店主等物語
(3年前に掲示板で書いたものを直したものです)
ベッドと寝具の店『天主塔ベッド』の会議室では、商店街に店を構える店主やその代理の者達によって、緊急の寄り合いが開かれていた。
「お上は一体なに考えて許可出してんだっ!」
ただでさえ熱い鮮魚店『阿修羅』の跡取り・アシュレイは、机を叩き壊す勢いで己の拳をたたきつけた。
「まあまあ落ち着けって。なっ?」
怒りに燃えたぎるアシュレイを、そんな言葉で落ち着かせることができると本当に思っているのか。この非常時に場違いなほどののんきさでもって年下の幼馴染みに声をかけたのは、流しの薬屋(今は定住)『夢竜』の居候・柢王だった。が、当のアシュレイ、そんなこた聞いちゃいない。
「だいたい、ティア! おまえも会長なら会長らしく、もっと焦ってみたらどうなんだっ!」
焦ってどうなるものでもないだろうに。
…しかも会長らしく焦る、とは?
と、アシュレイ以外の全員、心で突っ込んではみたものの、誰もあえて口には出さない。話し合いが始まるやいなや、議長兼、商店街と自治会、両方の会長を代々務めあげてきた老舗『天主塔ベッド』の若き主・守天にかみついたアシュレイは、すでに絶賛暴れ馬状態だったので。
しかし、アシュレイの憤りももっともなことだった。
不況の波に押され、ただでさえ苦しいこのご時世に、お上(最上界)はこの商店街から1キロ弱しか離れていないところに、大規模なショッピングセンターの建設を許可したのだ。
そんな大型店に乗りこまれては、どんなに楽観的に考えても、小さな店同士が肩寄せあってなんとかやってきた商店街の、ひいては自分達の店の明るい未来などとうてい望むべくもない。
「俺は別に自分とこの店が可愛くて言ってんじゃねぇ。ここいらへんの年よりは、腰が曲がっても膝が痛くても、今でも毎日杖やら手押し車をひいてうちに来てくれる…」
「ああ知ってるよ。『焼き魚はやっばりアーちゃんの炎じゃないとねー』って、使い女頭のおばちゃんも絶賛してたからね」
「アーちゃん言うなっっ!!」
なぜか誇らしげに、しかも極上の笑みでもって語りだすティアに、真っ赤になったアシュレイが間髪いれずに叫び返す。
「とにかくっ! それでもうちだって商売なんだっ。ある程度の実入りがなきゃやってけねぇ。いまのまんまでも苦しいってのに、これ以上売上が落ち込んだら、うちだって…っ。そしたらじいちゃんやばあちゃんたちゃどうすりゃいんだ? 商店街に店がなくなって一番困るのは、そういうじいちゃんやばあちゃんたちじゃねぇのか? …たとえ大型店ができたって、俺達にはひとっとびの距離でも、足腰の弱った年よりには冥土とおんなじくらい遠いんだ。地元にはこういう商店街が必要なんだっ…!」
「…ちゃんとわかってるから、アシュレイ」
やさしく微笑むティアに、激昂アシュレイも一瞬気勢をそがれかける。
「お上だって…きっとわかってくださる。今日は欠席されてるけど『占いの館』のグラインダーズ殿からも同じような陳情書が届いてるしね。…まあ、同じであって同じでないけど」
「…へっ?」
「サ…、失礼、アシュレイ殿の感情論ではなく、理路整然とされたすばらしい内容でした」
「誰がてめぇに訊いたっ!? しかも『サ…』ってなんだっ、『サ…』ってのはっっ!!」
苦笑するティアに代わって答えた薬屋『夢竜』の主人兼会長補佐・桂花の言葉に、鎮火したかに思われていたアシュレイの怒りが爆発した。もともと犬猿の仲で有名なふたりのこと、いつも通り、これで今日の話し合いもしばらく中断かと思われた、そのとき、
「…トリやブタではなかなか。やはりギュウが売れないことには」
「山凍殿?」
突然、肉屋『毘沙門天』の山凍がつぶやいた。
「どんなに売れてもトリやブタでは単価が違います。不況に煽られ削るとこはまず食費からが倹約主婦の合言葉らしく…。私のところもなかなか厳しい状況で…。お役に立てず申し訳ありません、守天殿」
山凍の発言で場の流れが変わったことにほっとしながらも、その心からの言葉がティアには嬉しかった。
「山凍殿の精肉店はよくやってくださってます。毎月29日の肉の日に催される『黒麒麟ロデオ』目当てに来られる(マニアな)お客様もいらっしゃると聞いています。子連れの主婦の方にも人気だそうですね。心配なさらずとも、商店街の集客にとても貢献されてますよ。大事な黒麒麟なのに…。感謝してます」
「守天殿…」
麗しの商店街の長・守天のねぎらいに、感動屋の山凍は幸せをかみ締める。
「…商売というものは難しいものじゃ」
そこへ甘味屋『モンゴル亭』の主人フビライもしみじみと次いだ。
「うちも最初は中華とか出しておったがの。あれもこれもと手を出すうちにどうにも店が回らんようになった。品数が増えればよいというものではない。満足するのは店主だけじゃ。客が求めているのはそんなことではないんじゃよ、山凍殿」
「ご老体…」
フビライのいたわりの言葉に、また感動に打ち震える山凍であったが、まだまだ若いつもりのフビライに、その敬称はNGだった。人のいいじいさんのように見えて、フビライはまだまだ血気盛んな現役(自称)だったので。そこへ、
「モンゴル亭は、フビライ殿の、アイディアで、甘味に絞ったことから、さらにお客様が増えたとお聞きしました」
顔色の変わったフビライに焦る周囲と裏腹に、落ち着き払ったティアの微笑みつき速攻が綺麗に決まった。
「まあ…なにごとも少数精鋭じゃて」
満足そうに答えるフビライに、胸をなでおろした一同は笑顔でうなずきまくった。ご老体の機嫌を損ねてはあとが面倒だ、というのもあるが、常識としてお年よりは敬わなくてはいけない。
それに…、とティアが幾分楽しそうな瞳で続ける。
「モンゴル亭には看板息子(曾孫)がおいでですし。…ね、桂花」
「ああ、なんでもチビ目当ての塾生とかが帰りに寄るらしいな。お子ちゃまにはまだまだそういうのがお似合いだよなーっ、…なぁカイシャン?」
桂花への問いかけを勝手にかっさらって、挑戦的に海山を上から見下ろす位置から柢王が言う。
「妬いてるのか、柢王」
だが、見上げる海山も負けてはいない。
「はっ!? だーれが!!」
おまえが、と海山はもちろんその場の全員思ったが、口には出さない。
柢王が、子供なのを武器に桂花の膝に座っていた海山を気にしまくっていたことは、バレバレの事実だった。
「おまえら、和んでんじゃねぇよ! 今日は大型店のことが議題だったんじゃねぇのか!?…ティアっっ!!」
「そ、そうだねアシュレイ。で、なにか具体的な意見とか…」
「具体的もなんもあるか! まずおまえがお上に直訴してこい!」
「いやだから、そのためにみんなの意見を…」
「意見意見って!! いつもは人の言うことなんて聞かねぇくせにっ!! 一昨日だってベッドスプリングのテストだとかなんとかっ…俺がどんなにイヤだって言ったって」
「ふむふむ」(一同)
「・・・あ、あー、で、では、この件に関しましては一度私のほうで簡単に要請文をまとめてから皆さんに見ていただくということで、よろしいですね。では解散です。ご苦労様でした」
周囲の注目に我に返ったティアは、無理やりその場をまとめると、口を開けたまま固まってしまったアシュレイを連れてあっと言う間に消え失せた。
そして残された者達はと言うと。
「ティア兄さまっ…」
ティアたちの消えたあとを、涙ぐんで見送る少年 ―――父親の代理で番頭トロイゼンとともに寄り合いに出席したものの、相変わらずの周りの迫力(主にアシュレイ、特にアシュレイ)に、今日もただ席についてるだけで終わってしまい、せめて最後に挨拶だけでもと思っていた――― 風呂屋『水晶宮』の跡取り・カルミアや…。
「いやー、やっぱ今日もいつものオチだったな!」
カラカラ楽しそうに笑ってるかと思えば、
「桂花、このあと忙しいか? よかったらぜんざいでも食べに来ないか? 俺が砂糖とか入れたんだっ」
「…甘いのが好きでも、入れすぎてはいけませんよ。ちゃんと歯は磨いてますか?」
「だから、食べてみてって。前より甘くないから。それに、俺、ちゃんと歯も磨いてるし。な、いいだろ、行こうっ?」
桂花の手を引いて行こうとする小さな海山と、それに愛しげに微笑んで引かれて行く桂花が目に入り、突然桂花を奪って風とともに消えてしまった柢王や。
「…大人気ないですよ」
「あいつだけは駄目」
「あとで直接桂花に届ければよいではないか。…のぉ、カイシャン」
あっけに取られて呆然としていたカイシャンに、優しく声をかけ、そして手をつないで『天主塔ベッド』を後にするフビライや…。
他にも、手鏡で自分のヘアチェックに夢中でお約束のように電柱に激突してる理容室『アン』の洪・アビラや、金物屋のハンタービノや、宅配屋のアランや…。
そんなふうに、それぞれがそれぞれの家路についた頃―――。
誰もいないはずの会議室に、かすかな気配があった。
(また今日も、なにも決まらず終わったか…。)
大型店・冥界堂の出店計画はどうなるのか。
後継者問題や不景気や…商店街に未来はあるのか。
毎回毎回、未解決の問題は増えていく。
(いったい…いつもなんのために『寄り合い』を開いているのか……。)
あきれているような、それでいて穏やかな気配。
(しかし、結局、なんだかんだ言いつつ、自分達の力でなんとかやって行くのだろうなぁ…。)
見守る目は、いつでもある。
会議室の奥、カーテンの向こうの遠見鏡から閃く光が、優しげに、でも楽しそうに微笑っていた。