宝箱
嬉しい。また増えたわ私の大切なコレクションが。
思い込みの激しいお嬢様タイプを地でいく永蘭は自室で悶えていた。
東国の老舗染め物屋のひとり娘である永蘭こと永は今年18歳になる。貴族の娘らしく育ちきっていた。
貴族の娘の特徴は大まかに自信満々のタカピータイプと妄想ストーカータイプの二通りに分かれる。
永はバッチリ後者だった。
ガラステーブルに乗せられた宝箱を開ける。
【××月××日 花街にて柢王様と運命の再会】
コレクションがまた一つ増え、永は嬉しそうに微笑む。
先日、結婚した従姉妹の紹介で花街にある店(かなり怪しい物が置いてある)に行く途中、柢王とぶつかりそうになり避けた際、尻餅をつき足をひねった。
「うふふふ、私の演技も満更じゃないわね」
乙女チックなメモの添えた数本の頭髪?を見ながら嬉しそうにつぶやく。
それは柢王が助け起こした時、ひねった足をかばうように見せ掛け抜き取った戦利品だった。
もちろん、搭の柢王はそんなことは露とも知らず。
カラカラカラ
宝箱から拳ほどの塊が転がり落ちる。
「あっ、大変!これは文殊塾13年前の給食、ビーンズシチュウに添えてあったパンだわ。パンをかじって乳歯が抜けた柢王様が口をゆすぎに行った時いただいたものだったわ(注…かすめとった)よかった〜〜無事で」
と乳歯のついたままのカラカラパンを拾い上げ大事そうに手でさする。
永の宝箱には文殊塾同級で初恋の君、柢王の大量の隠し撮り写真、直筆、身の回りの品はもちろん。頭髪や爪といったものまであり丁寧に入手した日付も添えられていた。
宝物を前に妄想にひたっていると扉を叩く音がした。
「はい」
「永ちゃん、お客様がいらしているわよ。何でもあなたに依頼されたとやらで」
「ああ、分かりましたわ。こちらへいらしてもらって」
「えっ、あなたのお部屋に?それはいけません。年ごろの娘が男の人を自室に通すなんて。居間をお使いなさいな」
「あら、困ったわ。お父さまのお誕生日の贈り物の件でしたのに・・・」
「お父さまの・・・。わかりました。お通しするわね」
母親の遠ざかる足音を聞いて永はホッと息を吐いた。
母との応対の間にテーブルに広がっていたコレクションを宝箱にしまい白い手袋をはずした。
「それでは、何も分からないってことなの?」
静かな口調ながらも圧力をかけられるのは深窓の令嬢だからこそ。
毎日の積み重ねの賜といったものだろうか。
「すみません。なんせ桂(かつら)という仮名と姿、形だけじゃあ…。花街住居とも限らないだろうし…いや、柢王様のお手つきの女関係はぬかりなく調べがついてるんですよ。ですが、そのような女はいないなぁ…」
「いえ、あの親密さはかなりの仲ですわ」
「はあ………」
永の父親と同じ年頃の男がペコペコと頭を下げる。
「あなたの探偵社が一番優秀だって聞いたから依頼したのに・・・」
ハァとわざとらしく溜息をつき男を見下す。
「おっ、お嬢様、もう少し時間をください、きっと突き止めて見せますから」
「・・・そうねぇ」
他に手もないのだから仕方ないわねと思う。
「あと、もう少し手がかりないですかねぇ…確か背の高さは私くらい、腰までの黒髪で名は桂。それだけじゃあねぇ」
「・・・そうだわ。目が、目の色が蒼。いいえ、紫だったわ」
「紫ねぇ。そんな目の色聞いたことないですよ」
「そ、そうだわ。柢王様気に入りの魔族の瞳は紫だったわ」
数年前、柢王様が皆の前で魔族を抱え逃走したのを見たもの。
「…って言うと」
「そうよ!!」
永は自信を持って答える。
「柢王様は紫色の瞳がお好きなのよっ」
「………」
「桂さんの捜索はそのまま続けて頂戴。それと瞳を紫にするアイテムを。もしかしたら花街で有名な薬師の夢竜さんの薬かもしれないわ。彼の捜索もついでにお願いね」
再依頼をし探偵社の男を帰す。
一人になり永は部屋の隅に置いてあった新しい箱に目をやり思う。
残念だったわ。
今日こそ桂さんの情報が入ると思っていたのに。
永は頭の中で彼女を思い浮かべる。
すっぴんながらも極め細やかな肌に整った顔立ち。
すらっとした背格好に滑らかな動作。
花が咲いたような微笑。
花街の店から連れ出してくれた時引いてくれた手の柔らかさ。
そして柢王様に抱かれ空に上がった二人の姿は永にとって最高の夢物語だった。
そう、永は桂・・・桂花をファンにもなっていたのだ。
惚れっぽい永は夢竜ももちろん、気に入りの一人であった。
新しい箱を取り上げ夢見ながら永はつぶやく。
「この新しい宝箱は桂さん用にしようかしら?それとも夢竜さん用かしら?・・・先に入手した方用にしましょう」