愁雲/2
寿命が短い人間は、それだけでアシュレイの同情を得ることが出来る。
更に先が無いなどと知ったら弱者に弱いアシュレイの事だ、なおさら親身になるだろう。
アシュレイにそんな台詞を吐くなんて、一体どれくらい親しい仲になっていたんだろう。
彼が心を許して接触していたとしか思えない。
四六時中アシュレイの事ばかり考えて、溜めに溜めた書類の山がもうこれ以上机に乗りきらないという状態になった時点で、桂花の堪忍袋の緒が切れた。
アシュレイの顔が見たい。
アシュレイの声が聞きたい。
たったそれだけの事なのに・・・・。
自分の願いはちっとも叶えてもらえず、その人間とは仕事の合間をぬって親しくなっていたなんて・・・・。
「―――――それで? ねえ・・さっきも言ったけど君、必要以上の人間との接触はご法度だということ、忘れたわけじゃないよね? 人界の物を持ち込むことにしたってそうだ。元帥である君は、重々承知の事なんじゃないのか」
さっきまで優しかったティアが、射抜くような視線を自分に向けていることにアシュレイは驚く。
「え・・・あ、あぁ、だから・・それは――――」
「バレなきゃいいって? それなら私にもバレないようにやって欲しい。君が人間と親密な関係になるのも、タブーとされていることを勝手にするのも、私にばれないようにやってくれ!」
「ティア?」
「私には姿さえ見せてくれなかった! なのに君は忙しい合間を縫って人間と逢引していたなんて!・・・・・ひ・・ひどいよ・・・」
机に突っ伏してシクシクと泣き始めたティアをポカンとしたまま見ていたアシュレイはハッと我にかえる。
「あ、逢引って、逢引って・・・なに言ってんだっ、あいつは! トキはババアだぞ!?」
「・・・・・え?」
パッと顔をあげたティアの頬は涙でぬれていた。
――――――――本気で泣いてたのか。アシュレイの胸が少し痛む。
「勝手な勘違いすんな! トキは年食ったババアで、夫も息子も流行り病で亡くしてんだ。一人で暮らしてて・・・トキん家の庭に梔子の花が咲いてて・・・・・だから俺はこっそり行って・・・・そん時、声かけられて知り合ったんだ」
少し悔しそうにアシュレイは説明をした。
本当はこんな事、秘密にしておきたかったのに。
「梔子の花が咲いていて・・・だからそこに行った?それは、私を思い出してくれていたってこと?」
はやる気持ちをおさえながら訊くと、アシュレイは否定しなかった。
ティアの濡れた瞳に光がもどる。
「そうだったの・・・・」
「バカが。泣いてんじゃねーぞ」
アシュレイがティアの頭を軽くはたく。
ホッとしたティアは、アシュレイを自分の膝の上に引っぱり込んで座らせると耳に唇を寄せて囁いた。
「うん・・・ごめん・・・君に会いたくて会いたくてたまらなかった・・・トキさんは・・・・ご病気で亡くなったの?」
アシュレイは自分の髪を梳くティアの指に首をすくめながら目を閉じていた。
「そう・・・ご病気で・・・・ハァッ?! なに言ってんだ! トキは死んじゃいね―よっ 勝手に殺すなバカ!」
ピョンと飛び下りてサボテンを拾いあげると、机の上にドンと置く。
「そうだ、こうしちゃいらんねー、お前の手光でこれ治せねーか?」
「治すも何も・・・アシュレイ、人界の植物は太陽に向かって育つものなんだよ。
つまり、一方に置いたままの状態でいるとこうして曲がってしまうんだ。今までと逆の向きに置いてごらん、先端が太陽の方へ向こうとして・・・・まっすぐとまではいかないかもしれないけど、元に戻るよ」
「ホントかっ!?」
「うん、心配ないよ」
ティアが頷くと「良かった―」と晴れやかな笑顔を向けてくれた。
「そうと分かれば早いとこ太陽に当てなくちゃな。チヨも待ってるだろうし」
「!?」
問題が解決したアシュレイはバルコニーへと向かう。
「ちょ、ちょっと」
「遅くに悪かったな」
アシュレイはサッサと宙に浮かび上がる。
「ね、アシュレイ―――」
「じゃ、ありがとなっ」
「ちょっと待っ―――」
手を伸ばして彼の足にしがみつこうとしたが、失敗に終わる。
アシュレイの体はあっという間に暗闇にとけて見えなくなってしまった。
「・・・チヨってだれなの・・・こんなオチ・・いらない・・・」
追伸)その後ティアの必死の努力により、遠見鏡で「チヨ」とはトキの飼い猫である事が判明した。