投稿(妄想)小説の部屋

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No.559 (2005/06/16 14:35) 投稿者:桐加由貴

骨肉の争い〜先代隠居中〜

 天主塔の執務室の扉をノックもなしに開けるのは、この人だけである。
「・・・ネフロニカ様。いつも申し上げておりますが、無断でお入りになるのはやめていただきたいのですが。今日は何のご用でしょうか?」
 八割方諦めているが諦めきれないこの部屋の主ティアランディアは、溜め息をつきつつ問い掛けた。
「私もかつてはこの執務室の主だったのだよティアランディア。今日は皆揃っていると聞いたのでね、聞きたいことがあって来たんだ」
「それはそれは、どのようなご用件でしょうか」
 諦念と呆れと怒りをにじませつつ微笑むという高等技術をティアは披露した。立って給仕を勤めていた桂花はこれ幸いと、茶器を用意するそぶりでさりげなくその場を離れる。空になった皿を持って立ち上がった柢王も、絶妙のタイミングだ。逃げ遅れたアシュレイは、ゆったりと座ったまま微笑む幼馴染と、こちらも笑顔のまま視線で場所を空けろと要求している先代守護主天に挟まれて硬直している。
「この部屋は、余りに殺風景だからね。おまえの友人たちとて、招待されてもつまらないだろう。私が、在りし日の華麗な姿を取り戻してあげようかと思ったのさ。心配せずとも、ちゃんとおまえの意見も聞いてあげるよ、ティアランディア」
「恐れ入ります、ネフロニカ様」
「・・・おい、ティアの額に青筋浮いてるぞ」
「無理もないかと思いますが」
 室温が下がった気がして、柢王は茶だの菓子だのを用意する振りをしている桂花にすり寄った。普段なら悪戯を予感させるところだが、今は二人とも、そんな余裕はとてもない。
「この部屋によく出入りするのは、おまえ以外なら桂花かな。桂花、おまえはどういうインテリアが好みだい?」
「申し訳ありませんが、吾は意見を述べさせていただく立場にはございませんので・・・」
「私が構わないと言っているんだ」
「・・・恐れ入ります。吾は不調法者でございますので、今のままで充分にすばらしいと存じます。これ以上となりますと、到底思い至りません」
「ああ、おまえは魔族だからね。馴染みがないのも無理はないか。だけど守護主天として、側近を厚く遇するのは務めだよ。どのようなものを下賜しているのかは知らないが、少し気を使うのだね、ティアランディア」
 ティアがおまえ呼ばわりに慣れてないなら、立ったままに慣れていないのがネフロニカである。微笑みつつも立ち上がるそぶりをまったく見せないティアに、ネフロニカは微笑んだままわずかに眼を細めた。
「・・・すっげー怖い」
「同感です」
 柢王は内心でアシュレイに手を合わせた。
(わりい、アシュレイ。そっから助けるの、俺じゃ無理だ)
 汗をたらしながら凍りついている幼馴染は、柢王に視線を投げることすらできないでいる。
「お心遣い、痛み入ります。ですがネフロニカ様、ここは執務をする場所ですので、あえて飾り立てる必要もありますまい。必要なものがあれば充分でしょう」
「守護主天ともあろうものが、あまり庶民的では育ちを疑われるよ」
 桂花が手近な紙に羽ペンを走らせた。
『自分の後継者がこれでは名が廃る ・・・というところでしょうか』
『先代の内心の声?』
 恋人たちは視線だけでうなずきあった。
「私がこの部屋を継いだときに飾られていたレースのカーテンやフリルのついたテーブルクロスなどは、別室に保管してあります。あれらはネフロニカ様のもの。お返しいたしますので、よろしければご自分のお部屋を模様替えなさっては?」
『「悪趣味は自分だけにしておけ」・・・・?』
『こっちはティアだな』
「ティアランディア! 何を馬鹿なことを! 守護主天ともあろうものが、時代遅れの使い古しを再利用するだなんて!」
『なんて庶民的なんだ!』
「この天主塔のすべては、天界人の血税によってまかなわれているもの。その頂点たる私は、常に彼らに感謝の意を抱き、無駄のないように務めなければなりません」
『仮にも守護主天とあろう者が、立場をわきまえずに奢侈におぼれるとは!』
 柢王が桂花の手ごとペンを握って、『仮』の字に傍点を打った。矢印を引いて、『byティア』と書く。
 ネフロニカが不自然な咳払いをした。
「まあいい・・・商人を呼んでおくれ。西にいい商人がいたはずだ。屋号はなんと言ったかな・・・。あの店のレースは実に美しくてね」
『この子に任せておいては話にならない。私が手ずからやってあげなくては』
「おっしゃるのが『宝糸屋』のことでしたら、店主が文官との癒着によって投獄され、廃業しております」
「なんだって? もったいないことを。あの店の細工は天界一だったというのに!」
『これだから見る目のない者は・・・』
「天界の法ですので」
『それでも守護主天ですか』
「ならば別の店で我慢してあげよう。いくらおまえと言えど、ひいきにしている店ぐらいあるのだろう?」
『おまえのひいきなどたかが知れているが、我慢してやるから早く呼べ』
 紫微色の手が、書いたあとに『おまえ』を消して『守天殿』と書き直した。はばかられたらしい。
「恐れ入りますが、私のひいきの店は質実剛健を旨としておりますので、ネフロニカ様のお眼にはかなわないかと」
『悪趣味を満足させるような店に心当たりは無い』
「質実剛健・・・。ずいぶんと枯れた趣味だねえ、ティアランディア」
『年齢を疑うな』
「確かに。父、閻魔の影響かもしれません。父は、祖父上が華麗なご趣味だったためか、反対の方向に興味を持たれたようですので」
『反面教師ですね』
 ネフロニカの笑顔にひびが入った。
「・・・ティアランディア。おまえに祖父がいたというのは、初耳だね」
「お戯れを。閻魔と守護主天は、血のつながりがないとはいえ代々親子の関係にございます。ネフロニカ様は我が父の父君にあたられるお方。つまり私にとってはおじい様ということになりますが」
 柢王の視線の先で、羽根ペンがさらさらと動いた。
『守天殿、優勢ですね』
「・・・代々の守護主天は、次代の者を弟のように思ってきたのだよ、ティアランディア」
「それは存じませんでした」
 ティアは思いっきり笑顔で言い放った。
「ネフロニカ様の兄君であれば、私にとっては大伯父に当たられる方ですね。もしお眼にかかることがかなうならば、礼を尽くしてご挨拶しなくては」
 ネフロニカの笑顔が崩れた。これ以上ないほど柳眉を逆立て、冷たくたぎる眼差しでティアを見下ろしている。
「おまえでは礼を尽くしてもたかがしれているな。おまえの父がどういう躾をしたのか、聞いておいたほうがいいらしい。私はこれから冥界に行く」
「お気をつけて」
 にっこり、という擬態語を背負ったティアは、ばたん! と派手な音を立てて執務室の扉が閉まると、その美貌を歪めて金髪をかきむしった。
「ああもうっ! あの隠居じじい!」
「守天殿・・・」
かける言葉に迷いながら、桂花が新しいお茶を差し出す。
「ティア、いいのか? あそこまで言っちまって」
「大丈夫だよ。よくあることなんだ。ネフロニカ様と来たら、いっつもあんな調子なんだよ。っとにあの成金少女趣味、おとなしく隠居していればいいものを」
 ・・・確かにネフロニカは派手好みでレースやフリルのひらひらずるずるが大好きな女装趣味の持ち主だが、決して成金趣味ではない。あれだけ無駄に華美でありながら気品を――かろうじてとは言え――損なわない趣味は、ティアだって一目置いている。一人でやってくれるのなら、生暖かい目で遠くから見守ってやってもまったく構わないのだが。
「・・・ところでティア」
「なんだい、柢王?」
「アシュレイがまだ溶けてないんだけどよ・・・」
「えっ?」
 勝利の喜びから一転、ティアは額の汗すら流れ落ちずに凍っている恋人を揺さぶった。
「アシュレイ! 戻ってきてくれ! 巻き込んで悪かった!」
「こいつにはちょっと刺激が強すぎたんだな」
 ストロベリーブロンドまでかちかちの恋人を、ティアはひっしと抱きしめた。
「アシュレイ・・・」
「溶かしてやれよ、ティア」
「あ・・ああ、そうするよ。あとよろしく」
「――あーあ。怖かったな、桂花」
 アシュレイと共に消えたティアを見送った柢王の後ろで、桂花が筆談の証拠を燃やしていた。


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