投稿(妄想)小説の部屋

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No.605 (2005/11/06 06:53) 投稿者:モリヤマ

プレゼント 2

 今年も二葉の誕生日には、二人で二葉のママに会いに行こうと思ってる。
 去年お墓参りに行こうって言ったときの二葉を思い出すと、今でも胸が温かくなるから。そして少しだけ泣きそうな気持ちにも。当たり前のことなのに、二葉を大切にしたいって思うんだ。
 でも、肝心のプレゼントが…。
「しーのーぶ〜〜〜〜」
「え? あ、ごめんっ、小沼、なに? 打ち合わせ終わった?」
 今日は小沼が悠と共同経営してるショップの打ち合わせで、悠の事務所に来てる。小沼のマネージャーな俺は、別室で小沼の来週のスケジュールの確認をしてた…はずなんだけど…。
「…いいけどね〜。忍はこの時期、毎年心ここにあらずだから」
 ううっ…。否定できない。
「で?」
「…で?」
「今年はもう決まった?二葉へのプレゼント」
「…や、まあ、その」
「まだなんだ!?」
「…そうともいう…かな」
 知らずに声が小さくなる。
「え〜〜〜〜〜!! どーすんのさー!! もう明日だよーっっ!!」
「や、まあ、そうなんだけど…」
 対照的に、小沼の声はどんどん大きくなっていく。
「なんでそんな落ち着いてんのーっっ!!」
 ていうか…、
「なんでおまえがそんなに焦ってるんだ」
 出た、悠。
「このあとの予定、覚えてんだろな」
「…ヨテイ?」
 小首傾げてシマリス小沼。うわっ、ヤバイかもっ。
「展示用シャツのサンプルチェック」
「…っ、もっもちろんっ」
 忘れてたんだな。可愛いしぐさのときほど小沼は要注意なんだよな。
「でででもさっ、それは別に急いでるもんでもないよねぇ〜?」
「急いでるとか急いでないとかの問題じゃない。仕事の約束は守れ」
「…う」
 抵抗空しく今日も瞬殺の小沼は、悠にがっちり確保されて、そのままドアのほうに連行される。それでも悠の拘束の隙間から、うるうるした目で叫んできた。
「忍っ…俺がいなくても諦めちゃダメだよーーっ」
「小沼…」
 心配してくれるのはありがたいけど、俺は悠にドナドナされてくおまえのほうが心配だよ…。
 案の定、悠はわざわざ立ち止まって、小沼を引き寄せ少し苛ついたようにはっきり言った。
「どーでもいいけど。なんでおまえは毎年こいつらのことに首突っ込んでんだ。おまえも、」
と、今度は振り向きざま俺にぴったり目線を合わせてくる。
「なんで毎年同じことで悩めるのか、不思議だね」
 あきれたように言い放つと、小沼を引きずり去って行った。

「毎年同じことで悩んでる…か」
 二葉なら、どんなものでも喜んで受け取ってくれる。
 でも、だからこそ、あいつが本当に欲しいと思ってるものを贈りたいって、いつも俺は欲張ってた。自分で自分にプレッシャーかけてた。
 そうして周りまで巻き込んで。
 わかってるつもりで、結局わかってなかったんだよな。
 悠も小沼も、いつもヒントをくれてたのに。
 だから、今年は普通(?)にディナーとか花束とか、無難なものを考えてるんだ。考えてるだけではっきり決めてなかったから…さっきは小沼たちの勢いに口をはさめなかったけど。
 あと、手紙を書こうと思ってる。
 無理も背伸びもしないで。
 ただ「おめでとう」の気持ちだけで。
 照れくさくても、うまく伝えられなくてもいい。俺だけの言葉で二葉に伝えればいいんだ。そう思いつつもやっぱり恥ずかしくてできなかったけど。でも、恥ずかしさだけで言えば、二葉の言動(特に愛情表現)には及ぶべくもないんだから。
 そんなふうに考えたら、すごく心が軽くなったんだ。
 なんで今まで切り替えられなかったんだろう。
 小沼、悠、ありがとう。

 そして、11月3日。
 俺たちの部屋でふたりで日付が変わるのを待って、俺はおめでとうの言葉とともに用意しておいた封筒を二葉に手渡した。
 見て、い? って風に、二葉が手紙を顔の横で2,3度振って見せたので、俺は頷くと慌てて飲み物の用意をしにキッチンに避難した。
 封をする前に最後にもう一度読み返したんだけど、なんだかもう頭がぐちゃぐちゃで…。
 いざ書こうと思うと、なにから書けばいいか悩んでしまって。とにかく一言だけでもと思って書いたら本当に「おめでとう」の一言で終わっちゃうし。
 こんなんじゃダメだって、落ち着いて、ゆっくり自分の中にある思いをそのまま書き出しはじめてみたんだ。
 二葉と出会えて、二葉が俺を見つけてくれて、二葉とずっと歩いてこれて、俺がいまどんなに幸せかってこと。
 二葉が誰よりも大事だってこと。
 これからも二葉と一緒に歩きたいってこと。
 そしたら今度は凄く長くなってしまって。ああでもやっぱり、もう少し寝かせて読み返して直したほうがよかったかもっ…。
 とか考えてるうちに、俺の両手はグラスとおつまみを用意し終わっていた。
 覚悟を決めてトレイを手に二葉のところに戻る。
「…えーと…二葉?」
 離れてるときはメールか電話で、手紙なんてそれこそ滅多に書かないもんだから、なんだかすごく緊張するし、照れる。内容も内容だから尚更だ。だから言葉を捜しながら、ラグに座り込んで手紙を読んでる二葉のそばまで行って、そっと声をかけた。
 俺の声にはじかれたように顔をあげた二葉は、数回まぶしそうに瞬きを繰り返すと、突然立ち上がって俺を抱きしめた。
「ふっ…た、ばっ、いっ、息がっ……っ」
「…サンキュ。すごい嬉しい。俺、すごい幸せだ。こんなとき、なんて言えばいいんだろな。…忍、俺、生まれてきて良かった。おまえと今いっしょで良かった。ありがとう」
「…………」
 やっぱり絶対、俺なんかの比じゃなく二葉の言動は恥ずかしいってば。
 でも凄く嬉しい。…嬉しいから、恥ずかしいんだ。
「なぁ、なんとか言えよ。ほんとに息できねぇの? よしっ、んじゃ人工呼吸してやるよ」
「バカ」
「なんだよ、ひでぇなぁ」
 ふざけて笑いのにじんだ二葉の声は優しくて、それから腕の力をゆるめてくれたけど。
 でも俺は…二葉の顔が見れない。
 ただでさえ嬉しいのに、二葉が喜んでくれた気持ちが嬉しすぎて。
「忍ー?」
 顔は熱いし、ちょっと…不覚にも涙ぐんでしまったから。
「…ト、トイレ!」
 言うや否や全力で二葉から逃げ出した俺は、トイレの中で両手で顔をあおぐ。
 とりあえず、少し落ち着いてから戻ろう。
「はぁー…」
 それにしても…。わかってんのかな、二葉。
 二葉の誕生日なのに、俺のほうがプレゼントもらっちゃった気分だよ。
 そういえば、前にも二葉のアメリカンスクールの卒業式のとき、俺にとってだけでなく、二葉にとっても俺たちの出会いに意味があったって話してくれて、すごく嬉しかった。
 あのときもいまも、どんなに俺が嬉しいかなんて、二葉はわかってないんだろうな。
 でも、そんな二葉が好きなんだよな…俺は。
 そう思ったら、今まで気負ってた分、力が一気に抜けてなんだか笑える。
「あはははははははは」
「忍っ、大丈夫かっ!? どうしたんだーーーー!!!」
 突然ドアの向こうでノブをガチャガチャしながら絶叫する二葉の声に、俺は慌ててドアを開けた。
「しーっ、静かにっっ…。そんな大声出して、いま何時だと思ってるんだっ」
「…だっておまえなかなか出てこないし。いきなり笑いだすし…こわいだろ、なんかっ」
 俺が怒ったと思ったんだろう、しょんぼり垂れ下がってる二葉ワンコの耳と尻尾が目に見えるようだ。
「二葉」
「…んだよ」
「俺だってひとりで笑いたいときがあるんだ」
 それこわいよ…、と納得できないように二葉がもごもごとつぶやく。
 そりゃそうだろうと俺も思うけど。
「あるの。反省してる?」
「……」
 返事はないけど、神妙に頷いてみせる。
「本当に?」
「ああ」
「心から?」
「してるって」
「じゃあ、一緒にお風呂入ろうか?」
「だから反…って、ええっ!?」
「誕生日おめでとう、二葉。さっ、部屋戻ろう?」
「って、おい、ちょっと待てっ、今なんてったっ?」
「誕生日おめでとう? 部屋戻ろう?」
「ちがーう!! その前だっっ!!」
「なんか言ったっけ?」
 あはははは、と追いすがる二葉を置いてトイレ前をあとにする。
 お風呂かぁ。
 一緒に入るには狭いし。
 自分で言っておいてなんだけど、やっぱ却下だよね。
 振り返ると、二葉はトイレのドアに人差し指で『のの字』を書いて拗ねている。
 …ちょっとかわいそうかな。
「二葉、お茶淹れるから、飲んでお風呂入りなよ。一緒には無理だけど、今度温泉にでも行こう? そこだったら、」
「いつにするっ?」
 一瞬にして目の前に現れた二葉に、俺の中で二葉・加速装置装着疑惑が生じる。
「いつって…。そうだな、雪の中の露天風呂とかいいかも」
 そう言うと、心底嬉しそうに二葉はリビングに戻ってパソコンを触りだした。
 …露天風呂があって雪が降るとこの温泉調べてるんだろうなぁ。
 そんな二葉に思わず口元がゆるむ。
 プレゼント、温泉旅行のほうがよかったかな。ちょっと似た感じのものは入ってるけど…。
 さっき二葉に渡した封筒には、手紙の他にも小さなプレゼントを同封したんだ。
 1回分の11月3日の誕生花のお茶と入浴剤。
 二葉、知ってるかな。
 11月3日の誕生花には、菊やブリオニアや、いくつかあるんだけどね。
 俺が選んだ二葉の誕生花は、カモミール。
 花言葉は『あなたを癒す』なんだ。
(ゆっくりお風呂に浸かって疲れを取って、お茶を飲んでリラックスしたら、ふたりでゆっくり今日を過ごそう。)
 面と向かっては言えなくて、プレゼントに添えたメッセージを二葉の背中に心でつぶやく。
 今年も二葉のバースデーをふたりで迎えられることができて幸せだよ。
 いつも本当にありがとう。
 そうして俺はキッチンに向かった。
 二葉の髪と同じ黄金色の、甘くて優しいお茶を淹れるために。


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