裏庭にて
「なんで俺が魔族野郎と茶なんか飲まなきゃなんねぇんだよ」
アシュレイが真っ赤な顔でがなる。
「まあまあ、ティアも疲れてんだよ。気晴らしさせてやりてぇけど時間とれねーみたいだしよ」
親友で東の元帥でもある柢王がなだめる。
ここ数週間、守天であるティアは視察や司祭、行事と何やら気の張ることが続きやっと終えると息つぐ間もなく、溜まった書類と格闘することを任ぜられている。
そんな彼に同情した東の親友は自分の大切な相棒を差し入れた。
その相棒の依頼を受け今の事態が生じている。
「だってよぉ、桂花が気分転換でもさせてやらなきゃ壊れちまいそうだって言うし、けど二時間以上の空きはどうしても作れねーらしいんだよな。せめても外気に当たりながら茶の一杯飲ませてやりてーじゃん?」
「・・・・う、・・・」
数日前見た鬼気迫るティアの顔を思い出しアシュレイは言葉をつまらせた。
「俺達は遠慮してもいいんだせ」
おまえら二人にしても二時間で切り上げられればな・・・と柢王が意味深に付け加える。
「・・・わっ、分かった、茶でもナンでも飲みゃいいんだろっ!!」
「やっと、分かってくれたか」
これ以上はないという程赤い顔をしているアシュレイの肩に腕をまわし柢王は天守塔の裏庭に誘導した。
執務室の窓から桂花の龍鳥、冰玉が飛び込んでくる。
書類整理の手を止め桂花は守天に向き直った。
「守天殿、少し休んでお茶にしませんか?」
書類と格闘していた守天が顔を上げる。
「でも桂花、そんな暇は」
「がむしゃらにやることが能率を上げるととは限りません」
桂花はきっぱりと言うと守天の手から書類をとりあげた。
「それに、今日の仕事の八割は終了していますし」
「そんなに・・・!?」
終わって書類の山を見て、いつの間にと守天は目を丸くする。
どうりでいつもより、ピッチが早いと思った。
「ねぇ、桂花。本当に此処に出仕してくれないか?」
感動に目を潤ませながらスカウトにかかる。
「ありがとうございます。でも、吾は柢王の側近ですから」
にっこり笑いながらもはっきり断る。
「それよりも、裏庭に行きましょう。柢王もサ、いえ、アシュレイ殿もお待ちです」
「ア、アシュレイが?」
「ええ、お茶をご一緒にと」
その言葉に潤んだ瞳をさらに潤ませ守天は立ち上がった。
ティアと桂花が裏庭についた時にはすっかりお茶の支度が整っていた。
「アシュレイ、柢王ありがとう」
顔を合わせてすぐにティアは口を開いた。
本当に嬉しそうなティアを見てアシュレイは茶くらい何杯でもつきあってやる気持ちでいっぱいになった。
「ところで、なんで裏庭なんだ?」
ティアが聞く。
それはもっとものことで、外でお茶をするのはいつも中庭と決まっていた。中庭はあずま屋が設置されているし、ガーデンパーティの設備すらあるのだ。
「いや、お前は中庭より裏庭の方が好きだってアシュレイがっ」
「うるさい!!中庭たど八紫仙たちに、すぐ見つかるだろうが・・・」
柢王の言葉を遮りアシュレイががなる。
整えられた中庭より自然な木々、草花に囲まれた裏庭を好んでいるのかアシュレイはティアに何度となく裏庭に誘われていた。たまたま、思い出して提案したものの気を回したのを本人の前で言われるのが照れくさくて真っ赤になってがなりたてる。
そんなアシュレイの不器用なまでの照れ隠しなど長年のつきあいのティアや柢王はとっくにお見通しである。
先ほどから潤みきっている瞳を揺らせながらティアは何度目かの感動にひたっている。
そんな中、桂花は一人手を休ずお茶を入れている。
お茶が配られお茶会が始まろうとしたその時、天守塔の方から人の気配がした。
邪魔されてなるものかとティアが呪文を唱える。
これで、四人の姿は誰にも見られることはない。
ホッとしてのも束の間、四人の前の大木の下で現れた二人は立ち止まった。
その二人とは天守塔に勤めている兵士と使い女だった。
どうやら二人は恋人のようである。
天守塔に勤める者の間ては今や裏庭は恋人達の語らいの場になっていた。そして、この二人の背にある大木の下で愛を誓い合うと幸せになるという安っぽいジンクスすら広まっていたのだ。
四人が見ているとは露とも知らず二人は熱い抱擁を重ねる。
「マリー、好きだ。愛してる」
「ロシュ様ぁ」
柢王はすっかり見物を決め込んでいるようだ。
桂花はそんな柢王をあきれたように見ている。
ティアは観劇を見ているように瞳を輝かし、真っ赤になって逃げようといているアシュレイのマントの裾をつかんでいる。
「今日こそ返事を聞かせてくれ。私と一緒になってくれるね」
「はい、ロシュ様ぁー」
四人の前で二人はどんどんエキサイトしていく。
「そうだ、押し倒しちまえーっ」
柢王ははやしたてる。
「お手当て上げてあげなきゃ」
ティアもつぶやく。
「だから天守塔のやつは色ボケって言われるんだよっ」
とアシュレイ。
「お茶冷めますよ」
桂花は一人静かにお茶を飲んでいた。
もちろん四人の声はティアの術によって二人には届いていない。
二人が一段落し?去った後、柢王とティアはその話題で盛り上がっていた。
「ねぇ桂花、柢王もあんな風に告白するの?」
ティアの不躾な質問に眉をひそめていると。柢
「あんなもんじゃねーよ、な、桂花」
桂花の代わりと柢王が腰に手を当て威張りくさって言う。
本当なの?と見つめている守天の視線に知りませんと桂花はそっぽを向く。
「いいなぁ、あんな風に告白されたいなあ」
「告白したいじゃなくて、されたいのか?」
ティアの言葉に柢王が笑いながら返す。
「うん、だって、いつも私の方からだし、たまには・・・」
必殺、おねだり光線を浮かべアシュレイを見つめる。
アシュレイは聞こえないふりでひたすら茶菓子を口に入れ続けていた。
「そういえば、俺もはっきり告白されたことねーよーなぁ」
と柢王。
そんな柢王に氷の視線を刺し桂花は静かに立ち上がる。
「守天殿、あと十分でタイムリミットです。先に書類を揃えておきますから遅れないように」
「俺ももう行く」
アシュレイは言葉とともに南に飛び去った。
そんな二人を見送りながらも懲りずに会話をする二人。
「あーあ、行っちゃった。でもあのシャィなとこが可愛いんだよね」
とティアが言えば。
「そっか?桂花は口により仕草がたまんねぇんだよな」
と柢王が返す。
残り十分では二人ののろけ合いが終わるはずもなく、かなりタイムオーバーした頃、冰玉が守天を呼びに舞い降りてきた。
執務室に戻った守天はすっかりリフレッシュし能率よく仕事を片付けていく。
当初の計画とは違うものの気分転換作戦は大成功に終わったようだ。
「それで、終わりです」
お疲れ様でしたと最後の書類を桂花が受け取る。
文官に指示を出そうと扉に手をかけたところで桂花は守天を振り返りつぶやいた。
「守天殿は裏庭がどういう場所か知ってらしたんですね」
桂花の言葉に俯いていた顔を上げ守天は満面の笑みを浮かべた。