投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
涼やかな風が草原を吹きぬける。
桂花は肩を震わせ隣を見たが、体温の高いカイシャンにはちょうどいいらしくグッスリ眠っている。
チンキムが自殺して以来カイシャンの教育係りに加わった桂花は、季節の移り変わりに上都と大都を移動する皇帝一家と行動を共にしている。
明日は大都に向う為、来年までこの地とお別れ。この地が大好きなカイシャンは朝早くから宮廷から離れた桂花のゲルに来て最後の追い込みの薬草採取の手伝いをしていた。
十分に薬草が集まり一息入れているとカイシャンはいつのまに眠りに落ちていた。
その寝顔を見ながら桂花は思う。
大きくなったものだ・・・と。
来年にはこの王子も12才になる。
あまり強く見つめていたからだろうか、カイシャンが目を覚ました。
「ふわぁーーっ、気持ちいいなぁ」
「この短い時間にぐっすり眠ったみたいですね」
「ああ、夢まで見た」
上半身を起こし隣の桂花を見て口元に笑いを浮かべる。
「いい夢だったようですね」
「ん。でも半分しか覚えてない」
「忘れてしまう夢は覚えている必要がないからです」
「そうか? 夢にはおまえも出てきた」
「吾がですか?」
「ああ。おまえはイル・ハーン国の物語の精霊のようだった。絹糸の長い髪に一房の鮮やかな赤い尾髪があって、胸や腕には綺麗な模様があるんだ」
「――――――っ」
「・・・桂花???」
「―――すみません。吾が精霊というのに驚いただけです。カイシャンさまは奇抜な夢を見られる」
一瞬で表面の驚きを押し隠し、桂花はにっこりと笑って見せた。
「綺麗なおまえの側には真赤な髪の男と金色の髪をした綺麗な奴もいて・・・皆で俺を呼んで・・・楽しい夢だった」
カイシャンは夢を懐かしむかのように微笑み、またゴロリと草に身を横たえた。
「それなら、どうぞ続きを楽しんでください」
桂花はカイシャンの目蓋にそっと手をのせた。
少し冷たい桂花の手が気持ちよく、カイシャンは目を伏せさっき夢を思い返す。
何故こんなにも懐かしんだろう・・・。
胸にこみあげるこの気持ちは・・・。
カイシャンは無意識に腕を上げると目蓋に乗った桂花の細い指をギュッと握り締めた。
「カイシャンさま」
桂花はそっと声をかける。
返事はない。眠ったようだ。
子供の皮を脱ぎ捨ててぐんぐん成長していくカイシャン。
だが眠っている顔にはまだあどけなさが垣間見れ、桂花は自然と微笑んだ。
だが・・・。
消された記憶を身体は覚えているのだろうか。
消せないほどの思いだったのだろうか。寝入るカイシャンに愛しい男を重ねて呟く。
「面倒臭がりのくせにお節介なんだから」
柢王が注いでくれた愛の深さに胸が熱くなる。
冥界教主に再生されたこの呪われた身体をも熱くさせる思い・・・。
ふいに涙が溢れ出す。
泣いたらダメだ。カイシャンが起きてしまう。
桂花は涙がこぼれぬよう上を向いた。
吸い込まれそうなコバルトブルーの空が果てしなく広がる中、秋風が桂花の頬を優しく撫でてゆく。
それは、常に温かかった柢王の手によく似ていた。
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