暑気払い〜part3〜
「遅れちまった・・・」
大きなスライドで店内を見回しながらアシュレイは柢王を探す。
本人は気が付いていないようだが強いオーラを発するアシュレイの姿に周りは釘付けになっていた。
「卓也、卓也。ねぇ、あの人見て。そう、あの赤い髪の。ただ者じゃないね。すごい存在感だ。最近出入りしている客なの?」
卓也の手伝いと称してカウンターに入っている桔梗が卓也に囁く。
モデルとして活躍する彼は息抜きと同時にウオッチングも兼ねて時間が空く限りローパーに出入りしている。
「いや、新顔だ。モデルか?」
珍しく卓也も興味が湧いているようだ。
「俺は知らない。ちょっと話してくる」
カウンターから飛び出そうとする桔梗の腕を卓也が引き戻す。
「待て。一樹が行った。後で聞けばいい」
アシュレイは柢王を見つけ大股で近付く。
「こんばんは」
アシュレイの前に一人の男がスッと立ち塞がった。
無言でアシュレイが問う。
「あの黒髪の彼。ちょっと貸してくれないかな?君と待ち合わせなんでしょう?」
アシュレイが返答に戸惑っていると、説明するねとにっこり笑い空いている席に自然に誘導した。
「はじめまして。この店の支配人の一樹フレモントです」
「俺はアシュレイ」
一樹に声を掛けられ物怖じせずにいられる者は少ない。だが、アシュレイはその少人数の一人であった。
「素敵な髪だね。カラーじゃないのは一目で分かったよ。お国を聞いてもいいかな」
「・・・」
「勿論、言いたくないなら構わないんだよ」
アシュレイの無言をどう捕らえたのか一樹は相変わらずふんわりと笑みを浮かべている。
その極上の微笑を見ながら綺麗な人間だな、ティアほどじゃないけどと身贔屓で思うアシュレイだった。
「君の知人と一緒に飲んでいる人は俺の知り合いなんだけど、彼なかなか人見知りでね。あの人が待っている人、鷲尾さんが来るまで俺が相手するつもりでいたのに遠慮されて困ってたんだ。見て、君もわかるだろう?彼はちょっと危ない奴を引き寄せやすいんだ」
確かに柢王達をチラチラ見ている連中が目に入る。
アシュレイもどちらかというと引き寄せやすいタイプであるのだが本人は全く自覚はない。
「なら飲み屋でなんか待ち合わせんなよ」
「もっともな意見だ。まぁ鷲尾さんは俺やあそこにいるバーテンを信頼してこの店を指定してくれているんだけどね」
一樹はカウンターの卓也に視線を流して見せる。
「さっき柄の悪そうな奴らが接触しようとした時、君の知人が入ってくれたんだよ」
柢王らしいなとアシュレイは思う。
「絹一さん。ああ、あの人の名前だよ。あの人が他人と打ち解けて話しているなんて珍しいんだ。特に初対面なんて奇跡的。もう少しだけあのままにしておいてくれないかな」
「わかった」
「君の相手は僭越ながら俺が引き受けさせてもらいますから」
「結構だ!!」
「それじゃあ、俺の相手をしてくれませんか」
いつの間にか合図をしていたのだろう、ボーイからカクテルを受け取ると一つをアシュレイに差し出す。
一瞬躊躇したもののアシュレイは素直に受け取り、グラスを合わせた。
「アッ・・・アシュレイ!!」
アシュレーイは年上には弱いんだーーーーー。
遠見鏡に顔をくっつけて絶叫しているティアの姿を見て、何故かほんの少し怒りの和らいだ桂花が声をかける。
「守天殿、お仕事に戻りましょう」と。
絹一の連れが来たのと同時にアシュレイは柢王に声をかけた。
二人で一杯あおったあと、同時に口を開く。
「ちょっと戻るか」
疲れと酒と恋しさと。
自分の恋人に会いたくなったのだ。
早足で出口に向かう二人の後姿に絹一と一樹は違う場所から微笑を浮かべる。
『イエロー・パープル』の夜はまだ始まったばかり・・・。
天界に戻りアシュレイはティアに嫉妬まがいのネチネチ攻撃に遭い、ネチネチベタベタ目的の柢王は桂花に冷たくあしらわれるのは数刻後のことであった。