は、もっといろいろとお世話したかったのだが。
なにせ、最初にプラトニック発言をしてしまった手前、妙にそれを守ってしまい、少々後悔中のアウスレーゼだった。
『天空界デノ選挙結果、選挙管理委員長トシテ、三界主天様ニ タシカニ オ伝エ シマス。』
ティア「それにしても、こんなに早く結果が出るとは思いませんでした。
デンゴン君、見事なお手並み、おみそれしました」
『コノ 選管まーく ハ、伊達ジャナイッテカ?』
アウ 「…デンゴン君、それは選管マークではなく、御印。
…くれぐれも三界主天様の前でそんなおもしろいことは
言わないように」
『ナンデー? キット、三界主天 モ 楽シガルト思ウノニー?』
アウ 「それと、三界主天様を呼び捨てにしないこと。これだけでも、
肝に銘じてくれ」
『肝ー? ソレ、我ニモ アルノ?』
アウ 「なかったら、今度三界主天様に御願いして追加してもらえばよい。
『様』は忘れるでないぞ?」
『ハイハイ』
アウ 「まったく…小猿みたいになったな、デンゴン君は」
『ソレ、知ッテルー。馴レルト可愛イッテ。我モ、ソンナ感ジー?』
アウ 「ああ、ああ、可愛いとも。…それでは行くか」
『…………ウン』
アウ 「また、会えるさ」
『…………ウン』
アウ 「デンゴン君。……我は?」
『神ナリ』
アウ 「だったら…」
『我ノ アルベキトコロヘ 帰ル。』
アウ 「よし、では行くぞ」
『ウン』
デンゴン君を腕に抱き、その場の皆に、ひとときの別れを告げる。
アウ 「では、またな」
『マタナ…!』
アー 「おーっ! またなっ!! 絶対、またなーーーっっ…!!」
バルコニーから身を乗り出し、千切れんばかりに手を振るアシュレイの後ろで、名残顔のティアたちが静かに彼らを見送った。
中庭では、宵闇の中、咲き渡る花達が風もないのにかすかにその首を揺らしていた。
そうしてアウスレーゼとデンゴン君は、最上界へと帰っていったのだった。
〜〜〜〜・〜〜 * 〜〜〜〜 * 〜〜・〜〜 *〜〜〜〜〜 * 〜〜・〜
『天主塔ニュースの時間です。
はじめに、選挙管理委員会からのお知らせです。
今日、統一地方選挙の後半戦、天空界新守護主天選挙の投票が
行われ、現職のティアランディア・フェイ・ギ・エメロードが、
新人のネフロニカ・フェイ・ギ・エメロードを破り、再選を果たしました。
天主塔では、当選証書の付与式が行われ、選挙管理委員長から証書を
受け取った新守護主天は、感慨深げな表情を浮かべていました。
これにより天空界における統一選挙は終了しました。
次回の統一選は、4年後を予定しております』
柢王 「また、やんのかっっ!?」
桂花 「…それが民主主義というものらしいですよ」
アー 「またアイツ、来るよな…っっ!?」
江青 「また…会えますね」
選管の残していったニュースに喜ぶアシュレイに、ティアも思わず苦笑がもれる。
「守天様…守天様っ!」
そこへ、声を押し殺して珀黄が鼻息荒く迫ってきた。
珀黄 「守天様、お願いがございますっ。どうかどうか、
4年後までに江青を、天主塔勤務から遠く離れた地方へと
異動させて下さい…っ!」
ティア「い、異動…!?」
珀黄 「守天様っ、江青には妻と子が…っ!!」
ティア「わ、分かってるよ。それはもう耳タコだって…」
珀黄 「分かっておいでなら、お願いでございます…!
江青には、年老いた父母やまだ嫁にもゆかぬ姉や妹がっ…!」
ティア (いつのまにか増えてるじゃないか…)
アー 「…おまえ、なに珀黄泣かせてんだ?」
ティア「わっ、私が泣かせてるはずないだろっ!?」
珀黄 「守天様ぁっ…!」
(なにが、家庭に波風を立てる気はない、だっ)
ひとり激浪状態の珀黄に、窓の外、うらめしげに天空を仰いだティアは、大きなため息をついていた。
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