投稿(妄想)小説の部屋

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No.580 (2005/09/10 17:15) 投稿者:

孤影の花

 柢王は吾の前で他の女を選ぶことだけはしなかった・・・・・・・。

 宮廷で、皇帝に褒美としてイル・ハーンの娘を譲ってほしいと申し出たカイシャンを複雑な思いで見ていた桂花は、しばらくして参列者達がにぎわう中をこっそり抜け出した。
「判ってる・・・・・」
 自身に言い聞かせるように一人ごちて、そのまま人気のない廊下を歩く。
「桂花!」
―――――――――その声を待っていたのかもしれない。
 桂花は相手に背を向けたままひとつ深呼吸をして、振り返った。
「どうしました? カイシャン様」
「・・・・・俺、どうだった?」
 期待に満ちたその顔は、かえって来る応えを予想しているようだ。
「ご立派でしたよ。堂々としていらして、周囲の方も皆、貴方を一人前の男と認められたでしょう」
 確かに・・・・その言葉は嬉しい。けれどカイシャンは他の誰でもない、桂花に一人前の男と認められたいのだ。
 彼はいつだって自分を子ども扱いし、都合が悪くなると「もう子供ではないでしょう」という矛盾した態度を取る。
「堂々・・・・か、そうでもないさ。俺が下手をしたら桂花が笑われるからな、それだけは嫌だった」
「カイシャン様・・・」
 滅多なことでは表情をくずさない彼が、嬉しそうに口角を上げた。
 それに気を良くしたカイシャンは更に続ける。
「『俺は、先刻、大変、膨張した』―――――どうだ? お前が日本語も勉強しろというから、もう一度トライすることにしたんだ」
 短い日本語を披露し、照れくさそうにこちらを伺うカイシャンに、桂花は噴出しそうなのを必死にこらえて困ったように微笑んだ。
「そう、日本語は確かに難しいですよね・・・・カイシャン様、「膨張」ではなく、「緊張」です。膨張では、膨れあがる、大きく広がる、などの意味になります」
「え―――? ハハッそうか、アハハッそれは楽しそうだ。もし、さっき皆の前で俺が膨らんで宙に浮いたりしたら、桂花を抱えて空を飛んだのにな」
 陽気に笑うカイシャンの何気ない言葉が桂花の胸に深く突き刺さる。
 空を・・・・柢王・・・・・あの人と、何度空を飛んだだろう。
 時には並んで、時には傷ついた吾をあの人が抱いて・・・・。
 日増しに柢王に似てくるこの「王子」は自分の唯一とは別のものだけど・・・・
 決して、全くの無関係ではないから・・・・・だから吾は―――――
「桂花? どうした? そんな顔して、具合が悪いのか?」
声を出せば泣き出してしまいそうで、桂花はただ首を振る。
「そうか、腹が減ったんだな?戻って何かもらおう」
 やめて・・・・もう、やめてくれ。
 あの人と比べるわけじゃない・・・・それでも吾はあなたの傍を離れる決心がつかない・・・・。
 いつまでも共に過ごせるはずもなく、それは初めから決められていたこと。
 生まれ変わる前も今も、やはりあの人と吾は結ばれる事ができない宿命・・・・・。

 なにを言っても首をふる桂花を宴の席に戻すことは諦め、彼の様子が落ちつくまでカイシャンはずっと離れずにいた。


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